第41話:ただの温室作りと、太陽神の強制ランプ化
第41話:ただの温室作りと、太陽神の強制ランプ化
節分の行事も無事に(大宇宙の危機を救う形で)終わり、季節は暦の上では春を迎えようとしていた。しかし、日だまり郷の朝晩はまだ冷え込みが厳しく、吐く息は白く染まる時期である。
「うーん。そろそろ春野菜の種を蒔きたいんだけど、まだ外の土は冷たいから、芽が出るか心配だなぁ」
アルドは、黄金の城塞の裏手に広がる広大な畑(元・混沌魔軍の農業組合が一日で完璧に耕し終えた超・肥沃な大地)を見渡しながら、腕を組んで悩んでいた。
「それに、ポチ(神竜)やイルカさん(海神)と一緒にいると、どうしても周りの空気が冷えちゃうし。……よし! 早めに苗を育てるために、『温室』を作ろう!」
アルドのDIYは、常に突発的でありながら、結果として宇宙の理を根底から書き換えてしまう。
彼は作業小屋から、以前氷の魔女グレイシアが「冷蔵庫の氷結材」として献上した『絶対零度の神造氷塊(絶対に溶けない透明な氷)』を引っ張り出し、それをノコギリで均等な薄い板状に切り分けた。
その氷の板を、世界樹の枝で作った骨組みに嵌め込み、立派なガラス張りのような「温室」をあっという間に組み上げてしまった。
「よし、外側は完璧だ。グレイシアさんの氷は透明度が高くて光をよく通すから、温室にはピッタリだね。でも……」
アルドは、完成した温室の中に入り、首を傾げた。
「温室っていうからには、中を暖める『光源』と『熱源』が必要だ。サタナスさんのボイラーから熱を引くのもいいけど、植物にはやっぱり太陽みたいな強い光が一番なんだよなぁ」
アルドが温室の天井から空を見上げた、その時である。
遥か上空、大気圏を越えた宇宙空間で、この大宇宙の恒星全てに熱と光を供給している絶対神――『太陽神アポロン』が、黄金の戦車に乗りながら下界を見下ろしていた。
(フン。地上でまたあの忌まわしき特異点が何かコソコソと作っているようだな。創世神様が彼に屈したとて、この私の誇り高き太陽の光は、誰の指図も受けん。私が少し光を弱めれば、あの温室とやらもただの氷の箱に過ぎないのだ)
アポロンは、傲慢な笑みを浮かべ、日だまり郷に降り注ぐ太陽光線の出力を意図的に絞り、アルドへの嫌がらせを行おうとした。
「……あれ? 急に雲もないのに、お日様の光が弱くなったぞ」
アルドは空を見上げ、目を細めた。彼の驚異的な視力(事象を捉える眼)は、遥か宇宙空間で黄金の光を放ちながらドヤ顔をしているアポロンの姿を、「空に浮かんでいる、すごく明るい光の玉」として捉えていた。
「なんだ、あんなところにすごく都合のいい『光る玉』が浮いてるじゃないか。あれを捕まえて、温室の天井に吊るせば、立派なヒーター兼ランプになるぞ!」
アルドは、太陽神を「ちょっと高いところを飛んでいる、熱を持ったホタルか何か」だと完全に勘違いした。
彼はすぐさま、先日の年越しそばの残りの『運命の糸』を取り出し、世界樹の枝で輪っかを作り、そこに糸を網目状に張り巡らせて、お手製の「虫取り網」を完成させた。大宇宙の運命の糸で編まれたその網は、いかなる概念や神格であろうと捕縛し、絶対に逃がさないという究極の神造捕縛具であった。
「よし! あの光る玉、逃げないうちに捕まえるぞ!」
アルドは、温室の屋根の上に飛び乗り、足を踏ん張って、超巨大な虫取り網を大気圏外に向かって力いっぱい振りかぶった。
「そぉいッ!!!!」
――バサァァァァァァァァンッ!!!!
