第111話(閑話):元・情報局長の優雅なる業務引き継ぎと、大賢者の震えるペン(総合ライフサポート企業の社史編纂)
第111話(閑話):元・情報局長の優雅なる業務引き継ぎと、大賢者の震えるペン(総合ライフサポート企業の社史編纂)
黄金の城塞『日だまり郷』の午後は、大宇宙の理すらも平伏す圧倒的な平穏と、優雅なティータイムを予感させる極上の甘い香り、そして書斎から響く規則正しい羽ペンの音と共に静かに過ぎていく。
今日のアルドは、少し遅めのおやつの時間を彩るべく、キッチンで『特製・幻獣栗の極上モンブランと、大精霊のダージリンティー』の仕上げに取り掛かっていた。
「よし! ベースは、天界鶏の卵と神仙小麦でフワフワに焼き上げたスポンジケーキだ。その上に、大精霊の森で採れた特大の幻獣栗を三日三晩シロップで煮込み、限界まで裏ごしした濃厚なマロンクリームをたっぷりと絞り出す! 仕上げに、頂点に金箔と星屑の粉砂糖を散らして……完成だ!」
アルドがエプロン姿で、まるで芸術品のように美しい黄金色のモンブランをホールごと切り分け、繊細なティーカップと共にトレイに並べていく。
このモンブラン、一口食べれば幻獣栗の極上の糖分とアミノ酸が脳細胞の隅々まで染み渡り、スポンジの圧倒的な包容力が精神的な疲労や致死のストレスすらも完全に中和し、魂の底から尽きることのない幸福感と閃きを湧き上がらせる『究極の超回復・頭脳労働用スイーツ』である。
アルドが極上のスイーツの準備を進めているその頃。
防音・防諜の魔法結界が幾重にも張られた城塞の奥深く、重厚な本棚に囲まれた静寂の書斎では、冷徹な執事服に身を包んだアーキヴァルと、ゆったりとしたローブを纏った元・大賢者ゾルタンが、巨大なマホガニーのデスクに向かい合って座っていた。
「……というわけで、ゾルタン殿。本日から貴方には、我が総合ライフサポート企業『黄昏の守護者』の『記録係(社史編纂室長)』の業務を、正式に引き継いでいただきます」
アーキヴァルが、うやうやしく一礼しながら、自らが記してきた分厚い『業務日誌(※実際は国家間の裏取引や超常的な事象改変の全記録)』の束を、ドンッとデスクの上に積み上げた。
「ほっほっほ……。よもやこの老いぼれが、大陸最高峰の頭脳と謳われたお主から、事務仕事の引き継ぎを受ける日が来るとはな」
ゾルタンは、白い髭を撫でながら苦笑いした。
かつては大陸最大の情報機関『梟の目』のトップとして暗躍し、現在はクランの記録係を務めていたアーキヴァル。しかし、先日アルドが「僕たちは悪質な独占企業になってしまった」という強烈な勘違いから『総合ライフサポート企業』の設立を宣言して以来、アーキヴァルは『最高財務責任者(CFO)兼・広報担当』という新たな役職に就任した。
その結果、彼は各国の王室や巨大機関を相手にした「莫大なコンサルタント料(合法的な超・搾取)」の徴収や、資産の運用、さらには各国の経済を裏から完全に掌握する業務に忙殺されることとなり、日々の「アルドの奇跡の記録」を大賢者であるゾルタンに委譲することになったのである。
「恐縮です。ですが、社長(アルド様)の引き起こす大宇宙規模の『事象改変』を正確に理解し、後世に残すための暗号化を施せるのは、大賢者たる貴方しかおりません」
アーキヴァルは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷徹な瞳を細めた。
「記録係の最大の使命は、『社長の日常(家事)』と『世界の真実(事象崩壊と救済)』を、いかにして矛盾なく一本の『健全な業務日誌』として統合し、カモフラージュするかという点にあります。……まずは、我が社が法人化してからの直近の数件のプロジェクトについて、実際の記録の書き方を指導いたしましょう」
アーキヴァルは、新品の羽ペンをゾルタンに手渡し、真っ白な帳簿のページを開いた。
「まず、我が社が『総合ライフサポート企業』へと生まれ変わった記念すべきあの方針会議。あれはまさに、社長の恐るべき慧眼と、無自覚なる覇道が交差した瞬間でした」
アーキヴァルが、手帳のメモを見ながら滑らかな口調で語り始める。
