第12話:ただの不用品回収と、薪を守る国宝級の防水シート
### 第12話:ただの不用品回収と、薪を守る国宝級の防水シート
フェンリス領の空から、数ヶ月ぶりの恵みの雨が降り注いだ翌日。
領都の中心にある巨大な城館は、かつてないほどの異様な熱気と、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
「急げ! 宝物庫にある『星屑の魔石』を全て箱に詰めろ! それから、王家より下賜された『白き聖女の神布』もだ! 傷一つ付けるなよ!」
フェンリス大公自らが、血走った目で兵士や文官たちに怒号を飛ばしていた。
城の中庭には、数十台もの馬車が並べられ、領地が誇る最高級の財宝、魔導具、そして幻の食材が次々と積み込まれていく。それは、他国との戦争における「降伏の貢物」すら遥かに凌駕する、常軌を逸した物量と価値であった。
「領主様、本当にこれほどの品を、あの辺境の村へ……?」
側近の一人が震える声で尋ねると、大公は血の気が引いた顔で側近の胸ぐらを掴んだ。
「馬鹿者! あの『日だまり郷』におわす御方は、一挙手一投足で天地を覆し、枯れた大地に生命の雨を降らせる現人神であらせられるのだぞ! 以前、ガルドスやルシウスのような無礼者を差し向けてしまったこと、これほどの貢物でなければ到底お詫びなどできん!」
大公は、恐怖と歓喜が入り混じった狂信的な瞳で、東の空を仰ぎ見た。
「よいか、輸送隊の者たちよ! お前たちは村の境界に一歩たりとも足を踏み入れてはならん! 『入り口の看板』の前に供物を恭しく積み上げ、千回土下座をしてから、決して振り返らずに逃げ帰ってくるのだ! 神の平穏を少しでも乱せば、我が領地は今度こそ地図から消えると思え!」
「は、ははぁっ!!」
決死の覚悟を決めた輸送隊が、悲壮な顔で出立していく。
彼らは、自分たちが運んでいるのが「貢物」ではなく、文字通り領地三十万人の命運を握る「贖罪の品」であることを骨の髄まで理解していた。
――そして、その日の午後。
日だまり郷は、雨上がりの爽やかな空気に包まれていた。
「いやあ、昨日の雨のおかげで、野菜がものすごく育ったな」
アルドは自分の畑の前に立ち、感嘆の声を漏らした。
一晩の雨で、畑の野菜たちは通常の三倍近い大きさに成長し、なぜか内側から神々しいオーラを放ってピカピカと輝いていた(※アルドの屈伸運動によって活性化した精霊の加護を限界まで吸い込んだ結果である)。
「これなら、冬を越すどころか、数年は食料に困らないね。収穫して、少し天日干しにしておこう」
アルドがご機嫌で大きなカゴを背負い、村の入り口付近へ向かった時のことだ。
「……おや?」
アルドは足を止め、目を瞬かせた。
彼が手作りした『便利屋アルド』の看板のすぐ前に、まるで引っ越しの荷物のように、立派な装飾が施された木箱や宝箱が山のように積まれていたのだ。
「なんだろう、これ。誰かの落とし物……にしては多すぎるし、どれも立派な箱だな。近くに荷馬車が事故でも起こしたんだろうか」
アルドが不思議そうに木箱に近づくと、一番手前の箱の上に、上質な羊皮紙でできた手紙が置かれていた。
『偉大なる日だまり郷の主、絶対たる神へと捧ぐ。我らの愚行をお許し――』
アルドがそこまで読みかけた瞬間である。
スッ、と横から伸びてきた白手袋の手が、その手紙を素早く、かつ優雅にひったくった。
「おや、アルド様。こんな所に大量の不用品が不法投棄されているとは。全く、最近の行商人はマナーがなっていませんね」
いつの間にか隣に立っていたのは、記録係のアーキヴァルである。
彼はアルドに背を向けるようにして手紙を広げると、懐から『事象改竄の神墨』を取り出し、神速のペン捌きで内容を完全に書き換えた。
「アーキヴァル、不法投棄って……でも、手紙が置いてあったよ?」
