第51話:ただの流しそうめんと、星海銀竜の強制ウォータースライダー化
第51話:ただの流しそうめんと、星海銀竜の強制ウォータースライダー化
黄金の城塞に、本格的な夏の足音が近づいていた。
日だまり郷の気候は、元・太陽神アポロンの完璧な日照管理と、大精霊女王ティターニアのきめ細やかな湿度調整によって、決してうだるような酷暑にはならない。それでも、「季節の移ろい」という概念を何よりも重んじるアルドの『夏を感じたい』という無意識の願いが世界法則に反映され、城塞の中庭には、心地よい熱気を帯びた「爽やかな夏の風」が吹き抜けるようになっていた。
中庭の空に向かってそびえる超絶巨木『世界樹ユグドラシル』は、青々とした巨大な葉を広げて極上の木漏れ日を作り出し、精霊の池では、深淵の海神リヴァイアサン(イルカさん)と神竜ポチが、涼を求めて水しぶきを上げながら無邪気に追いかけっこをしている。
専属仕立て屋である終末の織手アラクネは、「夏こそ涼しげでエレガントな装いが必要ですわ」と、自身の『絶対分解の糸』を巧みに編み込み、極上の通気性と絶対防御を兼ね備えたリネン風のサマーウェアを住人全員に仕立て上げた。地下では、元・魔界大帝サタナスが「冷房の効きも完璧ですぞ!」と、氷の魔女グレイシアの放つ永久凍土の冷気を魔界の配管で循環させるという、常識外れの全館空調システムを構築している。
かつて大宇宙の法則を揺るがし、星々を滅ぼしてきた覇者や神々たちが、ただ「城塞の夏を快適に過ごす」ためだけに全知全能の力を振るっているこの空間。それはもはや、マルチバースのどの並行宇宙を探しても絶対に存在し得ない、狂気と奇跡が調和した究極の避暑地であった。
そんなある日の午後。
アルドは、手編みの麦わら帽子を被り、首に真っ白なタオルを巻いた完全な夏の装いで、広い中庭の芝生(不老不死の霊草)の上に立ち、腕を組んでいた。
「いやあ、すっかり夏らしくなってきたね。こう暑いと、お昼ご飯は冷たくてツルッと食べられるものがいいなぁ。製麺係のモイラさん(元・運命の女神)が、すごくコシのある細麺を打ってくれたし、今日はあれを食べよう」
アルドはポンッと手を打った。
「せっかくなら、普通に器で食べるんじゃなくて、『流しそうめん』にしたいな! みんなでワイワイ言いながら、冷たい水と一緒に流れてくる麺をすする。夏の最高の風物詩だ!」
アルドのDIY精神が、夏の熱気にあてられて再び活性化し始めた。
「流しそうめんをやるなら、長い『竹』を半分に割ってコースを作らないと。でも、普通サイズの竹じゃあ、城塞のみんな(巨人サイズのアザトスたちや巨大な神獣たち)が一緒に楽しむには短すぎるんだよなぁ。どこかに、ものすごく長くて、水を弾く丈夫な管みたいなものはないかな……」
アルドが空を見上げて呑気に「都合のいい素材」を探していた、まさにその時である。
――ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
黄金の城塞の上空、突き抜けるような夏の青空が、突然真っ黒な星の海(アストラル空間)の裂け目へと変貌した。
空間が物理的に引き裂かれ、次元の壁がガラスのように砕け散る。そして、その巨大な暗黒の裂け目から、一つの星系を丸ごと飲み込むほどの途方もない質量を持った、超絶巨大な龍が這い出してきたのだ。
『……見つけたぞ。我が同胞である次元創世龍ウロボロス・プライムを「屋根瓦」へと堕としめ、マルチバースの理を根底から狂わせた忌まわしき特異点よ』
その存在の名は、アストラル・スタードラゴン。
神々が住まう天界よりもさらに外側、無限に広がる星の海を泳ぎ、星々の死と再生を司る『星海銀竜』である。
彼の肉体は、無数の星屑と根源的なマナの結晶で構成されており、全長は文字通り数万キロメートルにも及ぶ。星の海を漂うだけで惑星の軌道を狂わせ、光を呑み込むこの大宇宙の超常存在は、同胞であるウロボロス・プライムが消息を絶った原因(日だまり郷)を特定し、その元凶であるアルドを城塞ごと星屑に変えるために飛来したのである。
「な、なんだあのバカでかい龍は!? 空が……空が完全に星空の化け物に覆い尽くされているぞ!?」
中庭で冷たい麦茶を運んでいた元・大賢者ゾルタンが、お盆を落として絶叫した。
「あれは……神話にすら記されていない、星の海の絶対管理者『星海銀竜』! あのようなスケールの存在がアステリアの物理次元に直接干渉してくるなど、この星の重力場が崩壊して、大地がバラバラに砕け散りますわ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、あまりの威圧感にポールにしがみつきながら悲鳴を上げる。
