第56話:ただのお月見と、月天の支配神の強制お供え物化
第56話:ただのお月見と、月天の支配神の強制お供え物化
黄金の城塞に、澄み切った秋の夜風が吹き抜ける季節が訪れていた。
日だまり郷における「究極の夏」は、大宇宙の脅威たちをウォータースライダーやスイカ、打ち上げ花火やお化け屋敷のキャストへと変貌させることで、かつてないほどの盛り上がりを見せて幕を閉じた。
季節が巡り、空が高く澄み渡る秋。元・太陽神アポロンの柔らかな日差しと、大精霊女王ティターニアが運ぶ心地よい涼風によって、城塞の周囲の森は美しく紅葉し、見渡す限りの絶景を作り出している。地下ボイラー室のサタナスは「これからの季節、床暖房の調整が腕の見せ所ですぞ!」と張り切り、仕立て屋のアラクネは住人たちのために極上の肌触りを持つ秋物のカーディガンを編み上げていた。
そんな秋の夜長。アルドは城塞の広大な縁側で、一人せっせと木材を削り、何やら台のようなものを組み立てていた。
「ふぅ……。夏は思いっきり遊んだから、秋は少し静かに風情を楽しみたいよね。秋の夜長といえば、やっぱり『お月見』だ。綺麗なお月様を眺めながら、ススキを飾って、美味しいお団子を食べる。これぞ日本の……いや、この村の秋の醍醐味ってもんだ」
アルドは、完成した白木の『三方(さんぽう:お供え物を乗せる台)』を満足げに縁側に置いた。
――当然ながら、彼が「ちょっとした木材」として使っているのは、世界樹ユグドラシルの枝をカンナで削り出した『絶対不壊の神木』である。
「よし、飾り付けの台はできたぞ。あとはススキを飾って、メインのお団子だな」
アルドが中庭に目を向けると、そこでは一羽の巨大な白いウサギ――お正月の餅つきでアルドの杵の圧力と餅の美味さに魂を売り、専属の餅つき職人となった『兎神』が、猛烈なスピードで杵を振るっていた。
『ピョピョピョピョッ!! マスターノタメ、宇宙デ一番美味シイお月見団子ヲ作ルピョン! こねて、丸めて、完璧な満月ノ形ニ仕上ゲルピョン!』
「ありがとう、ウサギさん! すごく綺麗な丸いお団子だね。十五夜だから、十五個積み上げて飾ろう」
アルドは、ルナ・ラビットが打ち上げた極上のお月見団子(※大宇宙のマナが極限まで濃縮された神仙食)を、三方の上にピラミッド状に美しく積み上げた。
「うん! ススキも飾ったし、お団子も完璧だ。あとは、主役の『お月様』が顔を出してくれるのを待つだけだね」
アルドが縁側に座り、温かいお茶を啜りながら夜空を見上げた、まさにその時である。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォッ!!!!
黄金の城塞の上空、満天の星が輝いていた秋の夜空が、突如として異常なほどの眩い銀光に包まれた。
ただ光っているのではない。夜空に浮かんでいた「月」そのものが、通常の数百倍の大きさに膨れ上がり、異常なスピードで地球に向かって落下を始めたのだ。
月の引力が狂い、世界中の海で大津波が発生し、大地がミシミシと悲鳴を上げる。大気が重力異常によって捻じ曲がり、星全体が崩壊の危機に瀕した。
『……見つけたぞ。我が愛しき使徒ルナ・ラビットをたぶらかし、餅つき職人などという下等な労働力に堕としめた、忌まわしき特異点よ』
落下してくる巨大な月。その中心から、銀色の十二単のような衣を纏い、冷酷な光を放つ瞳を持った絶対的な神格が姿を現した。
その存在の名は、ルナティック・ゴッド(月天の支配神)。
大宇宙の引力と狂気を司り、夜の星海を統べる『月の神』本人である。
彼女は、自らの忠実な使徒であった兎神が、この日だまり郷で「毎日嬉々としてお団子を丸めている」という宇宙規模の屈辱的情報を知り、激怒。この異常な特異点を、彼が住む星もろとも『月面激突』によって物理的にすり潰すため、自らの神体を伴って直接降臨したのである。
「な、なんだあのバカでかい月は!? 空が……空が完全に月に押し潰されようとしているぞ!?」
縁側でお茶を飲んでいた元・大賢者ゾルタンが、湯呑みを落として絶叫した。
「あれは……神話に記された夜の絶対支配者、ルナティック・ゴッド! 使徒を奪われた怒りで、月そのものをこの星に激突させる気ですわ! あのような質量の衝突、次元結界すらも貫通して世界が完全に終わりますッ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、異常な重力に体が浮き上がりそうになりながら、ポールに必死にしがみついて悲鳴を上げる。
『狂え! 砕け散れ! 大宇宙のバグよ! 我が「月光の鉄槌」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、クレーターの底の塵として消し去ってくれるわァァァッ!』
