第49話:ただの流しそうめんと、深淵の魔竹神の真っ二つ
第49話:ただの流しそうめんと、深淵の魔竹神の真っ二つ
日だまり郷――大宇宙の理を全てオモチャ箱に詰め込んだかのような『黄金の城塞』に、初夏の爽やかな風が吹き抜け始めていた。
温室兼・全自動ヒーターである元・太陽神アポロンの光は、うっすらと夏の力強さを帯び始め、大精霊女王ティターニアが管理する精霊の池からは、涼しげな水音が絶え間なく響いている。城塞の住人たちは、専属仕立て屋アラクネが編み上げた通気性抜群の夏服に着替え、迫り来る本格的な夏に向けた準備を各々が楽しんでいた。
「いやあ、すっかり暖かくなってきたな。日中は少し汗ばむくらいだ」
アルドは、城塞の広大なキッチンで、額の汗を腕で拭いながら呟いた。
「こういう少し暑い日には、やっぱり冷たい麺類が食べたくなるよね。せっかくモイラさん(元・運命の女神で現在は専属製麺係)が、すごくコシのある美味しい素麺をたくさん打ってくれたことだし、今日はみんなで『流しそうめん』をやろう!」
アルドの提案に、キッチンでうどんの生地を踏んでいたモイラがパァッと顔を輝かせた。
「まあ! 私の打った素麺を、あの風流な『流しそうめん』で! 腕が鳴りますわ、すぐに極上の麺を茹で上げましょう!」
すっかり職人魂に火がついた運命の女神を頼もしく思いながら、アルドは腕を組んで一つの問題に直面した。
「でも、流しそうめんをやるには、長くて太い『竹』が必要なんだよなぁ。ただの竹じゃ、この城塞の広大な中庭を端から端まで流すには長さが足りないし、途中で水がこぼれちゃう。どこかに、ものすごく長くて、真っ直ぐで、丈夫な竹は生えてないかな……」
アルドが呑気に空を見上げて、都合のいい竹の出現を祈った、その時である。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
黄金の城塞の上空、抜けるような青空が突如として淀んだ深緑色に染まり上がり、大宇宙の次元の壁がミシミシと悲鳴を上げた。
そして、空の彼方にある暗黒星域のポータルから、直径数十キロ、長さ数十万キロにも及ぶ、超絶巨大な「漆黒の棘が生えた竹」が、恐るべきスピードで地上に向かって射出されたのだ。
『フハハハハッ!! 喰ライ尽クシテクレルワ、生命ノ極地ヨ!!』
その声の主は、大宇宙のさらに外側、『大暗黒星林』と呼ばれる底知れぬ魔境を統べる絶対者――深淵の魔竹神『タケノミカヅチ』であった。
彼は、自らの肉体そのものを「大宇宙を貫く巨大な槍」として射出し、生命力に満ちた惑星を丸ごと串刺しにして、その星の核と全生命体の魂を数秒で吸い尽くすという、最悪の寄生型宇宙神である。先日、星喰いバクテリウムが堆肥にされたことを知った彼は、「あのような下等な寄生植物と一緒にされてはたまらん。我が直接、あの星を貫いてくれる」と自ら出向いてきたのだ。
「な、なんだあのバカデカい竹の化け物は!? 空から星を串刺しにしようと降ってきているぞ!」
中庭で洗濯物を干していたゼフィロス(元・魔法国王)が、空を覆い尽くす漆黒の竹を見て絶叫した。
「あれは……深淵の魔竹神タケノミカヅチ! 奴の竹の繊維は、宇宙の因果律そのものを編み込んで作られており、いかなる神の攻撃も通用しない絶対不壊の装甲です! このままでは、城塞の絶対防壁ごと地球が貫かれますわ!」
屋根の上の風見鶏レギンレイヴが、かつてないほどの絶望に顔を歪めた。
「させぬ! 我が魔界の全火力を以て、あの竹を灰燼に帰してくれるわッ! 『超絶地獄炎』!!」
地下ボイラー室から飛び出してきたサタナスが、宇宙を焼き尽くすほどの黒炎を放つ。しかし、タケノミカヅチの表面に衝突した炎は、チリッと焦げ跡一つ残すことなく、弾け飛んでしまった。
『無駄ダ、無駄ダ! 我ガ絶対の繊維ハ、神ノ力デハ傷一ツツカヌ! サア、貴様ラノ魂ゴト、養分トシテ吸イ上ゲテクレル!!』
魔竹神の切っ先が、音速の数千倍のスピードで城塞の中庭へと迫り来る。
大気は摩擦でプラズマ化し、地球の地殻がそのプレッシャーだけでひび割れようとしていた。
――しかし。
その絶望の光景を、縁側から見上げたアルドの瞳には、全く別のフィルターがかかっていた。
「うわぁ! すごい! 空からいきなり、ものすごく長くて太い『竹』が降ってきたぞ!」
アルドは、星を貫く大宇宙の絶対兵器を、「流しそうめんにピッタリの、奇跡のタイミングで生えてきた天然の竹」だと完全に誤認した。
「しかも、すごい勢いで真っ直ぐ伸びてきてる! でも、あのまま地面に突き刺さったら、お庭の石畳が割れちゃうな。よし、ここで刈り取ろう!」
アルドは、キッチンの作業台から、使い込まれた一本の『出刃包丁』をヒョイッと持ち出した。
――それは、以前彼が「星降る隕鉄」の余りをカンカンと叩いて自作した、ただの魚捌き用の包丁である。しかし、彼が握った瞬間、その包丁はアルドの事象改変オーラを限界まで吸い込み、「大宇宙のあらゆる概念を三枚に下ろす究極の神造刃」へと変貌を遂げていた。
「よーし! タイミングを合わせて……!」
アルドは、中庭の芝生の上で足を大きく開き、迫り来る数十キロの竹の切っ先に向かって、出刃包丁を構えた。
「そぉいッ!!!!」
――スパァァァァァァァァァァンッ!!!!
