第42話:ただの風景画と、並行宇宙の無断創造
第42話:ただの風景画と、並行宇宙の無断創造
温室での大豊作により、日だまり郷の食卓はさらに豊かになり、黄金の城塞の中庭は、春爛漫の美しい花々と緑に囲まれていた。
世界樹ユグドラシルの根元では、神竜ポチ、深淵の海神リヴァイアサン、大精霊女王ティターニア、そして農業組合の元・混沌魔軍たちが、和気藹々とお茶会を楽しんでいる。
「いやあ、本当にいい景色だ。みんなが楽しそうにしてるのを見ると、なんだか絵に描いて残しておきたくなるな」
アルドは、城塞のテラスに自作のイーゼル(※オリハルコンの廃材製)を立て、真っ白なキャンバス(※聖女の神布)をキャンバスボードに張り付けていた。
「昔から、図工や美術は少し得意だったんだ。よし、今日はみんなの遊んでいる風景を、スケッチしてみよう!」
アルドは、作業小屋から絵の具箱と筆を持ち出してきた。
彼が絵の具として使うのは、以前看板の文字を書いた『事象改竄の神墨』をベースに、精霊の池の水や、砕いた魔宝石などを混ぜ合わせた「特製絵の具」である。そして筆は、世界樹の枝に、神竜ポチの抜け毛(絶対零度の神毛)を束ねて作った、宇宙に二つとない神造の絵筆であった。
「まずは、背景の青空と世界樹を描いて……」
アルドが、筆に青い絵の具を含ませて、キャンバスにスッと線を引いた。
――その瞬間。
キャンバスに描かれた「青空」の塗料が、アルドの事象改変オーラと神布の力によって、二次元の枠を超えて実体化し始めた。
アルドは「ただ絵を描いている」つもりであったが、彼が使っている道具と彼の無意識は、キャンバスという空間の上に【全く新しい並行宇宙】をゼロから創造するという、神の領域すら超越した「創世の儀式」を行っていたのである。
「うんうん、世界樹の緑もいい色が出たぞ。ポチたちの姿も描いて……あっ、そうだ」
アルドは、キャンバスの空の端の方に、少し余白があることに気がついた。
「せっかくだから、ちょっと空想の景色も足してみよう。空に浮かぶ『浮遊島』なんてあったら、ファンタジーっぽくてかっこいいよね!」
アルドは、軽いノリで、キャンバスの空に巨大な「滝が流れ落ちる浮遊島」を描き足した。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
その直後、現実の黄金の城塞の上空、大気圏スレスレの場所に、アルドがキャンバスに描いたのと全く同じ形をした、超巨大な「滝が流れ落ちる浮遊島」が、轟音と共に突如として物質化し、出現したのである。
「ええっ!? な、何事ですか! 空に突然、巨大な島が!」
中庭でお茶を飲んでいたゼフィロスが、空を見上げて腰を抜かした。
「あれは……アルド様が今、絵に描かれた島と全く同じ形……!? まさか、アルド様はついに『絵空事』を現実に創造する力まで無意識に行使されているというのですか!」
アーキヴァルが、かつてないほどの驚愕で目を見開いた。
だが、事態は地球の空に島が浮かんだ程度では済まなかった。
アルドが「新しい宇宙のキャンバス」に無断で絵を描き足したことにより、大宇宙を管理する次元のバランスが崩壊の危機に陥ったのだ。
――ビキィィィンッ!
空中の空間がガラスのように割れ、そこから無数の目玉と幾何学模様の翼を持つ、超越的な存在が姿を現した。
その名は、アイオーン。
創世神アルファ・オメガすらも干渉しない、大宇宙群全体の質量と次元のバランスを監視する『並行宇宙の観測者』である。
『警告。警告。局所的な次元座標において、許容量を逸脱する異常な質量(新たな宇宙)の無断生成を検知。このままではマルチバースの均衡が崩壊します。直ちに異常生成物を破棄し、原因者を次元の彼方へ消去します』
アイオーンは、無感情な機械のような声で宣告し、アルドのいるテラスへと、無数の目玉からの「次元消滅光線」をチャージし始めた。
「おや? また空から不思議な人が来たぞ。目玉がいっぱいあって、ちょっと怖いデザインだなぁ」
アルドは、絵筆を持ったまま、空中に浮かぶアイオーンを見上げて首を傾げた。
「でも、あの人、僕の描いた絵の浮遊島の方をじっと見てる。……あ! もしかして、町の『美術の批評家さん』かな!? 僕の絵の展覧会に来てくれたのかも!」
アルドは、次元の観測者アイオーンを「ちょっと奇抜なファッションの絵画評論家」だと完全に勘違いした。
『対象を捕捉。次元消滅光線、発射――』
「批評家さん! 遠くから見ても分からないでしょう! ほら、近くで僕の描いた絵を見てくださいよ!」
アルドは、キャンバスボードをイーゼルから外し、光線を放とうとしているアイオーンに向かって、満面の笑顔でその「絵(新たな並行宇宙)」を突き出した。
