第14話:ただの種蒔きと、決死の討伐軍が持ち帰った「最高のトマト」
第14話:ただの種蒔きと、決死の討伐軍が持ち帰った「最高のトマト」
アステリア王国が誇る最強の武力、『第一魔導騎士団』。
およそ五百名からなる精鋭部隊が、重苦しい足取りでフェンリス領の辺境の森を進んでいた。
「団長……。本当に、この先に『大地鳴らしのベヒーモス』がいるのでしょうか」
副団長であり、宮廷魔導士でもある男が、馬上の騎士団長ヴェインに問いかけた。
ヴェイン団長は、歴戦の傷跡が刻まれた険しい顔つきで前方を睨み据えている。
「ギルドからの報告書には『巨大な雷に打たれて魔獣は消滅した』とあった。だが、上層部は誰もそんなふざけた報告を信じていない。フェンリス大公が何か致命的な失態を隠蔽しているか、あるいは……ベヒーモスを凌駕する『未知の脅威』がこの辺境に潜んでいるかだ」
「未知の脅威……。つまり我々は、死地に赴いていると」
「そうだ。だが、我らが王の盾とならねば、数日のうちに王都は火の海になる。命を捨てる覚悟を決めろ」
騎士たちの間に、悲壮な覚悟が満ちる。
ベヒーモスの通った跡は、草木一本生えない死の毒沼に変わると言われている。彼らはこれから訪れるであろう、地獄のような光景を想像し、息を詰まらせていた。
しかし――森を抜け、座標の地点(日だまり郷のすぐ外縁)に到着した討伐軍は、全員が馬の歩みを止め、ぽかんと口を開けることになった。
「だ、団長……これは、一体……?」
そこにあったのは、地獄とは対極の光景であった。
見渡す限りに広がるのは、一切の起伏がなく、まるで定規で測ったかのように真っ平らに均された広大な農地。
その土は、信じられないほど深く艶やかな黒色をしており、太陽の光を反射してキラキラと黄金色の微粒子(超高純度のマナ)を漂わせている。深呼吸をするだけで、長年の行軍で蓄積した騎士たちの疲労が、嘘のようにフッと消え去っていく。
「なんだ、この異常に清浄な空気は……! 王宮の最深部にある『聖域』すら比較にならないぞ!」
ヴェインが驚愕の声を上げたその時。
「いっち、に、さん……おっ、ここもいい土だ。ぽいっ、と」
広大な黒土の平原の真ん中で、麦わら帽子を被ったエプロン姿の青年が、鼻歌交じりに何かを撒いているのが見えた。
青年が足元の土を軽く掘り、小さな種を落として土を被せる。
――次の瞬間。
ポンッ、という気の抜けた音と共に、土の中から凄まじい勢いで緑の芽が吹き出し、みるみるうちに大人の腰の高さまで成長し、真っ赤に熟した立派な実をつけたのである。
「は……?」
五百人の精鋭騎士たちが、全員同時に目をこすった。
植物の成長を何千倍にも加速させる超高度な時間魔術か、あるいは土壌の異常な生命力か。いずれにせよ、人間の御業ではない。
「おや?」
種蒔きをしていた青年――アルドが、ずらりと並んだ甲冑姿の騎士たちに気づき、人懐っこい笑顔で手を振ってきた。
「こんにちは! すごい人数ですね、王都の兵隊さんですか? 演習の帰りかなにかで?」
あまりにも無警戒で、のどかな声。
ヴェイン団長は警戒心を最大に引き上げ、馬から降りてゆっくりとアルドに近づいた。剣の柄に手をかけつつ、油断なく周囲を探る。
「……我々は王都より参った第一魔導騎士団だ。君は、この村の住人か? 単刀直入に聞く。この辺りに、巨大な山のような魔獣……『ベヒーモス』が現れなかったか?」
「ベヒ……? ああ、あのものすごく大きなイノシシのことですか!」
アルドはポンと手を打った。
「現れましたよ! すごい地鳴りでした! でも、この畑を踏み荒らされそうになったんで、『シッシッ!』って追い払ったんです。そしたら、どこかへ逃げていきましたよ。逃げるついでに、地面をこんなに綺麗に耕してくれたんで、ラッキーでしたけどね!」
アルドは屈託なく笑いながら、目の前の広大な「黒土」を指差した。
「……お、追い払った? 君が? あの災害級魔獣を?」
ヴェインの声が裏返る。
その時、後ろから慌てた様子で副団長(宮廷魔導士)が駆け寄り、ヴェインの耳元で震える声で囁いた。
「だ、団長ッ……! 魔力探知機が、あり得ない数値を弾き出しています! この足元の黒土……これ、ただの土ではありません! ベヒーモスの肉体と魔力が、原子レベルで分解され、極上の肥料として大地に定着したものですッ!」
「なっ……!?」
「つまり……あの青年は魔獣を『追い払った』のではありません。一撃で、文字通り『塵(肥料)』に変えたのです! しかも、本人にその自覚がない……! 団長、剣から手を離してください! 刺激すれば、我々など一瞬でこの畑の肥料にされますッ!!」
ヴェインは全身から滝のような冷や汗を吹き出した。
目の前にいる、ニコニコと笑うただの農夫。しかし、彼の背後には、宇宙の理すら書き換えるような、絶対的な神のオーラが揺らめいているように見えた。
(こ、これが……フェンリス大公が貢物を捧げたという『神』の正体か……! ギルドの『雷に打たれた』という報告は、我々が不用意にこの地に近づき、神の怒りを買わないための、大公の命がけの隠蔽工作だったのだ!)