アルドが包丁を横に一閃した瞬間。
星を串刺しにするはずだったタケノミカヅチの切っ先が、まるで柔らかなキュウリでも切るかのように、何の抵抗もなく「スッ……」と真っ二つに輪切りにされてしまった。
アルドの『事象排除』の神威が込められた包丁の前に、宇宙の因果律で編み込まれた絶対不壊の繊維など、ただの「ちょっと繊維質な野菜」と同義であった。
『…………エ?』
魔竹神タケノミカヅチは、自らの最強の切っ先が、エプロン姿の青年が振るった「ただの包丁」であっさりと切断されたことに、痛覚よりも先に理解が追いつかず、完全にフリーズした。
「よし! ナイスカット! 次は、これを縦に真っ二つに割って、中の節を抜かないとね!」
アルドは、切断されて空中で静止している超巨大な竹の切り口に、包丁の刃を縦にスッと当てた。
「せーのっ、よいしょーーーッ!!!!」
ズバババババババババッ!!!!
アルドが、竹の切り口から根元(宇宙空間の彼方)に向かって、包丁をそのまま一気に振り下ろした。
すると、数万キロにも及ぶタケノミカヅチの巨大な肉体が、アルドの「流しそうめん用のレールを作りたい」という強烈な意思によって、空間ごと綺麗に「真っ二つ(半月状)」に割られてしまったのだ。
『ギ、ギャァァァァァァァァァッ!?!?』
ここに至って、タケノミカヅチはついに絶叫を上げた。
『な、何事ダ!? 我ガ……大宇宙ヲ貫ク我ガ肉体ガ……綺麗ニ半分ニ割ラレテイク!? 痛イ! 痛イィィィッ! ナンダコノ、圧倒的ナ「調理」ノ圧力ハァァァッ!』
「おっ、中の節も綺麗に抜けてる! さすが宇宙サイズの竹だ、すごく使いやすそう!」
アルドは、真っ二つに割れて「超巨大な水路」と化した魔竹神の半身をガシッと掴み、中庭の端から端へ、そして城塞の回廊をぐるりと回るように、見事な傾斜をつけて設置し始めた。
『や、ヤメロ! 我ヲ……我ヲ横倒シニシテ、何ヲスル気ダ! 我ハ串刺シニスル神デアッテ、物ヲ滑ラセル台デハ……ッ!』
「よしよし、いい傾斜だ。このままじゃグラグラするから、土台を作って固定しないとね」
アルドは、中庭で呆然としている神竜ポチ、海神イルカさん、そしてサタナスやゼフィロスたちに向かって声をかけた。
「みんなー! ちょっとこの竹の下に入って、土台の代わりになってくれないかな? 少しの間だけでいいから!」
『ハ、ハイッ! 喜ンデ!』
サタナスやポチたちは、アルドの命令に条件反射で従い、魔竹神のレールの下に等間隔に並んで、背中や肩でしっかりと竹を支え始めた。
『バ、馬鹿ナ……! 魔界ノ王ヤ海神ガ、喜ンデただの「竹の土台」ニナッテイルダト!? コノ空間ハ、一体ドウナッテイルノダ!?』
魔竹神は、自らが「巨大な流しそうめんの台」として完全に設置されてしまったという屈辱に、怒りで身を震わせた。
『許サン……! 絶対ニ許サンゾ! 貴様ラガ何ヲ流ソウト、我ガ内部カラ分泌スル「超・猛毒ノ腐敗液」デ、全テヲドロドロニ溶カシテ……』
「ティターニアさん! モイラさん! 準備OKだよー! 水と素麺を流して!」
アルドの合図と共に。
大精霊女王ティターニアが、竹の最上部から『極純精霊水(純度百パーセントの生命のマナ)』を滝のようにドバァァァッと流し込んだ。
さらに、運命の女神モイラが、自らの権能を込めて打ち上げた『絶対自由の神仙素麺』を、その清流の中へと次々に投入した。
――ザザァァァァァァァッ!!!!
