第57話:ただの焼き芋と、暴食の星獣の強制石窯化
第57話:ただの焼き芋と、暴食の星獣の強制石窯化
黄金の城塞に、深まる秋の涼風と、黄金色に色づいた木々の香りが漂う季節がやってきた。
日だまり郷の秋は、大宇宙の脅威たちを風流なオーナメントや秋の風景へと変貌させたことで、かつてないほど豊かで穏やかな時間を迎えている。
縁側の『三方』の上には、星を滅ぼす月天の支配神ルナティック・ゴッドが「極上の満月オーナメント」として静かに銀光を放ち、その横では暴風の破壊神テンペスト・ゼファーの風鈴が、秋の微風を受けてチリンと涼やかな音色を奏でている。元・太陽神アポロンの温室からは秋の味覚が次々と収穫され、アザトス率いる元・混沌魔軍の農業組合は、世界樹ユグドラシルの恩恵を受けた超優良農地で、毎日泥だらけになりながらも充実した農作業に汗を流していた。
そんな秋晴れのある日の午後。
アルドは、首にタオルを巻き、軍手をはめた完全な農作業スタイルで、裏手の畑から大きな竹カゴを背負って中庭へと戻ってきた。
「ふぅ、大豊作だ! アザトスさんたちが丁寧に土を耕してくれたおかげで、今年の『サツマイモ』は信じられないくらい大きく育ったぞ」
アルドが背負っているカゴの中には、人間の顔ほどもある巨大でツヤツヤとした紫色のサツマイモが山のように積まれていた。
――当然ながら、それはただのサツマイモではない。世界樹ユグドラシルの根が張り巡らされた大地で、星喰いバクテリウムを分解した究極の堆肥を用いて育てられた『神樹の霊甘藷』である。一口かじれば千年の寿命が延び、体内のマナがビッグバンを起こすという、大宇宙の奇跡の結晶であった。
「これだけ立派なお芋が採れたんだから、やっぱり『焼き芋』にしないともったいないよね。落ち葉を集めて焚き火で焼くのも風情があるけど……中までホクホクに甘く仕上げるなら、やっぱり『石焼き芋』が一番なんだよなぁ」
アルドは、竹カゴを縁側に下ろし、腕を組んでウンウンと唸った。
「遠赤外線でじっくり熱を通せるような、分厚い石でできた『石窯』があれば最高なんだけど……。城塞のレンガを崩して窯を作るのも大変だし、どこかに都合よく、中が熱くて外が頑丈な石の塊でも落ちてないかなぁ」
アルドが呑気に秋の空を見上げて、都合の良い調理器具を探していた、まさにその時である。
――ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!!
黄金の城塞の上空、澄み切った秋の青空が、突如として真っ黒な「巨大な口」によって物理的に噛み砕かれた。
空間の裂け目から、ドロドロのマグマと暗黒物質が混ざり合ったような強烈な消化液の臭いが周囲に立ち込める。そして、星の海(アストラル空間)を引き裂いて、一つの惑星すらも丸呑みするほどの途方もない質量を持った、異形の巨獣が這い出してきたのだ。
『……見つけたぞ。我が腹を満たすに相応しい、異常なマナの極大集積地。そして、大宇宙の理を狂わせる忌まわしき特異点よ』
その存在の名は、グラトニオン。
星の海をあてどなく彷徨い、飢えを満たすためだけに無数の星系を喰らい尽くしてきた『暴食の星獣』である。
彼の肉体は、これまで喰らってきた無数の隕石や岩盤で構成された「絶対不壊の岩石装甲」で覆われており、その口の中には、星の核すらも一瞬で消化する「超重力の胃袋」が渦巻いている。
グラトニオンは、日だまり郷に蓄積された常軌を逸した生命力(世界樹や神々の存在)を極上のフルコースとして嗅ぎつけ、この星ごと全てを胃袋に収めるために飛来したのである。
「な、なんだあのバカでかい岩の化け物は!? 空が……空が完全に巨大な口に飲み込まれようとしているぞ!?」
縁側で干し柿を吊るしていた元・大賢者ゾルタンが、柿を落として絶叫した。
「あれは……神話にすら記されていない、星海を喰らう暴食の化身『グラトニオン』! あのような規格外の胃袋が直接展開されれば、この星の大地も海も、全てがドロドロの消化液に溶かされてしまいますわ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、凄まじい吸引力に体が浮き上がりそうになりながら、ポールに必死にしがみついて悲鳴を上げる。
『喰らえ! 溶けろ! 大宇宙のバグよ! 我が「星骸の顎」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、我が胃袋の養分として消化してくれるわァァァッ!』
暴食の星獣が、大陸を飲み込むほどの巨大な口を開き、超重力の吸引を伴って一直線に城塞めがけて降下してくる。
