第5話:招かれざる徴税官と、極上のモフモフ座布団
### 第5話:招かれざる徴税官と、極上のモフモフ座布団
日だまり郷に、穏やかな秋の気配が漂い始めた頃。
アルドは丸太小屋の縁側に腰掛け、太い針と麻糸を使ってチクチクと裁縫に勤しんでいた。彼の手元にあるのは、漆黒の毛並みを持つ、驚くほど手触りの良い毛皮である。
「そろそろ朝晩が冷え込んできたからね。みんなが椅子に座る時、お尻が冷えないように座布団を作っておこう」
アルドは独り言を呟きながら、器用な手つきで毛皮を縫い合わせていく。
彼曰く、この毛皮は「数日前に森の奥で倒れていた、すごく大きな黒犬の落とし物」らしい。寿命で亡くなったのか、毛皮だけが綺麗に残されていたため、ありがたく拝借してきというのだ。
――だが、当然ながらそれは「ただの黒犬」などではない。
その正体は、かつて大陸の北半分を恐怖のどん底に陥れ、ブレス一つで山脈を吹き飛ばすとされた災害級魔獣『深淵の魔狼』である。
そんな伝説の魔獣がなぜ森で倒れていたのか。答えは簡単だ。数日前の夜、アルドの作ったスープの匂いに引き寄せられて村に近づいた際、アルドが無意識に張った『絶対防衛の結界』に触れてしまい、そのあまりの神気と魔力圧にショック死してしまったのである。
恐怖のあまり、肉体そのものが崩壊し、もっとも魔力を帯びた毛皮だけが残されたという、魔獣界からすれば悲劇以外の何物でもない最期だった。
「よし、できた。すごくフカフカで気持ちいいな。これならエルミナたちも喜んでくれるだろう」
アルドが満足げに四枚の『深淵の座布団』を抱え上げたその時。
村の入り口の方から、けたたましい馬の嘶きと、車輪が土を抉る荒々しい音が聞こえてきた。
「なんだろう? お客さんかな」
アルドが縁側から立ち上がると、そこには豪奢な、しかし悪趣味な装飾が施された一台の馬車が停まっていた。
中から降りてきたのは、派手な絹の服を着込み、丸々と太った中年男だ。その後ろには、威圧感のある護衛の兵士たちが数名控えている。
「ここか……『日だまり郷』などという、地図にも載らぬ辺境のドブ村は」
男の名はガルドス。この一帯を治めるフェンリス大公の腹心であり、領民から骨の髄まで税を搾り取ることで悪名高い「徴税請負人」である。
彼は最近、この辺境の森に向かった調査隊や傭兵団が次々と消息を絶つという報告を受け、「未知の強力な魔力資源が隠されているに違いない」と踏んで、自ら視察と接収にやってきたのだ。
「おい、そこの村人! 私は領主様よりこの地の査察を任されたガルドスだ! この村の代表を呼べ! それと、隠し持っている『資源』を全て広場に出せ! さもなくば、脱税の罪で村ごと焼き払うぞ!」
ガルドスは、いかにも傲慢な態度で怒鳴り散らした。
しかし、彼と対峙したアルドは、武器を構える護衛たちを見ても全く動じず、ただ「ああ、なるほど」と納得したように手をポンと打った。
(……わざわざ領都から、こんな遠くまで税の査定に来てくれたんだな。役人さんも大変だ。それに、顔が真っ赤だし、すごい汗だ。長旅でよっぽど疲れているに違いない)
「わざわざ遠路はるばる、ご苦労様です。私がこの村の世話役のようなものをしている、アルドと申します。立ち話もなんですから、どうぞ中へ。温かいお茶でも淹れますよ」
アルドのあまりにも屈託のない、警戒心ゼロの笑顔に、ガルドスは一瞬毒気を抜かれた。
「ふ、ふん! 当然だ。私を誰だと思っている。貴様のような下賎な輩の淹れた茶など口にする気はないが、休ませてもらうとしよう」
ガルドスは護衛を外に待たせ、ズカズカと土足のままアルドの丸太小屋へと上がり込んだ。
「なんだこの粗末な小屋は。こんな所で生活するなど、豚と変わらんな」
悪態をつきながら、ガルドスは部屋の中を見渡す。
だが、小屋に入った瞬間、ガルドスの本能が「異常」を告げた。
(……な、なんだここは? 空気が……重い? いや、違う。異常に濃密な魔力が、空間そのものにへばりついている……っ!?)
