第52話:ただの風鈴作りと、暴風の破壊神の強制音色化
第52話:ただの風鈴作りと、暴風の破壊神の強制音色化
黄金の城塞に、夏の真っ盛りを告げる蝉時雨に似た、精霊たちの心地よい羽音が響いていた。
星海銀竜を真っ二つに割って作り上げた『超絶規模の流しそうめんコース兼・ウォータースライダー』は、日だまり郷の住人たちにとって欠かせない最高のアトラクションとなっていた。
神竜ポチと深淵の海神リヴァイアサン(イルカさん)は、極純の精霊水が流れる星空のようなコースを滑り降りては大きな水しぶきを上げ、大精霊女王ティターニアがそれをキャッキャと笑いながら見守っている。地下では元・魔界大帝サタナスが冷房の効率をさらに高め、専属仕立て屋の終末の織手アラクネは、涼しげな水着の新作を披露しては並行宇宙の観測者アイオーンに絶賛されていた。
大宇宙の法則を捻じ曲げる覇者や神々が、ただ「最高の夏」を満喫するためだけに全知全能の力を振るっているこの城塞は、もはや絶対不可侵の究極の避暑地であった。
そんな昼下がり。流しそうめんでお腹を満たしたアルドは、城塞の広大な縁側に腰掛け、冷たい麦茶を啜りながら大きく息を吐き出した。
「ふぅ、美味しかった。夏はやっぱり冷たい麺と水遊びに限るね。……でも、何か一つ足りない気がするんだよな」
アルドは、手編みの麦わら帽子を外し、タオルで額の汗を拭いながら縁側の軒下を見上げた。
「そうだ。夏の風物詩といえば、やっぱり『風鈴』だ。そよ風に揺れてチリン、チリンと鳴るあの涼しげな音が加われば、お昼寝の時間がもっと快適になるはずだ!」
アルドのDIY精神が、夏の強い日差しに照らされて再び目を覚ました。
「風鈴を作るなら、綺麗なガラスの鉢みたいなものが必要だな。短冊は世界樹の葉っぱを使うとして……音を鳴らすための『核(舌:ぜつ)』と、響きの良いガラスの素材が欲しいところだ。どこかに、透き通っていて、風をよく集める綺麗な石でも落ちてないかな」
アルドが呑気に空を見上げて都合の良い素材を探していた、まさにその時である。
――ヒュゴォォォォォォォォォォォッ!!!!
黄金の城塞の上空、突き抜けるような夏の青空が、突如として荒れ狂う乱気流に引き裂かれた。
穏やかだった風が突如として凶器のようなカマイタチへと変貌し、周囲の空間そのものを削り取りながら、超巨大な竜巻となって地上へと舞い降りてきたのだ。
その竜巻の中心には、星の光を乱反射する巨大な透明の結晶――ダイヤモンドよりも硬く、虚無よりも冷たい『絶対風の核』が浮かんでいた。
『……見つけたぞ。我が星の海を荒らし、同胞たる銀竜を「水遊びの筒」へと堕としめた忌まわしき特異点よ』
その存在の名は、テンペスト・ゼファー。
大宇宙の気流と嵐を司り、星々の表面を暴風で削り取って死の星へと変える『暴風の破壊神』である。
彼は、星海銀竜がウォータースライダーにされたという宇宙の噂(マルチバースの悲鳴)を耳にし、その元凶である日だまり郷の「異常なまでの平穏な気圧配置」を粉砕するため、大宇宙の果てから絶対的な破壊の嵐を伴って飛来したのである。
「な、なんだあのバカでかい竜巻は!? 空間そのものが削り取られているぞ!?」
縁側でスイカを食べていた元・大賢者ゾルタンが、スイカを落として絶叫した。
「あれは……神話にすら記されていない、星の海の暴風を司る『破壊神テンペスト』! あのようなスケールの嵐がアステリアの物理次元に直接干渉してくるなど、大地の表面がマントルごと削り飛ばされますわ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、あまりの暴風にポールにしがみつきながら悲鳴を上げる。
『滅びよ! 大宇宙のバグよ! 我が「星間粉砕の嵐」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、全ての次元の塵として吹き飛ばしてくれるわァァァッ!』
暴風の破壊神が、この星の大気を全て吸い上げ、極限まで圧縮された破壊の風刃を放とうとチャージし始めた。
星の表面が剥がれ落ちる。誰もがそう直感し、絶望に目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「おっ! なんか空から、すごくキラキラ光る『透明な石の塊』が、風に巻き上げられて降ってきたぞ! しかも、周りの空気をすごく集めてる!」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大宇宙の暴風を司る破壊神の核を、「風鈴の材料にピッタリの、信じられないくらい綺麗で音の響きが良さそうなガラスの原石」だと完全に勘違いした。
