第54話:ただの打ち上げ花火と、灼熱の星炎神の強制花火化
第54話:ただの打ち上げ花火と、灼熱の星炎神の強制花火化
黄金の城塞に、静かで涼やかな夏の夜が訪れていた。
昼間に行われた「滅亡の紅彗星のスイカ割り」によって提供された極上の果肉は、住人たちの渇きを潤し、その莫大なマナによって彼らの魔力回路を限界突破の領域へと進化させた。
夜になると、屋根に埋め込まれた次元創世龍ウロボロス・プライムの鱗が月明かりを反射して七色のイルミネーションのように輝き、縁側に吊るされた暴風の破壊神テンペスト・ゼファーの風鈴が、心地よい微風と共にチリン……と涼しげな音色を響かせる。
地下ボイラー室から冷気循環システムを完璧に管理しているサタナスや、精霊の池で夜の静寂を楽しんでいるティターニアなど、かつての覇者たちもこの究極のサマー・パラダイスですっかり骨抜きになり、平和な夜を満喫していた。
そんな中、夕食を終えたアルドは、広大な中庭の芝生の上で、夜空を見上げながら腕を組んでいた。
「ふぅ……。流しそうめんにスイカ割り、夏の昼間は思いっきり楽しめたな。でも、夏の夜といえば、やっぱり『あれ』をやらないと一日が終わった気がしないんだよね」
アルドは、夜風に吹かれながらニコニコと笑った。
「そう、『花火』だ! 手持ちの線香花火でしんみりするのもいいけど、せっかくこんなに広くて立派な庭があるんだから、ドカーンと大きな『打ち上げ花火』を夜空に咲かせたい。みんなで夜空を見上げて、夏の思い出の締めくくりにするんだ」
アルドのDIY精神が、静かな夏の夜に再び火を噴いた。
「でも、ただの火薬じゃ、ポチやイルカさんたちみたいな体の大きな子たちが見るには少し迫力が足りないかもしれないな。それに、中庭から打ち上げるなら、絶対に火事が起きない安全で、かつ宇宙の星々みたいにキラキラ光る特大の『火種』が必要だ。どこかに、空から降ってくる都合のいい燃える石でもないかな……」
アルドが呑気に星空を見上げて、都合の良い火種を探していた、まさにその時である。
――ピカァァァァァァァァァァッ!!!!
黄金の城塞の遥か上空、満天の星空が広がっていたアストラル空間の一部が、突如として太陽の数万倍の輝きを放ち始めた。
夜の闇が完全に払拭され、白昼のような異常な明るさが世界を包み込む。そして、その強烈な光の中心から、周囲の星々を次々と飲み込み、燃え盛る恒星のエネルギーを極限まで圧縮した『超常の熱源体』が、地球に向かって猛スピードで落下してきたのだ。
『……見つけたぞ。我が星の海を管理する同胞たちを次々と手懐け、大宇宙の理を「ただのレジャー施設」へと作り変えた忌まわしき特異点よ!』
その存在の名は、イグニス・ノヴァ。
大宇宙の恒星が寿命を迎える際に引き起こす究極の破壊現象『超新星爆発』そのものを神格化した、灼熱の星炎神である。
彼は、星海銀竜や滅亡の紅彗星が「流しそうめんの竹」や「スイカ」にされたというマルチバースの絶望的な噂を聞きつけ、その異常なまでの平穏な空間を、自らの命を燃やし尽くす最後の一撃で完全に灰燼に帰すため、飛来したのである。
「な、なんだあの信じられない熱量は!? 夜空が……夜空が燃え上がっているぞ!?」
縁側で冷酒を傾けていた元・大賢者ゾルタンが、盃を落として絶叫した。
「あ、あれは……神話の最期に語られる『星の終焉』、イグニス・ノヴァ! あのような超新星爆発の化身が直接大気圏に突入してくれば、衝撃波だけで大陸が蒸発し、星そのものがドロドロのガラス玉に変わってしまいますわ!」
屋根の上で風見鶏をしていたレギンレイヴが、熱風に煽られてポールにしがみつきながら悲鳴を上げる。
『滅びよ! 大宇宙のバグよ! 我が命を燃やし尽くす「超新星・絶対焼却」によって、貴様のそのちっぽけな城塞ごと、原子のレベルまで焼き尽くしてくれるわァァァッ!』
灼熱の星炎神が、太陽系の全エネルギーを凌駕する極大の炎を身に纏い、自らを巨大な火の玉として黄金の城塞めがけて突撃してくる。
大気がプラズマ化し、地上の水分が一瞬で蒸発し始める。誰もが世界の終わりを直感し、絶望に目を閉じた。
しかし。
ただ一人、アルドだけは、その大宇宙の絶対的絶望を、全く別のベクトルからロックオンしていた。