ただの丸太小屋に見えるが、アルドの放つ規格外の生活魔力が長年染み付いたこの空間は、王宮の最深部にある『聖域』すら凌駕するほどの極大魔力場と化していた。呼吸をするだけで、肺が魔力によって圧迫されるような錯覚に陥る。
「さあ、ガルドスさん。椅子は硬いので、よろしければこの座布団をお使いください。今日縫い上げたばかりなんですよ」
そんなガルドスの異変に気づく由もないアルドは、先ほど完成したばかりの『深淵の魔狼の座布団』を、木製の椅子のぽんと置いた。
「ふん。薄汚い毛皮だが、まあ座ってやらんことも……」
ガルドスは、額から冷や汗を流しながらも、傲慢な態度を崩さずにその座布団に腰を下ろした。
――その瞬間である。
ガルドスの視界から、丸太小屋の風景が完全に消失した。
代わりに広がったのは、血の月が浮かぶ漆黒の荒野。そして彼の目の前には、山脈ほどもある巨大な黒い狼が、ヨダレを垂らしながら彼を見下ろしていた。
『グルォォォォォォォッ……!!』
脳髄を直接揺らされるような、絶対的捕食者の咆哮。
アルドが縫い上げたことで、毛皮に残留していた魔狼のオーラが「主の領域を脅かす悪意」に反応し、ガルドスの精神に直接『捕食の幻覚』を見せつけたのだ。
ただの貪欲な小悪党でしかないガルドスに、災害級魔獣の怨念に耐えられるはずもなかった。
「あ……が……ッ!? ひ、ひぃぃぃぃぃッ!! 食わ、食われるッ! 私の体が、噛み砕か……ッ!!」
ガルドスは椅子から転げ落ち、床を這いつくばりながら、見えない何かに怯えて絶叫した。
彼の目には、自分の手足が巨大な牙にすり潰され、貪り食われている幻覚が映っているのだ。恐怖のあまり失禁し、白目を剥いて泡を吹き始める。
「えっ!? ガルドスさん!? どうしたんですか、突然! 座布団に針でも残ってましたか!?」
慌てて駆け寄るアルド。しかし、ガルドスは「あ、あばばば……」と意味不明なうわ言を漏らすと、完全に意識を飛ばして気絶してしまった。
「うーん……長旅の疲れが、急に暖かい部屋に入ったことでドッと出ちゃったのかな。かわいそうに、よっぽどブラックな職場なんだな、領主様の下は」
アルドは本気で同情しながら、ガルドスの背中をさすった。
その背後の空間が揺らぎ、記録係のアーキヴァルが、いつものように分厚い手帳を開きながら姿を現した。
「……おや、アルド様。お客様が倒れてしまわれたのですか?」
「あ、アーキヴァル。ちょうどよかった。この人、徴税のお役人さんみたいなんだけど、疲れ果てて倒れちゃって。悪いんだけど、馬車で休めるように運んであげてくれないかな」
「承知いたしました。役人殿のお相手は、私が代わって対応しておきましょう」
アーキヴァルは優雅にお辞儀をし、気絶したガルドスの襟首を掴んだ。
アルドが台所へお茶の準備に戻ったのを見計らい、アーキヴァルの目は冷酷な光を帯びる。
「……やれやれ。どこから湧いたハエかと思えば、強欲で知られるガルドスですか。アルド様に直接牙を剥こうとは、万死に値する愚行ですね」
アーキヴァルは、ガルドスの懐から『領地の査察記録』と『徴税令状』を抜き取った。
そして、羽ペンを滑らせ、その内容を瞬時に書き換えていく。
『日だまり郷の査察報告。当該地域は全くの不毛の地であり、徴税の価値なし。また、これ以上の干渉は領の財政を圧迫するのみであると判断し、永久に不可侵領域とする』
アーキヴァルは、王室直属の偽造のプロすら舌を巻く完璧な筆跡と魔法的隠蔽を施し、書類をガルドスの懐に戻した。
さらに、ガルドスの脳内に微弱な魔力を流し込み、彼がこの村で見た「恐怖の記憶」だけを強烈にすり込み、「二度とこの村の方向すら見たくない」というトラウマを植え付ける。
「さて、お帰りいただきましょうか」
数分後。
外で待機していた護衛たちの前に、アーキヴァルがガルドスを抱えて現れた。
「申し訳ありません。ガルドス様は、当村の『何もない寂れ具合』にひどく落胆され、持病の貧血を起こして倒れてしまわれました。早急に領都の病院へお連れすることをお勧めします」
「な、なに!? チッ、だからこんな辺境に来たくなかったんだ! おい、ガルドス様を馬車へ乗せろ! すぐに出発するぞ!」
護衛たちは気絶したガルドスを乱暴に馬車に押し込み、逃げるように日だまり郷を後にしていった。
「あれ、帰っちゃったのかい?」
お盆にお茶を乗せて出てきたアルドが、遠ざかる馬車を見て首を傾げる。
「ええ。よほどお忙しい方だったようです。ですが、当村の調査は無事に終わったと、満足げに微笑んでおられましたよ」
アーキヴァルは、嘘偽りのない清々しい笑顔で答えた。
「そうか。それはよかった。でも、せっかく座布団を作ったのになあ。アーキヴァル、これ使うかい?」
「よろしいのですか!? アルド様のお手製……しかも、この溢れんばかりの絶大な魔力圧! ああ、これを敷いて記録の整理を行えば、私の筆も神速の如く走ることでしょう……!」
アーキヴァルは感激のあまり涙を流し、深淵の魔狼の座布団を顔に押し当てて頬ずりをした。
最強の便利屋アルドの日常は、こうして今日も、影で暗躍するクランメンバーたちの「隠蔽工作」と「異常な崇拝」によって、完璧に守られ続けるのであった。
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