「すごい! あの石なら、中をくり抜いて風鈴の鉢にすれば、少しの風でもすごくいい音色が鳴るはずだ! しかも透明で涼しげで最高だ!」
アルドのDIY精神が臨界点を突破した。
『消え去れェェェッ! 【プラネット・デストロイ・ストーム】ォォォッ!!』
テンペスト・ゼファーの核から、大陸を削り飛ばす極大の暴風刃が放たれた。
「よーし、まずはあの綺麗なガラスの石を確保するぞ!」
アルドは、作業ベルトから愛用の『時空の鎌』と、なぜか『耐熱トング』を抜き放ち、地上から上空に向かって軽やかに跳躍した。彼の事象改変オーラにより、荒れ狂う暴風の中に「絶対に風が吹かない無風の階段」が形成され、彼は破壊神の放った極大の暴風の真正面へと躍り出た。
「ちょっと風が強いな! そぉいッ!」
アルドが時空の鎌を横に一閃した瞬間。
星を粉砕するはずの暴風刃は、まるで「夏の生ぬるい扇風機の風」を避けるかのように、アルドの鎌の軌道によって空間ごと真っ二つに切り裂かれ、明後日の方向へと逸れて霧散してしまった。
『…………は?』
暴風の破壊神は、己の全魔力を込めた必殺の嵐が、人間が振るった草刈り鎌のようなもので弾き飛ばされた光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の星間粉砕の嵐が……ただの鎌で……!? き、貴様、何者だァァァッ!』
「ごめんね! ちょーっとだけ、君のその綺麗で透明な体を貸してほしいんだ!」
アルドは、空中で一気に加速し、竜巻の中心に浮かぶ『絶対風の核』の目の前へと肉薄した。
そして、左手に持った耐熱トングで、破壊神の本体たる核をガシッと鷲掴みにした。
『ギ、ギィィィッ!? な、なんだこの力は!? 我の、大宇宙の気流を束ねた絶対不壊の結晶が、まるで熱した飴細工のように……!?』
「風鈴にするから、形を整えさせてもらうね! よいしょーーーッ!!」
アルドは、トングで掴んだテンペストの核を、己の口元へと引き寄せた。
そして、大宇宙の法則を根底から書き換える『事象改変の息(アルドの深呼吸)』を、核の中心に向かってフゥゥゥゥッ! と力強く吹き込んだのである。
――ピキィィィィィィンッ!!!!
その瞬間、大宇宙の法則が、アルドの「ガラス細工の要領で綺麗な風鈴を作りたい」という強烈な意思の前に完全にひれ伏した。
星を削り取る暴風の破壊神の結晶は、痛みではなく「風鈴の鉢として最適化される」という概念の書き換えを受け、シュルシュルシュルッ! と音を立てて猛スピードで内部が空洞化し、文字通り「見事な丸みを帯びた、キラキラ光る透明なガラスの鉢(風鈴の本体)」へと強制的に成形されてしまったのである。
『ア……ァァ……? ワ、我ガ肉体ガ……ただの薄っぺらい空洞のガラス細工に……』
テンペスト・ゼファー(風鈴状態)は、完全に自我を残したまま、アルドの手によって中庭の縁側の軒下へと運ばれた。
「よし! ナイスサイズ! しかも風をすごくよく集めるから、微風でもいい音が鳴りそうだぞ!」
アルドは、地上に着地すると、仕立て屋のアラクネに向かって手を振った。
「アラクネさん! 昨日もらった黒い糸(終末の糸)を少し貸してくれるかな? あと、世界樹の葉っぱを短冊にするから、一緒に結びつけてほしいんだ!」
「は、はいぃぃぃっ! 創造主様の御心のままにッ!」
アラクネは、星の海の破壊神がただの「ガラスの鉢」にされたことに震えながらも、全力で宇宙を終わらせる糸を風鈴の紐として結びつけ、世界樹の葉を短冊として見事に装飾した。
「仕上げは、中に入れる『音を鳴らす玉(舌)』だね。さっきの石の欠片を丸めて……と。よし、完成だ!」
アルドは、縁側の軒下に、完成した『神造・暴風神の風鈴』を吊るした。
チリン……。
そよ風が吹き抜けた瞬間、風鈴から、氷のように澄み切った、極上のマナを含んだ涼やかな音色が響き渡った。
『ヒィィィッ!? や、やめろ! 我の体の中に風が……! 我は大宇宙を荒らす存在……こんな、ただの軒下で音を鳴らすなど……ッ!』
暴風の破壊神は、己の屈辱に涙を流しながら叫ぼうとした。
――チリリン……ッ!
