第24話:ただの腐葉土作りと、魔法国王を狂わせる生命の輪廻
第24話:ただの腐葉土作りと、魔法国王を狂わせる生命の輪廻
日だまり郷の丸太小屋の片隅で、記録係のアーキヴァルと、新米のモップ掛け係(元・王都の大賢者)ゾルタンが、テーブルに向かって猛烈な勢いで羽ペンを走らせていた。
「よし。これで大陸全土の主要ギルド、および各国の諜報機関に向けた『偽装工作書』の発送準備が完了しました」
アーキヴァルが、うず高く積まれた羊皮紙の束を満足げに見下ろして眼鏡を押し上げた。
「さすがはアーキヴァル先輩。その内容は?」
「簡単です。『日だまり郷にいるのは、ただの農夫である。最近の異常現象は全て自然発生的なものであり、彼自身には何の力もない。よって、わざわざ辺境まで足を運ぶ価値は微塵もない』……という、ごくありふれた事実(という名の洗脳情報)を、私の神墨で書き記しただけですよ」
「なるほど! これで、看板の前に群がっている暑苦しい武僧たちのような『巡礼者』も、ぱったりと姿を消すに違いありませんね!」
二人の情報操作のプロフェッショナルは、「完璧な仕事をした」とばかりに勝利の笑みを交わした。
――しかし、彼らは一つだけ致命的な計算違いをしていた。
王国の最高情報機関トップ(ゾルタン)が失踪し、伝説の賢者が消え、最強の剣聖が隠遁した場所について、「ただの農夫しかいない」と全力で火消しを行えば、外の世界の権力者たちはどう受け取るか。
『これほどの超大物たちが、総力を挙げて「何もない」と隠蔽しようとしている……。間違いない、そこには神話すら凌駕する【究極の真理】が隠されているのだ!!』
アーキヴァルの情報工作は、結果として大陸中の知を極めた者たちの「探求心」に火に油を注ぐ最悪の逆効果を生み出してしまったのである。
その数日後。
日だまり郷の結界の外、武僧たちが座禅を組む「看板防衛キャンプ」のすぐ脇を、音もなくすり抜ける一つの影があった。
質素な灰色のローブに身を包み、杖をついた老人のような姿をしているが、その正体は隣の大国『魔法魔法国ゼファー』の頂点に君臨する魔法国王、ゼフィロスであった。
(ふん。筋肉だるまの武闘家どもめ、看板の威圧感に当てられて平伏するとは情けない。私は『究極の真理』をこの目で確かめ、我が国の魔術体系をさらに高みへと導くために来たのだ)
ゼフィロスは、国に伝わる最高峰の隠密魔術と認識阻害の結界を全身に幾重にも張り巡らせ、村の中へと潜入した。彼は武力や敵意ではなく、純粋な「知的好奇心」のみで動いていたため、アルドの張った絶対防衛の結界も彼を「害獣」とは見なさず、あっさりと通過を許してしまったのだ。
ゼフィロスは気配を殺し、村の奥深く――最も強烈なマナの波動が立ち昇る丸太小屋の裏手へと忍び寄った。
「……いたぞ。あれが、世界中が血眼になって探る『隠遁の神』か」
木立の陰から覗き込んだゼフィロスの視線の先には、麦わら帽子を被ったエプロン姿の青年が、庭の隅にある大きな木枠の中で、何かを棒でかき混ぜている姿があった。
「うーん、春になって暖かくなってきたし、去年の秋に集めた落ち葉が、いい感じに発酵してきたな。野菜のクズも混ぜて、美味しい土になーれ」
アルドは独り言を呟きながら、大きなピッチフォーク(農叉)を使って、木枠の中の茶色い土と葉っぱをザクザクとひっくり返している。
――言うまでもなく、それは「ただの腐葉土作り」である。
しかし、アルドが集めた落ち葉は『星創樹』や『世界樹』から散った神聖な葉。そこに混ぜ込んだ野菜クズは、ベヒーモスを肥料にして育った『エリクサー野菜』のヘタや皮である。
それらを、アルドの事象改変のオーラと共にひっくり返し、発酵(錬金)させる行為。
ゼフィロスの『叡智の魔眼』が、その木枠の中で起きている現象を捉えた瞬間。
「な、なんだ、あれは……ッ!?」
ゼフィロスは、息を呑み、木立にすがりついた。
彼の目には、アルドがただの土を混ぜているようには見えなかった。
死に絶えた植物(死の概念)と、極上のマナを宿す野菜の欠片(生の概念)が、アルドのピッチフォークによって大宇宙の混沌のごとくかき混ぜられ、新たな『生命の源(星のスープ)』へと強制的に再構築されていく過程が、克明に視えてしまったのだ。
(ば、馬鹿な……! 生命の錬成、いや、魂の輪廻転生そのものを、あのような小さな木箱の中で手作業で行っているというのか!? 死と生を内包する、あの強烈な匂い……これが、神の創世の儀式……ッ!)
