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辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


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第21話:ただの大掃除と、伝説の怪盗を平伏させる神の雑巾

第21話:ただの大掃除と、伝説の怪盗を平伏させる神の雑巾

 長く厳しかった冬が終わりを告げ、日だまり郷にも柔らかな春の気配が漂い始めた頃。

 雪解け水が小川をサラサラと流れ、顔を出したフキノトウが朝日に輝くのどかな午前中。アルドは丸太小屋の前に立ち、腕まくりをして気合を入れていた。

「よし! 春になったことだし、今日は小屋の大掃除をしよう! 冬の間に溜まった埃や、窓の汚れをピカピカにするぞ!」

 思い立ったら即行動。アルドは木桶に小川の水を汲み、裏山の木を燃やした灰と、自生のハーブをすり潰した特製の「掃除用洗剤」を作った。さらに、使い古してヨレヨレになった服の切れ端を「雑巾」として何枚か用意する。

 ――当然ながら、アルドが用意したこれらの掃除用具は、世界の理を逸脱した『神造アーティファクト』の塊であった。

 木桶の中の水は、雪解け水に混ざった『水精霊王の純涙』。洗剤は、世界樹の灰と万病を癒す霊草を神域の錬金術(ただの棒でのかき混ぜ)で融合させた『事象還元液』。そして雑巾は、以前アルドが着ていた服の余り布であり、いかなる邪気も拭い去る『絶対浄化の神布』である。

「まずは窓ガラスからだな。冬の間の結露で結構汚れてるし」

 アルドは木桶と雑巾を手に、小屋の窓枠へと向かった。

 その頃。

 日だまり郷の結界のすぐ外側、高い木の上に、音もなく潜む一つの影があった。

 純白のシルクハットに、優雅な白のタキシード。顔の上半分を銀色の仮面で隠したその男の名は、フェリックス。

 大陸中を股にかけ、王族の宝物庫から竜の巣の秘宝まで、狙った獲物は絶対に逃さないと謳われる伝説の怪盗『白銀のシルバー・キャット』であった。

(……ここだな。最近、裏社会の連中や聖都の聖女、果ては帝国軍までが血眼になって探りを入れているという謎の村『日だまり郷』。ここには、世界を統べるほどの『究極の秘宝』が隠されているという噂だ)

 フェリックスは、仮面の奥で不敵な笑みを浮かべた。

 彼は己の美学として「最も不可能とされる宝」を盗み出すことに無上の喜びを感じる男だった。各国の最高戦力が恐れをなして逃げ帰ったというこの村の噂を聞きつけ、怪盗としての血が騒いだのだ。

(どんな厳重な警備があろうと、この『白銀の猫』の空間跳躍テレポートからは逃れられない。さあ、究極の秘宝とやら、美しく頂戴してやろう)

 フェリックスは、国宝級の魔導具である『次元の外套』を翻し、村の結界をすり抜けて一瞬で丸太小屋の屋根裏へと空間跳躍を果たした。

 ――バチィッ!!

 その瞬間、フェリックスの全身を、数万ボルトの雷撃に撃たれたような衝撃が貫いた。

「な、がッ……!?」

 声なき悲鳴を上げ、屋根裏で悶絶するフェリックス。

 彼が誇る国宝級の『次元の外套』は、アルドの小屋の屋根を構成している「竜宮樹の木材」が放つ絶対的な神聖結界に触れた瞬間、耐えきれずにボロボロの灰となって崩れ去ってしまったのだ。

(ば、馬鹿な……! 神の奇跡すら再現すると言われた私の外套が、ただの屋根裏の空気に触れただけで消滅しただと!? なんだこの家は! 空間そのものが異常な高次元で固定されている……!)

