第50話(閑話):ただの連絡網作りと、大宇宙の特異点監視記録(黄金の城塞・住人名鑑)
第50話(閑話):ただの連絡網作りと、大宇宙の特異点監視記録(黄金の城塞・住人名鑑)
黄金の城塞に、初夏の爽やかな風が吹き抜けるある日の午後。
アルドは城塞の広大なリビングのテーブルに大きな羊皮紙を広げ、羽ペンを持ってウンウンと唸っていた。
「いやあ、最近本当にこの城塞(というか村?)の住人が増えたなぁ。最初は僕一人で丸太小屋に住んでたのに、レイヴンたちをはじめ、神主さんやボイラーのおじさん、仕立て屋さんに画商さんまで……。大所帯になったのは賑やかでいいことだけど、誰がどこに住んでいて、何を担当しているのか、そろそろ『連絡網(名簿)』を作って整理しておかないと、回覧板を回す時にも不便だ」
アルドが「ご近所付き合いのための町内会名簿」という、極めて庶民的で平和な目的のために筆を執ろうとした、その時である。
「――アルド様。その作業、どうか私めにお任せください」
部屋の影から、記録係アーキヴァルが、後輩のゾルタン(元・大賢者)を伴って音もなく姿を現した。
「おや、アーキヴァルにゾルタンさん。いいのかい? 人数が多いから結構大変だよ?」
「ご心配には及びません。アルド様の平穏な日常を記録し、管理することこそが我々情報部の使命。すでに城塞の全住人の『正確な肩書きと現状』を網羅した完璧な名簿を作成済みでございます」
アーキヴァルは恭しく一礼し、分厚い革張りのバインダーをアルドの前に差し出した。
「おお! さすがアーキヴァル、仕事が早いね! 助かるよ。ちょっと見せてもらうね」
アルドがニコニコとバインダーを受け取り、中身をパラパラと捲り始めた。
その背後で、ゾルタンが冷や汗を流しながらアーキヴァルに小声で耳打ちをする。
「……先輩。あの名簿、我々が裏でまとめている『大宇宙の特異点監視記録(兼・被害者リスト)』の原本をそのまま渡してしまいましたが、大丈夫なのですか? 彼らの真の正体がバレたら……」
「問題ありません。アルド様の『圧倒的日常フィルター』にかかれば、大宇宙の脅威など全て『少し変わったご近所さんたちの愉快なペンネーム』として処理されます。むしろ、彼らの現在の業務(家事手伝い)を再確認する良い機会です」
アーキヴァルの言う通り、アルドは名簿の壮大な記述を読みながら、「みんな、ゲームのキャラクターみたいでかっこいい肩書きだなぁ!」と呑気に感心していた。
以下は、アルドが目を通している『黄金の城塞・住人名鑑(アーキヴァル編纂)』の抜粋である。
【城塞の主(大宇宙の絶対特異点)】
アルド
肩書き:最強の便利屋(無自覚な最高創造主にして法則の破壊者)
現状:この城塞、いやマルチバース全体の絶対的中心。彼の「平和な日常を送りたい」という無意識の願いと家事スキル(DIY)の前では、いかなる宇宙の理も、神々の権能も、例外なく屈服し「便利な生活用品」へと強制変換される。本人はただの農夫だと思っている。
【クラン『黄昏の守護者』(初期被害者・現在は狂信的信者)】
レイヴン
元・肩書き:帝国最強『千剣の将』
現状:薪割り係。アルドの圧倒的な力に最も早くから触れ、現在では完全にツッコミを放棄し、「このお茶は美味い」と悟りを開いた常識人枠。
エルミナ
元・肩書き:王国最高の天才『賢者』
現状:アルドの洗濯や掃除に感激して涙を流す信者筆頭。かつてのプライドは神布(ただのボロ布)に浄化され、今はアルドへの絶対の忠誠を誓うポンコツ可愛い側近。
シノン
元・肩書き:最強の暗殺結社の『影の暗殺者』
