表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
216/260

第216話:ただのフローリングのツヤ出しと完璧な大掃除の完了と、15年越しにやっと1人目の魔王領の門を叩いた残念すぎる勇者パーティの絶望道中

第216話:ただのフローリングのツヤ出しと完璧な大掃除の完了と、15年越しにやっと1人目の魔王領の門を叩いた残念すぎる勇者パーティの絶望道中(総合ライフサポート企業の休日と、外の世界の勘違い日常業務)

 黄金の城塞『日だまり郷』。そこは、大宇宙の根源たる神仙へと完全覚醒したアルドが、あえて「ただの便利屋」としての日々を選択し固定したことで、もはや何者にも侵し得ぬ絶対的な聖域と化していた。

 魔界の総大将たる魔王筆頭までもが「リビングのワックス掛け及び壁紙清掃」として完璧に平定され、全自動クリーンルームインフラへとリフォームされた今、城塞の内部はかつてないほどの平穏と、鏡のようにピカピカに輝く床面を取り戻していた。

 そんな穏やかな午後。リビングルームでは、大家としてすっかり定着した創造神や天界の神々が、新しく張り替えられたピカピカのフローリングの上に足を滑らせないようそっと歩きながら、「いやあ、大掃除をここまで徹底的にやると、自分の足が映り込んで気恥ずかしいな」「窓ガラスも一ミリの曇りもないぞ。社長の仕事の丁寧さは神の業を超えているな」などと、爽やかなティータイムを楽しんでいる。

 キッチンからは、魂の最深部を震わせるような、極上の甘い香りが漂い、城塞の廊下を満たしていく。

「よし! 大掃除の総仕上げも完璧に終わったことだし、今日の3時のおやつは『大精霊のリンゴを丸ごとタルト生地に包み込んでじっくり焼き上げた、極上タルトタタン〜自家製キャラメルソースと星屑のバニラアイスを添えて〜』だ! まずは、天界の特製バターを何層にも折り込んだサクサクのパイ生地を作り、その上にキャラメル色にトロトロまで煮詰めた幻獣リンゴを隙間なく敷き詰める。これを神仙のオーブンでじっくり焼き上げることで、リンゴの酸味とキャラメルのほろ苦さが限界まで凝縮されるんだ! お皿に切り分けて、冷たいバニラアイスをドスンと乗せれば、疲れた体がトロトロに癒やされる最高のおやつの完成さ。みんな、温かいうちに食べてね!」

 アルドがエプロン姿で、圧倒的なバターと焼きりんごの香りを放つ特大のタルトプレートをダイニングテーブルに運ぶと、神竜ポチや星狼シロはもちろん、大家の神々やクランの役員たちまでもが目を輝かせて席に着いた。

 この極上スイーツ、一口食べれば幻獣リンゴの有機酸が全身の魔力回路を優しく労わり、濃厚なキャラメルソースが血中のあらゆる疲労物質を一瞬でデトックスし、魂の底から尽きることのない多幸感を湧き上がらせる『究極の休日・リフレッシュフルコース』である。

「うむ……! このサクサクのパイ生地と、口の中でトロリと溶ける香ばしいリンゴの甘みのビッグバン! 冷たいバニラアイスが温かいタルトの上で絶妙に溶け合い、ほろ苦いキャラメルソースと完璧に混ざり合う! 美味さのあまり、魔界の総大将をワックスがけで平定した緊張感も完全に吹き飛び、我が最高福利厚生責任者の職務が至福の天国へと昇天しそうになるわい!」

 【最高福利厚生責任者(CHO)兼・毒見役役員】の元・魔界大帝サタナスが、フォークを持つ手を震わせながら感涙して咽いでいた。

     *

 黄金の城塞がこれほどまでに平和な休日を満喫しているその頃。

 世界のはるか遠く、かつて「魔王軍の脅威に怯える人類の最前線」と呼ばれていた、とある人間界の大帝国では、全く別の意味ですさまじい歴史のドラマ(あるいは大いなる勘違い)が繰り広げられていた。