「そぉいッ!!」
アルドが絵を突き出した瞬間、キャンバスから放たれる『真新しい宇宙の圧倒的な生命力と秩序のオーラ』が、アイオーンの放とうとしていた次元消滅光線を、まるでそよ風のように掻き消してしまった。
『……エラー。攻撃が、対象の保持する「新たな宇宙」の引力に吸収されました。……対象物を解析します』
アイオーンは、アルドが突き出したキャンバスに、無数の目玉を向けた。
そして、その「絵」の緻密さ、完璧な質量バランス、そしてキャンバスの中に息づく「圧倒的に平和で美しい法則」を観測した瞬間。
『…………ガ、ガガガッ……!? な、何という、完璧な宇宙……!』
無感情だった観測者アイオーンの思考回路に、かつてない『芸術的感動』と『宇宙の真理への驚嘆』がショートするように駆け巡った。
『私が数千億年かけて観測してきたどの並行宇宙よりも、美しく、無駄がなく、そして温かい……。この一枚のキャンバスの中に、無限の可能性と絶対の調和が内包されている……! これに比べれば、私が管理している既存のマルチバースなど、ただの乱雑なゴミ捨て場に過ぎない……!』
アイオーンの無数の目玉から、滝のような涙(次元の雫)が溢れ出し、彼は空中からアルドの目の前のテラスへと崩れ落ちた。
「あはは! そんなに感動してくれたんですか? 嬉しいなぁ! 素人の趣味で描いた風景画だけど、浮遊島のアクセントが効いてて、僕も傑作だと思うんですよね」
アルドは、ニコニコと笑いながら、号泣する次元の観測者に語りかけた。
「そうだ! もしよかったら、この絵、批評家さんにプレゼントしますよ! お家に飾ってください!」
アルドは、あっさりとその「新たな並行宇宙(絵)」を、アイオーンの手に押し付けた。
『プ、プレゼント……!? この、大宇宙の至宝を、私に……!?』
アイオーンは、キャンバスを震える手で受け取り、それを自らの胸に抱きしめた。
その瞬間、アルドの絵が持つ絶対的な秩序の力が、アイオーンを通じて崩壊しかけていたマルチバース全体に行き渡り、全ての並行宇宙のバランスが、完璧な調和状態へと強制的に修正されてしまったのだ。
『あぁ……! 次元が……マルチバースの乱れが、全てこの一枚の絵の美しさを基準にして、完璧に修復されていく……! 貴方様は……貴方様は、絵画を通じてマルチバースを救う、真の芸術神であらせられるか!』
アイオーンは、無数の目玉を星のように輝かせながら、アルドの足元に深く平伏した。
『偉大なる芸術の主よ! 私めは、これよりマルチバースの観測者を辞し、貴方様の生み出す「芸術作品」を管理し、宇宙中にその美しさを広める『専属の画商』として、この城塞の画廊に住み込むことを誓いますッ!』
「えっ? いや、画商って……僕、そんなに頻繁に絵を描くわけじゃないんだけど。でも、絵を褒めてもらえるのは嬉しいから、たまに描いたら見てくれるかな? よろしくね、批評家さん!」
アルドは、照れくさそうに頭を掻きながら、アイオーンの幾何学模様の翼をポンポンと撫でた。
その一部始終を、テラスの陰で見ていたアーキヴァルとゾルタン。
「……先輩。今、アルド様がキャンバスに描いた浮遊島が、実際に空に浮かんでいるのですが、あれはどう処理しましょうか」
ゾルタンが、空に浮かぶ巨大な島を指差して白目を剥いていた。
「放っておきなさい、ゾルタン。あれはアルド様が『背景のアクセント』として創造したものです。明日には武道家たちの良い修行場になっているでしょう」
アーキヴァルは、もはや解脱した笑顔で手帳にペンを走らせる。
「記録完了。『第四十二種・並行宇宙の無断創造と譲渡(ただの風景画)』。対象:マルチバースの観測者アイオーン。結果:アルド様の絵画の美しさに次元の概念を破壊され、熱烈な美術ファン(専属の画商)へとジョブチェンジ」
「……ついに、アルド殿の無意識は、我々の宇宙だけでなく、無数の並行宇宙すらも『一枚の絵』としてキャンバスに収めてしまったか。恐ろしい男だ。だが、このお茶は美味い」
レイヴンが、世界樹の葉で淹れたお茶を啜りながら、空に浮かぶ浮遊島を眺めて静かに微笑んだ。
「おーい! みんな! 批評家さんも一緒にお茶にしよう! 今日は桜餅を作ったよ!」
アルドの明るい声が、完璧な調和を取り戻した大宇宙の空に響き渡る。
最強の便利屋の「ただの風景画」は、キャンバスの上に新たな宇宙を創造し、マルチバースの監視者すらも「熱心なファン」へと洗脳することで、日だまり郷の日常を、いかなる次元の壁をも越えた究極の平穏へと導いたのであった。
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