第59話:ただの読書の秋と、全知の禁忌魔書の強制絵本化
第59話:ただの読書の秋と、全知の禁忌魔書の強制絵本化
黄金の城塞に、深秋の静寂と、冷気を帯びた心地よい夜風が訪れていた。
日だまり郷の秋は、これまでに大宇宙の脅威たちを「お月見のオーナメント」や「石焼き芋の窯」、そして「極上のマツタケご飯」へと変貌させたことで、かつてないほど豊穣で穏やかな時間を迎えている。
縁側の『三方』の上には、月天の支配神ルナティック・ゴッドが淡く美しい銀光を放ち、その傍らでは暴食の星獣グラトニオン(石焼き窯)がチロチロと優しい種火を揺らしている。夕食の「神仙マツタケご飯」によって体内の魔力回路を限界突破させた城塞の住人たちは、それぞれが思い思いの場所で秋の夜長を満喫していた。
そんな中、アルドは広大なリビングのふかふかのアームチェアに深く腰掛け、手作りの暖炉(※サタナスが完璧な温度管理をしている)の火を眺めながら、温かいハーブティーを啜っていた。
「ふぅ……。お腹もいっぱいになったし、外は涼しいし、最高の夜だね。でも、秋の夜長といえば、やっぱり『あれ』がないと少し寂しい気がするな」
アルドは、手持ち無沙汰にテーブルの上を見つめた。
「そう、『読書の秋』だ! 静かな夜に、温かい飲み物を片手に面白い本の世界に没頭する。これ以上の贅沢はないよね。……でも、村の古本屋で買った本はもう全部読んじゃったし、何か新しくて、分厚くて、ずっと読んでいられるような『面白い本』がないかなぁ」
アルドの知識欲と日常を楽しむ探求心が、秋の夜長に静かに目を覚ました。
「できれば、読むだけじゃなくて、綺麗な挿絵が動いたり、料理のレシピが載ってたりするような、便利な魔法の本があったら最高なんだけど……」
アルドが呑気に暖炉の火を見つめながら、都合の良いエンターテインメントを探していた、まさにその時である。
――ビキビキビキィィィィィィンッ!!!!
黄金の城塞の上空、満天の星が輝いていた夜空の空間が、まるで古びた羊皮紙が引き裂かれるように、物理的にバリバリと破れ始めた。
破れた次元の裂け目から、言語に絶する呪詛の詠唱と、無数の亡者のような悲鳴が響き渡る。そして、星の海(アストラル空間)の深淵から、一つの惑星を丸ごと押し潰すほどの途方もない質量を持った、超絶巨大な『黒い本』が這い出してきたのだ。
『……見つけたぞ。我が全知の記録に存在しない、大宇宙の理を狂わせる忌まわしき特異点、および空白のページよ』
その存在の名は、ネクロ・アカシック。
大宇宙が誕生して以来の全ての歴史、全ての絶望、そして全ての禁忌の魔法をその身に刻み込んだ『全知の禁忌魔書』である。
その装丁は星の核を冷やして固めた絶対黒鉄でできており、ページには生きた星々の断末魔がインクとして綴られている。この魔書を開き、その文字を一つでも視界に入れた者は、神々であろうとも脳髄が沸騰し、永遠の狂気に陥るとされている。
ネクロ・アカシックは、日だまり郷という「自らの知識(大宇宙の法則)が全く通用しない異常な空間」が存在することを許せず、この星の現実を、ドス黒い絶望のホラー小説へと強制的に書き換えるために飛来したのである。
「な、なんだあのバカでかい本は!? 空が……空が完全に禍々しい文字の羅列に塗り潰されているぞ!?」
テラスで夜風に当たっていた元・大賢者ゾルタンが、持っていたワイングラスを落として絶叫した。
「あれは……神話にすら記されていない、マルチバースの全記録を司る『禁忌魔書ネクロ・アカシック』! あのような特級の概念兵器が直接ページを開けば、この世界の物理法則が書き換えられ、星全体が永遠に終わらない悪夢の物語に閉じ込められてしまいますわ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、空から降ってくる呪いの文字群に目を覆いながら悲鳴を上げる。
『書き換えろ! 絶望の物語へと! 大宇宙のバグよ! 我が「終焉の強制改訂」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、悲惨なバッドエンドの1ページとして綴ってくれるわァァァッ!』
全知の禁忌魔書が、大陸を飲み込むほどの巨大なページをバサァァッと開き、星を狂気に染める黒い文字の豪雨を降らせ始めた。
大気が悲鳴を上げ、文字が触れた空間の法則がドロドロに歪んでいく。誰もが世界の終わり、いや「絶望の物語への強制参加」を直感し、目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「おっ! なんか空から、すごく分厚くて立派な『大きな本』が降ってきたぞ! しかも、ページから文字が飛び出してきてる! 噂に聞く、最新の飛び出す絵本(3Dポップアップブック)かな!?」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、星を狂気に染める絶対禁忌の魔書と、現実を書き換える絶望の魔法文字を、「秋の夜長にピッタリの、信じられないくらい大ボリュームで仕掛けがいっぱいの『最高のエンタメ本』」だと完全に勘違いした。
