第25話:ただのお花見と、狂乱の魔神を酔い潰す桜吹雪
第25話:ただのお花見と、狂乱の魔神を酔い潰す桜吹雪
日だまり郷に、うららかな春の陽光が降り注いでいた。
村の裏手にそびえる小高い山では、見事な薄紅色の花が満開を迎えており、時折吹く春風に乗って、甘い香りと共に花びらが舞い散っている。
「いやあ、すっかり春だね。あの桜(みたいな木)、今年はとくに綺麗に咲いてるなぁ」
アルドは丸太小屋の縁側で、ぽかぽかと温かいお茶を啜りながら目を細めた。
――当然ながら、それはただの桜ではない。
神話の時代、星の誕生と共に芽吹き、千年に一度しか花を咲かせないと言われる幻の神木『星天の神桜』である。その花びら一枚一枚に星の息吹が宿り、舞い散る姿は「神々の祝福」そのものとされている。
なぜそんな神木がアルドの裏山に生えているのかといえば、以前彼が「ちょっと庭が寂しいから」と、その辺で拾った適当な種(神話級の遺物)を埋めて、毎日水やり(極上マナの注水)をした結果、常識外れの速度で成長してしまっただけである。
「よし! 今日は天気もいいし、みんなでお花見をしよう! お弁当もたくさん作るぞ!」
思い立ったアルドは、袖をまくり上げてキッチンへと向かった。
数時間後。
神桜の根元には、アルドが持ち出した巨大なブルーシート(※国宝『白き聖女の神布』)が敷かれ、その上には重箱に詰められた豪華なお弁当が山のように並べられていた。
参加者は、クラン『黄昏の守護者』の面々はもちろんのこと、最近村に居着いた「ちょっと変わったお手伝いさんたち」も総出である。
「おお……! 神の布の上に座すことが許されるとは……! 我ら剛拳修道会、このお花見そのものを究極の修行と心得ますッ!」
入り口の看板防衛をしていた武僧たちが、正座で滝の汗を流しながら花びらを受け止めている。
「アルド様のお作りになったこのおにぎり……米の一粒一粒から、宇宙の創世を感じる。たまらん……!」
元・魔法国王のゼフィロスが、涙を流しながら梅干しおにぎりを拝み倒している。
「窓ガラスと同じくらい、この盃も曇り一つなく磨き上げましたぞ、我が主よ!」
伝説の怪盗フェリックスが、純白のエプロン姿で給仕係に徹していた。
「あはは、みんな楽しんでくれてるみたいでよかったよ! ほら、どんどん食べてね!」
アルドはニコニコと笑いながら、以前仕込んだ「果実酒(ルミナリアを平伏させた究極の神仙ワイン)」を皆の盃に注いで回っていた。
まさに、平和の極み。究極の宴。
――しかし、その宴の足元、神桜の根が張る地中深くで、恐るべき事態が進行していることに、アルドだけは気づいていなかった。
『……ギギギ……怨メシヤ……光差ス地上の者共メ……!』
地下数百メートルの暗闇。そこには、かつて神々ですら封印することしかできなかった『狂乱の魔神』が眠っていた。
三千年の長きにわたり封印されていた魔神は、最近この地に満ち始めた「極上のマナ」を少しずつ吸収し、ついに封印を破るだけの力を取り戻したのだ。
(フハハハッ! 今こそ我の怨念を地上に解き放ち、この星の生きとし生けるもの全てを、狂気と絶望のどん底に引きずり込んでくれるわッ!)
魔神は、禍々しい漆黒の瘴気を纏いながら、地表へ向けて猛スピードで上昇を開始した。
――ズズズズズズッ……!!
「ん? なんだか地面が揺れてないか?」
アルドがおにぎりを頬張りながら首を傾げた、その瞬間。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
神桜の根元の少し離れた地面が爆発するように吹き飛び、そこから漆黒の瘴気を纏った巨大な影――『狂乱の魔神』が、天地を揺るがす絶叫と共に姿を現した。
『我ハ復活セリッ!! 愚カナ人間共ヨ、狂乱ノ宴ノ始マリダァァァッ!!』
魔神が六本の腕を振り上げ、世界を滅ぼすための「絶対死の呪詛」を放とうとした。
武僧たちや、ゼフィロス、フェリックスらの顔色が一瞬で青ざめる。
(な、なんだあの化け物は!?)
(神話の魔神……!? なぜこのような辺境に!)
