第53話:ただのスイカ割りと、滅亡の紅彗星の強制果肉化
第53話:ただのスイカ割りと、滅亡の紅彗星の強制果肉化
黄金の城塞に、刺すような真夏の太陽が降り注いでいた。
しかし、日だまり郷の絶対領域内は、元・太陽神アポロンによる緻密な日差し調整と、大精霊女王ティターニアが管理する水脈の恩恵により、うだるような不快な暑さは一切存在しない。
さらに、城塞の広大な縁側の軒下には、先日アルドの手によって空洞化された暴風の破壊神『テンペスト・ゼファー』が、涼しげなガラスの風鈴として吊るされている。チリン……と世界樹の短冊が揺れるたび、大宇宙の気流を司る破壊神の核から極上のマイナスイオンと微風が放たれ、縁側で昼寝をする神竜ポチや深淵の海神リヴァイアサン(イルカさん)の身体を優しく撫でていた。
庭の端では、星海銀竜を真っ二つに割って作った『超絶規模の流しそうめんコース兼・ウォータースライダー』を、元・混沌魔軍の農夫たちが歓声を上げながら滑り降りている。
大宇宙の法則を揺るがした覇者たちが、ただ「城塞の夏を快適に過ごす」ためだけに従事し、そして彼ら自身もその平穏な日々に完全に骨抜きにされているこの空間。それはもはや、マルチバースのどの次元を探しても存在し得ない、狂気と奇跡が完璧に調和した究極のサマー・パラダイスであった。
そんな真昼の昼下がり。アルドは縁側に座り、よく冷えた麦茶を飲み干して、大きく息を吐き出した。
「ふぅ……。流しそうめんも水遊びも最高だけど、やっぱり夏といえば『あれ』をやらないと締まらないよな」
アルドは、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、広大な中庭を見渡した。
「みんなでワイワイ盛り上がれる夏のレジャー……そう、『スイカ割り』だ! 目隠しをして、周りの声だけを頼りに棒を振り下ろす。あの見事に割れた時の爽快感と、その後に食べる甘くて冷たいスイカの味は、夏の一番の思い出になるからね」
アルドのDIY精神とイベント企画力が、夏の強い日差しに照らされて再び目を覚ました。
「でも、ただのスイカじゃ、ポチやイルカさん、それにアザトスさんたち(巨人サイズの元・魔軍)も一緒にお腹いっぱい食べるには小さすぎるんだよなぁ。どこかに、城塞の全員で食べられるくらいの、とびっきり巨大な『スイカ』でも落ちてこないかな……」
アルドが呑気に空を見上げて都合の良い夏の果実を探していた、まさにその時である。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!!
黄金の城塞の上空、突き抜けるような青空の彼方から、大気を激しく摩擦して燃え上がる超巨大な飛来物が出現した。
それは、直径が数十キロメートルにも及ぶ、途方もない質量を持った天体。
表面は強烈な大気摩擦と暗黒魔力によって『深緑色と漆黒の縦縞模様』のオーラを纏い、その中心部には、星の命を喰らい尽くすドス黒い『真紅の核』が脈打っている。
『……フハハハハ! 見つけたぞ。我の同胞たる宇宙の覇者どもが、次々と消息を絶ったという忌まわしき次元の特異点よ!』
その存在の名は、ブラッド・スター。
大宇宙の星々を巡り、自らを隕石として惑星に激突させることで、その星の全生命力とマナを一瞬にして吸収して回る『滅亡の紅彗星』である。
彼は、星海銀竜や暴風の破壊神といった宇宙の超常存在が日だまり郷に吸収されたという宇宙の悲鳴を察知し、その元凶たる城塞を、この星ごと物理的に粉砕し、養分として啜り尽くすために飛来したのである。
「な、なんだあのバカでかい隕石は!? 空が……空が完全に燃え盛る岩塊に覆い尽くされているぞ!?」
縁側でかき氷を食べていた元・大賢者ゾルタンが、スプーンを取り落として絶叫した。
「あれは……神話にすら記されていない、星の命を喰らう絶対の終焉『滅亡の紅彗星』! あのような質量の天体が直接地表に激突すれば、大陸が消し飛ぶどころか、この星の地殻が裏返って宇宙の塵と化しますわ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、あまりの絶望感にポールにしがみつきながら悲鳴を上げる。
『滅びよ! 大宇宙のバグよ! 我が「星核激突」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、ドロドロのマグマの海に沈めてくれるわァァァッ!』
滅亡の紅彗星が、星を砕く極大の運動エネルギーを伴って、一直線に黄金の城塞めがけて落下してくる。
