第40話:ただの豆まきと、混沌魔軍の無慈悲な全滅
第40話:ただの豆まきと、混沌魔軍の無慈悲な全滅
黄金の城塞に、長く穏やかだった冬の終わりが近づいていた。
時空神クロノスが雪だるまの中で冬眠し、運命の女神モイラがキッチンの製麺係としてうどんを踏むという、大宇宙の法則が完全に崩壊した日だまり郷。そこでは、どんな神話の神々であろうと、アルドの作り出す「究極の日常」という名のブラックホールに吸い込まれ、ただのご近所さんとして平穏な日々を謳歌していた。
そんなある日のこと。
アルドは城塞の広大なキッチンで、巨大な鉄鍋を火にかけ、木べらを使って何かをカラカラと炒っていた。
「いやあ、もうすぐ春だね。季節の変わり目といえば、やっぱり『節分』だ。鬼は外、福は内って言って豆をまいて、一年の厄を払う大切な行事だからね」
アルドは額の汗を拭いながら、香ばしい匂いを立てる豆を満足げに見つめた。
――言うまでもなく、彼が炒っているのはただの大豆ではない。
中庭にそびえ立つ超絶巨木『世界樹ユグドラシル』から採取された『創世の種子(特級)』である。それを、魔界大帝サタナスが管理するボイラーの地獄の業火で熱した、隕鉄製のフライパンで炒り上げているのだ。
アルドの『事象圧縮オーラ』と『厄除けの祈り』が込められたその豆は、一粒一粒が超新星爆発に匹敵する純粋な神聖エネルギーを内包した「絶対浄化の対消滅爆弾」へと変貌を遂げていた。
「よし、いい色に炒り上がったぞ。これを枡に入れて……と。あとは、鬼役をやってくれる人がいれば完璧なんだけどな。ゼフィロスさんか、武道家さんたちにお願いしてみようかな」
アルドが豆を枡に移し替えていた、まさにその時である。
――バキィィィィィィィィンッ!!!!
黄金の城塞の上空、すなわち物質界と隣接する「次元の壁」が、ガラスが割れるように無惨に粉砕された。
空がどす黒い紫色の瘴気に染まり、そこから無数の禍々しい影が地上に向かって雪崩れ込んできたのだ。
『フハハハハッ!! 見つけたぞ、大宇宙の理を狂わせる忌まわしき特異点よ!!』
先頭に立つのは、身の丈が五十メートルを超える、漆黒の角を生やした筋骨隆々の異形の巨人。
彼らは、天界でも魔界でもない、大宇宙の外側に広がる「絶対の無秩序」から飛来した『混沌魔軍』であった。全ての法則を憎み、破壊と混沌のみを是とする彼らは、この日だまり郷から発せられる「あまりにも完璧すぎる平和と秩序のオーラ」を宇宙の癌とみなし、これを完全消滅させるために全軍を挙げて襲来したのである。
「な、なんだ奴らは!? 魔界の悪魔ではない……次元の外側から来た混沌の化身だと!?」
中庭を掃除していた元・魔法国王ゼフィロスが、持っていた竹箒を落として絶叫した。
「あれは……神話の時代に創世神様が宇宙の果てに追放したとされる、名状しがたき混沌の王、アザトス! 奴らがこの宇宙に侵入してきたということは、世界の全てが法則を失い、ドロドロの泥へと還ってしまうということですわ!」
戦乙女レギンレイヴが、空を見上げて恐怖に顔を歪めた。
『さあ、我らの憎き「秩序」よ! 貴様らのその綺麗に整えられた城ごと、無限の混沌に飲み込まれて消え去るがいい!!』
混沌の王アザトスが、数万の魔軍を率いて、黄金の城塞へと凄まじい勢いで降下してくる。
世界が終わる。誰もがそう直感した。
しかし。
「おっ! すごいタイミングだ!」
枡にたっぷりと『炒り豆』を入れたアルドが、エプロン姿のまま中庭へと飛び出してきた。
彼は、上空から降ってくる禍々しい角の生えた異形の巨人たちを見て、パァァッと顔を輝かせた。
「みんな、わざわざ節分の『鬼役』をやるために、そんなリアルな仮装をして来てくれたんだね! すごく気合が入ってるなぁ!」
『……ハ? 鬼役? 仮装だと? 貴様、我が混沌の威厳を前にして狂ったか!』
アザトスは激怒し、アルドに向かって「存在消去の混沌波」を放とうと大きく口を開けた。
「よーし! それじゃあ遠慮なくいくよー! 鬼はァァァ、外ォォォッ!!」
アルドが、枡に入った世界樹の炒り豆を、一握りガシッと掴み、満面の笑顔で上空へと向かって力いっぱい投げつけた。
パラパラパラッ! と、ごくごく普通の豆まきのフォームから放たれた数十粒の豆。
しかし、それがアルドの手を離れた瞬間、一粒一粒が「絶対的な平和と秩序の概念」を伴った光の弾丸(超新星クラスのエネルギー)となり、音速を遥かに超えるスピードで混沌魔軍へと襲いかかったのである。
――ズドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
『ガァァァァァァァァァァッ!?!?』
豆が直撃した瞬間、混沌の悪魔たちの肉体が、次々と爆発的な光に包まれた。
彼らの存在を構成していた「無秩序」と「混沌」の概念が、アルドの放つ暴力的なまでの「秩序(季節の行事を重んじる心)」と「豆の神聖力」によって、完全に上書きされ、真っ白に漂白されていく。
『な、なんだこの粒は!? 痛い! 痛いというより、私の中の破壊衝動が……規則正しい生活を営みたいという真っ当な労働意欲へと強制的に書き換えられていくゥゥゥッ!?』
アザトスの開いた口の中にも、見事なストライクで豆が数粒放り込まれた。
「福はァァァ、内ィィィッ!!」
アルドが二投目の豆を放つ。
その光の弾幕を浴びた数万の混沌魔軍は、もはや抵抗する間もなく全員が光に包まれ、ポロポロと空から中庭の芝生の上へと落下していった。
『ア……ァァ……』
落下したアザトスたちの姿は、もはや禍々しい異形の巨人などではなかった。彼らの体は人間サイズにまでシュルシュルと圧縮され、角は丸くなり、その瞳には「早寝早起きをして、畑を耕し、社会のルールを守って生きたい」という、あまりにも善良で勤労意欲に満ちた輝きが宿っていたのである。
彼らは、アルドの「節分の豆」によって、宇宙最悪の混沌から、大宇宙で最も模範的な『善良な村人』へと完全なる概念矯正を受けてしまったのだ。
「あはは! みんな、やられ役の演技も上手だなぁ! はい、お疲れ様! 鬼役をやってくれたお礼に、歳の数だけお豆を食べていいよ。すごく美味しいから!」
アルドは、地面に正座して感涙を流しているアザトス(元・混沌の王)の前に、残りの炒り豆が入った枡を差し出した。
『い、偉大なる秩序の主よ……! このような美味しいお豆を頂けるなど、我らのような無職のならず者には勿体無き幸せ……!』
アザトスは、ボロボロと涙を流しながら豆を一粒口に運び、その圧倒的な香ばしさと旨味(大宇宙の真理)に完全に魂を射抜かれた。
『美味ァァァァァァッ! 私は……私は今日から、このお豆を育てるための畑を耕す、真面目な農夫として生まれ変わりますッ! どうか、我ら数万の軍勢を、この村の「農業組合の末端」としてお雇いください!!』
数万の元・悪魔たちが、中庭で一斉にアルドに向かって五体投地を行う。
「えっ? いや、数万人はちょっと畑の広さが足りないかもしれないけど……でも、裏山の開墾を手伝ってくれるならすごく助かるよ! よろしくね、鬼さんたち!」
アルドは、ニコニコと笑いながら彼らの申し出をあっさりと受け入れた。
その光景を、リビングの窓際から無言で見つめていたクランの面々。
「……先輩。今、大宇宙の外部から飛来した究極の脅威が、豆をぶつけられただけで全滅し、農業組合に就職したように見えたのですが」
ゾルタンが、震える手で熱いお茶を啜りながら言った。
「ええ。あなたの視覚は正常です。記録完了。『第四十種・混沌魔軍の強制就農(ただの豆まき)』。対象:混沌の王アザトスとその軍勢。結果:アルド様の炒り豆の直撃により概念が完全に漂白され、熱心な農地開拓部隊へとジョブチェンジ」
アーキヴァルは、手帳に羽ペンを走らせ、眼鏡をクイッと押し上げた。
「これで、宇宙の内側だけでなく、外側からの脅威すらもアルド様の『行事の余興』として処理されることが証明されました。もはや、この城塞の労働力は国家の軍隊を軽く凌駕していますね」
「節分とは、本来目に見えぬ厄を払うものだが……物理的に大宇宙の厄災を叩き落とし、さらに労働力として再利用するとは。アルド殿の無駄のない生活力には恐れ入る」
レイヴンが、ポリポリと残った豆を齧りながら、深い感息を漏らした。
「おーい! みんなも歳の数だけお豆食べてねー! 恵方巻きも作ったから、今年の恵方を向いて黙って食べよう!」
アルドの明るい声が響く。
最強の便利屋の「ただの豆まき」は、宇宙の法則を破壊する混沌の軍勢をものの五分で「超優良な農業従事者」へと更生させ、黄金の城塞の食糧生産力を爆発的に向上させるという、究極のエコロジーと平穏をもたらしたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