「ええ、今確認いたしました。どれどれ……『親切な便利屋のアルド様へ。道中、荷車が壊れてしまい、これ以上の運搬が不可能となりました。中身は不要な布切れや石ころばかりですので、よろしければ処分がてら、何かの足しに使ってください。名もなき行商人より』……とのことです」
アーキヴァルは、偽造した手紙(世界最高の隠蔽魔法付き)をアルドに差し出した。
「えっ? こんなに立派な箱に入ってるのに、中身は布切れや石ころなの?」
アルドが宝箱の一つをパカッと開けると、そこには眩いばかりの純白の布が、ふんわりと折り畳まれて入っていた。
それは、フェンリス大公が泣く泣く手放した国宝『白き聖女の神布』。いかなる魔法攻撃も反射し、炎や冷気を完全に遮断する、王国に三枚しかないという伝説の神具である。
「うーん……確かに、真っ白なただの布だね。ちょっと分厚くて、服にするにはゴワゴワしそうだし」
アルドは国宝を無造作に鷲掴みにすると、少し引っ張って強度を確かめた。
「でも、すごく丈夫そうだ。ちょうどよかった。雨で薪が湿気ると困るから、これを防水シート代わりに被せておこう」
アーキヴァルは、ピクッと頬を引きつらせたが、すぐに完璧な笑顔を取り繕った。
「素晴らしいアイデアです、アルド様。その布も、薪の湿気を防ぐという大役に就けて本望でしょう」
「それから、こっちの箱には……なんだこれ、キラキラしたガラス玉?」
アルドが別の箱から取り出したのは、大人の拳ほどもある『星屑の魔石』だった。一つで王都の城が買えるほどの莫大な魔力純度を誇る、超特級の触媒である。
「結構重いな。ちょうどいいや、風で布が飛ばされないように、このガラス玉を重しとして四隅に乗せておこう」
アルドは、国宝の神布を薪の山にバサッと被せると、その四隅に数億ゴールドの価値がある魔石を「文鎮」として無造作に置いた。
――その瞬間、神布の防護結界と魔石の極大魔力が共鳴し、薪の山の周囲に「絶対零度・完全真空・時間停止」を伴う、世界最高峰の保存結界が自動展開された。この薪は、これから一万年経っても一切の劣化を起こさない「永遠の薪」と化したのである。
「よしよし、これで完璧! 行商人さん、助かったよ。今度ここを通ったら、温かいお茶でもご馳走してあげないとな」
アルドは満足げに手をパンパンと払い、満面の笑みを浮かべた。
少し離れた場所で、その一部始終を見ていたレイヴンとエルミナが、呆然と立ち尽くしていた。
「……見たか、エルミナ。フェンリスの国宝たる神布が、ただのブルーシート扱いされているぞ」
「……ええ、レイヴン殿。そして、世界を滅ぼせるほどの魔石が、ただの重しとして土の上に転がっています。アルド様の前では、人間の築き上げた価値基準など、ただの砂上の楼閣に過ぎないということですね」
エルミナは震える手でメモ帳を取り出し、またしても狂信的な記録を刻み始めた。
一方、アーキヴァルは残された大量の宝箱(金貨や宝石がぎっしり詰まっている)を、手際よく空間魔法で自分の手帳の中へと収納していく。
「これらの雑多な石ころ(金銀財宝)は、私が責任を持って『処分(クランの活動資金として隠匿)』しておきましょう。アルド様の視界を塞ぐゴミは、速やかに排除せねばなりませんからね」
「ありがとう、アーキヴァル! じゃあ、僕は畑の収穫の続きをしてくるよ!」
アルドは鼻歌交じりに、巨大化した野菜の収穫へと戻っていった。
フェンリス大公が領地の存亡をかけて捧げた、血と汗の結晶たる絶対の貢物。
それは、最強の便利屋の「ちょっとした日曜大工の資材」として、圧倒的に平和な用途で消費された。日だまり郷ののどかな午後は、こうしてまた一つ、常識という名の概念を優しく粉砕しながら過ぎていくのである。
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