大気が悲鳴を上げ、凄まじい衝撃波が地上の木々をなぎ倒そうとする。誰もが世界の終わりを直感し、絶望に目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「おっ! なんか空から、すごく大きくて丸い『緑と黒のシマシマ模様の玉』が降ってきたぞ! しかも、真ん中がうっすら赤く透けて見えて、すごく熟してそう!」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大気摩擦で緑と黒のオーラを纏い、中心の赤いマナを輝かせる絶望の彗星を、「スイカ割りにピッタリの、信じられないくらい巨大で食べ頃の超特大スイカ」だと完全に勘違いした。
「すごい! あのサイズなら、城塞のみんなでお腹いっぱいスイカが食べられるぞ! しかも、わざわざ空から最高のタイミングで落ちてきてくれるなんて!」
アルドの夏をエンジョイする気概が、臨界点を突破した。
『消え去れェェェッ! 地上の塵どもォォォッ!!』
ブラッド・スターが、大陸を粉砕する速度で落下してくる。
「よーし、落ちてきて地面が凹む前に、空中で綺麗に割るぞ! スイカ割りスタートだ!」
アルドは、作業ベルトから愛用の『木槌(※世界創造の神槌の柄を長くしたもの)』を抜き放ち、さらにポケットから真っ黒な布の切れ端(※アラクネが仕立てた絶対暗闇の布)を取り出して、自らの目にギュッと巻き付けて「目隠し」をした。
スイカ割りは、目隠しをしてこその遊びである。アルドは、完全なる視界ゼロの状態で、己の事象改変オーラと直感のみを頼りに、空中に向かって軽やかに跳躍した。
「みんなー! スイカの位置を教えてー! 右? 左?」
アルドの明るい声が空中に響く。
「ひぃぃぃッ!? ア、アルド様、目隠しで空を飛んで……ッ! み、右です! いや、真上から降ってきてますゥゥゥッ!」
ゾルタンがパニックになりながら叫ぶ。
「もうダメですわ! あの質量を空中で受け止めるなど、神々でも不可能です! 逃げてくださいませ!」
レギンレイヴが絶叫する。
「なるほど、真上から来てるんだね! よーし、大体の位置は掴めたぞ!」
アルドは、周囲の悲鳴を「スイカ割りの熱烈なナビゲーション」だと都合よく解釈し、空中で見えない足場をグッと踏みしめた。
そして、両手でしっかりと握りしめた特大の木棒を、落下してくる超巨大彗星の真正面に向かって、大上段から全力で振り下ろした。
「そこだーーーッ!! そぉいッ!!」
――パッカーーーーーーーンッ!!!!
アルドが振り抜いた木の棒が、彗星の先端にクリーンヒットした瞬間。
星を砕くはずの絶望の運動エネルギーは、アルドの「夏のレジャーを成功させたい」という圧倒的で暴力的なまでの意思によって、完全に上書きされた。
超絶質量の岩塊は、隕石としての硬度と破壊力を強制的に剥奪され、「見事に熟れたスイカの皮」としての概念を押し付けられたのだ。
アルドの棒の一撃により、直径数十キロの滅亡の紅彗星は、まるで小気味良い音を立てて割れる果実のように、空中で見事なまでに真っ二つにカチ割られたのである。
『…………は?』
滅亡の紅彗星ブラッド・スターの意思は、己の絶対不壊の星核が、目隠しをした人間が振るったただの木の棒によって、スッパリと綺麗に両断された光景(というより感覚)に、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の星核激突が……ただの棒で……!? き、貴様、一体何を……アッ!?』
「おおっ! 手応えバッチリ! すごく綺麗に割れた音がしたぞ!」
アルドは、空中で目隠しを外し、真っ二つに割れて落下していく彗星の断面を見た。
アルドの事象改変の暴力は、彗星をただ「割った」だけでは終わらない。
彗星の内部に詰まっていた、星々を滅ぼすドス黒い暗黒マナの奔流は、アルドの「甘くて美味しいスイカが食べたい」という願いによって、強制的に『極上の甘みと水分を含んだ、真っ赤なシャキシャキの果肉』へと物質変換されていたのだ。
さらに、彗星の岩盤は『緑色の硬い皮』へと変わり、空中に飛び散る破壊エネルギーの破片は『黒くて小さな種』としてパラパラと地上に降り注いでいく。
『ギ、ギィィィッ!? 我の、我の暗黒星核が、ただの甘ったるい赤い果肉に……!? しかも、この異常なまでの水分と糖度はなんだ!? 我は星を滅ぼす存在だぞォォォッ!』
「よーし、地面に落ちる前にキャッチするぞ!」
アルドは、空中でさらに加速し、真っ二つに割れた巨大な「スイカ(元・彗星)」の破片を、事象圧縮のオーラで「城塞の中庭にちょうどいいサイズ」へとシュルシュルと強制圧縮させながら、両手でガシッと受け止めた。
ドサッ。
アルドは、両脇に巨大なスイカの半球を抱えて、軽やかに縁側の前に着地した。
「みんな! 大成功だ! すごく赤くて美味しそうなスイカだよ! よく冷えてそうだし、さっそく切り分けて食べよう!」
アルドは、満面の笑顔で、宇宙の災厄だった物体をまな板の上に乗せた。
『ヒィィィッ!? や、やめろ! 我を包丁で切るな! 我は星の命を喰らう……』
