第26話:ただの屋根修理と、星を穿つ天界の槍
第26話:ただの屋根修理と、星を穿つ天界の槍
春の嵐が過ぎ去った翌朝。
日だまり郷の空は嘘のように晴れ渡っていたが、アルドは丸太小屋の前で腕を組んで上を見上げていた。
「うーん。昨日の強風で、屋根の板が何枚かズレちゃったな。雨漏りする前に直しておかないと」
アルドは木箱から古いトンカチ(木槌)と、あり合わせの鉄の釘をいくつか掴み、ハシゴをかけて屋根へと登り始めた。
――言うまでもないが、彼が手にしている「ただの木槌」は、神話の時代にドワーフの始祖が星の核を叩き上げる際に使用したとされる『世界創造の神槌』のレプリカ(をアルドの魔力でオリジナル以上の出力に作り変えてしまったもの)である。
「よし、この辺りだな。少し板を重ねて、釘で固定して……と」
アルドが屋根の上でトントンと作業を始めた、その時である。
日だまり郷の遥か上空、大気圏を越えた天界から、一つの強烈な光が地上を睨みつけていた。
白銀の鎧を纏い、背に六枚の光の翼を持つ彼女の名は、レギンレイヴ。天界の秩序を守る最高位の執行官である『戦乙女』の筆頭であった。
(……見つけたぞ、地上のバグめ。因果律を乱し、冥界や魔界の存在すらも従えつつある異常存在。このまま放置すれば、天界の威信に関わる。私が直々に、神罰を下してくれる)
レギンレイヴは、天界の宝物庫から持ち出した必殺の神槍『天穿つ光芒』を構えた。
それは、投げれば必ず心臓を貫き、星一つを容易く消滅させるという絶対必中の神造兵器である。
「消え去れ、異端の者よ! 『神罰・天翔ける流星』ッ!!」
レギンレイヴが渾身の力で槍を投擲する。
神槍は、大気をプラズマ化させ、轟音と共に一直線にアルドの頭上へと降り注いだ。
――ちょうどその頃。
アルドは屋根の上で、ポケットの中を探っていた。
「あれ? 釘が一本足りないな。困ったぞ、もう一度下に降りて持ってくるのは面倒だなあ」
アルドが空を見上げてぼやいた、まさにその瞬間。
天界から放たれた必殺の神槍が、アルドの目の前に向かって、猛スピードで飛んできた。
「おっ! なんか光ってるけど、ちょうどいいサイズの棒が飛んできたぞ! まるで空から釘が降ってきたみたいだ、ラッキー!」
アルドは、飛来する神槍(星を滅ぼす兵器)の先端を、素手で「パシッ」と軽く掴んだ。
その瞬間、神槍に込められていた膨大な神気と破壊エネルギーが、アルドの事象改変オーラによって「ただのちょっと長い釘」の物理法則へと強制圧縮されてしまった。
「よしよし、これをここに当てて……」
アルドは、光を失った神槍を屋根板の隙間に押し当て、手にした木槌で大きく振りかぶった。
「そぉいッ!!」
ガァァァァァァァァンッ!!!!
アルドの振るった神槌の一撃が、神槍の柄を完璧に打ち据えた。
その衝撃は天界にまで響き渡り、神槍は屋根の板を貫通して、丸太小屋の梁にミリの狂いもなく真っ直ぐに打ち込まれた。そのあまりにも完璧な「固定」によって、日だまり郷の空間座標そのものが、宇宙のどの神の干渉も受け付けない【絶対不動の領域】として大宇宙の理に楔を打たれてしまったのである。
「うん! 完璧だ! これならどんな嵐が来ても屋根は飛ばないぞ!」
アルドは満足げに額の汗を拭った。
一方、遥か上空の天界では。
「な……、な……ッ!?」
レギンレイヴは、己の放った必殺の神槍が、ただの「屋根の補強用の釘」として打ち込まれた光景を天眼で目撃し、恐怖のあまり膝から崩れ落ちていた。
さらに恐ろしいことに、神槍が「釘」という概念に上書きされたことによるフィードバックが、持ち主である彼女の神格そのものに逆流してきたのだ。
「あ、あぁ……私の、私の光の翼が……! 神格が、失われていく……!」
レギンレイヴの背中の翼がボロボロと崩れ落ち、彼女は天界から真っ逆さまに地上(日だまり郷)へと墜落していった。
ドサァッ!
「うわっ!? 今度は人が空から降ってきた!」
屋根から降りようとしていたアルドの目の前の庭に、白銀の鎧を着た女性が墜落してきたのだ。
「だ、大丈夫ですか!? すっごいところから落ちてきましたけど!」
アルドが慌てて駆け寄り、レギンレイヴを抱き起こす。
「さ、触るな……異端の神よ……。私を、私を殺すがいい……。誇り高き戦乙女が、釘を打たれたなどという屈辱……」
レギンレイヴは涙ながらにアルドを睨みつけた。
「あ、もしかして屋根の修理の業者さん? 高いところから落ちちゃったんだね。ヘルメット(兜)被っててよかったよ。とりあえず、中で休んでいって!」
アルドは彼女の悲痛な叫びを完全にスルーし、レギンレイヴをお姫様抱っこして小屋の中へと連れて行った。
数時間後。
「あぁ……この、天界の甘露すら凌駕する温かいスープ……。それに、このふかふかのクッション……。天界の冷たい大理石の床とは大違いだわ……」
レギンレイヴは、アルドが作った「特製ミネストローネ(生命力完全回復の霊薬)」を飲み干し、完全にふやけた顔でソファーに埋もれていた。
「あはは、元気になってよかった! 業者さん、すごく目がいいみたいだから、もしよかったら時々うちの屋根の上から、村の様子を見張ってくれないかな? 風見鶏みたいにさ」
「風見鶏……? この私を、天界の執行官を見張り台にするおつもりですか?」
「無理ならいいんだよ。でも、高いところ好きそうだったからさ」
「……やります」
レギンレイヴは、空になったスープ皿を握りしめ、アルドに平伏した。
「このレギンレイヴ、もはや天界には戻れません。貴方様の『専属・屋根の上の風見鶏係』として、空からの脅威を全て叩き落とすことを誓います!」
また一人、いや「一柱」の神聖な居候が増えた瞬間である。
最強の便利屋の「ただの屋根修理」は、天界の最高戦力をも陥落させ、日だまり郷の対空防衛システムを完全に掌握してしまったのであった。
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