第15話:ただの案山子作りと、王廷魔導士を絶望させる絶対守護神
第15話:ただの案山子作りと、王廷魔導士を絶望させる絶対守護神
第一魔導騎士団が「最高のトマト」を持ち帰り、王都がその奇跡の効能(国王の長年の持病すら一口で完治させた)に沸き立っていた頃。
日だまり郷のアルドは、畑の前で腕を組んで唸っていた。
「うーん……困ったな。せっかく美味しく育ったトマトなのに、鳥に狙われているみたいだ」
アルドの視線の先、森の上空を旋回しているのは、数羽の大きな黒い影。
彼には「ちょっと大きなカラス」にしか見えていなかったが、その正体は飛竜すら捕食すると言われる凶悪な怪鳥『デス・コンドル』の群れである。彼らは極上のマナを放つトマトの匂いに惹きつけられ、どうにかして失敬できないかと様子を窺っていたのだ。ただし、アルドの放つ無自覚な神威が恐ろしくて、上空数百メートルから降りてくることができずにいる。
「美味しい野菜には虫や鳥がつきものだけど、全部食べられちゃったら困るからね。よし、ちょっと本格的な『案山子』を作ろう」
思い立ったアルドは、作業小屋からいくつかのガラクタを見繕ってきた。
芯となるのは、先日小屋を増築した際に余った『竜宮樹』の枝。そして頭の部分には、畑を耕した時に土の中から出てきた「ちょっと丸くて白い、面白い形の石」を使うことにした。
――当然ながら、それはただの石ではない。先日アルドが一刀両断にして肥料に変えた『災厄の魔獣ベヒーモス』の、唯一形を残していた頭蓋骨の高密度結晶である。
アルドは竜宮樹の枝を十字に組み、その上にベヒーモスの結晶骨をスポッとはめ込んだ。
「よしよし、いい骨組みだ。あとは服を着せて……っと」
彼は自分が昔着ていた、使い古したヨレヨレの麻のシャツと、少し破れた麦わら帽子を被せた。
このシャツは、以前エルミナが「第七階位・水竜の激流」で挑んで敗北し、アルドが『概念洗浄(トントン洗い)』で浄化してしまったあのシャツである。神聖力が繊維の奥深くまで定着し、今や聖女の法衣すら赤子扱いするほどの『絶対魔法反射』の装甲と化していた。
「完成! ちょっと顔がのっぺりしてるけど、鳥除けには十分だろう。頼んだよ、案山子くん」
アルドは畑の中央に案山子を突き刺し、満足げに手をパンパンと払って小屋へと戻っていった。
――その日の深夜。
月が雲に隠れ、真の闇が日だまり郷を包み込んだ頃。村の結界のすぐ外側に、音もなく降り立った一つの影があった。
「……ここか。ヴェインの馬鹿野郎が『絶対に近づくな』と泣き喚いていた辺境の村は」
男の名はギデオン。アステリア王国の最高位『王廷魔導士』の称号を持つ、野心と傲慢の塊のような天才魔導士であった。
彼は、騎士団が持ち帰った「奇跡のトマト」の噂を聞きつけ、その出所を独占するために単身でこの地へ赴いたのだ。彼ほどの魔力があれば、結界など容易く破り、田舎の農夫から霊薬の苗を奪い取ることなど造作もないと考えていた。
「かつての同僚であった賢者エルミナも、この地で消息を絶ったと聞く。おそらく、強力な古代魔道具の罠にでも掛かって囚われているのだろう。私が苗を奪うついでに助け出してやれば、あの高飛車な女も私に傅くに違いない。ふふっ、一石二鳥というやつだ」
ギデオンは不敵な笑みを浮かべ、自身の姿を完全に透明化する高度な隠蔽魔法を唱え、村の敷地へと足を踏み入れた。
(※アルドは「夜風が気持ちいいから」という理由で、またしても結界の風通しを良くしていたため、ギデオンは素通りできた)
ギデオンは真っ直ぐに畑へと向かった。
暗闇の中でも、そこから異常なほどのマナの光が漏れ出しているのが見えたからだ。
「あったぞ……! あれが奇跡のトマト! 見ろ、この凄まじい魔力……これさえ持ち帰れば、私は王国の実権を握ることも可能だ!」
ギデオンが歓喜に打ち震え、トマトに手を伸ばそうとした、その時である。
『…………』
ふと、視線を感じた。
ギデオンはハッとして顔を上げる。
畑の中央。暗闇の中に、一つの「人影」が立っていた。
ボロボロのシャツを着て、麦わら帽子を被った、ただの案山子。
――しかし、王廷魔導士であるギデオンの『深淵の魔眼』は、その案山子の「真の姿」を克明に捉えてしまった。
「な……ッ!?」
ギデオンの全身の毛が、一瞬にして逆立った。
彼の目には、その案山子が「死の象徴」そのものに見えた。
骨組みから放たれるのは、神話の竜族の威圧(竜宮樹)。
頭部から放射されるのは、災厄の魔獣の怨念と破壊の波動(ベヒーモスの結晶)。
