第34話:ただのバーベキューと、星喰らいの虚無竜の網焼き
第34話:ただのバーベキューと、星喰らいの虚無竜の網焼き
黄金の城塞の中庭は、まさに大宇宙の奇跡を全て詰め込んだかのような、圧倒的な神聖さと平穏に満ちていた。
天を衝く『世界樹ユグドラシル』の翠の葉が陽光をキラキラと乱反射させ、その足元では次元の壁をぶち抜いて形成された『精霊の池』が七色の輝きを放っている。池の中では、絶氷の神竜ポチと深淵の海神リヴァイアサン(通称:イルカさん)が、大精霊女王ティターニアに見守られながら水遊びに興じていた。
「いやあ、本当にいい天気だ。風も気持ちいいし、絶好のアウトドア日和だな」
アルドは麦わら帽子を被り、首にタオルを巻いたエプロン姿で、中庭の芝生(※世界樹の加護を受けた不老不死の霊草)の上に立っていた。
「こんな日は、みんなで外でご飯を食べるに限る。よし、今日は盛大に『バーベキュー』をやろう!」
思い立ったアルドは、作業小屋からいくつかのブロック煉瓦と、使い込まれた大きな鉄網、そして炭を持ち出してきた。
――言うまでもないが、これらもただの道具ではない。ブロック煉瓦は、かつて神々の大戦争で崩壊した『天界の絶対防壁』の破片であり、鉄網はドワーフの始祖が星の核を叩き上げる際に使った『星脈の神鋼』で編まれたもの。炭に至っては、数万年前に存在した初代世界樹の化石燃料である。
「ここにブロックを並べてカマドを作って……よし、網を乗せれば完璧なバーベキューコンロの完成だ。あとはメインのお肉だけど……」
アルドが腕を組み、食材の調達について考えていた、その時である。
――スゥゥゥゥッ……。
突然、空から太陽の光が消えた。
いや、ただの曇り空ではない。白昼堂々、空がインクを流し込んだような「完全な漆黒」に染まり上がり、星々すらもその光を奪われ、一切の光源が世界から消失したのだ。
同時に、大気が重くのしかかるような圧倒的な絶望感が大陸全土を包み込み、重力が狂ったかのように小石や砂がフワフワと宙に浮き始めた。
「な、なんだこれは……ッ!?」
城塞のリビングでくつろいでいた元・魔法国王ゼフィロスや、剛拳修道会の武僧たちが、一斉に顔面を蒼白にして外へ飛び出してきた。
『……グルルル……』
池で遊んでいた神竜ポチと海神リヴァイアサンすらも、本能的な恐怖に全身をガタガタと震わせ、アルドの背後に隠れるように縮こまっている。
「……上空、大気圏外です」
天界の執行官である戦乙女レギンレイヴが、震える指で遥か上空の暗闇を指差した。
「あれは……神話の時代、原初の宇宙に誕生したとされる『星喰らいの虚無竜』……! 星の核のマナを喰らい尽くし、無数の惑星を死の星へと変えてきた宇宙最悪の災厄が、この星に飛来したのです!」
彼女の『天眼』にははっきりと見えていた。
月よりも遥かに巨大な、漆黒の靄のような肉体を持つ宇宙竜が、地球そのものを丸呑みしようと、その規格外の顎を限界まで開いている姿が。
虚無竜は、先日アルドが植樹した世界樹ユグドラシルが放つ「極大のマナの匂い」に惹きつけられ、この星を極上のデザートとして喰らうためにやってきたのだ。
「お、終わりだ……。あれは神々ですら干渉できない、宇宙の摂理そのもの……! いかなる魔法も剣も、あの超質量の前では塵と同じ……」
ゼフィロスが膝から崩れ落ち、絶望の涙を流す。
クランの記録係であるアーキヴァルですら、手帳を握る手がわずかに震えていた。
「……次元が違いすぎる。まさか、この星の寿命が延びた直後に、宇宙から直接『死』がやってくるとは」
世界中の全てが「星の終わり」を覚悟した、その極限の状況下で。
「うーん……? 急に暗くなったな。通り雨の雲かな? それとも、すっごく大きな『マンタ(エイ)』が太陽を隠してるのかな?」
アルドだけは、空を見上げながら呑気に首を傾げていた。
彼の目には、月よりも巨大な宇宙竜が、「空を飛んでいるちょっと大きめの魚(エイの一種)」にしか見えていなかったのである。
「バーベキューの火を起こそうと思ったのに、あんな大きな雲に太陽を隠されたら、気分が台無しだなぁ。……おっ、でも待てよ?」
アルドはポンッと手を打った。
「あんなに大きな魚なら、バーベキューのメインディッシュにぴったりじゃないか! 肉厚で美味しそうだし! よし、ちょっと捕まえてみよう!」
アルドの思考は、狂気を通り越して完全に大宇宙の理から逸脱していた。
彼は作業小屋に駆け込み、一本の『釣り竿』を持ち出してきた。
それは、世界樹の枝をしならせて作った竿に、天界の神蜘蛛が紡いだ『絶対切断の星糸』を結びつけ、先端には冥界の隕鉄を削り出して作った巨大なルアー(疑似餌)を取り付けた、アルドお手製の釣り具である。
「エイって、どうやって釣るんだっけ。まあいいや、とりあえず投げてみよう」
アルドは、中庭の芝生の上で足を大きく開き、釣り竿を背後へと大きく振りかぶった。
その瞬間、アルドの体から無意識に放たれる『事象改変のオーラ』が釣り竿に伝播し、竿の周囲の空間がギシギシと悲鳴を上げて歪み始める。
「そぉいッ!!」
ピシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
アルドが釣り竿を振り抜いた瞬間、ルアーは音速どころか光速をも超越するスピードで射出された。
ルアーは一直線に大気圏を突破し、真空の宇宙空間を切り裂き、星を丸呑みしようと口を開けていた『星喰らいの虚無竜』の上顎に、カァァァンッ!!という大音響と共に完璧にフッキング(針掛かり)したのである。
『……ギ?』
虚無竜は、己の上顎に「何か」が刺さったことに気づき、宇宙空間で動きを止めた。
「おっ! 当たった! しかもすごい引きだぞ! これは大物だ!」
地上では、アルドが釣り竿を両手で力強く握りしめ、足を踏ん張っていた。
『ギリュゥゥゥゥゥゥッ!?(な、何事ダ!? 我ガ体が、下ヘ引ッ張ラレテ……!?)』
虚無竜はパニックに陥り、星を飲み込むのをやめて宇宙空間へと逃げようと、巨大な漆黒の翼を羽ばたかせた。
月ほどの質量を持つ超巨大竜の全力の抵抗。それは、普通であれば惑星の地殻ごとアルドを宇宙の彼方へ引っ張り上げてしまうほどの物理的エネルギーである。
しかし。
「おおっ、元気いいね! でも、逃がさないよ! よいしょーっ!」
ギュルルルルルルルルッ!!!!
