第31話:ただの家庭菜園と、星の寿命を延ばす世界樹の植樹
第31話:ただの家庭菜園と、星の寿命を延ばす世界樹の植樹
突如として出現した『黄金の城塞』に世界中の権力者たちが平伏し、莫大な貢物を置いて逃げ帰るように去っていった「世界会議(アルドにとってはただの引っ越し祝い)」から数日が経過した。
日だまり郷――いや、今や大宇宙の絶対聖域となったその場所は、今日も嘘のように穏やかな朝を迎えていた。
アルドはエプロン姿のまま、黄金の城塞の中心に位置する途方もなく広大な中庭を散歩していた。
中庭の地面は、神々ですら傷一つ付けることができないと言われる絶対不壊の神造鉱石『オリハルコン』と、マナの結晶である『黄金の魔宝石』がモザイク状に敷き詰められており、朝日を反射して眩いばかりの光を放っている。普通に歩いているだけでも、足元から天界の甘露にも等しい極上の魔力が湧き上がってくるという、文字通り「神の散歩道」であった。
「うーん……。確かに広くて立派なんだけど、ちょっとピカピカしすぎているというか、目がチカチカするなぁ」
アルドは、眩しそうに目を細めながら、黄金の石畳をコンコンと足のつま先で叩いた。
「前に住んでいた丸太小屋の庭は、土と草の匂いがして落ち着いたんだけど……これじゃあ、なんだか冷たい感じがする。それに、これからの季節、日差しを遮る場所がないと昼寝もできないぞ」
アルドの思考は、どこまでも「平凡な村の青年」のままであった。
彼はこの城塞が自らの無意識によって創造された超常の産物であるという自覚を全く持っておらず、「たまたま地中に埋まっていた昔の遺跡がせり上がってきた」という、物理法則を無視したトンデモ理論で己を納得させていた。
「よし、決めた。この中庭の真ん中に土を入れて、大きな木を一本植えよう! そうすれば木陰ができるし、緑があって目に優しい『家庭菜園』のスペースにもなる!」
思い立ったアルドは、旧丸太小屋から城塞の倉庫へと移しておいた「ガラクタ箱(という名の神話級アーティファクトの宝物庫)」を漁り始めた。
「木を植えるなら、種から育てたいな。どこかに良い種は落ちてなかったかな……おっ、これなんかどうだろう」
アルドが箱の底から引っ張り出してきたのは、大人の拳ほどもある、ゴツゴツとした奇妙な木の実だった。
表面には宇宙の星雲を思わせるような複雑な幾何学模様が刻まれており、内側からはドクン、ドクンと、まるで星の心臓のように力強い鼓動と、淡い翠色の光が漏れ出している。
――言うまでもないが、それはただの木の実ではない。
かつて大宇宙が誕生した際、原初の創造主が「星の生命の源」としてただ一つだけ遺したとされる絶対の至宝『創世の種』である。大地に根を下ろせば『世界樹』へと成長し、星の寿命そのものを司るとされる伝説の存在。アルドはこれを、裏山を散歩していた時に「なんか光ってて綺麗などんぐりだな」と思って拾い、そのままガラクタ箱に放り込んでいたのだ。
「ちょっとアボカドの種に似てるな。きっと大きな葉っぱがつくに違いない。これを植えよう!」
アルドは創世の種を片手に持ち、もう片方の手には使い古した鉄のシャベル(以前、冥界の扉を物理的に埋め立てた星核質量の神宝具)を握りしめ、中庭の中央へと戻ってきた。
「さてと、まずは穴を掘らないとね。このピカピカの石、結構硬そうだけど……えいっ!」
アルドは、なんの気負いもなく、オリハルコンの石畳に向かってシャベルを突き立てた。
――ズガァァァァァァァァァンッ!!!!
神々が全魔力を込めても傷一つ付かないはずの絶対不壊の床が、まるで豆腐か、あるいは柔らかい春の腐葉土のように、あっさりとザックリえぐり取られた。
アルドから無意識に放たれる『概念排除』の神威の前には、オリハルコンの強度など「ちょっと硬めの粘土」程度の抵抗力しか持たなかったのである。
「よしよし、意外と掘りやすいぞ。土の質も悪くないし」
アルドは鼻歌交じりに、黄金の石畳をザクザクと掘り進め、深さ1メートルほどの綺麗な穴を完成させた。そこへ、翠色に脈打つ『創世の種』をポンッと無造作に放り込む。
「大きくなーれ、大きくなーれ。しっかり根を張るんだよ」
掘り起こしたオリハルコンの砕屑を優しく被せ、上からポンポンと手で叩いて固める。
仕上げに、アルドは近くの噴水(※霊脈から直結で湧き出している水精霊王の純涙)からジョウロに水を汲み、たっぷりと種に降り注いだ。
――その瞬間であった。
ドクンッ!! ……ドクンッ!!
黄金の城塞全体が、いや、日だまり郷を内包する大陸全土が、まるで生き物のように巨大な鼓動を打ち始めたのだ。
「おや? また地震かな? 最近多いなぁ」
アルドが呑気に首を傾げた次の瞬間。
彼が種を埋めたオリハルコンの地面から、目も眩むような強烈な翠色の光の柱が天に向かって噴き上がった。
バキバキバキバキィィィッ!!
