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辺境暮らしの便利屋冒険者、伝説のクランのリーダーに祭り上げられる 〜本人曰く「ただの日常」らしいです〜  作者: 盆ちゃん


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第16話:ただの露天風呂作りと、暗殺結社の首領を洗う浄化の湯

第16話:ただの露天風呂作りと、暗殺結社の首領を洗う浄化の湯

 日だまり郷に、本格的な冬の足音が訪れていた。

 霜が降り、吐く息が白く染まる朝。アルドは丸太小屋の裏手で、大きなスコップを片手に地面を掘り返していた。

「いやあ、すっかり寒くなってきたな。暖炉で部屋を暖めるのもいいけど、やっぱり冬といえば『お風呂』だよな」

 これまでは小屋の中に設けた小さな木桶で行水程度で済ませていたが、クランのメンバーも増え(アルドの認識では『不器用な居候たち』)、皆がゆったりと足を伸ばせる場所が必要だと考えたのだ。

 アルドは、裏山の渓谷から見繕ってきた滑らかな青い岩を綺麗に並べて湯船を作り、近くの小川から竹の筒を繋いで水を引いた。

 ――言うまでもないが、彼が「滑らかな青い岩」として拾ってきたのは、神話の時代に海神が海底神殿を築く際に用いたとされる絶対浄化の神鉱石『海王の瑠璃石リヴァイアサン・ラピス』である。そして、小川の水は先日アルドの「雨乞いの準備運動」によって限界まで精霊の祝福を受けた極上の『奇跡の霊水』であった。

「よし、湯船は完成。あとは、底に石を敷いて、その下から火を焚いてお湯を沸かす『五右衛門風呂』方式にしよう」

 アルドが薪をくべ、火打ち石でカチッと火をつける。

 パチパチと燃え上がる炎(原始の精霊王の全力の奉仕)によって、霊水はあっという間に心地よい温度の湯へと変わり、瑠璃石の効能と相まって、辺り一面に神々しいまでの湯気と芳醇なマナの香りが立ち込めた。

「うんうん、いいお湯加減だ。ちょっとお湯をかき混ぜて温度を均一にしておこう」

 アルドは、手作りの大きな木の棒(竜宮樹の端材)を使って、ざぶざぶと湯船をかき混ぜ始めた。

 その頃。

 アルドの背後、丸太小屋の屋根の上に、音もなく降り立った一つの「闇」があった。

 黒装束に身を包み、周囲の光すらも吸い込むような絶対的な気配のなさを誇るその男の名は、ゼル。

 大陸の裏社会を牛耳り、王族ですらその名を聞けば震え上がるという最強の暗殺結社『無形のファントム』の首領である。

(……この村に間違いない。我が結社の最高傑作でありながら、組織を裏切って姿を消した『影の暗殺者』シノン……。裏切り者には、死よりも残酷な罰を与えねば示しがつかん)

 ゼルの瞳が、蛇のように冷酷な光を放つ。

 彼は最近、配下の暗殺者たちが次々とこの辺境で消息を絶つ異常事態を受け、自らシノンを処刑するために出向いてきたのだ。

 村の結界(アルドが風通しを良くしていたためスッカスカ)を容易く抜け、彼は標的であるシノンの気配を探った。しかし、彼の目に先に飛び込んできたのは、無防備に背中を向け、湯気を立てる奇妙な石の池を棒でかき混ぜている、一人の平凡な青年だった。

(……ただの農夫か。いや、シノンを匿っている愚か者かもしれん。まずはこの男の首を刎ね、その血でシノンを絶望させてやろう)

 ゼルは音もなく屋根から跳躍し、空中で必殺の暗殺剣『影穿ち(シャドウ・ピアス)』を抜き放った。

 物理的な防御を完全にすり抜け、対象の魂そのものを刈り取る呪われた魔剣。ゼルがこの剣を振るって、生き延びた者は歴史上存在しない。

「死ね、無知なる者よ」

 無音の宣告と共に、ゼルの凶刃がアルドの首筋へと迫る。

 ――しかし、その直後だった。

「よし、これくらいかき混ぜれば、下の方も温まったかな」

 アルドが、湯船から木の棒を引き抜き、「よいしょ」と肩に担ぎ上げるようにして後ろへ振り被った。

 その、何の変哲もない「棒の素振り」が、ゼルの振るった必殺の魔剣の軌道に、コンッ、と見事にぶつかったのだ。

 パキィィィィィンッ……!!

 ゼルの愛剣にして、暗殺結社の国宝級アーティファクトであった『影穿ち』が、まるで飴細工のようにあっけなく粉砕された。

 アルドの放つ無自覚な神域の波動と、竜宮樹の棒の圧倒的な強度の前に、呪われた刃など文字通り「木の枝以下の脆さ」に過ぎなかったのである。

「な……ッ!?」

 空中で武器を粉砕され、己の手に伝わった規格外の衝撃に、ゼルは目を剥いて地面に転がり落ちた。

「おやっ?」

 背後でドサッという音がしたことに気づき、アルドが振り向く。

 そこには、薄着の黒装束で地面にうずくまり、粉々になった剣の柄を握りしめてワナワナと震えている中年の男の姿があった。

「うわっ、びっくりした! どうしたんですか、そんな薄着で!」

 アルドは慌てて木棒を置き、ゼルに駆け寄った。

「顔色が真っ青じゃないですか! さては、山で道に迷って、寒さで凍えちゃったんですね。かわいそうに……」

(馬鹿な……我が必殺の魔剣が、ただの木の棒で……!? この男、何者だ!? いや、それよりも、この圧倒的すぎる威圧感は……神か!?)

