第39話:ただの餅つきと、月空の兎神の強制労働
第39話:ただの餅つきと、月空の兎神の強制労働
創世神が「雇われ神主」として村の神社(アルドの手作り)に定住し始めたお正月三が日。
日だまり郷の住人たちは、それぞれが独自の「お正月休み」を満喫していた。魔界大帝サタナスはコタツでみかんを剥き、時空神クロノスは雪だるまの中で二度寝を極め、大精霊女王ティターニアはカルタ取りで深淵の海神リヴァイアサンと熱戦を繰り広げている。
そんな中、アルドは広大な中庭の真ん中で、一人腕を組んで悩んでいた。
「お正月といえば、やっぱり『お餅つき』だよね。みんなでワイワイ言いながらお餅をついて、つきたてをきな粉やあんこで食べる。最高のお正月行事だ」
アルドはうんと頷いたが、すぐに表情を曇らせた。
「でも、お餅をつくための『臼』と『杵』がないんだよなぁ。普通の木じゃ、みんなの力で叩いたらすぐに割れちゃいそうだし」
城塞には剛拳修道会の武僧たちや、規格外の筋力を持つ神々がゴロゴロしている。彼らが本気で餅をついた場合、オリハルコンですら粉砕される恐れがあった。
「どこかに、絶対に割れないような、ちょうどいい石の塊でも落ちてないかなぁ……」
アルドが呑気に空を見上げた、その時である。
――ピカァァァァァァッ!!!!
昼間の青空が突如として不自然に輝き、遥か上空の宇宙空間、すなわち「月」の方向から、圧倒的な質量を持った巨大な火球が、黄金の城塞をめがけて猛スピードで落下してきた。
「な、なんだあれは!?」
初詣を終えてコタツに入っていたゼフィロスが、窓の外を見て悲鳴を上げた。
「あれは……月の神が放った『星砕きの隕石』ですわ!」
レギンレイヴが青ざめた顔で解説する。
「先日、創世神様がこの地に定住されたことで、大宇宙のパワーバランスが完全に崩れました。それに不満を持った月の神が、この日だまり郷ごと地球を粉砕しようと、自らの使徒である『兎神』と共に、必殺の質量兵器を撃ち込んできたのです!」
落下してくる隕石の直径は数キロメートル。それが音速の数十倍で地表に激突すれば、大陸が吹き飛ぶどころか、星そのものが砕け散る。
さらに、その隕石の上には、宇宙の重力を操る恐るべき月の使徒――巨大な白いウサギの姿をした『兎神』が仁王立ちし、地球の滅亡を嘲笑っていた。
『フハハハハッ! 地上の愚物どもめ! この兎神ルナ・ラビットの放つ「絶望の月面落とし」の前に、塵となって消え去るがいいピョン!』
世界が終わる。誰もがそう覚悟した、次の瞬間。
「おっ! 空からちょうどいいサイズの石が降ってきたぞ! しかも、真ん中が少し窪んでて、臼にするにはピッタリの形だ!」
アルドは、落下してくる超巨大隕石を指差して、目をキラキラと輝かせた。
「でも、あのまま落ちてきたらお庭が壊れちゃうな。よし、キャッチしよう!」
アルドは、作業小屋に駆け込み、以前使った「世界樹の枝」と「折れた聖剣の柄」を組み合わせた、お手製の『特大の杵』を持ち出してきた。
そして、中庭の中心で大きく足を開き、落下してくる直径数キロの隕石に向かって、杵を構えて野球のバッターのようにバッチリとタイミングを合わせた。
「そぉいッ!!!!」
ドッバァァァァァァァァンッ!!!!
アルドが振り抜いた特大の杵が、落下する隕石の側面にクリーンヒットした。
その瞬間、アルドの『事象圧縮オーラ』と『概念排除』の神威が爆発し、星を砕くはずの超巨大隕石は、運動エネルギーを完全に殺された上で、ギュルルルルッと音を立てて強制的に圧縮されていった。
数キロあった隕石は、数秒後には「直径一メートルほどの手頃な石の臼」へとサイズダウンし、アルドの目の前の芝生の上に、コトッ、と静かに着地したのである。
「よし! ナイスキャッチ! これで絶対に割れない頑丈な臼が手に入ったぞ!」
アルドは満面の笑顔で、宇宙の絶望兵器だった石臼を撫で回した。
『……ハ?』
一方、隕石の上に乗ってドヤ顔をしていた兎神ルナ・ラビットは、足元の隕石が突然縮んで石臼になり、自分も一緒に地上へポスッと落ちてしまったことに、状況が全く理解できず白目を剥いていた。
「おや? 石と一緒に、真っ白なウサギさんが落ちてきたぞ」
アルドは、ポカンとしている巨大なウサギ(兎神)に気づき、ニコニコと近づいていった。
「君、すごく力がありそうだね。もしかして、お餅つきの手伝いに来てくれたの? ちょうど相棒(返し手)がいなくて困ってたんだよ!」
『ピョ、ピョン!? 誰ガ相棒ダ! 我ハ月の神ノ使徒ニシテ、破壊ノ……』
「はい、これ! お水で手を濡らしてね。僕が杵でつくから、君はタイミングよくお餅をひっくり返してね!」
アルドは、兎神の言葉を完全に無視して、水を入れた桶を横に置き、すでに用意してあった蒸し上がったばかりのもち米(※世界樹の根本で育った神霊米)を、隕石の臼にドサッと流し込んだ。
『フザケルナ! 我ニソンナ下働キヲサセルナラ、貴様ノ頭ヲ砕イテ……』
「そぉいッ!!」
ズドォォォォォォンッ!!!!