 フェリックスは冷や汗を流しながら、屋根裏の隙間から下を覗き込んだ。

 するとそこには、木桶を持ったエプロン姿の青年が、のんびりと窓枠に近づいてくる姿が見えた。

(あいつが、この村の主か……。隙だらけの農夫にしか見えないが、何か強大なアーティファクトを隠し持っているに違いない。まずは背後から気絶させ、宝の在り処を……)

 フェリックスは気配を完全に殺し、屋根裏から窓の外へと身を翻した。

 そして、アルドが窓を開けた瞬間に忍び込もうと、外の窓枠の上の絶妙な位置に張り付いた。

 ガチャッ。

 アルドが、内側から窓を押し開けた。

「よし、じゃあ外側から拭いていくか……おわっ!?」

 アルドが窓から身を乗り出した瞬間。

 バランスを崩して窓枠から落ちそうになっていた白タキシードのフェリックスと、バッチリ目が合ってしまった。

「うわぁっ! びっくりした! な、なんでこんな所にぶら下がってるんですか!?」

「チィッ……!」

 フェリックスは舌打ちをし、懐から麻酔針を仕込んだ銀のステッキを抜き放とうとした。

 しかし、アルドの反応は、怪盗の予想の斜め上を完全にぶち抜いていた。

「……あ! もしかして、行商の『窓拭き職人』さんですか!?」

「……は?」

「いやぁ、こんな辺境の村まで営業に来てくれるなんて、助かります! でも、そんな高い所に登らなくても、僕が下からやりますよ! ほら、危ないから降りてきてください!」

 アルドは、フェリックスの純白のタキシードとシルクハットを「ちょっと奇抜な清掃業者のユニフォーム」だと勘違いし、彼の手をガシッと掴んで、窓枠から半ば強引に室内の床へと引きずり下ろした。

「な……貴様ッ! 私に気安く触れ……ッ!?」

 フェリックスはアルドの手を振り払おうとしたが、その瞬間、己の体内の魔力が完全に沈黙していることに気がついた。アルドに掴まれた腕から、逆らうことなど絶対に不可能な、銀河の質量にも匹敵する『圧倒的すぎる神の握力』を感じ取ったのだ。

(ひっ……!? な、なんだこの男は……!? 人間じゃない! これが、この村に潜む脅威の正体……ッ!)

「ちょうどよかった。僕も今から窓を拭こうと思ってたんです。職人さん、よければ手伝ってもらえませんか? もちろん、お礼はしますから! はい、これ使ってください!」

 アルドは、怯えて硬直しているフェリックスの手に、先ほど作った『特製洗剤入りの木桶』と『ヨレヨレの雑巾』を元気よく押し付けた。

「え、あ……これ、は……」

 フェリックスは、押し付けられた雑巾と桶の水を見て、再び絶句した。

 怪盗として数々の国宝を鑑定してきた彼の『審美の眼』が、その道具の異常性を即座に見抜いてしまったのだ。

(嘘だろ……。この水から立ち昇る魔力、伝説に聞く『水精霊王の純涙』……!? そしてこの雑巾、王宮の宝物庫の奥深くに眠る『聖女の神布』よりも遥かに純度が高い、神の衣そのものじゃないか!! それを、窓拭き用の雑巾と水にしているだと!?)

 フェリックスはガタガタと震えながら、アルドを見た。

「どうしました? あ、やっぱり自分の道具じゃないとやりにくいですか?」

「い、いえっ! めっそうもございませんッ!」

 フェリックスは生存本能の全てを懸けて、完璧な「清掃業者」の笑顔を顔に貼り付けた。

「私めのような下賤の者に、このような……このような神々しい御道具を使わせていただけるなど、光栄の極みでございます!」

「あはは、大げさだなぁ。じゃあ、僕はこっちの窓をやるから、職人さんはそっちをお願いね。しっかり絞ってから拭くと、跡が残らないよ」

「は、はいぃぃぃっ!!」

 伝説の怪盗『白銀の猫』は、純白のタキシードの袖をまくり上げ、神の雑巾を震える手で絞り、必死の形相で丸太小屋の窓ガラスをキュッ、キュッと拭き始めた。

 ――その光景は、もはや魔法を超えた『奇跡の顕現』であった。

 フェリックスが雑巾で窓をひと拭きするたびに、ただのガラス板が、大宇宙の理を反射する『絶対防御の次元鏡』へと変貌していく。一切の汚れ、曇り、そして外からの悪意を完全に跳ね返す、究極のシールド。

