第20話:ただのかまくら作りと、絶氷の神竜をダメにする雪のドーム
第20話:ただのかまくら作りと、絶氷の神竜をダメにする雪のドーム
日だまり郷は、見渡す限りの白銀の世界へと姿を変えていた。
数日にわたって降り続いた雪は、村をすっぽりと覆い隠し、太陽の光を反射してキラキラと幻想的な輝きを放っている。
「うわぁ、すっかり積もったな。これだけ雪があれば、あれができるぞ」
朝、丸太小屋から出てきたアルドは、ふかふかの雪原を見て子供のように目を輝かせた。
「よし、今日はみんなで『かまくら』を作ろう!」
かまくら。それは、雪を山のように積み上げ、中をくり抜いて作る雪の小部屋である。
アルドは早速、庭の真ん中に雪をこんもりと集め始めた。
「かまくらはね、雪をしっかり踏み固めるのが大事なんだ。崩れたら危ないからね」
アルドは「よいしょ、よいしょ」と掛け声をかけながら、素手と足を使って雪山をギュッ、ギュッと圧縮していく。
――言うまでもないが、この「ただの雪固め」が常軌を逸している。
アルドから無意識に放たれる極大の『事象圧縮オーラ』によって、集められた雪は原子レベルで結合し、ダイヤモンドすら容易く砕く『絶対零度の神造氷殻』へと変貌していた。たった数分の作業で、たとえ星が爆発しようとも内側を無傷で守り抜く、宇宙最強のシェルターが完成してしまったのだ。
「よし、カチカチになった。あとは中をくり抜いて……と。うん、いい感じの広さだ」
アルドは、完成したかまくらの中に、以前作った「星降る隕鉄の暖炉」の余りの石を置いて小さな囲炉裏を作り、炭火を熾した。
絶対的な断熱効果を持つ神造氷殻の中で、原始の精霊王の火がチョロチョロと燃える。中は外の猛吹雪が嘘のように暖かく、極上のマナに満ちた究極のリラックス空間と化していた。
「完璧だ! あとはお餅でも焼いて、みんなを呼ぼう」
アルドがご機嫌で準備をしていた、その時である。
日だまり郷の真上の空が、突然、巨大な影によって覆い尽くされた。
『グルルルルォォォォォォォォッ……!!』
天地を震わせる咆哮。
吹雪を切り裂いて降臨したのは、全長百メートルにも及ぶ白銀の巨竜――神話の時代に天界の神々と死闘を繰り広げたとされる『絶氷の神竜』であった。
千年もの間、北の最果てで眠りについていたこの神竜は、最近この辺境から立ち昇る「異常なまでの極上マナ」の匂いに惹きつけられ、己の新たな縄張りにしようと飛来したのだ。
(ふん、ちっぽけな人間の村か。だが、この土地から湧き出る魔力は我が巣にふさわしい。まずはあの生意気な結界ごと、村の全てを氷河期に沈めてくれよう)
神竜は上空で大きく息を吸い込み、万物を分子レベルで停止させる『滅亡の凍気』を放とうとした。
しかし。
神竜がブレスを放つよりも一瞬早く、かまくらの中からひょっこりと顔を出したアルドが、空を見上げて声を張り上げた。
「こらーっ!! そこの大きなトカゲさん!!」
『……トカゲ、だと?』
神竜は、己をトカゲ呼ばわりした地上の豆粒をギロリと睨みつけた。
「そんな大きな声を出したら、雪崩が起きちゃうだろ! それに、空の上はすごく寒いはずだ! ほら、羽が凍ってガタガタ震えてるじゃないか!」
アルドは、神竜がブレスのために魔力を練り上げている姿を「寒さでガタガタ震えている」と完全に誤認していた。
「危ないから早く降りておいで! 今ちょうど、温かいかまくらとお餅ができたところなんだ!」
アルドは満面の笑みで、手招きをした。
(……この人間、狂っているのか? 我が威圧を前にして、平然と手を振るなど……)
神竜は苛立ちを覚え、「ならば望み通り、その雪の塊ごと貴様を氷のオブジェにしてやる」と、村の広場へズシンと着陸した。
神竜が着陸した瞬間、その巨体から放たれる絶対零度のオーラで、周囲の木々が一瞬にして凍りつく。
しかし、アルドは全く意に介さず、ズンズンと神竜の鼻先に近づいてきた。
