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辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


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第19話:ただの果実酒造りと、すべてを見通す聖女の盲信

### 第19話:ただの果実酒造りと、すべてを見通す聖女の盲信

 日だまり郷がすっぽりと深い雪に覆われた、ある冬の日の午後。

 アルドは丸太小屋のキッチンに立ち、大きな鍋をコトコトと煮込んでいた。

「外は猛吹雪だし、こういう日は体の芯から温まるものが一番だね。秋に採っておいた山葡萄がちょうどよく発酵してきたから、スパイスを入れてホットワインでも作ろう」

 アルドは独り言を呟きながら、鍋の中を木べらでゆっくりとかき混ぜる。

 鍋の中では、深い赤紫色をした液体が、甘酸っぱくもスパイシーな香りを立てていた。

 ――読者の皆様にはもう説明するまでもないかもしれないが、彼が「山葡萄」と呼んでいるのは、神話の時代に竜の血を吸って育ったとされる幻の果実『竜血葡萄ドラゴンズ・ブラッド』である。そしてそこに「風味付けのスパイス」として放り込んだのは、太陽の化身が落としたとされる『陽光の結晶花』の乾燥ハーブだ。

 それらを、ただの農夫であるアルドが「美味しくなーれ」と無意識の神気(事象改変オーラ)を込めて煮込んでいるのである。鍋の中で起きているのはもはや発酵や調理ではなく、星の生命力そのものを抽出する『創世の錬金術』に他ならなかった。

「うんうん、いい香りだ。アルコールも適度に飛んで、飲みやすくなってきたぞ」

 アルドは味見をして、満足げに頷いた。

 その頃。

 猛吹雪が吹き荒れる日だまり郷の結界の外に、純白の法衣に身を包んだ一人の少女が立っていた。

 彼女の名はルミナリア。大陸最大の宗教国家『聖都』において、神の声を代弁する最高位の存在――『神託の聖女』である。

「……ここですね。世界の理から完全に切り離された、謎の空白地帯『日だまり郷』は」

 ルミナリアの瞳は、包帯で固く覆い隠されていた。

 彼女は生まれながらにして、世界のあらゆる事象、過去から未来に至るまでの情報を強制的に読み取ってしまう『全なる魔眼アカシック・アイ』を持っていた。その眼を開けば、常人なら一秒で脳が焼き切れるほどの情報量が流れ込んでくる。彼女は常に激しい頭痛と狂気の淵に立たされながら、聖女としての責務を全うしてきたのだ。

「最近、世界中の運命線が、この辺境の村を中心にして不可解にねじ曲がっている……。アーキヴァルという情報操作の天才が暗躍しているようですが、それだけではない。ここには、世界を破滅に導く『異物』が潜んでいる」

 ルミナリアは、雪を踏みしめながら村の中へと足を踏み入れた。

(私の眼をもってしても、この村の内部は眩しすぎて直視できない……。ですが、神の代行者として、この世界の異物を浄化せねばなりません!)

 彼女は包帯の下で決死の覚悟を固め、最も強烈な「異物の気配」がする丸太小屋へと真っ直ぐに向かった。

 ドンッ!

 ルミナリアは、聖なる魔力で丸太小屋の扉を吹き飛ばし、室内に踏み込んだ。

「そこにいるのは分かっています、世界のバグたる異端の魔神よ! この神託の聖女ルミナリアが、我が身を賭して貴方を消滅させ……ッ!」

 ルミナリアが、封印していた『全なる魔眼』の包帯を解き放ち、最強の浄化光線を放とうとした、まさにその瞬間。

「おやっ? すごい勢いで扉が開いたな。風で煽られたのかな?」

 アルドが、煮上がったばかりのホットワインの鍋の蓋を、パカッと開けた。

 ブワァァァァァァァァッ……!!!

 鍋の中に圧縮されていた『創世の錬金術』による極大の神聖な湯気が、解き放たれた竜のように室内いっぱいに広がり、扉の前に立っていたルミナリアの顔面を直撃した。

「な、がッ……!?」

 ルミナリアの『全なる魔眼』に、アルドのホットワインから放たれる「宇宙の真理すら超越する絶対的な光のオーラ」が叩き込まれた。

 それは、情報量が多すぎるどころの話ではない。あまりにも純粋で、あまりにも優しく、そしてあまりにも圧倒的な『神の息吹』そのものであった。

「あ、あああ……っ……」

 ルミナリアは、両手で顔を覆い、その場にへたり込んだ。

 彼女を長年苦しめ、常に脳を焼き焦がしそうになっていた「世界のノイズ(雑多な未来予測や人々の悪意)」が、アルドのホットワインの湯気を浴びた瞬間に、嘘のように完全に浄化され、静寂に包まれたのだ。