ヴェインは全てを悟り、ガクガクと震える膝を必死に堪えた。
「ど、どうしたんですか? 顔色が悪いですよ。あ、もしかして、重い鎧を着てここまで歩いてきたから、熱射病になっちゃったんじゃ……」
アルドが心配そうにヴェインの顔を覗き込む。
「ちょうどよかった! 今植えたばかりのトマトが、ものすごくいい感じに実ったんです。水分補給にどうぞ! 酸味があって美味しいですよ」
アルドは、先ほど数秒で成長しきった真っ赤なトマトをもぎ取り、ヴェインに差し出した。
ベヒーモスの命(極大マナ)を完全吸収して育った、究極の霊薬である。
「あ、ありがとうございます……」
ヴェインは両手で恭しく、まるで王冠を受け取るかのような手つきでそのトマトを受け取った。そして、意を決してガブリと一口かじりつく。
――パァァァァァァァッ!!
ヴェインの体内から、黄金の光が溢れ出した。
「おおお……おおおおおッ!?」
トマトの果汁が喉を通った瞬間、彼が十年前の戦役で負い、未だに夜になると痛んでいた胸の古傷が完全に消滅した。それどころか、細胞の一つ一つが若返り、全盛期以上の筋力と魔力が身体中から底なしに湧き上がってくるではないか。
「だ、団長!? 大丈夫ですか!?」
「……美味い。美味すぎる。なんだこれは、神の甘露か……!」
ヴェインはボロボロと涙を流しながら、トマトを最後までしゃぶり尽くした。
「あはは、そんなに喜んでもらえるなら、たくさんありますから皆さんにもどうぞ!」
アルドが手を振ると、畑のあちこちでポンポンと音を立ててトマトが実り始めた。
数分後。
王都最強の第一魔導騎士団五百名は、全員が道端に座り込み、真っ赤なトマトを齧りながら、あまりの美味しさと生命力の上昇に歓喜の涙を流していた。
「素晴らしい……。我々は、神の恵みによって生まれ変わったのだ……!」
「ああ、このトマトの味、一生忘れない……」
その異様な光景を、木陰から見つめている影が二つ。
「……やれやれ。またアルド様の無自覚な餌付けによって、狂信者の軍団が生まれてしまいましたね」
アーキヴァルが呆れたように手帳にメモを取る。
「だが、これで王都の軍部も、アルド殿に物理的な干渉を企てるような真似は二度とすまい。最高峰の防波堤が完成したということだ」
レイヴンが腕を組みながら、満足げに頷いた。
「さて、皆さんが元気になったところで、僕はそろそろお昼ご飯の準備があるので戻りますね! トマト、好きなだけ持って帰ってください!」
アルドが手を振って背を向ける。
その瞬間、ヴェイン団長をはじめとする五百人の騎士たちは、一斉に地面に片膝をつき、騎士としての最敬礼の姿勢をとった。
「我ら第一魔導騎士団! 偉大なる神の慈悲と、この極上のトマトの恩義、生涯忘れません! 今後、この『日だまり郷』の平穏を脅かす者がいれば、王都の軍を挙げて我らが排除いたします!!」
「えっ? いや、ただのトマトなのに……王都の兵隊さんは律儀だなぁ」
アルドは首を傾げながらも、上機嫌で丸太小屋へと帰っていった。
後日。王都へと帰還した第一魔導騎士団は、「ベヒーモスは通りすがりの凄腕農夫によって肥料にされた」という報告を完全に封印。
代わりに、「あの辺境には、我らが決して足を踏み入れてはならない絶対不可侵の聖域がある」と軍上層部に強く進言し、王国の防衛ラインから『日だまり郷』を完全に除外させたのである。
最強の便利屋の「ただの種蒔き」は、こうして国家の最高戦力を屈服させ、その平穏な日常をさらに強固なものへと仕上げていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




