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辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


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第48話:ただの虫除け香と、疫病の瘴気神の完全消臭

第48話:ただの虫除け香と、疫病の瘴気神の完全消臭

 黄金の城塞に、しとしとと恵みの雨が降り注ぐ季節がやってきた。

 日だまり郷の気候は、元・太陽神アポロンの光量調整や大精霊女王ティターニアの湿度管理によって常に快適に保たれているが、アルドの「日本の四季を感じたい」というささやかな願いを汲み取り、現在はあえて「風情のある梅雨」が演出されていた。

 とはいえ、城塞の屋根には次元創世龍ウロボロス・プライムが『絶対防水の七色瓦』として埋め込まれているため、雨水はおろか次元の歪み一滴たりとも内部に侵入することはない。住人たちは、雨音をBGMにそれぞれの室内ライフを満喫していた。

 元・魔界大帝サタナスは「ジメジメした季節こそ、カラッとした温風が大事ですぞ!」とボイラーの除湿機能をフル稼働させ、終末の織手アラクネは、雨の日に映える色鮮やかなレインコートの新作デザインに没頭している。マルチバースの観測者アイオーンに至っては、雨に濡れる中庭の風景をアルドがスケッチするのではないかと、画板を持ってアルドの後ろをウロウロと付きまとっていた。

 そんな穏やかな午後。アルドは、城塞の広大な縁側に腰を下ろし、中庭の精霊の池に落ちる雨粒の波紋を眺めながら、少しだけ眉をひそめていた。

「うーん……。雨の景色は落ち着いてて好きなんだけど、この季節になるとどうしても『虫』が増えるんだよなぁ。特に蚊や羽虫は、刺されると痒いし、夜寝る時に耳元で飛ばれると本当に厄介だ」

 アルドは、縁側の柱の周りを飛んでいる数匹の羽虫を手で払いながら呟いた。

「城塞の中には入ってこないように、手作りの『虫除け香』を作って焚いておこう。市販のものより、自然の素材で作った方が体にもいいしね」

 思い立ったアルドは、作業小屋からすり鉢と乳棒を持ち出し、材料の調達を始めた。

 ――当然ながら、彼が調達する「自然の素材」は、大宇宙の常識を軽く凌駕している。

 主成分となるのは、中庭にそびえる『世界樹ユグドラシル』からこぼれ落ちた、生命の根源を宿す黄金の落葉。それに、太陽神アポロンの光を限界まで浴びて育った『神仙ハッカの葉』。さらに繋ぎとして、大精霊女王ティターニアが管理する池の底から採取した『精霊の泥(超高純度のマナ・クレイ)』を混ぜ合わせる。

「これを細かくすり潰して、お香の形に練り固めればいいんだ。よいしょ、よいしょ」

 アルドがすり鉢で材料をゴリゴリと擦るたびに、彼の腕から放たれる『事象圧縮オーラ』が、素材の持つ神聖エネルギーを極限まで濃縮していく。

 完成したのは、深い翡翠色をした、ソフトボールほどの大きさの「渦巻き型の巨大な蚊取り線香」であった。それは火をつける前から、周囲の空間の淀みを自動的に浄化してしまうほどの凄まじい神気を放っていた。

「よし! 立派な虫除け香ができたぞ。あとはこれを入れる『香炉こうろ』が必要だな……」

 アルドが香炉の代わりになるものを探していた、まさにその時である。

 ――ジジジジジジジッ……!!!!

 黄金の城塞を覆っていた風情ある雨雲が、突如として禍々しいドス黒い紫色に変色した。

 雨粒はヘドロのような粘液に変わり、周囲の木々や草花が、それに触れた瞬間にシュゥゥと音を立てて枯死していく。大気が強烈な腐敗臭に包まれ、呼吸することすら困難な猛毒の瘴気が、日だまり郷を包み込み始めたのだ。

『ケケケケケッ……! なんと濃厚で美味しそうな生命の匂いだ。この異常なマナの集積地、全て我が毒の霧で腐らせ、死の苗床にしてくれるわァァァッ!!』

 紫色の瘴気雲の中心から姿を現したのは、無数の羽虫と腐肉で構成された巨大な不定形の怪物。

 その名は、ペストゥム。

 大宇宙の暗黒星域から飛来した『疫病の瘴気神』である。彼はかつて、数多の生命力に溢れる惑星に降り立ち、その致死の瘴気で星を丸ごと「死の星」へと変えてきた、最悪のパンデミックの化身であった。