氷のように冷たく、宇宙の真理すらも浄化する圧倒的な精霊水と、運命の素麺が、タケノミカヅチの真っ二つにされた内部(背中)を、猛スピードで滑り降りていく。
『ヒギャァァァッ!? な、なんだこの水は!? 我の猛毒の分泌液が、一瞬で洗い流されて、極上の清流へと上書きされていくゥゥゥッ!』
魔竹神の体内に、かつてない『洗浄』と『清涼感』が駆け巡った。
さらに、アルドが竹の下流で待ち構え、流れてきた素麺を箸で見事にキャッチし、特製のめんつゆにくぐらせて「ズズッ!」と美味しそうに啜り上げた。
「うん! 美味い! 水が冷たくて麺が締まってるし、竹のほのかな香りが移ってて最高だ! みんなも早く食べてみて!」
その瞬間。
アルドの「美味い!」という純粋な歓喜と、みんなを喜ばせたいという祈りが、タケノミカヅチの魂の奥底にダイレクトに流れ込んだ。
『ア……ァァ……?』
星を喰らい、生命を滅ぼすことしか知らなかった深淵の魔竹神の脳内に、雷のような衝撃が走った。
『なんという……冷たくて、気持ちのいい水なのだ……。それに、私のこの体を滑り落ちていく「素麺」という食べ物……。それを食べた者たちが、あんなにも幸せそうな笑顔を浮かべている……』
タケノミカヅチの凶悪な意思が、アルドの流しそうめんによって完全に漂白され、崩壊していく。
『そうか……。私は今まで、星を貫いて殺すことしかできなかった。しかし、こうして自らを半分に割り、清涼な水を流す器となることで、こんなにも多くの生命を笑顔にし、「夏の風物詩」として愛される存在になれるのか……!』
魔竹神の漆黒だった竹の表面が、みるみるうちに浄化され、美しく輝く翡翠色の「極上の青竹」へと姿を変えた。
『あぁ……! 私は、私はもう誰も串刺しにしない! この清流の冷たさと、素麺が滑り落ちる心地よい感触……。これこそが、私の真の天職だったのだァァァッ!』
魔竹神は、自ら進んで竹の内部を限界までツルツルに磨き上げ、素麺がより滑らかに、美味しく流れるように最高のウォータースライダー状態を自発的に維持し始めたのである。
「おっ、なんか竹がすごく綺麗になったし、水流も滑らかになったぞ! さすが天然の竹だなぁ!」
アルドは、喜んで素麺を啜る武僧たちや神々を見渡しながら、大満足で頷いた。
その光景を、流しそうめんの最後尾で、ツユの入ったお椀を持ちながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を串刺しにする宇宙の魔竹が、完璧な流しそうめんのレーンに仕立て上げられました」
アーキヴァルが、ツルッと素麺を啜り、その美味さに一瞬白目を剥きそうになりながらも、手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第四十九種・深淵の魔竹神の真っ二つ(ただの流しそうめん)』。対象:大暗黒星林の主。結果:アルド様の出刃包丁で三枚に下ろされ、冷水と素麺の心地よさに魂を浄化されて『専属・流しそうめんレール』へと強制就職」
「……この素麺の喉越しと、竹から香る大宇宙の生命の息吹……。これ以上の贅沢は、神の国を探しても絶対に見つからんな。もう一杯いただこう」
レイヴンが、無表情のまま猛烈な勢いで素麺を啜り続けている。
「おーい! モイラさん! 素麺のおかわりお願い! あと、ミニトマトやキュウリも流してみようよ!」
アルドの楽しげな声が、初夏の陽気に包まれた黄金の城塞に、どこまでも平和に響き渡る。
最強の便利屋の「ただの流しそうめん」は、大宇宙を貫く絶望の槍を「最高の夏のエンターテインメント設備」へと真っ二つに改造し、日だまり郷の住人たちに、いかなる神話にも記されていない究極の清涼感と笑顔をもたらしたのであった。
アルドの求める「完璧な日常」の前では、宇宙を滅ぼす悪意すらも、ただの「美味しい食事を彩るための便利な器」へと生まれ変わってしまうのである。
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