「レイヴン殿の圧倒的な武を『お肉の解体スキル』とし、エルミナ殿の極大魔法を『クリーニングと焼却』とし、シノン殿の究極暗殺術を『ネズミ捕りのセキュリティ』とし、そして私の情報操作を『取り立てと経理』に落とし込んだ。……あの完璧な人事配置の記録は、どう記すべきだと思いますか?」
「ふむ……。普通に考えれば、『社長の日常フィルターが限界を突破し、我々の過去の経歴が全て平和的な家事スキルに強制変換・固定化された恐怖の洗脳会議』と書くべきじゃろうが……」
ゾルタンは、震える手でペンを握り、ゆっくりと羊皮紙に文字を書き込んだ。
『〇月×日。社長の温かな面談により、各社員の適性を活かした新部署が設立。我が社は、地域に根差した健全な企業として、新たな一歩を踏み出した。適材適所の人事に、社員一同感涙す』
「パーフェクトです、ゾルタン殿。その『真実を一切書いていないようで、本質のみを突いている』ポエムのような記述こそが、我が社の社史にふさわしい」
アーキヴァルは、悪魔のように優雅に拍手をした。
「では次です。記念すべきCSR活動の第一弾……隣国ファルネーゼにおける『幽冥の古城のハウスクリーニング』ですね。あれの事後処理の記録をお願いします」
「……あれは酷かったのう。数万のアンデッド軍団がフローリングワイパーで一掃され、死霊王が消臭スプレーで陽気なお化け屋敷のキャストに改造されたのじゃからな」
ゾルタンは、当時の絶望的な死の瘴気が、一瞬にして爽やかなフローラルの香りに変わった光景を思い出し、遠い目をした。
「しかもお主、それをいいことに隣国の国王から『コンサルタント料』と称して、国家予算の三割を永続的に巻き上げる契約を結んでおったじゃろう……」
「ええ、当然の対価です。死霊王の脅威を排除し、一大観光名所を提供したのですから。……さあ、記録を」
アーキヴァルの冷徹な促しを受け、ゾルタンは溜息をつきながらペンを走らせる。
『〇月△日。隣国の空き家清掃および害虫駆除完了。ガンコなカビ(死霊王)は除菌され、物件は優良な娯楽施設として再生。隣国王室とは、清掃代として末永く良好な(一方的な)取引関係を構築した』
「素晴らしい。その『良好な取引関係』という言葉の裏に隠された、国家予算の搾取という響きが絶妙です。では、続いて第二弾。アステリア王都地下の『古代魔導迷宮の配管修理』です」
アーキヴァルは、バインダーの次のページをめくった。
「あの時は、数千年前の殺戮ゴーレムの群れが、社長のパイプレンチ一本で資源ゴミにされ、暴走した魔導コアが『エコ給湯器』にリノベーションされましたね。おかげで王都は極上の温泉街へと発展しました」
「……あの時も、お主はちゃっかり『王都全域への温泉供給システムの使用権料』として、王室の裏金庫と温泉税の三割を永続徴収する契約を結んできたな。大賢者と呼ばれたワシですら、お主の金に対する執着と合法的な恐喝技術には寒気がするわい」
ゾルタンは、冷や汗を拭いながらインク壺にペンを浸した。
『〇月□日。王都地下の水漏れ修理およびネズミ駆除完了。古いボイラー(古代兵器)のサビを落とし、最新のエコ給湯器へと改修。王都のインフラ整備に多大な貢献を果たし、王室からは深い感謝と莫大な(逃れられぬ)使用料を頂戴することとなった』
「お見事です。インフラを握ることは、国家の心臓を握るに等しい。……そして最後、つい先日の第三弾ですね。大陸上空の『天空の古代要塞の高枝切り』です」
アーキヴァルは、眼鏡の奥で楽しげな光を瞬かせた。
「狂竜騎士団という害鳥の群れを社長の高枝切りバサミで剪定し、天候を操作する気象制御ジェネレーターを『お洒落な気象台』に変えてしまった大工事です」
「うむ。あれにより、世界中の天候が我が社の管理下に置かれることになった。そしてお主は、各国の王室から『気象情報提供料』として年間農作収益の二割を徴収する契約を、大陸全土に飲ませたのじゃったな。……もはや、大宇宙の邪神すらも凌駕するほどの悪質な独占企業ではないか、我々は」
ゾルタンは、自らが属するクラン(企業)が、アルドの「善意と勘違い」を推進力にして、完全に世界の経済とインフラを支配しつつある事実に、改めて強烈な戦慄を覚えた。