 ペストゥムは、日だまり郷の異常なまでに高まった生命力(世界樹や神々の存在)を嗅ぎつけ、それを極上の養分として喰い散らかすためにやってきたのだ。

「な、なんだあの猛毒の雲は!? 吸い込んだら一瞬で肺が腐り落ちるぞ!」

 縁側でお茶を飲んでいた元・大賢者ゾルタンが、湯呑みを落として口を布で覆った。

「あれは……神話に記された疫病の瘴気神ペストゥム! いかなる神の治癒魔法も追いつかない、絶対死の概念そのものです! このままでは、城塞の結界すらも腐食されてしまいますわ!」

 レギンレイヴが、屋根の上の風見鶏の位置から絶叫する。

『さあ、息を吸うがいい! 我が絶望の瘴気を肺の奥底まで吸い込み、全身の細胞をドロドロに溶かして、我が新たな羽虫として生まれ変わるのだァァァッ!』

 ペストゥムが咆哮を上げると、上空から城塞の中庭に向けて、文字通り「死の霧」が滝のように降り注ぎ始めた。

 世界が終わる。全生命体が腐肉に変わる。誰もが絶望に沈んだ。

 しかし。

「……うわっ。なんだか急に、空から『嫌な匂いのする羽虫の群れ』が大量に湧いてきたぞ」

 ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対死の概念を、「梅雨の時期特有の、生ゴミの匂いに集まってきた大量のコバエと蚊の群れ」だと完全に誤認していた。

「これはひどいな! 窓を開けておいたら、城塞の中が虫だらけになっちゃう! 早くさっき作った虫除け香を焚かないと!」

 アルドは、完成したばかりの「翡翠色の巨大な蚊取り線香」を手に持ち、火をつけるためのマッチを探した。

「よし、火をつけるぞ。えーっと、ボイラー室から少し火種をもらってくるか……いや、ちょうどいいところに『熱そうなもの』が降ってきてるな」

 アルドは、上空から降り注ぐ致死の瘴気(猛毒の酸の雨)を、「ちょっと温度の高い雨水」だと勘違いし、手に持った虫除け香の先端を、降り注ぐ瘴気の滝に向かって無造作に突き出した。

「そぉいッ!!」

 ――ジュボォォォォォォォォッ!!!!

 アルドが突き出した虫除け香の先端に、ペストゥムの放つ「絶対死の瘴気」が触れた瞬間。

 瘴気に含まれる悪意と摩擦熱が、虫除け香の着火剤として完璧に機能した。そして、火がついた『事象圧縮の神仙虫除け香』から、大宇宙の理をひっくり返すほどの圧倒的な「純白の浄化の煙」が、爆発的な勢いで噴き上がり始めたのだ。

『……ハ? な、なんだこの煙は!?』

 上空で高笑いしていたペストゥムは、地上から立ち昇ってくる真っ白な煙を吸い込んだ瞬間、己の体内で異常事態が発生していることに気づいた。

『ギ、ギャァァァァァァァァッ!?!?』

 ペストゥムを構成していた腐肉と猛毒の羽虫たちが、浄化の煙に触れた途端に「シュゥゥゥッ!」と音を立てて次々と消滅していく。

 いや、消滅ではない。アルドの「嫌な匂いを消して、虫を追い払う」という圧倒的な事象改変オーラが煙に乗って拡散し、ペストゥムの「疫病と腐敗」という概念そのものを、強制的に『森林の爽やかなアロマの香り』へと漂白・上書きしていたのだ。

『い、息が……いや、我が毒がァァァッ! 腐敗の力が、マイナスイオンたっぷりの癒しの空気へと変換されていくゥゥゥッ!? やめろ! 我を健康的な空間にするなァァァッ!』

 ペストゥムはパニックに陥り、全速力で宇宙空間へ逃げ出そうとした。

「あっ! 煙が届いてないところにも虫がいっぱいいるな。よし、もっと煙を出さないと!」

 アルドは、手に持った虫除け香を、扇子(※聖女の神布を張ったもの)でパタパタと全力で扇ぎ始めた。

 ブワァァァァァァァァァァンッ!!!!