月天の支配神が、星を砕く極大の重力波と狂気の光を伴って、超巨大な月と共に一直線に落下してくる。
大気が悲鳴を上げ、引力によって城塞の庭の木々が天に向かって引っこ抜かれそうになる。誰もが世界の終わりを直感し、絶望に目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「わあぁぁっ! すごい! さすが十五夜だ!」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、星を滅ぼす月の激突を、「十五夜だから、お月様が特別に大サービスして、すごく近くまで降りてきてくれた」と完全に勘違いした。
「なんて大きくて綺麗なお月様なんだ! これならお月見には最高だね! ……でも、ちょっと待って」
アルドは、落下してくる超巨大な月を見上げて、少し困ったように眉をひそめた。
「あんなに大きなお月様が庭に直接降りてきたら、せっかくのみんなの家が潰れちゃうし、眩しすぎてお月見どころじゃないぞ。そうだ、お月様には、この『三方』の上に乗ってもらおう!」
アルドの風流を愛する心が、大宇宙の重力を置き去りにして臨界点を突破した。
『消え去れェェェッ! 地上の塵どもォォォッ!!』
ルナティック・ゴッドが、大陸を粉砕する速度で月と共に落下してくる。
「お月様ー! こっちだよ! ちょうどいい台を用意したから、ここに乗ってね!」
アルドは、自作の『世界樹の三方(お供え台)』を両手でしっかりと掲げ持ち、縁側から軽やかに上空へと跳躍した。
彼の事象改変オーラにより、月の異常重力はアルドの周囲だけ完全に無効化され、彼は「見えない縁側の延長線」を駆け上がるようにして、落下してくる巨大な月と神の真正面へと躍り出た。
『…………は?』
月天の支配神は、己の全存在を懸けた月面激突の前に、人間が「木のお盆」を両手で掲げて立ちはだかった光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の引力圏内で、なぜ平然と立っていられる!? き、貴様、何をする気だァァァッ!』
「ごめんね! ちょーっと大きすぎるから、うちの縁側に乗れるサイズにさせてもらうよ!」
アルドは、空中で掲げた『三方』の平らな面を、落下してくる月(およびルナティック・ゴッドの神体)の底面に、下からピタリと押し当てた。
「お月見の飾りにするから、可愛く縮んでね! よいしょーーーッ!!」
――ピカァァァァァァァァンッ!!!!
アルドが三方を押し当て、「スッ」と事象圧縮の力を込めた瞬間。
大宇宙の引力と法則が、アルドの「縁側に飾るのにちょうどいいサイズのお月様が欲しい」という圧倒的で暴力的なまでの意思によって、完全に上書きされた。
直径数千キロに及ぶ巨大な月と、それを操る神の肉体は、物理的な衝突の衝撃を一切発生させることなく、「お供え物に最適化される」という概念の書き換えを受けたのだ。
シュルシュルシュルッ! と、空間そのものが収縮するような音を立てて、巨大な月は猛スピードでサイズダウンしていく。
そして次の瞬間、星を砕くはずだった月天の支配神と月は、文字通り「ソフトボールほどの大きさの、淡く美しく光り輝く、極上の満月のオーナメント(置物)」へと強制的に成形されてしまったのである。
『ア……ァァ……? ワ、我ガ神体ガ……ただの光る丸い玉に……』
ルナティック・ゴッド(お供え物状態)は、完全に自我を残したまま、アルドが持つ三方の中央――十五個のお月見団子の真ん中に、スポッと美しく鎮座させられた。
「よし! ナイスサイズ! しかもすごく綺麗に光ってて、最高のお月見の飾りになったぞ!」
アルドは、光る月のオーナメントが乗った三方を大事そうに抱え、軽やかに縁側へと着地した。
「みんな! 見て見て! お月様がすごく近くで綺麗に見えるよ! さっそくお月見を始めよう!」
アルドは、縁側の特等席に三方をセットし、その横に温かいお茶の入った急須と湯呑みを並べた。
『ヒィィィッ!? や、やめろ! 我を台の上に飾るな! 我は夜の支配者……こんな、ただの置物として縁側に置かれるなど……ッ!』
月天の支配神は、己の屈辱に涙を流しながら、ソフトボール大の月の中からテレパシーで叫ぼうとした。
「おっ、お月様もせっかく来てくれたんだから、ウサギさんが作ってくれた美味しいお団子を食べてよ」
アルドは、ルナティック・ゴッドの叫びを完全に無視し(聞こえていない)、串に刺したお月見団子を、光る月の表面にコツンと優しく押し当てた。
『ピョン! 我ガ主(元)ヨ! マスターノタメニ作ッタお団子、最高ニ美味イピョン! 騙サレタト思ッテ食ベテミルピョン!』
元・使徒のルナ・ラビットが、誇らしげに親指(前足)を立てる。
『ふ、ふざけるな! 我が使徒を誑かした男の団子など、誰が……んぐッ!?』