「すごい! あのサイズなら、これからの秋と冬、ずっと読んでいられるぞ! しかも、わざわざ『読書の秋』に合わせて、空から最新刊をデリバリーしてくれるなんて!」
アルドの読書欲と好奇心が、大宇宙の禁忌を置き去りにして臨界点を突破した。
『狂え! 我が知識の前にひれ伏せェェェッ! 地上の塵どもォォォッ!!』
ネクロ・アカシックが、大陸の理を上書きする勢いでページを激しくめくりながら落下してくる。
「よーし! 本が地面に落ちてページが折れたり汚れたりする前に、空中で綺麗にキャッチするぞ!」
アルドは、リビングの棚から愛用の『本の修繕キット(※アラクネが編んだ絶対防壁の糸と、世界樹の樹液の糊)』を引っ掴むと、テラスから上空に向かって軽やかに跳躍した。
彼の事象改変オーラにより、禁忌魔書の放つ「認識するだけで発狂する呪いの文字」は、アルドにとって「ちょっと読みづらいオシャレなフォント」程度に強制的に緩和され、彼は全く発狂することなく、巨大な魔書の真正面へと躍り出た。
『…………は?』
全知の禁忌魔書は、己の全存在を懸けた現実書き換えの呪いの中で、人間が「目をキラキラさせながら」自ら飛び込んできた光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の絶対禁忌の知識を直接見て、なぜ平然としている!? き、貴様、自ら発狂しに来たのかァァァッ!』
「ごめんね! ちょーっと大きすぎて部屋で読めないから、持ち運びしやすい文庫本サイズにさせてもらうよ!」
アルドは、空中で巨大な禁忌魔書の表紙と裏表紙に両手をバシッと当てると、乱暴にページがめくられているのを無理やり「パタンッ!」と閉じた。
「本は大切に扱わないと! ページが折れちゃうだろう! そぉいッ!!」
――バァァァァァァァンッ!!!!
アルドが魔書を閉じ、「スッ」と事象改変の圧縮の力を込めた瞬間。
大宇宙の理を書き換える禁忌の法則が、アルドの「部屋でゆっくり読書を楽しみたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思によって、完全に上書きされた。
星を狂わせるはずの呪いの文字は「誰が読んでも心が温まるハートフルな物語」へと概念を書き換えられ、全てを押し潰す本の質量は「適度な重厚感のある手触りの良い装丁」へと強制的に変換されたのだ。
『ギ、ギィィィッ!? な、なんだこれは!? 我のページが……星を滅ぼすはずの禁忌の知識が、ただの人間用のエンタメとして【心温まる絵本と実用的なレシピ集】に書き換えられているだとォォォッ!?』
「よしよし! 表紙の汚れも拭いて、綺麗に製本し直してあげるからね!」
アルドの圧縮により、巨大なネクロ・アカシックの本体は、痛みではなく「愛読書として最適化される」という概念の書き換えを受け、シュルシュルシュルッ! と音を立てて猛スピードでサイズダウンした。
そして次の瞬間、星を終わらせるはずだった禁忌魔書は、文字通り「アルドの膝の上にすっぽりと収まるサイズの、美しい革張りの装丁を持つ『極上の飛び出す魔法の絵本』」へと強制的に成形されてしまったのである。
『ア……ァァ……? ワ、我ガ全知ノ記録ガ……ただの読み聞かせ用の絵本に……』
ネクロ・アカシック(絵本状態)は、完全に自我を残したまま、アルドの腕の中に優しく抱えられた。
「よし! 新品みたいに綺麗になったぞ! 表紙の黒い革も渋くてかっこいい!」
アルドは、新しい本を手に入れた子供のように満面の笑顔を浮かべ、ご機嫌な足取りで黄金の城塞のリビングへと戻っていった。
数分後、城塞のリビング。
アルドは暖炉の前のチェアに座り、膝の上にネクロ・アカシックを広げた。
『ヒィィィッ!? や、やめろ! 我のページを開くな! 我は星の歴史を終わらせる……』
「どれどれ、どんなお話が載ってるのかな? ……うわぁ、すごい! ページを開いたら、中から小さなホログラムみたいなお城や森が飛び出してきたぞ!」
アルドがページを開くと、魔書の体内に、かつて経験したことのない異常な事態が発生した。
彼の「全てを絶望に書き換える」という呪いの魔力が、アルドのオーラと「物語を楽しみたい」という純粋なワクワク感によって完璧に分解・再構築され、信じられないほど精巧で美しい「3Dの挿絵」と「極上の癒やしストーリー」へと昇華されていったのだ。
その瞬間、大宇宙の真理を凝縮したような物語の温もりと感動が、禁忌魔書の体内(というか存在の根源)に暴力的かつ優しく叩き込まれた。
『ア……ッ!? な、なんだこの感情は……!?』