「おっ! なんか空から、ものすごく明るくてピカピカ光る『特大の火の玉』が降ってきたぞ! しかも、花火の火種にするにはピッタリのすごい熱量だ!」
アルドの驚異的な「日常フィルター(事象の誤認)」は、大気摩擦で燃え上がる超新星爆発の化身を、「打ち上げ花火にピッタリの、信じられないくらい巨大で燃え盛る最高の火薬玉」だと完全に勘違いした。
「すごい! あのサイズなら、城塞のみんなで楽しめる、夜空いっぱいに広がる超特大の打ち上げ花火ができるぞ! しかも、わざわざ空から最高のタイミングで落ちてきてくれるなんて!」
アルドの夏をエンジョイする気概が、ついに大宇宙の法則を置き去りにして臨界点を突破した。
『消え去れェェェッ! 灰になれェェェッ!!』
イグニス・ノヴァが、大陸を蒸発させる熱量を伴って落下してくる。
「よーし、あの火種が地面に落ちて火事になる前に、空中で綺麗な花火の筒に詰め込むぞ!」
アルドは、作業ベルトから愛用の『時空の鎌』と、昨日アラクネからもらった『絶対防壁の糸(終末の糸)』を編み込んだ巨大な「手製の筒(※世界樹の太い枝をくり抜いたもの)」を抜き放ち、地上から上空に向かって軽やかに跳躍した。彼の事象改変オーラにより、超高温のプラズマ空間の中に「絶対に燃えない涼しい足場」が形成され、彼は星炎神の放つ極大の熱線の真正面へと躍り出た。
「ちょっと熱いな! でも、最高の花火にするからね! そぉいッ!」
アルドが巨大な筒を前方に突き出した瞬間。
星を蒸発させるはずの超新星爆発のエネルギーは、まるで「ただの線香の火」を筒で覆うかのように、アルドの構えた世界樹の筒の引力(事象圧縮オーラ)によって、猛烈な勢いで吸い込まれ始めた。
『…………は?』
灼熱の星炎神は、己の全存在を懸けた必殺の爆発エネルギーが、人間が構えたただの木製の筒に掃除機のように吸い込まれていく光景を見て、思考が完全にフリーズした。
『ば、馬鹿な……!? 我の超新星爆発が……ただの木の筒に……!? き、貴様、何をしているのだァァァッ!』
「ごめんね! ちょーっとだけ、君のその熱くて綺麗な体を、花火の火薬として貸してほしいんだ!」
アルドは、空中で一気に加速し、イグニス・ノヴァの中心核へと肉薄した。
そして、星炎神の核を両手でガシッと鷲掴みにすると、そのまま筒の奥底へとグイッと押し込んだ。
『ギ、ギィィィッ!? な、なんだこの力は!? 我の、大宇宙を焼き尽くす絶対温度が、まるでただのぬるま湯のように……!? しかも、体が筒の形に合わせて圧縮されていくゥゥゥッ!』
「打ち上げ花火にするから、しっかり火薬玉の形に固まってもらうね! よいしょーーーッ!!」
ズッポォォォォォォォォンッ!!!!
アルドが筒の底にイグニス・ノヴァの核を押し込み、上から導火線(運命の糸)を差し込んだ瞬間。
大宇宙の法則が、アルドの「綺麗な花火を打ち上げたい」という強烈な意思の前に完全にひれ伏した。超新星爆発の化身たるイグニス・ノヴァは、痛みや熱さではなく「最高の花火の火薬玉として最適化される」という概念の書き換えを受け、シュルシュルシュルッ! と音を立てて猛スピードでサイズダウンしながら、文字通り「見事な球状に固められた、極上の打ち上げ花火の弾」へと強制的に成形されてしまったのである。
『ア……ァァ……? ワ、我ガ肉体ガ……ただの火薬の玉に……』
イグニス・ノヴァ(花火玉状態)は、完全に自我を残したまま、アルドの手によって筒の中に装填され、地上の中庭へとセットされた。
「よし! ナイスサイズ! しかも中からすごいエネルギーを感じるから、きっと空のてっぺんまで飛んでいくぞ!」
アルドは、筒の横にしゃがみ込み、手に持ったマッチで導火線に火をつけた。
シューーーーーッ……。
導火線が火花を散らしながら短くなっていく。
『ヒィィィッ!? や、やめろ! 我の体に火をつけるな! 我は星を滅ぼす超新星……こんな、ただの筒から打ち上げられるなど……ッ!』
灼熱の星炎神は、己の屈辱に涙を流しながら叫ぼうとした。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!!!