アルドの「さあ、冷めないうちに」という圧倒的な同調圧力により、お団子の一口分が、月のオーナメントの内部(神の概念的口元)へと強制的に押し込まれた。
――その瞬間。
ルナティック・ゴッドの体内に、大宇宙のマナを凝縮したようなお団子の極上の甘みとモチモチ感、そしてアルドの「秋の風情を皆で静かに楽しみたい」という純粋な祈りが、暴力的かつ優しく叩き込まれた。
『ア……ッ!? な、なんだこれは……!?』
お団子が喉(のような概念)を通り抜けるたび、彼女の体内に蓄積されていた「星を砕き、狂気を振りまく」という冷酷な衝動が、圧倒的な安心感と「美しい季節を愛でる喜び」によって完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『甘くて……美味しい……。それに、この縁側から吹き抜ける風の、なんて心地よいこと……。私の月光が、狂気ではなく、ただ静かに秋の夜を照らし、人々の心に「安らぎ」を与えている……。星を滅ぼすよりも、こうして縁側に座り、美味しい団子を食べながら風流を楽しむことが、これほどまでに満たされることだったとは……!』
月天の支配神の凶悪な意思は、アルドの「お月見の風習」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼女自身が「宇宙で一番美しく、最高に風流な『お月見オーナメント』」として、人々の心を癒やすという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「どう? 美味しいだろう? ウサギさんのお団子は最高だからね。お月様が近くにいてくれると、風情があって本当にいいお月見になったよ」
アルドが、お茶を啜りながら満足げに笑いかける。
『お任せください、マスター……!』
ルナティック・ゴッドの神体(ソフトボール大の月)が、感動の涙のように淡く美しい銀色の光をキラキラと散らしながら、神々しく輝いた。
『このルナティック・ゴッド、貴方様と皆様に、大宇宙で最も美しく、そして最高に風流な「極上の月明かり」を提供することをお誓いいたしますッ! お月見のオーナメントでも、ウサギの団子作りの助手でも、私が最高の風情で皆様の秋を彩りましょう!』
「あはは! なんかお月様がすごくキラキラして嬉しそうに光ってるね! よーし、みんなも一緒にお団子を食べよう!」
アルドの明るい声が、秋の涼やかな夜風に乗って、縁側に響き渡る。
その一部始終を、縁側の端で震えながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を激突させる月天の支配神が、縁側のお供え物の置物に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十六種・月天の支配神の強制お供え物化(ただのお月見)』。対象:夜の星海を統べるルナティック・ゴッド。結果:アルド様の手作り三方(お盆)によって見事にキャッチ&圧縮され、お団子を食べさせられたことで【秋の風情と安らぎ】に目覚め、永久の専属お月見オーナメント兼・団子職人助手へと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の秋のレジャーのスケールがどこまでインフレするのか考えるのをやめた。月の神本人を机の上に飾って団子を食うなど、神々ですら腰を抜かすレベルの風流だぞ。……おい、ゾルタン。この月明かりを浴びているだけで、精神が極限まで浄化されていく気がする」
レイヴンが、お茶を啜りながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、あのお月様、アルド様には絶対服従ですが、私たちが団子を落としたりしたら重力波で本気で怒ってきそうですよ。行儀良く食べましょう」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔で、背筋を伸ばしてお団子を口に運んだ。
「いやぁ、最高のお月見だね! 秋は美味しいものがいっぱいあるから、これからも楽しみだ!」
アルドの無邪気な笑顔が、優しく輝く月のオーナメントの光に照らされている。
最強の便利屋の「ただのお月見」は、星を滅ぼす巨大な月を「最高に風流な光る置物」としてお盆に飾り付け、黄金の城塞の秋の夜長を、文字通り【いかなる宇宙の脅威も極上の風情に変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の絶望すらも、ただの「季節の行事を彩る美しい飾り」に過ぎないのである。
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