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辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


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第38話:ただの初詣と、創世神の孤独を埋めるお賽銭

第38話:ただの初詣と、創世神の孤独を埋めるお賽銭

 黄金の城塞に、静謐で厳かな新年の朝が訪れた。

 大宇宙の時間を司る時空神クロノスが雪だるまの中で冬眠を満喫し、運命の女神モイラがキッチンの製麺係としてうどんを踏むという、神話の概念すらも完全に崩壊したこの日だまり郷では、大晦日から元旦にかけての時間は「アルドが心地よいと感じる極上のペース」でゆったりと流れていた。

 東の空が白み始め、初日の出の柔らかな光が、城塞の中庭にそびえ立つ超絶巨木『世界樹ユグドラシル』の翠の葉を黄金色に染め上げていく。

 城塞の地下ボイラー室では、元・魔界大帝サタナスが「今年も一丁、完璧な温度管理をしてやりますぜ!」と気合を入れて地獄の業火(今はただのクリーンで温かな熱源)を焚き、屋根の上では天界の執行官レギンレイヴが「あぁ、この素晴らしい初日の出を特等席で拝めるとは、風見鶏係の特権ですわ」と優雅に紅茶を啜っていた。

 全てが完璧に調和した、究極の平穏。

 そんな中、城塞の主であるアルドは、新しいエプロンをキュッと結び直し、両手をパンッと叩いて気合を入れた。

「あけましておめでとう、みんな! 今年もよろしくね!」

 アルドの明るい挨拶に、城塞の住人たち(元・世界の覇者や神々)が一斉に「あけましておめでとうございます、偉大なる主よ!」と、深々とお辞儀を返す。

「新年といえば、やっぱり『初詣』だよね。一年の無事と健康を祈って、神様にお願い事をする大事な行事だ。でも……」

 アルドは、広大な中庭を見渡しながら首を傾げた。

「この村には、神社やお寺がないんだよなぁ。近くの町まで行くのも遠いし、雪も積もってるから大変だ」

 普通であれば「じゃあ今年は諦めよう」となるところだが、アルドのDIY精神はそんな妥協を許さない。

「ないなら、作ればいいじゃないか! お庭の隅っこに、小さな神社を建てよう!」

 アルドは作業小屋へ向かい、ノコギリとカンナを手に、またしても狂気のDIYを開始した。

 彼が鳥居の素材として選んだのは、先日の剪定で切り落としておいた『世界樹ユグドラシルの太枝』である。それを神造宝具のカンナで滑らかに削り出し、朱色の塗料(※大精霊女王ティターニアから貰った精霊界の極上マナエキスに、深淵の海神の血をわずかに混ぜた絶対退魔の霊液)を丁寧に塗っていく。

 さらに、ほこらの屋根には、冥界の扉を埋めた際に余った『星の核の土壌』を焼き固めた瓦を乗せ、しめ縄には、運命の女神モイラが「年越しそばの余りです」と持ってきた『大宇宙の運命の糸』を太く束ねて編み込んだ。

「よし、鳥居の組み上げはこんな感じかな。あとはお賽銭箱を作って……鈴をぶら下げれば、立派な神社の完成だ!」

 アルドが「よいしょ!」と気合を入れて、中庭の端に完成した鳥居をドスンと設置した、その瞬間である。

 ――ピタッ。

 世界から、あらゆる「色」と「音」が消失した。

 時空神の冬眠による時間停止とは違う。空間そのものが、キャンバスに描かれた絵の具を水で洗い流すように、真っ白な『虚無』へと還元され始めたのだ。

 黄金の城塞も、世界樹も、神竜も、全てが輪郭を失い、大宇宙が誕生する前の「何もない無の世界」へと巻き戻ろうとしている。

「な、なんだこれは……!? 私の魔術が……いや、私の存在そのものが白紙に戻ろうとしている……ッ!?」

 元・魔法国王ゼフィロスが、自分の手が透け始めているのを見て絶叫した。

「あぁ……! ついに、ついに来られたか……! 全ての大前提、大宇宙の理をゼロから描き出した存在が……!」

 キッチンの奥で、運命の女神モイラがガタガタと震えながら蹲った。

 真っ白に漂白された空間の頭上。そこから、光も闇も超越した、純粋な『概念』の塊のような人型が、ゆっくりと降臨してきた。

 それこそは、この大宇宙を創り出した原初の神――『創世神アルファ・オメガ』であった。

『……嘆かわしい』

 創世神の声は、音ではなく、城塞の住人たちの魂に直接響き渡った。

『私が精魂込めて創り上げたこの大宇宙が、一つの特異点によって完全に狂わされている。天界も、魔界も、精霊界も、時間を司る者も、運命を紡ぐ者も。全てが一人の農夫の庭先に集い、お茶を啜っているなど……。宇宙の威厳は地に堕ちた』

 創世神は、悲哀と怒りが入り混じった目で、アルドを見下ろした。

『宇宙を乱すバグよ。お前がどれほどの力を持っていようと、この私には通じない。なぜなら、お前のその力も、存在も、全ては私が描いたキャンバスの上にあるものだからだ。今、このキャンバスごと、お前を「無」へと還そう』

 創世神が手を掲げた瞬間、宇宙の全ての星々が消滅の危機に瀕した。

 神々ですら抗えない、絶対的な『削除』の権能。

 しかし。

 当のアルドは、真っ白になった世界の中で、全く動じることなく自分の作った「お手製の神社」の前に立っていた。

「おや? 急に景色が真っ白になったな。雪が強くなったのかな? ……あ、そこの光ってる人!」

 アルドは、天から降臨し、右手を掲げて宇宙を消去しようとしている創世神に向かって、人懐っこい笑顔で手を振った。

「もしかして、神社の完成に合わせて来てくれた『神主さん』ですか!? 明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」