アルドがリールをゴリゴリと力任せに巻き始めた瞬間、宇宙の物理法則が完全に崩壊した。
アルドの腕力と事象改変のオーラが、月サイズの虚無竜の質量を「釣り上げられるサイズ(人間が持てる程度の重さ)」へと強制的に圧縮し始めたのだ。
『ガァァァァァァァッ!?(体ガ……体ガ縮ンデイク!? 馬鹿ナ、宇宙ノ摂理タル我ガ、コンナ見エザル糸一本ニ……ッ!)』
虚無竜の絶叫は真空の宇宙に虚しく響き、その超巨大な肉体は、大気圏に引きずり込まれる過程でアルドの神威によって限界まで圧縮され、みるみるうちに「数メートルほどの真っ黒な魚」のサイズへと変換されていった。
「よしっ! 釣れたー!」
バサァッ!! と音を立てて、アルドの足元の芝生に叩きつけられたのは、ピチピチと跳ねる「ちょっと大きくて黒いエイのような生き物」であった。
「…………え?」
その光景を見ていた戦乙女レギンレイヴや、ゼフィロス、武僧たちは、全員が綺麗に揃って泡を吹き、その場にバタバタと倒れ込んだ。
「星を喰らう……宇宙の災厄が……一本の釣り竿で……一本釣り……」
アーキヴァルは、手帳にペンを走らせることすら忘れ、完全に虚無の表情で宙を見つめている。
「俺は……もう……本当に何も見なかったことにしたい……」
レイヴンが、両手で顔を覆って蹲った。
「うわぁ、近くで見るとすごい色してるな。真っ黒で、なんだか星空みたいだ」
アルドは、地面でピチピチと跳ねる虚無竜(圧縮状態)をマジマジと観察し、満足げに頷いた。
「でも、すごく身が引き締まってて美味しそうだ! よし、さっそく捌いてバーベキューにしよう!」
アルドは、包丁(※かつて帝国最強の剣聖が使っていた折れた聖剣を研ぎ直したもの)を取り出し、虚無竜を一切の迷いなく三枚に下ろした。
宇宙の災厄は、アルドの包丁捌きの前に何の抵抗もできず、美しい「星空の霜降り肉」へと姿を変えた。
「ジュワァァァァァッ……!!」
天界のブロックと神鋼の網の上で、虚無竜の肉が焼かれる。
脂が炭に落ちるたびに、周囲には宇宙の真理を凝縮したような、狂おしいほどに食欲をそそる香ばしい匂いが漂い始めた。
「よし、焼けたぞ! みんな、お皿を持って集まって! 熱いうちに食べよう!」
アルドが、満面の笑顔で虚無竜のステーキを取り分ける。
気絶から立ち直ったゼフィロスやレギンレイヴたちは、恐怖と食欲の狭間で震えながら、その肉を口に運んだ。
――次の瞬間。
彼らの体内に、大宇宙の根源的なエネルギーがビッグバンのごとく弾け飛んだ。
「美味ァァァァァァァァァァッ!!!!」
全員が、文字通り天に昇るような表情で絶叫した。
星喰らいの虚無竜の肉を食した彼らは、その瞬間から「宇宙空間での生存能力」と「いかなる物理的・魔法的攻撃も無効化する絶対不壊の肉体」を強制的に獲得してしまったのだ。
「あぁ……! 肉の旨味と共に、宇宙の真理が脳細胞に直接刻み込まれていく……! 私は、私は神すらも超越した存在になってしまった……!」
ゼフィロスが、両手で空を掴みながら号泣する。
「これほどの奇跡の宴……。我が修道会、もはや修行の必要すらなくなりました……!」
武僧たちが、肉を噛み締めながら全員で五体投地を行う。
「あはは! 外で食べるお肉は最高だよね! まだまだあるから、たくさん食べてね!」
アルドは、自分で釣り上げた「エイ(宇宙竜)」の肉を美味しそうに頬張りながら、平和なバーベキューの時間を心から満喫していた。
最強の便利屋の「ただのバーベキュー」は、星を滅ぼす宇宙の災厄を文字通り「食料」として消費し、城塞の住人たちを大宇宙レベルの超常存在へと強制進化させてしまったのである。
アルドの日常の前では、宇宙の摂理すらも、週末のレジャーのスパイスに過ぎないのだ。
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