大賢者たる彼の知識を総動員しても、アルドの事象改変能力とアーキヴァルの経済支配のコンボを防ぐ手立ては、この宇宙のどこにも存在しないのだ。
ゾルタンは、震える手首をもう片方の手で押さえつけながら、最後の記録を羊皮紙に刻み込んだ。
『〇月☆日。天空の庭木の手入れおよびカラス駆除完了。伸びすぎた枝(気象兵器)を剪定し、立派な気象台を設置。世界中の日照権を回復し、大陸全土の農業支援に貢献。各国の王室とは、情報提供料として強固な(逆らえば国が干上がる)協力体制を築いた。……我が社のCSR活動は、かくして世界に真の平穏(絶対支配)をもたらしつつある』
「……完璧です、ゾルタン殿。貴方のその文章力と、行間に滲み出る『知を知る者ゆえの絶望感』は、まさに我が社の歴史を紡ぐにふさわしい。これにて、記録係の引き継ぎは完了といたしましょう」
アーキヴァルは、満足げに深く頷き、ゾルタンの肩をポンと叩いた。
「今後は、私はCFOとして世界の経済と資産を裏から完全に操作し、社長の『社会貢献』がもたらす恩恵を、一滴残らず我が社の利益へと変換する作業に専念いたします。貴方はその顛末を、どうぞ心ゆくまで書き記してください」
「……寿命が縮む業務じゃが、これも大宇宙の真理を観察する大賢者の最後の使命と思うことにしよう」
ゾルタンが、深く長い溜息を吐き出し、羽ペンを机に置いたその時。
――コンコンッ。
書斎の重厚な扉がノックされ、「開けるよー!」という明るい声と共に、エプロン姿のアルドが姿を現した。
彼の手には、大きなお盆に乗せられた極上のモンブランと、芳醇な香りを漂わせるティーポットが握られている。
「二人とも、難しい顔をしてお仕事お疲れ様! ちょうどおやつの時間にしようと思って、モンブランを焼いてきたんだ。ゾルタンお爺ちゃん、アーキヴァルの事務仕事の手伝いをしてくれてるんだね。ありがとう!」
アルドがニコニコと笑いながら、マホガニーのデスクの端に、宝石のように輝くケーキと紅茶をセットしていく。
「おお……! これは見事な栗のケーキじゃな。甘い香りが、干からびかけたワシの脳髄を優しく包み込んでくれるわい」
ゾルタンは、先程までの世界の支配構造の記録によるストレスが、モンブランの黄金の輝きを見た瞬間に、春の雪解けのようにフニャフニャと溶け去っていくのを感じた。
「社長みずからの差し入れ、痛み入ります。……ええ、ゾルタン殿には、我が社の『輝かしい社会貢献の歩み』を記録する大切な業務をお願いしたところです。彼の手腕のおかげで、我が社の歴史は完璧な形で後世に残るでしょう」
アーキヴァルは、冷徹な仮面を柔らかな微笑みに変え、優雅に紅茶のカップを受け取った。
「そっか! それは助かるな。最近、いろんなところにお掃除や修理に行ってるから、僕もどこで何をしたか忘れちゃいそうだったんだよね」
アルドは、自らが世界を裏で完全に掌握しつつあることなど微塵も疑わず、ただ「お仕事がいっぱいで充実している」という無邪気な笑顔を浮かべていた。
「これからも、世界中の困っている人たちのために、どんどん社会貢献していこうね! さあ、冷めないうちに紅茶を飲んで!」
「はい、社長。我ら社員一同、貴方様の掲げる理念(絶対支配)のために、粉骨砕身の努力をお約束いたします」
「ほっほっほ、このモンブランの美味さがあれば、どんな恐ろしい記録でも書き残せるというものじゃな」
黄金の城塞の書斎に、アルドの無邪気な笑い声と、大賢者の安堵の吐息、そして元・情報局長の冷徹なる決意が、極上のスイーツの甘い香りと共に静かに溶け合っていく。
最強の便利屋の「ただのお茶会」は、大宇宙の理すらも記録する新たな社史編纂室の誕生を祝い、クラン『黄昏の守護者』がもたらす究極の平穏(と、それに伴う合法的な世界経済の完全支配)の歴史が、これからも大賢者の手によって、美しく、そして正確に羊皮紙に刻まれ続けることを確約したのであった。
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