 石畳が続く魔王領の国境付近。

 冷たい風が吹き抜ける荒野に、ボロボロの旅装束をまとった四人組の男女が、トボトボと歩みを進めていた。

 彼らの名は『勇者パーティ』。

 今からさかのぼること十五年前。彼らは時の帝国皇帝から神聖なる神託を受け、「世界を滅ぼそうとする魔王を討伐せよ」という壮大な使命を背負って王都を旅立った、選ばれし若者たちであった。

「……なぁ、みんな。俺たち、旅立ってから……何年経ったっけ?」

 パーティのリーダーであり、かつては「剣聖の再来」と持て囃された勇者・レイルドが、錆びかけた聖剣を引きずりながら、乾いた唇で仲間に尋ねた。彼の顔には、十五年間の過酷な旅路(という名の迷走)を物語る深いシワと、底知れない疲労の色が刻まれている。

「レイルド様、何を仰んですか。確か……十五年と三ヶ月ですわよ」

 パーティの賢者であり、かつては天才美少女魔導士と呼ばれていたリアナが、くたびれたローブの裾をパタパタと払いながら答えた。ただし、彼女の杖の先端についているはずの魔力石は、途中で質の悪い模造品にすり替わった挙句、旅の途中で温泉の湯の花が詰まって以来、ただの「頑丈な杖型の孫の手」として愛用されている。

「十五年……か。長かったな……」

 重戦士のガストンが、巨大な戦斧の代わりに「野営用の薪割り斧」を肩に担ぎながら遠い目をしている。

「最初の五年は、伝説の武器を探して大陸中のダンジョンを巡った。次の五年は、方向音痴の盗賊シルフが地図を全部川に落としたせいで、ずっと同じ平原をぐるぐるループしていた。そして最後の五年は……何だっけ?」

「ええと、途中で立ち寄った温泉郷の居心地が良すぎて、アルバイトでおかみさんを助けていたら、気づけば四年間住み込みで働いていたことですね」

 紅一点の武闘家・マリアが、すっかり板についた旅館の女将風の佇まいで、お茶の入った水筒をキュッと傾けた。

 ――そう。彼らは十五年前、転生した神(※本人はすでにすっかりその設定を忘れ、のんびりと別の世界で名産のメロンパンを食べている)から「魔王討伐の使命」を受けたものの、あまりにも平和すぎる世界情勢と、自分たちの致命的なまでの方向音痴、そして途中で見つけた美味しいグルメや温泉の誘惑に負け続け、気づけば十五年もの歳月が流れていたのである。

 肝心の人類社会といえば、魔王軍の幹部たちはアルドの「畑の草むしり」や「換気扇の油汚れ」としていつの間にか全員綺麗に片付けられており、世界はもとより平和の極みにあった。そのため、道中で出会う人々も「魔王? ああ、昔そんな名前のライブハウスがあったような……いや、気のせいか」という反応ばかりで、勇者一行は「魔王の影すら踏めないまま、ただの観光旅行を極めた中年冒険者」と化していたのだ。

「しかし、ついに……ついに俺たちは、伝説の『最初の魔王領の門』にたどり着いたぞ……!」

 レイルドが、目の前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げて、感極まったように声を震わせた。

 しかし、その「魔王領の門」は、かつての禍々しいドス黒い鉄の扉ではなく、なぜかピカピカに磨き上げられた純白の最新式シャッターと、妙にスタイリッシュな自動ドア、そしてその脇に掲げられた『永久・神仙全自動広域排水・無限クリーン下水インフラ(総合ライフサポート企業・日だまり郷支店)』という、世界観を盛大にぶち壊す輝かしい看板によって完全に占拠されていた。

「な、なんだこれ……? 魔王の城って、もっとこう、ドクロが飾ってあって、マグマがドロドロ流れていて、怨念の炎が燃え盛っているものじゃないのか……?」

 賢者リアナが、インテリぶった眼鏡をズリと押し上げながら、目の前の近代的な自動ドアのセンサーに手をかざしてみる。

 ――シュパッ!

