第28話:ただの回覧板と、世界の理を書き換える回勅
第28話:ただの回覧板と、世界の理を書き換える回勅
「うーん……」
アルドは丸太小屋のテーブルで、一枚の木の板を前に腕を組んで悩んでいた。
「最近、村に住み着く人が増えてきたからなぁ。武闘家さんたちや、修道士さん、屋根の上の見張り番さんまでいるし。みんな良い人たちだけど、人数が増えるとルールが必要だよね」
アルドは、村の秩序を守るために「回覧板」を作ることにした。
彼は筆を取り、以前作った『事象改竄の神墨』をたっぷりとつけて、木の板に箇条書きで文字を書き入れた。
一、すれ違ったら笑顔で挨拶をすること。
一、ゴミは決められた場所に捨て、自然を汚さないこと。
一、村の中では絶対に喧嘩をせず、仲良くすること。
「うん! これでよし。基本的なことだけど、これが一番大事だからね。これをみんなに回して読んでもらおう」
アルドは満足げに頷き、完成した回覧板をテーブルの上に置いたまま、畑仕事へと出かけていった。
――彼が部屋を出た直後。
部屋の隅の影から、記録係のアーキヴァルと、元・聖女のルミナリアが音もなく姿を現した。
「見ましたか、アーキヴァル殿。アルド様が、ついに『新世界の絶対戒律』を記されました」
ルミナリアが、テーブルの上の木の板から放たれる圧倒的な神威に感涙を流しながら震える声で言った。
「ええ。この神墨で記された文字は、宇宙の理そのもの。アルド様は『村の中』と書いておられますが、我々にとっての村とは、すなわち『この世界全土』のこと。これは、全世界の愚かな人類に向けた、神からの直接の『回勅(警告)』に他なりません」
アーキヴァルは眼鏡を鋭く光らせた。
「この神の御言葉を、この小さな辺境に留めておくのは冒涜というもの。ルミナリア殿、貴女の聖女としての権限と、私の情報網を使って、この『回覧板』を全世界の王族、皇帝、教皇の元へ即座に転送します」
「承知いたしました。愚かな権力者どもに、真の秩序というものを教えてやりましょう」
二人の狂信者による、世界規模の「お節介」が発動した。
数日後。
アステリア王国の王城、西の大帝国の玉座、魔法国家ゼファーの評議会、さらには宗教国家の総本山に至るまで。世界中の全ての権力者の手元に、全く同じ内容の「木の板(の写し)」が、いかなる厳重な結界をもすり抜けて突如として現れた。
『一、すれ違ったら笑顔で挨拶をすること』
『一、ゴミは決められた場所に捨て、自然を汚さないこと』
『一、村(世界)の中では絶対に喧嘩をせず、仲良くすること』
「な、なんだこれは……ッ!?」
アステリア王国の国王は、その木の板から放たれる「逆らえば魂ごと消滅させられる」という絶対的な神威に当てられ、玉座から転げ落ちた。
「け、喧嘩をするなだと……!? つまり、我が国が準備していた帝国への侵攻計画は……神の怒りに触れるということかッ!」
帝国の皇帝もまた、木の板を前にしてガタガタと震え上がり、即座に全軍の撤退を命じた。
「自然を汚すな……。つまり、環境を破壊するような大規模魔術の実験は全て禁止ということですね。逆らえば、国ごと灰にされる……」
魔法国の評議員たちは、青ざめた顔で魔術実験場の即時閉鎖を決定した。
この『絶対回勅』の効果は絶大であった。
アルドの放つ事象改竄のオーラが込められたその言葉は、世界中の権力者の脳内に「物理的に抗えない恐怖と秩序」として植え付けられた。
その結果、長年続いていた国境紛争は一晩で完全停戦となり、道端にゴミを捨てる貴族は投獄され、他国の使者とすれ違う際には、どんなに仲が悪くても「引きつった満面の笑顔で挨拶を交わす」という、異様だが圧倒的に平和な世界が強制的に構築されてしまったのである。
一方、日だまり郷では。
「あれ? テーブルの上に置いておいた回覧板、アーキヴァルたちが回してくれたみたいだな。みんな、ちゃんとルール守ってくれてるかな?」
アルドがのんびりとお茶を飲んでいる窓の外では、武闘家たちと元暗殺者のゼルが、満面の笑顔で「おはようございます!」「良い天気ですね!」と、異様なテンションで挨拶を交わしていた。
「うんうん、みんな仲良くて何よりだ」
最強の便利屋の「ただの回覧板」は、一切の血を流すことなく、世界から戦争という概念を消し去ってしまったのであった。
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