 彼が拭き上げた窓ガラスは、まるで何もない空間が切り取られたかのように透明で、それでいて神聖なオーラを静かに放っていた。

「あぁ……美しい……」

 フェリックスは、己が拭き上げた窓ガラスの異常なまでの透明度に、思わず感涙を流していた。

「私が今まで盗んできた宝石など、この窓ガラスの一片にも満たない……。これこそが、至高。これこそが、究極の美……ッ!」

「おっ、すごい! さすがプロの職人さんだ、ピカピカじゃないか!」

 隣で別の窓を拭き終えたアルドが、感嘆の声を上げた。

「いやぁ、手伝ってもらえて助かったよ。これ、お礼の温かいお茶と、昨日焼いたクッキーなんだけど、よかったら食べていってよ」

 アルドが差し出したのは、もちろんただのクッキーではない。世界樹の蜜と天界の牛の乳をたっぷり使った、一口で魔力が全回復する『不老不死の神仙菓子』である。

 フェリックスは、そのクッキーを一口齧り……そのまま、窓枠に縋り付いて号泣し始めた。

「美味い……! 美味すぎる……! 私の、私の怪盗としての人生は、この一枚のクッキーの前では、ただの泥棒の戯れに過ぎなかった……ッ!」

 彼はシルクハットを脱ぎ捨て、アルドの足元に深く、深く平伏した。

「偉大なる主よ! どうか、どうかこのフェリックスを、貴方様の『専属の窓拭き係』として、この村の片隅に置いていただけないでしょうか! もう二度と、他人の宝など盗みません! 貴方様の窓を拭き、この美しさを守り続けることこそが、私の新たな人生の目的なのですッ!」

「えっ? いや、窓拭き係って……僕の家、そんなに窓多くないよ? でも、そんなに掃除が好きなら、時々手伝ってもらえると助かるかな……」

 アルドは首を傾げながらも、優しく頷いた。

「よろしくね、フェリックスさん。とりあえず、その白い服だと汚れちゃうから、後で僕の作業着を貸してあげるよ」

「あぁっ! 神の御衣を賜るとは! この命、雑巾のようにボロボロになるまで貴方様に尽くし抜きます!!」

 その様子を、少し離れた廊下の角から、クランの面々が呆れたような顔で見つめていた。

「……また一人、裏社会の頂点がアルド様の雑巾がけ係に成り下がったか。あの男、確か懸賞金は国が買えるほどの額だったはずだが」

 シノンが、小刀を弄びながらため息をつく。

「記録完了です。『第二十一種・魂の研磨(ただの窓拭き)』。対象:伝説の怪盗。結果:プライドを完全に粉砕され、究極の清掃員へとジョブチェンジ」

 アーキヴァルは、手帳に羽ペンを走らせながら、満足げに眼鏡を光らせた。

「これで我が村の防衛力と、衛生環境がさらに向上しましたね。アルド様の大掃除は、世界中のあらゆる『汚れ(悪党)』をピカピカに浄化してしまうようです」

「おーい! みんなも大掃除手伝ってー! 床のワックスがけがまだ残ってるんだ!」

 アルドの明るい声が、春の陽射しが差し込むピカピカの部屋に響き渡る。

「はいっ! ただいま参ります!」

 最強の便利屋の「ただの大掃除」は、伝説の怪盗の誇りを微塵に打ち砕き、日だまり郷の窓ガラスをいかなる神の怒りすらも弾き返す『絶対防御の盾』へと作り変えてしまったのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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