 音もなく流れるような滑らかさでドアが開き、中から「いらっしゃいませー! 排水管の高圧洗浄と汚水枡の点検ですかー?」という、異様なほど爽やかで温かい空気と、極上のトリュフガーリックバターの香りがフワッと漂ってきた。

「え……? 魔王城の中に、めちゃくちゃ美味しそうなパンの匂いがするぞ……? しかも、床が……床が自分の顔が映るくらいピカピカのフローリングになってる……!」

 重戦士ガストンが目を丸くし、おそるおそる足を一歩踏み入れる。

 その瞬間、彼の古い鉄のブーツの裏にこびりついていた道中の泥汚れは、床に仕込まれた神仙の自動防汚コーティングによって一瞬で分解され、ピカピカの鏡面には一粒のホコリすら残らなかった。

「ちょっ、ちょっと待てレイルド! 俺たちは魔王を倒しに来たんじゃないのか!? なんでここ、最新式の高級マンションのエントランスみたいになってるんだよ!」

 武闘家マリアが頭を抱えて叫ぶ。

 その時、自動ドアの奥から、エプロンをつけた優しげな青年の姿がひょっこりと現れた。

「あ、いらっしゃいませ! 総合ライフサポート企業『黄昏の守護者』です! ……あれ、もしかして魔王領の挑戦状を持ってきたお客さんかな? でもごめんね、魔王筆頭を含めて、みんな綺麗にハウスクリーニングして全自動インフラにリフォームしちゃったから、もう悪い魔王は一匹も残ってないんだよ。あ、でももし水回りの詰まりとか、フローリングのワックス掛けでお困りなら、喜んでお見積もり作りますけど!」

 アルドが満面の笑みでそう告げると、十五年間ずっと「魔王を倒して世界を救う」という幻想を支えに歩んできた勇者パーティの四人は、その場で盛大にずっこけ、ガクリと膝をついた。

「「「「十五年かけてたどり着いた最初の一人目の魔王領、すでにただのピカピカの最新インフラにリフォームされて終わってたぁぁぁ――っ!!」」」」

 荒野の風の中に、勇者たちの盛大な絶叫と、お腹の虫が鳴る音が虚しく響き渡る。

 しかし、そんな彼らの絶望をよそに、アルドは「ちょうどおやつに焼きたてのタルトタタンがあるから、よかったら食べていってよ!」と、温かいミルクティーと共に極上のスイーツを差し出したのであった。

 世界を救うはずだった勇者たちは、こうして魔王討伐を忘れて極上のタルトタタンの虜となり、気づけば日だまり郷の新たな「常連の大家さん候補」として第二の人生を歩み始めることになったのである。

     *

 日だまり郷の黄金の城塞。

 静寂に包まれた書斎のデスクで、【最高情報・歴史管理責任者(CIO)兼・神仙社史編纂室長】の元・大賢者ゾルタンは、羽ペンをインク壺に浸し、新たな正史のページに非常に簡潔な文字を刻み込んでいた。

『〇月×日。魔界の魔王筆頭を含む全魔界勢力のクリーンインフラ化完了に伴い、大掃除(侵攻対応)を完全終了。なお、どこかの国から十五年遅れでやってきた勘違いの勇者パーティが迷い込んできたが、タルトタタンを振る舞ったところ速やかに和解(常連化)した。世界の平穏とインフラの稼働に、一切の異常なし。以上。』

 ゾルタンは満足げにペンを置き、分厚い社史のバインダーをパタンと閉じた。

 大宇宙最強の便利屋が守る平穏な日常と、完璧に整備されたインフラの世界は、今日も最高に美味しく、そしてどこまでも平和に回り続けているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