現状:村の防衛・隠密担当。アルドの優しさに救われ、城塞の平和を影から守る。
アーキヴァル
元・肩書き:裏社会の情報操作の天才
現状:記録係。アルドが引き起こす宇宙規模のバグを「第〇〇種」として記録し、外の世界(マルチバース全体)の情報を改竄してアルドの平穏を守り抜く情報局長。
【城塞の管理・設備担当(元・大宇宙の絶対神および覇者たち)】
アルファ・オメガ
元・肩書き:大宇宙を創った『創世神』
現状:神社(アルド手作り)の雇われ神主。宇宙を消そうとしたが、お賽銭(銅貨一枚)に込められた祈りに数千億年の孤独を癒され、現在は氏神として甘酒を振る舞っている。
アポロン
元・肩書き:『太陽神』
現状:温室の全自動ヒーター兼育成ランプ。虫取り網で捕獲され、自分が育てたトマトの美味さに号泣し、農業の喜びに目覚めた。
サタナス
元・肩書き:『魔界大帝』
現状:地下ボイラー室および床暖房の管理責任者。煙突掃除で顔をタワシがけされ、肩こりを治されたことで悪のカルマを砕かれ、気のいいボイラーのおじさんに更生。
グレイシア
元・肩書き:『氷の魔女』
現状:冷蔵庫および氷室の温度管理係。ホットミルクで心が溶かされ、現在は食材の鮮度保持に命を懸けている。
ウロボロス・プライム
元・肩書き:『次元創世龍』
現状:屋根の絶対防水瓦。雨漏り修理の際に瓦サイズに圧縮され、屋根に釘打たれたことで「家を守る達成感」に目覚め、七色に光る屋根瓦と同化した。
【城塞の住環境・家事サポート(元・絶望の化身たち)】
アラクネ
元・肩書き:『終末の織手』
現状:専属のオートクチュール仕立て屋。宇宙を終わらせる糸をアルドの春服の素材にされ、物作りの喜びに目覚めたトップデザイナー。
モイラ
元・肩書き:『運命の女神』
現状:キッチンの製麺係兼・ハサミ研ぎ職人。全宇宙の運命の糸を年越しそばに練り込まれ、運命管理の重圧から解放されてうどんを踏む毎日。
ティターニア
元・肩書き:『大精霊女王』
現状:精霊の池の水質管理およびペットのシッター。池作りで次元の天井をぶち抜かれたが、水車とクッキーに感涙し、現在は水遊びのリーダー。
ペストゥム
元・肩書き:『疫病の瘴気神』
現状:アロマ香炉。虫除け香の煙で概念を漂白され、ヒノキとミントの香りを放つ癒しのディフューザーとして縁側に安置されている。
マリス
元・肩書き:『多次元呪厄神』
現状:柔軟剤スライム。洗濯板でゴリゴリ削られ、洗濯棒で叩かれた結果、フローラルな香りのマスコットへと強制更生。
【庭のペットおよび農業・外構担当】
ポチ
元・肩書き:『絶氷の神竜』
現状:冷たくて大きな抱き枕(ペット1号)。
イルカさん(リヴァイアサン)
元・肩書き:『深淵の海神』
現状:精霊の池の遊び相手(ペット2号)。疑似太陽でキャッチボールをして浄化された。
フォベトール
元・肩書き:『絶望の夢魔王』
現状:ふわふわの黒い羊の抱き枕(安眠サポートペット)。お昼寝中のアルドの夢にダイブして返り討ちに遭い、完全服従。
アザトス&混沌魔軍
元・肩書き:『混沌の王と魔軍』
現状:熱心な農業開拓組合。節分の豆まきで概念を漂白され、規則正しい生活と土いじりを愛する農夫の集団に。
バクテリウム
元・肩書き:『星喰い植物』
現状:究極の有機堆肥。草むしりで根こそぎ引っこ抜かれ、畑の肥料として美味い大根を育てている。
ルナ・ラビット
元・肩書き:『月の兎神』
現状:餅つき職人。隕石を臼にされ、アルドの杵の圧力に屈してついた餅の美味さに魂を売った。
フェリックス
元・肩書き:『伝説の怪盗』