ただの腐葉土の「土と草が発酵する独特の匂い」を、ゼフィロスは「生の死が交差する真理の香り」と完全に深読みして絶望していた。己が何十年もかけて研究してきた魔法理論が、アルドの「農作業」の前に粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
「おやっ?」
土をひっくり返していたアルドが、木立の陰でガタガタと震えているゼフィロスに気がついた。
「こんにちは! すごい地味なローブですね、どこかの修道士さんですか?」
アルドは、魔法国王の極秘潜入用ローブを「地味な服」と笑い飛ばし、屈託のない笑顔で近づいてきた。
「ひっ……!?」
ゼフィロスは逃げようとしたが、アルドの無自覚な神威(ただの人懐っこいオーラ)に当てられ、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「あ、もしかして、土の匂いに誘われてきちゃいましたか? ちょっと臭かったですよね、ごめんなさい。でも、これが畑の野菜を美味しくする最高の栄養になるんですよ」
アルドは、ゼフィロスの顔色が悪いのは「腐葉土の匂いがキツかったから」だと勘違いした。
「ほら、見てください。真っ黒で、すごくフカフカになったでしょう? 触ってみますか? 温かいですよ」
アルドは、出来立ての腐葉土を両手でふんわりとすくい上げ、ゼフィロスの目の前に差し出した。
「さ、触るだと……? こ、このような宇宙の真理の結晶に、私のような凡夫が……」
ゼフィロスは、恐怖と圧倒的な好奇心の板挟みになりながら、震える両手をゆっくりと伸ばし……アルドが差し出した腐葉土の山に、そっと触れた。
――ドクンッ!!
その瞬間、ゼフィロスの体内に、星の誕生にも似た「無限の生命力とマナの奔流」が逆流するように流れ込んできた。
極上の腐葉土に触れただけで、彼の老いた肉体は十代の頃の活力を取り戻し、枯渇しかけていた魔術回路が数千倍の太さへと強制進化を遂げたのだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ゼフィロスは、感極まって天を仰ぎ、滝のような涙を流し始めた。
「分かる……! 分かるぞ! 土から生まれ、土へと還る……。いかなる高度な魔術も、この大地の輪廻の前ではただの小細工に過ぎない!! 私は、私は今日、本物の魔法(農作業)を知ったのだ!!」
「う、うん。土いじりは心が落ち着くよね。修道士さんも、土いじり好きなんだね」
アルドは、感涙にむせぶ魔法国王を見て、「やっぱり自然に触れるのはいいことだなぁ」とのんびり頷いた。
「偉大なる創造主よ!!」
ゼフィロスは、泥だらけになった手でアルドの足首にすがりついた。
「私は、私はもう王座などいりません! 国には適当に譲位の手紙を書いておきます! どうか、どうか私をこの村の『腐葉土かき混ぜ係』として、貴方様の側で真理を探求させてくださいッ!」
「えっ? いや、腐葉土かき混ぜるだけなら僕一人で十分なんだけど……。でも、そんなに熱意があるなら、たまに手伝ってもらうのは助かるかな。腰痛めないように気をつけてね」
アルドは苦笑いしながら、魔法国王の懇願をあっさりと受け入れた。
その日の午後。
丸太小屋の裏手で、灰色のローブを脱ぎ捨ててボロボロの作業着に着替えた魔法国王が、目をキラキラさせながらピッチフォークで熱心に土をひっくり返している姿があった。
「……アーキヴァル先輩。我々の情報工作、完全に裏目に出ていませんか?」
小屋の窓からその光景を見ていたゾルタンが、引きつった顔で先輩記録係に問いかけた。
「……ええ。まさか『ただの農夫である』という偽情報が、連中の深読みを誘発し、魔法国のトップまで呼び寄せてしまうとは。私の痛恨のミスです」
アーキヴァルは、ギリッと歯ぎしりをしながら手帳に羽ペンを走らせる。
「しかし、結果オーライです。記録完了。『第二十四種・生命の錬成(ただの腐葉土作り)』。対象:魔法国王。結果:真理の土に触れて発狂し、専属の肥料係へと転職」
「やれやれ。これで我が村には、武僧の警備隊、暗殺者の番犬、氷の魔女の冷蔵庫、怪盗の窓拭きに加えて、国王の土いじり係まで揃ったわけか。アルド殿の『ご近所付き合い』の規模は、もはや国家の概念を破壊しているな」
レイヴンが、薪を割りながら呆れ半分、敬意半分のため息を吐いた。
最強の便利屋の「ただの腐葉土作り」は、こうして世界最高峰の魔術国家のトップをただの農作業アシスタントへと引きずり下ろし、日だまり郷の「伝説のクラン」の層をさらに理不尽なほどに厚くしていくのであった。
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