そして何より、その身を包むボロボロのシャツからは、大宇宙の理すら跳ね返す絶対的な『神域の浄化光』が立ち昇っている。
「ヒッ……!? ゴ、ゴーレム!? いや、違う! なんだこの規格外の化け物は!? 神話の邪神を無理やり人形に封じ込めたとでもいうのか!?」
ギデオンは腰を抜かしそうになりながらも、生存本能に突き動かされて杖を構えた。
「く、来るなッ! 私を誰だと思っている! 『第九階位・煉獄の焦熱』!!」
ギデオンが放ったのは、一撃で城塞を灰塵に帰す、彼が誇る最強の殲滅魔法であった。
灼熱の業火が、案山子を飲み込もうと襲い掛かる。
しかし。
フッ……。
案山子の着ている「ヨレヨレのシャツ」の裾が夜風にわずかに揺れた瞬間、絶対魔法反射の装甲が作動した。
第九階位の殲滅魔法は、案山子に触れるどころか、まるでそよ風のように真っ二つに割れ、そのまま虚空へと消滅してしまったのだ。
「あ……ば……っ……?」
己の最強の魔法が、ただの「布の揺れ」でかき消された。
その事実が、ギデオンの魔導士としての誇りと理性を完全に破壊した。
そして、案山子の頭部――ベヒーモスの頭蓋骨の、ぽっかりと空いた眼窩が、ギデオンを見下ろした(ように見えた)。
『主の畑に手を出そうとする愚か者め。塵に還れ』
幻聴。しかし、ギデオンの脳内には、絶対的な守護神からの宣告がはっきりと響き渡った。
「ああああああああぁぁぁぁッ!! 許して、許してくれェェェ!!」
ギデオンは杖を放り出し、地面に額を激しく打ち付けながら、狂ったように許しを乞い始めた。泥だらけになりながら、這いつくばって後ずさりしていく。
「……相変わらず、夜中に騒がしい虫が迷い込む畑ですね」
その時、ギデオンの背後から、氷のように冷たい声が降ってきた。
振り返ると、そこには美しい銀髪を月明かりに輝かせる女性――賢者エルミナが立っていた。
「エ、エルミナ!? 助けてくれ! なんだあの化け物は! この村はどうなっているんだ!?」
かつての同僚にすがりつこうとするギデオン。しかし、エルミナはゴミを見るような冷徹な目で彼を見下ろした。
「気安く呼ばないでいただけますか、泥棒。それはアルド様が精魂込めてお作りになられた、神聖なる『案山子殿』です。貴方のような薄汚いコソ泥を排除するための、完璧なる絶対守護神」
「か、案山子……? あれが、ただの案山子だと……!?」
「ええ。アルド様の生み出すものは、全てが世界を凌駕する。貴方のような井の中の蛙が、王廷魔導士などと威張っていた自分が恥ずかしくなったでしょう?」
エルミナの言葉に、ギデオンは絶望の涙を流しながら何度も頷いた。
「あぁ……私の魔術など、あの案山子の足元にも及ばない。私は、なんという恐ろしい神の領域に足を踏み入れてしまったのだ……」
「理解したなら、二度とこの村に近づかないことです。アルド様の平穏を乱す者は、たとえ国王であろうと私が灰にします」
エルミナが杖を構えるまでもなく、ギデオンは「ひぃぃぃぃっ!!」と悲鳴を上げ、這うようにして夜の闇へと逃げ帰っていった。
王都へ戻ったギデオンは、直ちに魔導士を辞し、山奥の修道院に引きこもって「案山子神」を崇めるだけの隠遁生活に入ったという。
――翌朝。
「ふぁぁ、よく寝た」
アルドが目をこすりながら小屋から出てくると、畑の真ん中には、朝日を浴びて堂々と立つ案山子の姿があった。
上空を見上げると、昨日まで飛んでいた「大きなカラス(デスコンドル)」たちの姿は一羽もない。あまりの恐怖に、夜の間に群れごと隣国まで逃亡したのだ。
「おっ、すごい! カラスが一匹もいなくなってる! やっぱり、僕の作った案山子は効果抜群だなあ!」
アルドは満面の笑みを浮かべ、案山子の肩をポンポンと叩いた。
「よく頑張ってくれたね。これなら冬の間の畑の警備もバッチリだ!」
その光景を、小屋の窓から見ていたエルミナとアーキヴァルが、深く頷き合っていた。
「見ましたか、アーキヴァル。アルド様は、ご自身の手を煩わせることなく、不要な素材を組み合わせただけで『王廷魔導士をワンパンで発狂させる自動防衛システム』を構築なされたのです」
「記録完了です。第十五種・無人防衛兵器(ただの案山子)。アルド様の陣地作成能力は、もはや神話の神々のそれを完全に凌駕していますね」
最強の便利屋の「ただの案山子作り」は、王国の最高戦力すら戦意喪失させ、日だまり郷の防衛網を文字通り『鉄壁』以上の何かへと昇華させたのであった。
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