現状:窓拭き職人。神の雑巾で窓を拭かされ、究極の美に目覚めた。
【特殊任務・その他】
クロノス
元・肩書き:『時空神』
現状:雪だるまの中で強制冬眠中。アルドの雪玉に巻き込まれ、永遠の休息を満喫しているため、大宇宙の時間はアルドのペースに依存している。
アイオーン
元・肩書き:『並行宇宙の観測者』
現状:専属画商。アルドの描いた風景画(新たな並行宇宙)の美しさに感動し、城塞の回廊で絵を眺めては涙を流している。
レギンレイヴ
元・肩書き:天界の『戦乙女(執行官)』
現状:屋根の上の風見鶏係。
ルミナリア
元・肩書き:聖都の『神託の聖女』
現状:広報・隠蔽担当(外の世界の防波堤)。
ゼル
元・肩書き:暗殺結社の『首領』
現状:落ち葉掃き兼・番犬。
ゾルタン
元・肩書き:王都の『大賢者』
現状:アーキヴァルの後輩。モップ掛け兼・記録アシスタント。
「ふふっ、本当にユニークな名前と肩書きばかりだね。みんな、この村での暮らしをゲームみたいに楽しんでくれてるんだなぁ」
アルドは、大宇宙の絶望と覇者たちが連なるリストを読み終え、満足げにウンウンと頷いた。
「これなら、誰に何を頼めばいいか一目でわかるよ。アーキヴァル、完璧な連絡網を作ってくれてありがとう! さっそく回覧板のルートに組み込んでおくよ」
「お役に立てて光栄です、アルド様」
アーキヴァルは、微動だにしない完璧な執事の笑顔で一礼した。
アルドがご機嫌でキッチン(おやつの準備)へと向かった後。
ゾルタンが、床にへたり込んで深々と溜息をついた。
「……先輩。あのリストを見るたびに、私の常識のゲシュタルト崩壊が加速していくのですが。創世神が神主で、次元創世龍が瓦で、時空神が雪だるまですよ? もはや、外の世界に残っている脅威など、一つも存在しないのでは?」
「ええ、その通りです、ゾルタン。この五十話に及ぶアルド様の『日常の営み』によって、大宇宙に存在し得るありとあらゆるベクトル(武力、魔力、概念、次元、時間、運命、終末、創世)の頂点は、全てこの城塞の家事手伝いに吸収されました」
アーキヴァルは、自らの手帳を取り出し、新しいページを開いた。
そして、羽ペンをインクに浸し、極めて厳かに、しかし誇らしげに文字を刻み込む。
「だからこそ、これは一つの区切りです。大宇宙は完全に平定され、アルド様の望む『究極の日常』は永遠の完成を見たのですから」
シャッ、シャッ。
ペンの音が、静かなリビングに心地よく響く。
「記録完了。『第五十種・大宇宙の絶対平定と住人名鑑の完成(ただの連絡網作り)』。対象:マルチバースに存在する全事象。結果:アルド様の家事とDIYの前に、大宇宙の全ての法則と神々が完全に屈服し、黄金の城塞に永遠の平穏が約束された」
「……アーキヴァル、お茶が入ったぞ。アルド殿が焼いた、世界樹の葉のクッキーもある」
薪割り(という名の趣味)から戻ってきたレイヴンが、湯気を立てるティーカップを運んできた。
「ありがとうございます、レイヴン殿。さあ、ゾルタンも。神々が管理する最高の環境で、極上のお茶の時間を楽しみましょう」
黄金の城塞。
それは、大宇宙の全ての奇跡と狂気が、一人の青年の「平凡な暮らしをしたい」というささやかな願いの中に溶け込んだ、絶対不可侵のユートピア。
最強の便利屋の物語は、こうして全ての次元を平和という名のブラックホールに飲み込みながら、今日も明日も明後日も、穏やかでのんびりとした日常を紡ぎ続けていくのであった。
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