『滅びよ! 大宇宙のバグよ! 我が「星海消滅のブレス」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、全ての次元から綺麗さっぱり消し飛ぶがいいわァァァッ!』
星海銀竜が、この星の全エネルギーを凌駕する極大の光芒を、その巨大な顎にチャージし始めた。
この星の終わり、いや、この宙域そのものの終焉。誰もがそう直感し、絶望に目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「おっ! なんか空から、すごく長くてキラキラ光る『筒みたいな生き物』が顔を出してるぞ! しかも、表面がツルツルしてて、水弾きも良さそう!」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、数万キロに及ぶ星海銀竜の超巨大な胴体を、「流しそうめんのコースにピッタリの、信じられないくらい長くて綺麗な竹」だと完全に勘違いした。
「すごい! あの長さなら、中庭の端から端まで……いや、城塞全体をぐるっと回る超特大の流しそうめんコースが作れるぞ! しかも、キラキラ光ってて涼しげで最高だ!」
アルドのDIY精神が臨界点を突破した。
『消え去れェェェッ! 【アストラル・バースト】ォォォッ!!』
星海銀竜の顎から、大陸を消滅させる極大の閃光が放たれた。
「よーし、まずはあの長い筒を確保するぞ!」
アルドは、作業ベルトから愛用の『時空の鎌』を抜き放ち、地上から上空に向かって、軽やかに跳躍した。彼の事象改変オーラにより、空中には見えない階段が形成され、彼は星竜の放った極大の閃光の真正面へと躍り出た。
「ちょっと眩しいな! そぉいッ!」
アルドが時空の鎌を横に一閃した瞬間。
星を消滅させるはずのブレスは、まるで「ただの眩しい真夏の太陽光」を日傘で遮るかのように、アルドの鎌の軌道によって空間ごと真っ二つに切り裂かれ、明後日の方向(星の海の彼方)へと逸れて霧散してしまった。
『…………は?』
星海銀竜は、己の全魔力を込めた必殺のブレスが、人間が振るった草刈り鎌のようなもので弾き飛ばされた光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の星海消滅ブレスが……ただの鎌で……!? き、貴様、何者だァァァッ!』
「ごめんね! ちょーっとだけ、君のその長くて綺麗な体を貸してほしいんだ!」
アルドは、空中で一気に加速し、星海銀竜の巨大な顎の下へと潜り込んだ。
そして、星竜の顎の先端を左手でガシッと掴むと、右手に持った時空の鎌を、星竜の胴体のど真ん中に向かって突き立てた。
『ギ、ギィィィッ!? な、なんだこの力は!? 我の、星屑とマナで構成された絶対不壊の装甲が、まるで竹のように……!?』
「流しそうめんにするから、半分に割らせてもらうね! よいしょーーーッ!!」
ズバァァァァァァァァァンッ!!!!
アルドが時空の鎌を星竜の胴体に沿って一気に引き裂いた。
その瞬間、大宇宙の法則が、アルドの「竹を割ってコースを作りたい」という強烈な意思の前に完全にひれ伏した。数万キロに及ぶ星海銀竜の胴体は、痛みではなく「コースとして最適化される」という概念の書き換えを受け、シュルシュルシュルッ! と音を立てて猛スピードでサイズダウンしながら、文字通り「見事な半分に割れたキラキラ光る巨大な筒」へと強制的に成形されてしまったのである。
『ア……ァァ……? ワ、我ガ肉体ガ……ただの薄っぺらい溝のある滑り台に……』
星海銀竜(コース状態)は、完全に自我を残したまま、アルドの手によって中庭の上空から精霊の池に向かって、美しい螺旋を描くように配置された。
「よし! ナイスサイズ! しかも星空みたいにキラキラ光ってて、最高のコースができたぞ!」
アルドは、地上に着地すると、大精霊女王ティターニアに向かって手を振った。
「ティターニアさん! このコースの一番上から、池の冷たくて綺麗な水を流してくれるかな?」
「は、はいぃぃぃっ! 創造主様の御心のままにッ!」
ティターニアは、星の海の覇者がただの「筒」にされたことに震えながらも、全力で極純の精霊水をコースの最上段から流し込んだ。
サラサラサラ……ッ。
星竜の体を、氷のように冷たく、極上のマナを含んだ精霊水が勢いよく流れ下っていく。
『ヒィィィッ!? や、やめろ! 我の体の中に冷たい水が……! 我は星の海を呑み込む存在……こんな、ただの筒として水を流されるなど……ッ!』
星海銀竜は、己の屈辱に涙を流しながら叫ぼうとした。
「よし! 水の流れも完璧だ! モイラさん、そうめんお願い!」
「はいっ! 究極のコシを持つ『運命の神仙そうめん』、いきますわよ!」
製麺係のモイラ(元・運命の女神)が、大宇宙の運命の糸を練り込んだ白く輝く細麺を、流水の中にパラパラと流し入れた。
――チュルルルルンッ!
