第23話:ただの看板書き換えと、巡礼者を平伏させる絶対の神門
第23話:ただの看板書き換えと、巡礼者を平伏させる絶対の神門
春の陽気が本格化し、アステリア王国はおろか、周辺の帝国や宗教国家にまで、ある奇妙な「都市伝説」が広まっていた。
『東の辺境、地図上の空白地帯には、世界を統べる神が隠遁する究極の聖域がある』
原因は、他でもない。クランの記録係であるアーキヴァル(と、新しく後輩となった元・大賢者ゾルタン)が、過剰なまでに「日だまり郷には何もない」「近づくことは絶対の禁忌である」と情報を隠蔽・改竄しすぎたためである。
王国の軍部も、聖都の聖女も、帝国の剣聖も、裏社会の首領も、こぞってその地を「神聖不可侵」と定めた。その結果、勘の鋭い一部の強者や、究極の力を求める求道者たちの間で、「それほどまでに隠される場所には、世界の真理があるに違いない」という、逆説的な噂が爆発的に広まってしまったのだ。
かくして、日だまり郷の周囲の森には、連日のように「巡礼者」と称する凄腕の冒険者や武闘家たちが彷徨うようになっていた。
一方、そんな外の騒ぎなど全く知らないアルドは、丸太小屋の庭で木材を前に腕を組んでいた。
「うーん。最近、村の近くで道に迷う人が多いみたいだなあ」
アルドは、以前設置した『便利屋アルド』の看板が、雨風で少し文字が薄れてきているのを見て呟いた。
「文字が読みにくいから、村の入り口だと気づかずに通り過ぎちゃうのかもしれない。よし、新しい看板に作り直そう!」
アルドは作業小屋から、一枚の立派な木の板を持ち出してきた。
――当然、ただの板ではない。先日、物置の柱に使った『竜宮樹』のさらに上位にあたる、星の記憶を宿す『星創樹』の芯材である。それをカンナで滑らかに削り、表面を整える。
「よしよし、これなら長持ちしそうだ。あとは文字を書いて……っと」
アルドは、以前「ただの帳簿付け」のために作った『事象改竄の神墨』の残りを小瓶から取り出し、太い筆にたっぷりと含ませた。
『歓迎・日だまり郷 〜便利屋アルド、ご相談はお気軽に〜』
アルドが達筆でサラサラと文字を書き入れた瞬間、星創樹の板と神墨が奇跡の融合を果たした。
書き込まれた文字は、ただのインクではなく、大宇宙の理そのものを空間に刻み込む「神のルーン」へと昇華。看板全体から、眩いばかりの黄金のオーラと、星の引力すら歪めるような絶対的な覇気が放射され始めた。
「うん! すごく読みやすくなったぞ。これなら、遠くからでも迷わず来れるはずだ」
アルドは満面の笑みで新しい看板を抱え、村の入り口へと向かい、古い看板と入れ替えて地面にドンッと突き立てた。
……その時である。
日だまり郷の結界の外側、深い森を抜けてやってきた一団があった。
彼らは大陸南部の武闘国からやってきた、己の肉体のみで竜を殴り倒すと言われる『剛拳修道会』の筆頭武僧たち。伝説の聖域に挑み、己の武の極致を見出すために、数千キロの過酷な旅を乗り越えてきた猛者たちだ。
「見よ、長老! 森が開けたぞ! あの先に、噂の聖域があるに違いない!」
「うむ……油断するな。いかなる魔獣や罠が潜んでいるか分からん。気を引き締めてかかれ!」
武僧たちは、全身の闘気を限界まで高め、一歩一歩、慎重に村の入り口へと近づいていった。
そして、木立を抜けた彼らの視界に、ポンッと飛び込んできたのは……真新しい、一枚の木製看板だった。
「なんだ、あれは……?」
武僧の長老が、目を凝らして看板の文字を読もうとした。
『歓迎・日だまり郷――』
――ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
その文字を視認した瞬間。
長老をはじめとする数十人の武僧たちの脳天に、宇宙の誕生から終焉に至るまでの圧倒的な「質量」が叩き込まれた。
看板から放たれる『神域の威圧感』は、彼らの誇る闘気など赤子の息のように吹き飛ばし、魂そのものを大地に押さえつけたのだ。
「あ、が……ッ!? な、なんだ、この圧力は……ッ!?」
「空が……いや、空間そのものが落ちてくる……ッ!!」
武僧たちは、村に一歩も足を踏み入れることができず、看板から数十メートル離れた場所で、全員がドゲシャァッ!と地面に五体投地(完全に伏せた状態)させられてしまった。
(ば、馬鹿な……! 我々は、まだ入り口の看板を見ただけだぞ!? それなのに、指一本動かすことができないだと!?)