「うわぁ、近くで見ると本当に大きいな! でも、鼻水が凍ってるよ。かわいそうに」
アルドは懐から、一枚の布を取り出した。それは以前、薪の防水シート代わりに使った国宝『白き聖女の神布』の切れ端である。
アルドは、その国宝で、神竜の巨大な鼻面をごしごしと無造作に拭いた。
『なッ!? 貴様、気安く我に触れ……ッ!?』
神竜が怒りで噛み付こうとした瞬間。
神布とアルドの手から伝わる『絶対的な浄化と温もり』が、神竜の体内に蓄積されていた千年の疲労と闘争心を、強制的に「無」へと還した。
『……あ、あれ?』
神竜の目から、スッと険しい殺気が消えた。
「ほら、綺麗になった。そんなに強がらなくていいんだよ。おいで」
アルドは神竜の巨大な角を掴み(※神竜からすれば、見えない巨大な万力で頭を引かれたような絶対的な抗えなさだった)、ズリズリとかまくらの中へと引っ張り込んだ。
『お、おい、人間! 我は誇り高き神竜……こんな雪の穴倉になど……』
「はい、これ。熱いから気をつけて食べてね」
アルドは、囲炉裏でこんがりと焼けた『お餅』を、神竜の口にポンと放り込んだ。
――当然、ただの餅ではない。アルドの畑で大地の精霊の祝福を限界まで吸い込んで育った「神霊米」を、彼が杵と臼で千回以上(事象圧縮の神気と共に)つき上げた、一口で寿命が千年延びる『不老不死の神仙餅』である。
『もごっ……。こ、こんな粘り気のあるもの、我が歯牙にかかれば……!?』
神竜がお餅を噛み締めた瞬間。
その信じられないほどの甘み、米の旨味、そして魂の奥底までトロトロに溶かされるような温かさが、神竜の脳天を突き抜けた。
『美味ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?』
神竜の瞳孔が開き、巨大な尻尾が犬のようにバッタンバッタンと雪を叩き始めた。
「あはは、美味しいかい? よかった。かまくらの中は暖かいだろう?」
アルドはニコニコと笑いながら、神竜の顎の下を撫でる。
『ゴロゴロ……ゴロゴロ……』
かつて神々を震え上がらせた絶氷の神竜は、今や完全に「喉を鳴らす巨大な猫」と化し、かまくらの中で炭火に体を寄せ、仰向けになってお腹を出していた。
「……信じられない。あの絶氷の神竜が、お腹を見せてふやけているなんて」
かまくらの外で、その一部始終を見ていた氷の魔女グレイシア(現在は村の氷室管理係)が、あまりの光景に腰を抜かしていた。
「あの方にかかれば、神話の竜すらも『ちょっと大きな野良猫』に過ぎないのですね……」
元聖女のルミナリア(現在は村の広報・隠蔽担当)も、祈るように両手を組んで感涙を流している。
「記録完了です。『第二十種・神話級魔獣の飼い付け(ただのかまくらとお餅)』。アルド様の生み出す『暖』の前には、いかなる凍てつく心も無力化される……と」
アーキヴァルが、手帳に猛烈な勢いでペンを走らせる。
「やれやれ……。これで村の番犬、冷蔵庫に続いて、今度は『巨大なペット』が増えたというわけか。アルド殿の懐の深さには、底というものがないな」
レイヴンが、薪の束を抱えながら呆れたように笑った。
「おーい、みんな! かまくらできたよ! お餅も焼けてるから、早く入っておいでー!」
かまくらの中から、アルドの声が響く。
「はいっ! ただいま参ります、アルド様!」
クランの面々は、嬉々として(そして神竜に場所を詰めさせながら)神造氷殻のかまくらへと潜り込んでいった。
外は吹き荒れる猛吹雪。
しかし、日だまり郷の庭先にある小さな雪のドームの中では、神話の竜も伝説の英雄たちも関係なく、ただ一つのお餅を囲んで暖を取る、究極の「平和な日常」が営まれていた。
最強の便利屋の「ただのかまくら作り」は、こうして世界を滅ぼす災厄を最高級のペットへと変え、冬の寒ささえも至福の時間へと塗り替えてしまったのである。
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