精霊水に乗って、純白のそうめんが星竜の胴体を滑り降りていく。
その瞬間。
星海銀竜の体内に、かつて経験したことのない異常な感覚が叩き込まれた。
『ア……ッ!? な、なんだこれは……!?』
星竜の体を滑り落ちる「運命の神仙そうめん」と「極純の精霊水」。その二つが星竜のマナの装甲に触れるたび、彼の体内に蓄積されていた「全てを破壊し無に還す」という凶悪な衝動が、圧倒的な清涼感とマイナスイオンによって完全に洗い流され、漂白されていくのを感じたのだ。
『冷たくて……気持ちいい……。それに、この麺の滑らかさ……。私の体を滑り降りていくたびに、数万年蓄積した私の魂の淀みが完全に浄化され、とてつもない爽快感に包まれていく……!』
星海銀竜の凶悪な意思は、アルドの「夏の風物詩」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼自身が「最高の流しそうめんコース(兼・ウォータースライダー)」として、人々に涼と美味を届けるという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「おーい! みんな! そうめん流れてきたよ! 好きなところで取って食べてね!」
アルドが、竹の器に特製のめんつゆ(深淵の海神の出汁)を入れ、流れてきたそうめんを箸で見事にすくい上げた。
「うん! 冷たくて喉越しが最高だ! このコース、水がすごく滑らかに流れるから、麺が全く絡まないぞ!」
『お任せください、マスター……!』
コース(星海銀竜)の表面に浮かび上がった龍の顔が、感動の涙(星屑)を流しながら輝いた。
『このアストラル・スタードラゴン、貴方様と皆様に、大宇宙で最も滑らかで涼しい「極上の流水体験」を提供することをお誓いいたしますッ! そうめんでも、ウォータースライダーでも、なんでもお流しください!』
「あはは! なんかコースが喋った気がするけど、すごく気合が入ってるね! よーし、ご飯の後は、みんなでこのコースを滑って遊ぼう!」
アルドは、ニコニコと笑いながらそうめんを啜った。
その一部始終を、縁側でめんつゆの入った器を持ちながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星の海を消滅させる宇宙の超常存在が、流しそうめんの竹に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十一種・星海銀竜の強制ウォータースライダー化(ただの流しそうめん)』。対象:マルチバースの外部機構アストラル・スタードラゴン。結果:アルド様の手によって真っ二つに割られ、そうめんと精霊水で魂を浄化されたことで【涼を提供する喜び】に目覚め、永久アトラクションへと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の夏の娯楽がどれほどのスケールなのか考えるのをやめた。星の海の覇者の背中を滑って遊ぶなど、神々ですら発狂するレベルのレジャーだぞ。……おい、ゾルタン。このそうめん、美味すぎて寿命が数万年延びた気がする」
レイヴンが、箸でそうめんを啜りながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、あのコースを滑り降りたら、水流の摩擦で全知全能の力が身につきそうですよ」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔でそうめんをおかわりする。
「おーい! みんな! まだまだそうめんあるから、どんどん流すよー! 暑い夏を思いっきり楽しもう!」
アルドの明るい声が、初夏の青空とキラキラ輝く星竜のコースにこだまする。
最強の便利屋の「ただの流しそうめん」は、星の海を飲み込む銀竜を「最高のウォータースライダー」として真っ二つに割り、黄金の城塞の夏を、文字通り【いかなる宇宙の脅威も最高のレジャーに変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の理すらも、ただの「夏の暑さを吹き飛ばすための便利な道具」に過ぎないのである。
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