長老は、地面に顔を擦り付けながら、恐怖と歓喜で打ち震えた。
(これほどの覇気を放つ『門』……。噂は真実であった! 我々など、この聖域に入る資格すらない、道端の石ころに過ぎなかったというのか……!)
彼らは看板が放つ「神の試練(アルドの無自覚なオーラ)」の前に完全に屈服し、身動きが取れないまま、その場で「ありがたや……ありがたや……」と念仏を唱え始めた。
そこへ。
「おや? また道に迷った人たちかな?」
新しい看板の出来栄えを確認しに来たアルドが、地面に這いつくばっている筋骨隆々の男たちを発見した。
「うわっ、すごい格好で倒れてる! 皆さん、大丈夫ですか!?」
アルドは慌てて駆け寄り、長老の背中をポンポンと叩いた。
「さては、長旅でお腹が空きすぎて動けなくなっちゃったんですね! かわいそうに……。あ、看板、新しくしたんですけど、読みやすかったですか?」
「ひ、ひぃぃぃっ! か、神の御声が……ッ!」
アルドに触れられた瞬間、長老の体内に究極の浄化の光が流れ込み、長旅の疲労や古傷が瞬時に完治した。しかし、同時にアルドから発せられる本物の「神気」を至近距離で浴びたことにより、彼らの信仰心は限界突破を引き起こした。
「おぉぉ……! 我らのような未熟者に、直々に触れてくださるとは……! 偉大なる主よ、この看板が放つ試練、我らにはあまりにも重すぎました……!」
長老は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、アルドの足首に縋り付いた。
「どうか、どうか我々がこの試練(看板)を乗り越えるまで、この入り口の前で修行を続けることをお許しくださいッ!」
「えっ? いや、試練って……ただの歓迎の看板なんだけど……。でも、ここで休んでいくのは構いませんよ。地面だと冷えるから、温かいお茶と塩おむすびを持ってきますね!」
アルドがニコニコと笑いながら村の中へ戻っていくと、武僧たちは「神の施しだ……!」と号泣しながら、看板に向かって合掌を続けた。
その日の夕方。
日だまり郷の入り口の看板の前に、なぜか数十張りのテントが張られ、筋骨隆々の武道家たちが看板に向かって滝行のような面持ちで座禅を組むという、異様な光景が広がっていた。
「……何をしているんだ、あいつらは」
パトロール帰りのシノンが、木の上から呆れたように見下ろす。
「アルド様が新調された看板の神気に当てられ、自ら『門番』を買って出た狂信者の群れですね」
アーキヴァルが、手帳を開きながら涼しい顔で答えた。
「素晴らしい。これで、我々クランメンバーが手を下すまでもなく、村に近づこうとする有象無象は、あの武闘家たちが『神への忠誠』として全て排除してくれるでしょう」
「記録しておこう。『第二十三種・絶対防衛の神門(ただの看板)』。対象:巡礼者たち。結果:入り口で勝手に修行を始め、無償の警備員へと転職」
アーキヴァルの横で、後輩のゾルタン(元・大賢者)が、嬉々としてモップを片手にメモを取っている。
「いやあ、看板を新しくしたら、急にお客さんが増えたなぁ。みんなおむすび美味しそうに食べてくれたし、嬉しいよ!」
小屋の窓から、アルドが満足げに外を眺めていた。
最強の便利屋の「ただの看板書き換え」は、世界中の強者たちを門前払いする究極の試練となり、日だまり郷の入り口に、誰も突破することのできない「狂信者の防衛キャンプ」を誕生させたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