大気が悲鳴を上げ、引力によって城塞の庭の土が天に向かって巻き上げられる。誰もが世界の終わり、いや「捕食される絶望」を直感し、目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「おっ! なんか空から、すごく分厚い石でできた『巨大な壺みたいなもの』が降ってきたぞ! しかも、口の中が赤く燃えてて、遠赤外線がガンガン出てそう!」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、星を喰らう絶対不壊の岩石装甲と、何でも消化する超重力の胃袋を、「石焼き芋にピッタリの、信じられないくらい頑丈で高温を保てる最高の『石焼き窯』」だと完全に勘違いした。
「すごい! あのサイズなら、この巨大なサツマイモを一気に全部ホクホクに焼き上げられるぞ! しかも、わざわざ秋の味覚の季節に合わせて、空からデリバリーしてくれるなんて!」
アルドの秋の味覚をエンジョイする気概が、大宇宙の捕食者を置き去りにして臨界点を突破した。
『消化されろォォォッ! 地上の塵どもォォォッ!!』
グラトニオンが、大陸を咀嚼する勢いで口を開けて落下してくる。
「よーし! 窯が地面に激突して壊れる前に、空中でサツマイモを投入するぞ!」
アルドは、竹カゴいっぱいの『神樹の霊甘藷』を片手で軽々と持ち上げると、作業ベルトから愛用の『時空の鎌』を抜き放ち、縁側から上空に向かって軽やかに跳躍した。
彼の事象改変オーラにより、グラトニオンの放つ超重力の吸引は、アルドにとって「ちょうどいい追い風」程度に強制的に緩和され、彼は真っ赤に燃え盛る暴食の星獣の巨大な口の真正面へと躍り出た。
『…………は?』
暴食の星獣は、己の全存在を懸けた捕食の顎の前に、人間が「大量の芋が入ったカゴ」を抱えて自ら飛び込んできた光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の超重力圏内で、なぜ平然と芋を抱えていられる!? き、貴様、自ら餌になりに来たのかァァァッ!』
「ごめんね! ちょーっと熱いかもしれないけど、美味しい焼き芋を作るための窯として使わせてもらうよ!」
アルドは、空中で時空の鎌の柄を使って、サツマイモを一つ一つ神速で「石焼きに最適なサイズ」に切り分けながら、グラトニオンの燃え盛る胃袋に向かって、次々とサツマイモを放り込んだ。
「遠赤外線でじっくり、中までホクホクに焼き上げてね! そぉいッ! そぉいッ!」
――ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
アルドがサツマイモを胃袋に放り込み、「スッ」と事象改変の力を込めた瞬間。
大宇宙を飲み込む消化液とブラックホールの法則が、アルドの「絶対に美味しい石焼き芋を作りたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思によって、完全に上書きされた。
星を溶かすはずの暗黒消化液は「サツマイモの甘みを極限まで引き出す遠赤外線の熱」へと概念を書き換えられ、全てを押し潰す超重力は「熱を逃がさず均等に火を通すための圧力」へと強制的に変換されたのだ。
『ギ、ギィィィッ!? な、なんだこれは!? 我の胃袋が……星を消化するはずの胃袋が、ただのイモを【最適な温度で加熱する】ためだけのオーブンとして使われているだとォォォッ!?』
「いい感じだ! 窯の温度が絶妙だから、一気に甘い蜜が溢れ出してきたぞ!」
アルドは、空中で空になった竹カゴを抱えながら、満足げに窯(グラトニオンの口)の中を覗き込んだ。
数分後。
グラトニオンの体内に、かつて経験したことのない異常な事態が発生した。
彼の「絶対に満たされることのない飢え」を抱えた超重力の胃袋の中で、神樹の霊甘藷がアルドのオーラによって完璧に焼き上げられ、皮の表面から黄金色の蜜がジュワァッと溢れ出したのだ。
その瞬間、大宇宙の真理を凝縮したような焼き芋の極上の甘い香りが、星獣の体内(というか存在の根源)に暴力的かつ優しく叩き込まれた。
『ア……ッ!? な、なんだこの香りは……!?』