彼らは強者ゆえに、その魔神が放つ「次元の違う絶望」を即座に理解してしまった。
しかし。
ただ一人、アルドだけは全く別の解釈をしていた。
「うわっ、びっくりした! もしかして、春の陽気に誘われて出てきた『ご近所さん』ですか!?」
『……ハ?』
絶対死の呪詛を放とうとしていた魔神は、エプロン姿の青年が、全く怯えることなく自分に近づいてきたことに戸惑い、呪文を詠唱する口を止めた。
「すごい派手な仮装ですね! 六本も腕があるように見えるし、黒い煙(瘴気)の演出もバッチリだ! もしかして、お花見の余興をやってくれるんですか?」
『キ、貴様、我の恐ロシサガ分カランノカ!? 我ハ狂乱ノ……』
「まあまあ、そんなに大声出さなくても聞こえますよ。せっかくですから、一緒に飲みましょう! はい、これ!」
アルドは、魔神の言葉を完全に無視して、なみなみと注がれた「特製果実酒」の入った大きな杯を、魔神の六本ある腕の一つにグイッと押し付けた。
『フン、毒杯ノツモリカ。我ニハ通用センワッ!』
魔神はアルドを嘲笑い、その果実酒を威嚇のつもりで一気に飲み干した。
――その直後。
魔神の体内を、アルドの錬金術が生み出した『絶対浄化の神仙ワイン』が、超新星爆発のような勢いで駆け巡った。
『ガッ……!? ア……ァァァ……ッ!?』
魔神が纏っていた「世界を滅ぼす漆黒の瘴気」が、ワインの圧倒的な神聖パワーとアルドの「お花見楽しもうぜオーラ」によって、文字通り一瞬にして『ただのピンク色の桜吹雪』へと強制変換されてしまったのだ。
『な、ナン……ダ、コレハ……。我ノ、三千年ノ怨念ガ……怒リガ……消エテイク……』
魔神の禍々しかった六つの目は、みるみるうちにトロンと濁り、頬がポッと赤く染まった。
「あはは、飲みっぷりがいいね! おつまみもあるよ。から揚げ、食べる?」
アルドが、重箱から神霊鳥(※ただのニワトリだと思っている)のから揚げを一つ、魔神の口に放り込んだ。
『モグ……。美味ィ……。ナニコレ、超美味イジャン……』
魔神の口調から、禍々しさが完全に消え去った。
そして、酔いが完全に回った魔神は、六本の腕で器用に手拍子を打ちながら、陽気なステップを踏み始めた。
『ヨイショォ! ハルノ〜、ウララノ〜♪』
「おっ、踊りも上手いね! さすがご近所さん、宴会を分かってるなぁ!」
アルドは手を叩いて大喜びし、それに釣られて武僧たちも「お、おう……ヨイショォ!」と恐る恐る手拍子を合わせ始めた。
かつて世界を恐怖のどん底に陥れた狂乱の魔神は、アルドの一杯の果実酒によって怨念を完全に浄化され、ただの「陽気で芸達者な酔っ払いのおじさん」へと成り下がってしまったのである。
その信じられない光景を、シートの端で見ていたエルミナが、呆然と杖を取り落とした。
「……信じられません。あの『狂乱の魔神』の封印が解けた瞬間、世界が終わったと覚悟したのに。アルド様は、たった一杯のお酒で、魔神を『宴会の余興係』に転職させてしまわれた……」
「しかも、あの見事な桜吹雪の演出。魔神の瘴気を触媒にして、このお花見の場をさらに華やかに彩るとは。アルド様の空間掌握能力は、もはや宇宙の理を完全にオモチャにしていますね」
アーキヴァルが、手帳に猛スピードでペンを走らせる。
「記録完了です。『第二十五種・絶対浄化の宴(ただのお花見)』。対象:狂乱の魔神。結果:怨念を完全に無力化され、陽気なダンサーへと更生」
「……やれやれ。これでまた一人、いや一柱、とんでもない居候が増えたな。アルド殿の優しさは、神話のバグすらも飲み込んでしまうということか」
レイヴンが、魔神が踊る姿を見ながら、やれやれと酒を呷った。
「おーい、みんなも踊ろうよ! 春なんだから、楽しまなきゃ損だよ!」
アルドが立ち上がり、魔神と一緒に楽しそうに盆踊りのようなステップを踏み始める。
かくして、日だまり郷の春は、世界最強の武闘家、大賢者、魔法国王、伝説の怪盗、氷の魔女、暗殺結社の首領、そして『神話の魔神』までが一堂に会し、一人のエプロン姿の青年の周りで平和に笑い合うという、究極のカオスにして究極の平穏空間として幕を開けたのであった。
最強の便利屋の「ただのお花見」は、地底から蘇った世界の危機を、ものの五分で「最高の宴会」へと塗り替えてしまったのである。
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