アルドが、特大の杵を臼の中のもち米に向かって全力で振り下ろした。
その一撃は、大地を揺るがし、大気を震わせ、周囲の空間そのものをミシミシと歪ませるほどの圧倒的な「神の衝撃」であった。
『ヒィィィィィィッ!?!?』
兎神は、アルドの振り下ろした杵から放たれる、次元の違う暴力的なプレッシャー(アルドにとってはただの「おいしくなーれ」という気合)を間近で浴び、恐怖のあまり全身の毛を逆立てた。
もし、自分の反抗的な態度がバレて、あの杵が自分に向けられたら……宇宙の塵すら残らない。本能でそれを悟った兎神は、生存本能の全てを懸けて、アルドの餅つきの「相の手」に回ることを決意した。
「ほいっ!」
『ピョ、ピョイッ!』
「そぉいッ!」
『ピョ、ピョンッ!』
アルドの絶大な杵の振り下ろしに合わせて、兎神ルナ・ラビットが神速で水を手につけ、餅をひっくり返す。
その光景は、一見すると微笑ましいお正月の風景だが、実際に行われているのは狂気の沙汰であった。
アルドの杵が振り下ろされるたびに、もち米の中に「大宇宙の理」と「絶対的な平穏」が練り込まれ、兎神が餅をひっくり返すたびに、彼女の体内に蓄積されていた「地球を侵略する」という月の神の怨念が、餅の粘り気と共に真っ白に浄化されていくのだ。
『ア……ァァ……。我ノ、破壊ノ衝動ガ……お餅ノ中ニ吸収サレテイク……。ソシテ、ナンダコノ一体感ハ……。杵ト手ノ、完璧ナシンクロ……。我ハ、コノタメニ生マレテキタノデハナイカ……!?』
兎神の瞳から、凶悪な光が消え、職人としての純粋な輝きが宿り始めた。
「いいよいいよ! ウサギさん、すごく上手だね! 息ピッタリだ!」
アルドが笑顔で褒める。
『任セルピョン! 最高ノお餅ニ仕上ゲテミセルピョン!!』
兎神はもはや完全に「餅つき職人の相方」として覚醒し、自らの神気すらも餅の中に注ぎ込みながら、超高速で餅を返し続けた。
数十分後。
隕石の臼の中には、真珠のように白く輝き、宇宙の星雲のように滑らかに伸びる、究極の『月見神仙餅』が完成していた。
「よし、つき上がった! さっそくみんなで食べよう!」
アルドは、つきたてのお餅を小さくちぎり、きな粉や大根おろし、あんこを絡めてお皿に並べた。
「ウサギさんも、手伝ってくれてありがとう。一番に食べていいよ!」
『ゴ、ゴクリ……。頂クピョン……』
兎神は、震える手で自分が(アルドと)ついたお餅を口に運んだ。
――ビヨォォォォォォォォン。
お餅が、口の中で無限に伸びる。
そして、その圧倒的な旨味、もち米の甘さ、そして「アルドの優しさ」が、兎神の脳天を突き抜けた。
『美味ァァァァァァァァァッ!!!!』
兎神は、美味しさのあまり天を仰ぎ、大粒の涙を流して絶叫した。
『ナンダコレハ……! 月の神ノ供物ナド、コレニ比ベレバ泥水以下ピョン! 我ハ……我ハモウ、月ニハ帰ラナイピョン! コノお餅ノタメナラ、魂ヲ売ルピョン!』
兎神ルナ・ラビットは、アルドの足元に平伏し、長い耳を地面に擦り付けた。
『偉大ナル創造主ヨ! どウカ我ヲ、コノお庭ノ「専属・餅つきノ相方係」トシテ雇ッテ欲シイピョン! 毎日、最高ノお餅ヲオ届ケスルピョン!』
「あはは、毎日お餅だと太っちゃうけど、たまに食べるのはいいよね。ウサギさんがいてくれるとすごく助かるよ! よろしくね!」
アルドは、兎神の頭をポンポンと優しく撫でた。
その光景を、コタツから眺めていたアーキヴァルとゼフィロス。
「……終わりましたね。月の神の地球侵略計画が、お餅のつなぎにされて」
アーキヴァルが、きな粉餅をモグモグと噛み締めながら、手帳にペンを走らせる。
「ええ。記録完了。『第三十九種・月の神の使徒の完全迎撃(ただの餅つき)』。対象:兎神ルナ・ラビット。結果:アルド様の杵の威圧に屈し、餅の美味さに魂を売り飛ばして『餅つき職人』へと転職」
「隕石を臼にし、宇宙のウサギと餅をつく。……もはや、日本の昔話を大宇宙スケールで物理的に再現しているようなものだな。美味い、この大根おろし餅、最高だ」
レイヴンが、お茶をすすりながら深く頷いた。
「おーい! みんな、お餅たくさんあるから、どんどん食べてねー!」
アルドの明るい声と、兎神が嬉しそうに餅を丸める姿が、お正月の中庭に温かな風景を作り出していた。
最強の便利屋の「ただの餅つき」は、星を砕く隕石を最高の調理器具に変え、宇宙の侵略者を「気のいい相方」へと洗脳することで、日だまり郷の食卓に究極の美味と平穏をもたらしたのであった。
アルドの無自覚な優しさと狂気のDIYは、大宇宙の危機すらも、ふっくらと柔らかい「お正月の思い出」として優しく包み込んでしまうのである。
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