しかし、夏の爽やかな風に乗って、世界樹の短冊が揺れ、テンペストの体を澄み切った音が叩く。
その瞬間。
破壊神の体内に、かつて経験したことのない異常な感覚が叩き込まれた。
『ア……ッ!? な、なんだこれは……!?』
風鈴の体を叩く「純粋な音色」と「世界樹のマイナスイオン」。その二つがテンペストの暴風の装甲に触れるたび、彼の体内に蓄積されていた「全てを破壊し荒らし回る」という凶悪な衝動が、圧倒的な清涼感と癒やしの波動によって完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『涼しくて……気持ちいい……。それに、この音色の美しさ……。私の体が揺れるたびに、数万年蓄積した私の魂の淀みが完全に浄化され、とてつもない爽快感に包まれていく……! 誰かを傷つける風ではなく、誰かを心地よく眠らせる風を届けることが、これほどまでに素晴らしいことだったとは……!』
暴風の破壊神の凶悪な意思は、アルドの「夏の風物詩」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼自身が「最高の風鈴」として、人々に涼と安らぎの音色を届けるという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「おーい! みんな! 風鈴ができたよ! すごくいい音色だから、縁側でお昼寝しよう!」
アルドが、麦茶の入ったグラスを置き、縁側にごろんと寝転がった。
「うん! 涼しくて音が最高だ! この風鈴、どんなに風がなくても、周りの空気を集めて微風を起こしてくれるから、全然暑くないぞ!」
『お任せください、マスター……!』
風鈴の表面に浮かび上がった風の精霊の顔が、感動の涙(結露)を流しながら輝いた。
『このテンペスト・ゼファー、貴方様と皆様に、大宇宙で最も涼やかで美しい「極上の音色とそよ風」を提供することをお誓いいたしますッ! どんな酷暑であろうと、最高の微風をお届けいたします!』
「あはは! なんか風鈴が喋った気がするけど、すごく気合が入ってるね! よーし、この涼しい風を浴びながら、少しお昼寝しよう」
アルドは、ニコニコと笑いながら目を閉じた。
その一部始終を、縁側で麦茶のグラスを持ちながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を削り取る宇宙の破壊神が、夏の風鈴に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十二種・暴風の破壊神の強制音色化(ただの風鈴作り)』。対象:大宇宙の気流を司るテンペスト・ゼファー。結果:アルド様の手によってガラス細工のように息を吹き込まれ、風鈴にされたことで【涼やかな音色とそよ風を提供する喜び】に目覚め、永久の夏の風物詩へと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の夏の防暑対策がどれほどのスケールなのか考えるのをやめた。破壊神の奏でる音色を聴いて昼寝するなど、神々ですら発狂するレベルの贅沢だぞ。……おい、ゾルタン。この風鈴の音、心地よすぎて寿命が数万年延びた気がする」
レイヴンが、目を閉じてチリンという音色に聴き入りながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、あの風を浴びているだけで、体内の魔力回路が全知全能のレベルに自動最適化されそうですよ」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔で麦茶をおかわりする。
「んぅ……涼しくて最高だねぇ……おやすみ……」
アルドの穏やかな寝息が、初夏の青空とキラキラ輝く風鈴の音色に溶け込んでいく。
最強の便利屋の「ただの風鈴作り」は、星を削り取る破壊神を「最高の涼み道具」として空洞化させ、黄金の城塞の夏を、文字通り【いかなる宇宙の猛暑も極上の癒やしに変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の理すらも、ただの「夏の暑さを吹き飛ばすための便利な雑貨」に過ぎないのである。
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