焼き芋の甘い香りが全身に充満するたび、グラトニオンの体内に数万年蓄積されていた「何でもいいから喰らい尽くしたい」というドス黒い飢餓感が、圧倒的な幸福感と「極上の料理を完成させたという達成感」によって完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『甘くて……なんて香ばしい匂いなんだ……。私の胃袋が、ただ無機質に星を消化するのではなく、こんなにも素晴らしく、人々を笑顔にする「究極の料理」を生み出している……。奪い、喰らうだけの虚しい生よりも、こうして自らの熱で美味しい焼き芋を作り、誰かに喜んでもらうことが、これほどまでに心を満たすことだったとは……!』
暴食の星獣の凶悪な意思は、アルドの「秋の味覚への情熱」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼自身が「大宇宙で一番美味しくサツマイモを焼ける『究極の石焼き窯』」として、人々の腹と心を満たすという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「よし! 焼き上がったみたいだ! 窯さん、お芋を出して!」
アルドが声をかけると、グラトニオンの巨大な口から、ポンッ、ポンッと、黄金色の蜜を滴らせた完璧な石焼き芋が、縁側の上の竹カゴへと行儀良く吐き出された(提供された)。
同時に、グラトニオンの巨大な岩石の肉体は、シュルシュルと音を立てて圧縮され、「縁側に置くのにちょうどいいサイズの、丸みを帯びた可愛らしい石窯」へと姿を変え、縁側の端にコトンと着地した。
「みんな! できたよ! すっごくいい匂いの石焼き芋だ! 熱いうちに食べよう!」
アルドは、ホクホクの焼き芋を半分に割り、黄金色に輝く中身をフーフーと冷ましながらかじりついた。
「うん! 最高! 外は香ばしくて、中はねっとり甘い! 窯さんの温度管理が完璧だったおかげだね!」
『お任せください、マスター……!』
石窯の口元(焚き口)から、感動の涙のように温かく優しい赤い火炎がチロチロと揺れた。
『このグラトニオン、貴方様と皆様に、大宇宙で最も甘く、心を芯から温める「極上の石焼き芋」を提供することをお誓いいたしますッ! サツマイモでも、ジャガイモでも、ピザでも、私が最高の遠赤外線で焼き上げましょう!』
「あはは! なんか窯がポッポと音を立てて嬉しそうにしてるね! よーし、これからは毎日いろんなものを焼いて楽しもう!」
アルドの明るい声が、秋の涼やかな風に乗って、縁側に響き渡る。
その一部始終を、縁側の端で熱々の焼き芋をハフハフしながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を喰らう宇宙の暴食神が、縁側の石焼き芋の窯に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十七種・暴食の星獣の強制石窯化(ただの焼き芋)』。対象:星海を喰らうグラトニオン。結果:アルド様の手によって胃袋にサツマイモを放り込まれ、完璧な石焼き芋を完成させたことで【料理を提供し、人腹を満たす喜び】に目覚め、永久の専属オーブン兼・石焼き窯へと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の秋の味覚のスケールがどこまでインフレするのか考えるのをやめた。暴食の星獣の胃袋で焼いた芋を食うなど、神々ですら腰を抜かすレベルの美食だぞ。……おい、ゾルタン。この焼き芋を一口食っただけで、体内の魔力量が大陸を吹き飛ばせるレベルに膨れ上がった気がする」
レイヴンが、黄金色の芋を咀嚼しながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、あの石窯、アルド様には絶対服従ですが、私たちが生焼けのものを入れようとしたら重力波で本気で怒ってきそうですよ。焼き加減には細心の注意を払いましょう」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔で、二本目の焼き芋に手を伸ばした。
「いやぁ、最高の秋だね! 美味しいものがいっぱいあって、毎日が楽しいや!」
アルドの無邪気な笑顔が、優しく輝く石窯の炎に照らされている。
最強の便利屋の「ただの焼き芋」は、星を滅ぼす巨大な暴食獣を「最高に便利な調理器具」として縁側に鎮座させ、黄金の城塞の秋を、文字通り【いかなる宇宙の脅威も極上の美食に変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の絶望すらも、ただの「季節の味覚を彩る美味しいイベント」に過ぎないのである。
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