 アルドの扇ぎによって、浄化の煙はもはや竜巻のような規模となり、逃げようとするペストゥムを大気圏外まで一瞬で包み込んだ。

『ヒィィィィィィッ!! 身体ガ……我が絶対死の概念ガ、完全にアロマセラピーの精油にィィィッ!』

 ペストゥムの巨大な肉体は、浄化の煙の中でみるみるうちに圧縮・漂白され、最終的には「ピンポン玉サイズの、透明でキラキラ光る、極上のミントとヒノキの香りを放つ球体」へと姿を変え、地上へとポロリと落下した。

 コロンッ。

 アルドの足元に、その良い香りのする球体(元・瘴気神)が転がってきた。

「おっ。なんだこれ? 香炉の代わりになりそうな、ちょうどいい丸い壺みたいなものが落ちてきたぞ。しかも、すごくいい匂いがする!」

 アルドは、完全にアロマの精霊へとジョブチェンジしてしまったペストゥムをヒョイッと拾い上げ、その頭頂部(?)のくぼみに、火のついた虫除け香をスポッと挿し込んだ。

『ア……ァァ……』

 香炉代わりにされたペストゥムの脳内(精油の奥底)に、アルドの「みんなを虫刺されから守る」という、圧倒的に優しく、無慈悲なまでの『日常への祈り』が流れ込んできた。

『なんという……ことだ……。私は今まで、あらゆる生命を腐らせることしか知らなかった。だが、こうして自らが香炉となり、この清らかな煙を拡散させることで、空間を浄化し、人々に「癒し」を与えている……。こんなにも、誰かに感謝されることが、心地よいことだったとは……!』

 元・瘴気神ペストゥムは、虫除け香の台座として使われながら、嬉し涙(極上のアロマオイル)をポロポロと流し、自ら進んで城塞全体に癒しの香りを拡散し始めた。

「うん! ばっちりだ! 嫌な匂いもすっかり消えたし、虫も一匹もいなくなったぞ。この丸い香炉、すごく優秀だなぁ!」

 アルドは、縁側に置いたペストゥム(香炉)の頭を、ポンポンと優しく撫でた。

『キュゥゥン……♪(お任せください、マスター! この身が擦り減るまで、極上のリラックス空間を提供いたします!)』

 ペストゥムは、すっかり毒気を抜かれたアロマの精霊として、心地よい香りを漂わせ続けた。

 その一部始終を、縁側の奥で息を潜めて見守っていたクランの面々。

「……終わりましたね。宇宙の疫病神が、虫除け用の香炉になりました」

 記録係アーキヴァルが、アロマの香りに包まれてすっかりリラックスした表情のまま、手帳に羽ペンを走らせる。

「ええ。記録完了。『第四十八種・疫病の瘴気神の完全消臭(ただの虫除け)』。対象:疫病の瘴気神ペストゥム。結果:アルド様の手作り蚊取り線香の煙で概念を漂白され、自らの悪臭を悔い改めて『専属のアロマディフューザー兼・香炉』へと強制更生」

「……俺はもう、この城塞の衛生環境がいかほどなのか想像もつかない。宇宙最悪のウイルスが、最高の空気清浄機になったのだからな。……それにしても、このヒノキとミントの香り、肩こりが一瞬で治るレベルで癒されるな」

 レイヴンが、目を閉じて深く深呼吸をしながら、幸せそうに口元を緩めた。

「ええ、先輩。私の長年の魔術研究の疲労も、この香りを嗅いだだけで完全に抜け落ちましたよ。アルド様は、ついに大宇宙の『公衆衛生』すらも極めてしまわれましたね」

 ゾルタンも、縁側でゴロンと横になりながら、すっかり骨抜きにされていた。

「おーい! みんな! 虫もいなくなったし、いい香りのお茶でも飲もうよ! 抹茶を点てたよー!」

 アルドの明るい声が、清らかな香りに満ちた梅雨の城塞に響き渡る。

 最強の便利屋の「ただの虫除け」は、星を死の霧で包む疫病神を「極上のアロマ香炉」へと文字通り消臭・漂白し、日だまり郷の梅雨を、大宇宙で最も清潔でリラックスできる究極の癒し空間へと変貌させてしまったのであった。

 アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、いかなる死の概念すらも、ただの「生活を彩る良い香り」へと昇華されてしまうのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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