アルドが振り抜いた運命の虫取り網は、空間そのものを虫取りの軌道へと強制的に書き換え、宇宙空間で優雅に戦車に乗っていた太陽神アポロンを、黄金の馬車ごと見事にスッポリと捕獲してしまった。
『な、なァァァァァァァァッ!?!?』
アポロンは、突然視界が「網目状の何か」に覆われ、強烈な力で地上へと引きずり下ろされていくのを感じて絶叫した。
『ば、馬鹿な!? 太陽神たる私が、このような網などに……ッ! 燃え尽きろォォッ!』
アポロンは全身から数億度の太陽フレアを放出し、網を焼き切ろうとしたが、運命の糸は燃えるどころか、逆にアポロンの熱エネルギーを吸収してさらに強靭に彼を締め上げた。
「おっ! 捕まった! 結構重いし、暴れてるけど、逃がさないよ!」
ギュルルルルルルッ! と、アルドは虫取り網の柄を引き寄せ、そのままの勢いでアポロンを地上の温室の中へと引きずり込んだ。
『ガ……ァァァァッ……! 地上に、太陽が落ちるなど……!』
温室の地面にドサッと叩きつけられたアポロン。彼の肉体は、アルドの事象圧縮オーラによって「ソフトボール大の眩く光る球体」へと強制的にサイズダウンされていた。
「わあ! 近くで見ると本当にすごく明るいし、温かいなぁ! これなら最高のヒーターになるぞ!」
アルドは、ソフトボール大に圧縮された太陽神を素手でヒョイッと掴み上げた。アポロンが放つ数千万度の熱も、アルドの「ちょっと熱めのカイロくらい」という認識の前に、完全に無効化されている。
「これを、温室の天井に吊るしたランタンの中に……よいしょ、と」
アルドは、ガラス張りのランタンの中にアポロンをスポッと押し込み、蓋を閉めた。
『キ、貴様ァァァッ! 太陽神をランプ扱いするなど、神への冒涜だ! この温室ごと灰にしてくれるわッ!』
ランタンの中で激怒したアポロンは、全魔力を解放して周囲を焼き尽くそうとした。
――しかし。
アルドが温室の素材として使っていた『絶対零度の神造氷塊』が、アポロンの放つ殺人的な熱線を完璧に乱反射し、中和。結果として、温室の中は「春の陽だまりのような、植物が最も育ちやすい究極のポカポカ空間」へと変換されてしまったのだ。
「うん! ばっちりだ! ランプの明るさも最高だし、これでいつでも種が蒔けるぞ。ありがとうね、光る玉くん!」
アルドは満面の笑顔で、ランタン(太陽神)に向かって手を振った。
『な……私の全力が、ただの快適な室温調整に使われただと……?』
アポロンは、己の無力さに絶望し、ランタンの中で膝を抱えて燃えカスのように項垂れた。
数日後。
アポロンの完璧な光と熱(そして世界樹の土)によって、アルドが温室に蒔いた種は、常識を無視した猛スピードで発芽し、たった数日で真っ赤に熟した「奇跡のトマト」や「神仙イチゴ」を実らせていた。
「よしよし、いい出来だ。ランプくん、君のおかげでこんなに美味しい野菜が育ったよ。ほら、お礼に一つ食べてみて」
アルドは、ランタンの蓋を開け、もぎたての真っ赤なトマトをアポロンの口元に差し出した。
『フン。神が人間の作った植物など……』
アポロンは拗ねたように顔を背けようとしたが、トマトから放たれる圧倒的なマナの香りに抗えず、無意識に一口齧ってしまった。
――その瞬間。
アポロンの体内に、自分が与えた光と熱が、大地と水の恵みと融合して生み出した「生命の奇跡」の味が、暴力的かつ優しく叩き込まれた。
『……ッ!!!』
アポロンの瞳から、光の涙が溢れ出した。
『美味い……! 美味すぎる……! 私の光は、ただ下界を照らし、時に焼き尽くすだけの孤独な力だと思っていた。しかし……私の光が、これほどまでに生命を豊かにし、素晴らしい果実を育むことができるなんて……!』
太陽神は、トマトの果汁で顔を濡らしながら、己の力の「本当の使い道」を知り、号泣した。
「あはは、美味しいだろう? 君の光は、植物を育てる天才だからね。これからもよろしく頼むよ」
アルドがニコニコと笑いかけると、アポロンはランタンの中で深く平伏した。
『偉大なる農の神よ……! 私は、私はもう天の軌道などどうでもいい! 貴方様の温室の「専属・全自動ヒーター兼育成ランプ」として、宇宙で最も美味しい野菜を育てることに、この太陽の命を懸けますッ!』
その日の午後、温室の外で様子を窺っていたアーキヴァルとゼフィロス。
「……終わりましたね。太陽の運行管理が、温室の温度調節に成り下がりました」
アーキヴァルが、アポロンの育てた極上イチゴを齧りながら、手帳にペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第四十一種・太陽神のランプ化(ただの温室作り)』。対象:太陽神アポロン。結果:虫取り網で捕獲され、自分が育てたトマトの美味さに感動し、温室のヒーターとして永遠の就職を決定」
「もう、空に太陽がなくても、アルド殿が一つ作れば済む話になりそうだな。……それにしても、このイチゴ、脳の血管が歓喜で切れそうなくらい美味い」
レイヴンが、真顔でイチゴを頬張りながら呟いた。
最強の便利屋の「ただの温室作り」は、大宇宙の恒星の支配者を虫取り網で捕獲し、彼に「農業の喜び」を教え込むことで、日だまり郷に永遠の春と、尽きることのない奇跡の収穫をもたらしたのであった。
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