翠の光の中から、透き通るような翡翠色をした巨大な「芽」が飛び出し、それは人間の時間感覚を完全に無視した猛スピードで成長を開始した。
数秒で高さ十メートルを超え、太い幹がねじれながら天を衝く。
数十秒後には、高さ五十メートルを誇る黄金の城塞の城壁を遥かに見下ろす巨木へと変貌し、さらに成長は止まらない。
幹は山のように太くなり、枝葉は雲を突き抜け、大気圏を突破し、成層圏にまで到達。その巨大な枝からは、無数の星屑のような光り輝く葉が展開され、日だまり郷はおろか、大陸の半分を覆い尽くすほどの広大な「翠の天蓋」を形成したのである。
「うわぁ……! すごい! あっという間にこんなに大きくなった! 日当たりが良いからかなぁ!」
アルドは、首が痛くなるほど上を見上げながら、純粋な感嘆の声を上げた。
「これなら十分すぎるくらいの木陰ができるぞ! 葉っぱがキラキラ光ってて、夜はイルミネーションみたいで綺麗だろうな!」
しかし、この木がもたらした奇跡は、上空への成長だけではなかった。
地中深くへ向かって猛スピードで伸びた『世界樹の根』は、マントルを突き抜け、この星の中心部――『星の核』へとダイレクトに到達していたのである。
実はこの時、アステリア王国が存在するこの星は、深刻な危機に瀕していた。
数万年の長きにわたって魔法文明がマナを搾取し続けた結果、星の核は枯渇寸前となっており、あと数百年もすればマナが完全に消滅し、星そのものが熱を失って死の星となる運命(エントロピーの増大)にあったのだ。
エルフの女王や一部の古代竜など、長命な種族だけがその事実を知り、静かに世界が滅びる日を待ち受けていた。
だが、アルドが植えた世界樹の根が星の核に接続された瞬間。
世界樹が宇宙空間から無尽蔵に吸収した『創世のエネルギー』が、根を通じて星の核へと莫大な量で注ぎ込まれ始めたのだ。
――その衝撃と歓喜は、星中に瞬時に伝播した。
遥か南の秘境『妖精郷』にて。
星の死を悟り、永遠の微睡みについていたエルフの女王シルフィードは、突如として玉座から跳ね起きた。
「な、なんという……! 枯れ果てようとしていた星の脈動が……いや、それどころか、星が誕生したばかりの頃のような、爆発的な生命力に満ち溢れている……!?」
彼女は窓に駆け寄り、北東の空――日だまり郷の方角を覆う、巨大な翠のオーラを見た。
「あぁ……世界樹……! 伝説の神の御業が、現代に蘇ったというのですか! 誰が、いかなる偉大な御方が、この死にゆく星の寿命を、さらに数十億年も延ばしてくださったというの……!」
エルフの女王は、その場に泣き崩れ、東に向かって最も深い感謝の祈りを捧げた。
世界中の休火山からは生命力に満ちたマナの蒸気が吹き上がり、枯れ果てていた不毛の砂漠には一夜にして広大なオアシスが出現した。星そのものが「若返った」のである。
一方、奇跡の震源地である黄金の城塞の中庭では。
突如として出現した超巨大な世界樹を見上げながら、クランの面々がまたしても白目を剥きそうになっていた。
「……アーキヴァル。私の目が狂っていなければ、あれは神話の古文書にしか記されていない『世界樹ユグドラシル』に見えるのだが」
レイヴンが、手に持っていた斧を力なく地面に取り落としながら呟いた。
「……ええ。貴方の目は正常です。そして、先ほどから私の足元を流れる霊脈の濃度が、今までの数万倍に跳ね上がっています。アルド様は……ただ『庭に木陰が欲しい』という理由だけで、死にかけていたこの星の寿命を数十億年単位で引き延ばしてしまわれたようです」
アーキヴァルは、もはや震える手ではなく、完全に解脱したような穏やかな笑顔で手帳を開いた。
「素晴らしい。アルド様のご慈悲は、人間や魔獣の枠を超え、ついに『星そのもの』の救済にまで至りました。記録しておきましょう。『第三十一種・星の寿命の延長(ただの家庭菜園)』。対象:惑星全土。結果:世界樹が植樹され、星が完全なる不老不死を獲得」
「あの方のスケールは、もう私たちの理解が及ぶ次元を完全に突破してしまいましたね……。ですが、あの木陰は確かに涼しそうです」
エルミナも、呆れを通り越してうっとりと世界樹を見上げていた。
「おーい、みんな! いい木が育ったから、さっそくハンモックを吊るしてみたよ!」
世界樹の太い根元で、アルドが二本の丈夫な枝の間に自作の布(※もちろん聖女の神布)を張り、嬉しそうに寝転がっていた。
「これ、すごく風通しが良くて最高だよ! みんなも順番にお昼寝しにおいでよ!」
星の生命力を司り、大宇宙のエネルギーを循環させる神聖なる世界樹。
その根元は、アルドの「究極のお昼寝スポット」として、最高に平和で怠惰な空間へと変貌を遂げていた。
最強の便利屋の「ただの庭いじり」は、星の運命という壮大なスケールの終焉すらも、見事なまでに日常の1ページへと塗り替えてしまったのである。
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