次の瞬間、筒の底で極限まで圧縮されたイグニス・ノヴァのエネルギーが、アルドの「みんなを楽しませる花火になれ」という意思の導きによって一気に解放され、彼は文字通り夜空の彼方、大気圏を突き抜けるほどの高さへと猛スピードで打ち上げられた。
そして、宇宙空間の境界線に到達した瞬間。
パァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
夜空に、大宇宙の星雲を全て集めたかのような、言葉を失うほどに美しく、七色に輝く超絶巨大な『大輪の花火』が開花した。
その光は、決して網膜を焼くような暴力的な熱線ではなく、見る者の心を優しく包み込み、魂の奥底まで浄化するような、究極の「美」と「癒やし」の光であった。
『ア……ッ!? な、なんだこれは……!?』
夜空に散っていく火花の一つ一つに意識を分散させながら、イグニス・ノヴァの体内に、かつて経験したことのない異常な感覚が叩き込まれた。
『綺麗だ……。私が放つ炎が、こんなにも美しく、そして地上にいる者たちの笑顔を照らしている……。私の爆発は、今まで全てを奪い、焼き尽くすだけのものだった。だが、こうして自らの身を空に咲かせ、人々に「感動」と「夏の思い出」を届けることが、これほどまでに素晴らしいことだったとは……!』
灼熱の星炎神の凶悪な意思は、アルドの「夏のレジャー」によって完全に浄化され、書き換えられた。
いや、彼自身が「大宇宙で最も美しい打ち上げ花火」として、人々の心を打つという生き方に、至上の喜びを見出してしまったのだ。
「うわぁぁぁ……! すごい! 綺麗だね、みんな!」
アルドが、夜空を見上げて満面の笑顔で拍手をした。ポチやイルカさんも、空に咲く大輪の花に「ワン!」「キュイ!」と嬉しそうに声を上げている。
『お任せください、マスター……!』
夜空からパラパラと降ってくる光の粒子(イグニス・ノヴァの残滓)が、感動の涙のようにキラリと光った。
『このイグニス・ノヴァ、貴方様と皆様に、大宇宙で最も美しく、感動的な「極上の花火」を提供することをお誓いいたしますッ! 打ち上げ花火でも、線香花火でも、私が最高の調合で火薬を練り上げましょう!』
「あはは! なんか火の粉がキラキラして喋った気がするけど、すごく気合が入ってるね! よーし、来年の夏も、特大の花火大会をお願いするよ!」
アルドは、空から降ってくる光の粒子を手のひらで優しく受け止めた。
その一部始終を、縁側で花火を見上げながら見守っていたアーキヴァルとゾルタン。
「……終わりましたね。星を蒸発させる宇宙の超新星爆発が、夏の夜空を彩る打ち上げ花火に成り下がりました」
記録係のアーキヴァルが、もはや何の感情も浮かばない、完全に解脱した笑顔で手帳に羽ペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第五十四種・灼熱の星炎神の強制花火化(ただの打ち上げ花火)』。対象:超新星爆発の化身イグニス・ノヴァ。結果:アルド様の手によって木製の筒に詰め込まれ、夜空に打ち上げられたことで【人々に感動を与える美しさ】に目覚め、永久の専属花火師(火薬職人)へと強制就職」
「……俺はもう、この城塞の夏祭りがどれほどのスケールなのか考えるのをやめた。超新星爆発を花火にして見上げるなど、神々ですら発狂するレベルの道楽だぞ。……おい、ゾルタン。この花火の光を浴びただけで、体内の魔力溜まりが完全に浄化されてしまった気がする」
レイヴンが、夜空を見上げながら、深い感息と共に笑いを漏らした。
「……ええ、先輩。それに、この光の粒子を集めたら、どんな難病でも一瞬で治る究極の霊薬になりそうですよ」
元・大賢者ゾルタンも、完全に感覚が麻痺した笑顔で光の粒子を瓶に詰めている。
「いやぁ、今年の夏は本当に楽しかった! みんな、最高の思い出をありがとう!」
アルドの晴れやかな笑顔が、花火の光に照らされてキラキラと輝く。
最強の便利屋の「ただの打ち上げ花火」は、星を滅ぼす超新星爆発を「最高のアート」として夜空に咲かせ、黄金の城塞の夏を、文字通り【いかなる宇宙の脅威も極上の感動に変換する絶対的パラダイス】へと進化させてしまったのであった。
アルドの追い求める「平凡な日常」の前では、大宇宙の理すらも、ただの「夏の夜空を彩る美しいイベント」に過ぎないのである。
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