「はい、包丁入りまーす。サクッ、サクッ」
アルドの手際の良い包丁さばきによって、滅亡の紅彗星は、食べやすい三角形のピースへと次々に切り分けられていく。
『ア……ァァ……? ワ、我ガ肉体ガ……一口サイズに……』
ブラッド・スター(スイカ状態)は、完全に自我を残したまま、銀のトレイの上に綺麗に並べられた。
「よし! どうぞ召し上がれ! 少し塩を振ると、甘みが引き立って美味しいよ!」
アルドが、深淵の海神から採取した特製の粗塩をパラリと振りかける。
その瞬間、ブラッド・スターの体内に、かつて経験したことのない異常な感覚が叩き込まれた。
『ア……ッ!? な、なんだこれは……!?』
塩が振られた果肉から、極上の甘みと、大宇宙の真理を凝縮したような芳醇な香りが弾け飛んだ。彼の体内に蓄積されていた「全てを破壊し、命を喰らう」という凶悪な衝動が、圧倒的な清涼感と、誰かに美味しく食べてもらうことの喜びによって、完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『甘くて……美味しい……。それに、このシャキシャキとした食感……。私の果肉が食べられるたびに、数万年蓄積した私の魂の飢えが完全に満たされ、とてつもない幸福感に包まれていく……! 命を奪うのではなく、自らの身を与えて人々に笑顔と涼を届けることが、これほどまでに素晴らしいことだったとは……!』
滅亡の紅彗星の凶悪な意思は、アルドの「夏のレジャー」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼自身が「宇宙で一番甘くて美味しいスイカ」として、人々の渇きを潤すという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「おーい! みんな! スイカ切れたよ! 遠慮しないでどんどん食べてね!」
アルドが、真っ赤なスイカにかじりついた。
「うん! 甘い! しかもみずみずしくて、夏の暑さが一気に吹き飛ぶよ! 目隠しして割った甲斐があったなぁ!」
『お任せください、マスター……!』
スイカ(ブラッド・スター)の黒い種が、感動の涙のようにキラリと光った。
『このブラッド・スター、貴方様と皆様に、大宇宙で最も甘く、潤いに満ちた「極上の果肉」を提供することをお誓いいたしますッ! 食べ終わった後の皮は、カブトムシの餌にでも、漬物にでも、好きにしてください!』
「あはは! なんかスイカがすごく誇らしげに光ってるね! よーし、残った種は庭の畑に植えて、来年も美味しいスイカを育てよう!」
アルドは、ペッペッと吐き出した種(元・星核の欠片)を、大事そうに手のひらに集めた。
その一部始終を、縁側でスイカのピースを持ちながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を粉砕する宇宙の彗星が、夏の風物詩の果物に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十三種・滅亡の紅彗星の強制果肉化(ただのスイカ割り)』。対象:星の命を喰らうブラッド・スター。結果:アルド様の目隠し棒振りによって見事にカチ割られ、極上のスイカにされたことで【人々の渇きを潤す喜び】に目覚め、永久の夏のデザート兼・来年の種へと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の夏の防暑対策とレジャーがどれほどのスケールなのか考えるのをやめた。絶望の彗星をカチ割って食べるなど、神々ですら発狂するレベルの暴食だぞ。……おい、ゾルタン。このスイカ、美味すぎて魔力回路が爆発的に進化している気がする」
レイヴンが、スイカの汁を滴らせながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、この種を植えたら、来年はどんな恐ろしい果実が実るのか、想像するだけで背筋が凍りますよ」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔でスイカの皮までかじっている。
「ぷはーっ! 美味しかった! 夏のスイカ割り、大成功だね!」
アルドの爽やかな笑顔が、真夏の太陽の下でキラキラと輝く。
最強の便利屋の「ただのスイカ割り」は、星を滅ぼす絶望の彗星を「最高の夏のデザート」としてカチ割り、黄金の城塞の夏を、文字通り【いかなる宇宙の脅威も極上の甘味に変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の理すらも、ただの「夏の思い出を彩る美味しいイベント」に過ぎないのである。
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