『……は?』

 創世神は、自分の『絶対削除』の権能を放つ寸前で、あまりの的はずれな挨拶に思考がフリーズしてしまった。

 この男は、宇宙が消えかかっているというのに、なぜ笑っているのか。なぜ、私を「神主」などと呼ぶのか。

「いやぁ、神社を作ったはいいものの、神様がいないと寂しいなと思っていたんです。わざわざこんな辺境まで出向いてくれるなんて、すごく熱心な神主さんですね!」

 アルドは、創世神の圧倒的な神威を「神主としての素晴らしいオーラと威厳」だと完全に勘違いし、チャリン、チャリンと小銭を取り出した。

「せっかくですから、一番乗りで初詣をさせてもらいますね! えーと、お賽銭、お賽銭……」

 アルドは、ポケットから取り出した『ただの銅貨』を、自作の賽銭箱に向かってポンッと投げ入れた。

 ――カランッ。

 賽銭箱の中で、硬貨が小気味良い音を立てた。

 ただの銅貨。しかし、アルドが「今年もみんなが健康で、平和に暮らせますように。神主さんも、お仕事頑張ってください」という、純度百パーセントの無垢な祈りと感謝を込めて投げ入れたその一枚は、アルドの事象改変オーラによって『大宇宙の全エネルギーを凌駕する信仰の結晶』へと昇華されていたのだ。

 その硬貨が賽銭箱の底に触れた瞬間。

 創世神アルファ・オメガの胸の奥底――全知全能の存在であるがゆえに抱えていた、途方もない『孤独』と『虚無』の空間に、アルドの投げ入れた「優しい祈り」がダイレクトに叩き込まれた。

『な……ッ!? こ、これは……!?』

 創世神は、目を見開いて胸を押さえた。

 大宇宙を創り出した彼にとって、被造物(人間や神々)はただのシステムの歯車に過ぎなかった。彼らは創世神に怯え、すがり、欲望をぶつけることはあっても、創世神の「仕事」に対して、純粋な笑顔で「お仕事頑張ってください」と労ってくれる者など、有史以来一人として存在しなかったのだ。

『あ……ぁぁ……』

 アルドの祈りの中にある、圧倒的なまでの「日常への感謝」と「他者を思いやる温もり」。それが、創世神の数千億年にわたる孤独な心を、春の陽光のように優しく、そして暴力的なまでに満たしていく。

『なんて……なんて、温かい祈りなのだ……。私が創り出したこの宇宙には、こんなにも美しく、ささやかで、尊い願いが存在していたというのか……』

 創世神の瞳から、ポロポロと光の涙が溢れ出した。

 彼が流した涙は、消えかかっていた大宇宙の色彩を瞬時に呼び戻し、真っ白だった空間は、再び鮮やかな新年の黄金の城塞へと元通りに再構築された。

「パン、パン!」

 アルドは、二回柏手を打ち、静かに手を合わせて目を閉じた。

「今年も一年、美味しい野菜がたくさん採れますように。みんなが笑顔で過ごせますように」

 その横顔を見た創世神は、己の『宇宙を消去する』という考えが、いかに傲慢で浅はかなものであったかを悟り、深く恥じ入った。

 彼はゆっくりと地上に降り立ち、アルドの背後で、自らの創造主としての絶対の権能を捨て去るかのように、静かに膝をついた。

『……聞き届けましたよ、心優しき青年。貴方のその願い、この私が全身全霊をもって守り抜きましょう』

 創世神は、穏やかで慈愛に満ちた声で囁いた。

「あ、神主さん! お祈り終わりました! この神社、すごくご利益がありそうですね。お神酒の代わりに、温かい甘酒を作ったんですけど、飲みますか?」

 アルドが振り返り、ニコニコと笑いながら水筒を差し出す。

『……ええ。ありがたく、頂戴いたします』

 創世神は、両手で恭しく水筒を受け取り、アルドの作った甘酒(※大宇宙の真理を煮詰めた神仙霊薬)を美味しそうに啜った。

 少し離れたリビングの窓際で、その一部始終を見守っていたクランの面々。

「……アーキヴァル。俺の目が狂っていなければ、今、宇宙を創り出した大本の原初神が、アルド殿の作った手作りの祠に『氏神』として定住する契約を交わしたように見えたのだが」

 レイヴンが、新年の祝い酒を吹き出しそうになりながら言った。

「ええ。記録完了です。『第三十八種・創世神の孤独の救済(ただの初詣)』。対象:大宇宙の創造主。結果:アルド様のお賽銭一つで完全に浄化され、村の神社の『雇われ神主』へと転職なさいました」

 アーキヴァルは、もはや何が起きても動じない完璧な笑顔で、手帳に羽ペンを走らせていた。

「これで、宇宙のプログラムを根底から消去される心配もなくなりましたね。アルド様の手作り神社は、大宇宙で最も権威のある聖域となったわけです」

「おーい! みんなも初詣しておいでよ! 神主さんが甘酒配ってくれてるよ!」

 アルドの明るい声が、新年の澄み切った空に響き渡る。

 最強の便利屋の「ただの初詣」は、宇宙を無に還そうとした創世神の深い孤独を一枚の銅貨で救い上げ、彼を「神社の気のいいおじさん」へと変えてしまうことで、大宇宙に永遠の存在証明を与えたのであった。

 日だまり郷の新年は、こうして神話のスケールを完全にぶち壊しながら、最高に平和で温かな幕開けを迎えたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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