 ゼルは恐怖で立ち上がろうとしたが、アルドに肩をガシッと掴まれた瞬間、全身の魔力が完全に封じ込められ、指一本動かせなくなってしまった。

「遠慮しないでください。ちょうど一番風呂が湧いたところなんです! ほら、早く入って温まらないと、風邪を引いちゃいますよ!」

「ひ、ひぃぃっ! 放せ、貴様……私をどうする気だッ!?」

 アルドは、必死に抵抗する最強の暗殺者ゼルを「寒さで縮こまっている迷子」と完全に勘違いし、文字通り赤子を扱うかのような軽々しさで彼を抱え上げた。

 そして、「服を着たままじゃ入れませんよ!」と、ゼルの黒装束を神速の早業で引っぺがし(※ゼルの暗殺者としての防御結界ごと剥ぎ取った)、そのまま湯けむり立ち上る露天風呂へとザブンッ!と放り込んだ。

「あばばばばばばばッ!?」

 熱湯で茹でられるかのような絶叫を上げるゼル。

 しかし、次の瞬間。彼の体内を、信じられないほどの『多幸感』と『絶対浄化の光』が駆け巡った。

 海王の瑠璃石と奇跡の霊水が生み出す『究極の神聖湯』。

 その湯に浸かった瞬間、ゼルがこれまでの人生でその身に刻み込んできた数千の怨念、血の呪い、そして暗殺者としてのどす黒い殺意が、文字通り毛穴から「垢」としてボロボロと剥がれ落ち、お湯に溶けて浄化されていく。

「あ……あぁ……」

 ゼルの目から、とめどなく涙が溢れ出した。

「温かい……。なんだ、この母の胎内のような優しさは……。私を長年苦しめてきた、亡霊たちの声が聞こえない。血の匂いもしない。あぁ、私は……私は今まで、なんて冷たい暗闇を生きてきたのだろう……」

 最強の暗殺結社の首領は、湯船の縁に顔を乗せ、まるで生まれたての赤ん坊のように大声で泣きじゃくり始めた。

「うんうん、よっぽど寒かったんですね。ゆっくり温まって、疲れを癒してくださいね。あ、背中流しましょうか?」

 アルドはニコニコと笑いながら、手ぬぐいを片手にゼルの背中をゴシゴシと擦り始めた。

「あぁ……ありがとうございます、偉大なる湯の神よ……。このゼルの魂の汚れまで、洗い流してくださるとは……」

 ゼルは合掌しながら、アルドのなすがままになっていた。

 その異様すぎる光景を、小屋の陰から信じられないものを見るような目で見つめている者がいた。

 シノンである。

「……嘘だろう」

 彼女は、己の育ての親であり、かつては恐怖の象徴であった『無形のゼル』が襲来した気配を察知し、自分の命を投げ打ってでもアルドを守ろうと短剣を握りしめて飛び出してきたのだ。

 しかし、目の前に広がっていたのは、かつての冷酷無比な首領が、ただの村人アルドに背中を流されながら「極楽、極楽……」と涙を流してふやけている姿であった。

「……シノン。お前の恩師は、随分とお湯がお好きなようだな」

 いつの間にか隣に立っていたレイヴンが、薪割りの斧を肩に担ぎながら呆れたように呟く。

「……ああ。あれほど濃密に纏っていた死のオーラが、一滴残らず洗い流されている。今のあの男は、ただの『お風呂好きの清潔なおじさん』だ」

 シノンは、構えていた短剣を力なく下ろした。

「素晴らしいですね……! 記録しておきましょう。『第十六種・魂の洗浄(ただの露天風呂)』。対象:暗殺結社の首領。結果:身も心もピカピカに更生」

 背後から現れたアーキヴァルが、手帳に羽ペンを走らせる。

「これでまた一人、裏社会の頂点に立つ男がアルド様の『入浴客(狂信者)』に加わりましたね。いやはや、アルド様の優しさは、世界中の闇をこうして物理的に漂白していくのでしょう」

「おーい、シノン! レイヴンたちも! お風呂湧いたよー!」

 湯気の中から、アルドが満面の笑顔で手を振ってくる。

「今、迷子のおじさんが一番風呂を満喫してるから、みんなも後で入りなよ! すっごく体が温まるから!」

「は、はいっ! アルド様が沸かしてくださったお湯、ありがたく頂戴いたします!」

 エルミナが感極まった声を上げて深々と一礼する。

 その後、湯上がりでホカホカになったゼルは、アルドが振る舞った温かいお茶と手作りの焼き芋を食べ、完全に骨抜きにされた。

「偉大なる湯の神よ……。このゼル、暗殺稼業から足を洗い、貴方様の『影の清掃係』として、この村の落ち葉掃きと結界防衛に生涯を捧げることを誓います」

 ゼルはアルドの足元に土下座をして涙ながらに懇願し、そのまま村の周囲の森に住み着く最強の番犬の一人となったのである。

「いや、ただのお風呂なんだけどなぁ……。でも、元気になってよかったよかった」

 アルドは首を傾げながらも、湯上がりのお茶を美味しそうに啜る。

 最強の便利屋の「ただの露天風呂作り」は、またしても世界を揺るがす闇の組織を戦わずして解体し、日だまり郷の平穏な日常に「究極の癒し」をもたらしたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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