 呪いとすら呼べた『全なる魔眼』が、ただの「少し視力の良い綺麗な瞳」へと、あっさりとダウングレード(本質的には救済)されてしまったのである。

「うわっ!? お客さん!? 大丈夫ですか!?」

 アルドは慌てて木べらを置き、へたり込んだルミナリアの元へ駆け寄った。

「そんな薄着で、目に包帯まで巻いて……。吹雪で目を痛めてしまったんですね。それに、ものすごく震えている。早く中に入って!」

 アルドは、茫然自失となっている最高位の聖女を「雪目で遭難した可哀想な女の子」と完全に勘違いし、彼女をソファーへと座らせ、暖かい毛布をぐるぐると巻きつけた。

「い、異端の……魔神……」

 ルミナリアは虚ろな目でアルドを見上げた。しかし、彼女の目に映るアルドの背後には、異端の魔神どころか、幾千の天使がひれ伏すような『真の創造主』の幻影が重なって見えていた。

「はい、これ飲んでください。ちょうどホットワインができたところなんです。スパイスが効いてるから、体の芯からポカポカになりますよ」

 アルドは、木製のカップになみなみと注がれたホットワインを、ルミナリアの冷え切った両手に握らせた。

「こんなもの……罠に決まって……」

 ルミナリアは無意識のうちに、カップに口をつけた。

 ゴクリ。

 ――刹那、ルミナリアの魂が天界へと昇天しかけた。

 竜血葡萄の濃厚な甘みと、陽光の結晶花の神聖なスパイスが、彼女の冷え切った肉体と、長年の重責で擦り切れていた精神を、暴力的なまでの『多幸感』で満たしていく。

「あぁ……っ……」

 ルミナリアの美しい瞳から、滝のように涙が溢れ出した。

「痛くない……。頭が、痛くない……。静かだわ……。それに、この温かさ……。あぁ、神様……。私がずっと祈りを捧げていたのは、聖都の冷たい石像などではなく、貴方様だったのですね……!」

 神託の聖女は、カップを抱きしめながら、アルドの前で子供のように声を上げて泣き崩れた。

 アルドは「うんうん、よっぽど怖かったんだね。もう大丈夫だよ」と、彼女の頭を優しく撫で続ける。

 その時、部屋の隅の影から、記録係のアーキヴァルが静かに歩み出てきた。

「……おや。これは驚きました。聖都の最高権力者であるルミナリア様が、わざわざこのような辺境まで足を運ばれるとは」

「ア、アーキヴァル……! 貴方、なぜこのような場所に……いえ、聞くまでもありませんね」

 ルミナリアは涙を拭い、アルドに気づかれないよう、アーキヴァルに向かって深く頭を下げた。

「私が愚かでした。貴方がこの村の情報を徹底的に隠蔽していた理由が、今なら痛いほど分かります。このような偉大なる『真の神』が世間に知れ渡れば、世界中の国家が己の欲望のために争いを始める……」

「ご理解いただけて何よりです」

 アーキヴァルは眼鏡をクイッと押し上げ、手帳に羽ペンを走らせる。

「アルド様は、ただ『平穏な日常』を望んでおられる。我々クランメンバーの使命は、そのささやかな願いを、世界を欺いてでも守り抜くことにあります」

「……ええ。私めも、その末席に加えていただきましょう」

 ルミナリアは、聖女としての厳かな表情を取り戻し、しかしその瞳にはアルドへの狂信的な光を宿して宣言した。

「聖都へ戻り次第、『東の辺境は神が休まう絶対聖域であり、何人たりとも立ち入ることは大罪である』という神託を下します。これで、宗教国家からの干渉は未来永劫、完全に断たれるでしょう」

「それは助かります。記録しておきましょう。『第十九種・奇跡のホットワイン』。結果:最高位の聖女が専属の広報(防波堤)担当として加入」

 二人がこっそりと世界の運命を決定づける密約を交わしている間、アルドは鍋の様子を見ながらのんびりと声をかけた。

「おーい、アーキヴァルもホットワイン飲むかい? 吹雪で冷えたお客さんも、おかわりあるからね!」

「はいっ! 喜んで頂戴いたします、我が神よ!」

「神って……大げさだなぁ。ただの果実酒だよ」

 最強の便利屋の「ただの果実酒造り」は、こうして世界を牛耳る宗教のトップを完全に骨抜きにし、日だまり郷の周囲に『宗教的な絶対不可侵』という新たなる鉄壁の防護壁を築き上げたのであった。


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