自分のページがめくられ、アルドが「ふふっ、面白いな」「わぁ、美味しそうな料理のレシピまで載ってる」と笑顔を見せるたび、ネクロ・アカシックの体内に数万年蓄積されていた「何でもいいから絶望させたい」というドス黒い衝動が、圧倒的な幸福感と「読者を楽しませるという本としての本懐」によって完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『温かくて……なんて優しい眼差しなんだ……。私の知識が、ただ無機質に星を狂わせるのではなく、こんなにも素晴らしく、人々の心を豊かにする「究極のエンターテインメント」を生み出している……。絶望を記録するだけの虚しい生よりも、こうして誰かの膝の上で読まれ、笑顔を引き出すことが、これほどまでに心を満たすことだったとは……!』
全知の禁忌魔書の凶悪な意思は、アルドの「読書の秋への情熱」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼自身が「大宇宙で一番面白く、感動的な『究極の魔法の絵本(兼・実用書)』」として、人々の心を満たすという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「いやぁ、本当に面白い本だ! ファンタジーの物語も最高だし、明日の夕食の参考にできそうな美味しい煮込み料理のレシピまで載ってる。これは一生モノの愛読書になるぞ!」
アルドが、本の表紙を優しく撫でながら満足げに笑った。
『お任せください、マスター……!』
ネクロ・アカシックのページから、感動の涙のように温かく優しい光の粒子がキラリと舞い上がった。
『このネクロ・アカシック、貴方様と皆様に、大宇宙で最も面白く、心を芯から温める「極上の物語と実用知識」を提供することをお誓いいたしますッ! 読み聞かせの絵本でも、料理のレシピ集でも、DIYの専門書でも、私が最高のページを自動生成してみせましょう!』
「あはは! なんか本がピカピカ光って、自分でページをめくってくれたぞ! 本当に便利な魔法の本だね! よーし、明日はこの本に載ってたレシピで、ポトフを作ってみよう!」
アルドの明るい声が、秋の静かな夜の暖炉の部屋に響き渡る。
その一部始終を、リビングの端でハーブティーを震える手で持ちながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を狂気に沈める宇宙の禁忌魔書が、究極のエンタメ絵本兼・レシピ集に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で自分の手帳(記録簿)に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十九種・全知の禁忌魔書の強制絵本化(ただの読書の秋)』。対象:マルチバースの歴史を司るネクロ・アカシック。結果:アルド様の手によって空中で強制的にパタンと閉じられ、文庫本サイズに圧縮されたことで【読者を楽しませる本としての喜び】に目覚め、永久の専属愛読書兼・便利百科事典へと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の秋の夜長のスケールがどこまでインフレするのか考えるのをやめた。発狂確定の禁忌魔書を膝に乗せてレシピを読むなど、神々ですら腰を抜かすレベルの肝の太さだぞ。……おい、ゾルタン。さっきあの本がホログラムで出したファンタジーの挿絵を見ただけで、俺の剣術の極意がさらに次元を超えた気がする」
レイヴンが、暖炉の火にあたりながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、あの本、アルド様には絶対服従ですが、私が適当な扱いをしたら、ページを開いた瞬間に重力波か精神崩壊魔法で本気で怒ってきそうですよ。図書館の蔵書以上に丁寧に扱いましょう」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔で、自分の魔法書をそっと棚の奥にしまった。(もうあの絵本一冊あれば大賢者の知識など不要だからだ)
「いやぁ、最高の秋だね! 美味しいものも読書もいっぱいで、毎日が楽しいや!」
アルドの無邪気な笑顔が、魔法の絵本が放つ優しい光に照らされてキラキラと輝いている。
最強の便利屋の「ただの読書の秋」は、星を滅ぼす巨大な禁忌魔書を「最高に面白い愛読書」として膝の上に迎え入れ、黄金の城塞の秋を、文字通り【いかなる宇宙の絶望も極上のエンタメに変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の禁忌すらも、ただの「秋の夜長を彩る素敵な一冊」に過ぎないのである。
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