第101話:経理の健全化会議と、宮廷魔導士エルミナの強制入社(第二回・方針会議と魔法の火起こし)
第101話:経理の健全化会議と、宮廷魔導士エルミナの強制入社(第二回・方針会議と魔法の火起こし)
黄金の城塞『日だまり郷』のリビングで始まった、アルド主催の『便利屋の今後の方針会議』は、レイヴンの「出張解体アシスタントへの任命」という斜め上の決着を見せ、そのまま第二の議題へと移行していた。
アルドは、アーキヴァルが淹れ直してくれた極上のハーブティー(大精霊の朝露ブレンド)を一口飲み、満足げに息をつく。
「さて、レイヴンの素晴らしい経歴(凄腕の肉屋)もわかったところで、次はエルミナだね」
アルドが視線を向けると、銀髪を美しく結い上げた元・王国筆頭宮廷魔導士であるエルミナは、ビクッと肩を震わせた。
「わ、私ですか……? 私の経歴など、アルド様の大宇宙を統べる御力に比べれば、路傍の石ころよりも無価値なものですわ」
「そんなことないよ。エルミナはうちの便利屋の大切な『火起こし&洗濯係』じゃないか。彼女が来てから、お風呂のお湯を沸かすのも、シーツを真っ白に洗うのも、すごく助かってるんだから」
アルドはニコニコと笑いながら、手作りの業務実績グラフの『経理・光熱費削減の項目』を指差した。
「最近、便利屋の仕事が大きくなって、光熱費や洗剤代がバカにならないなって思ってたんだけど、エルミナのおかげで随分と節約できてるんだ。……そういえば、エルミナが最初にうちに来た時のこと、覚えてる?」
エルミナは、胸に手を当てて深く頷いた。
「ええ、忘れるはずもありません。私が主の元へと這いつくばったのは、今から約十ヶ月前……。私が己の魔法の限界に絶望し、大宇宙の『真理』を求めて禁忌の魔導書に手を出し、その呪いによって全身の魔力回路を焼かれ、死の淵を彷徨っていた時のことです」
エルミナが、かつての壮絶な過去を語り始める。
彼女はかつて『王国の至宝』と謳われた天才魔導士であった。しかし、魔法の深淵を覗きすぎた代償として、致死の『業火の呪い』を身に受け、誰にも治せないまま辺境の森へと逃れ、孤独な死を待っていたのだ。
その時。
偶然、夕食の準備のために『キャンプファイヤー(野外調理)』の火を起こそうとしていたアルドが現れたのだ。
『おや、こんなところで倒れてるなんて可哀想に。体が冷え切ってるね、今、温かい火を起こしてあげるからね』
アルドは、ただの虫眼鏡と枯れ葉を使って、太陽の光を集めた。
――しかし、彼の手によって集束されたその光は、ただの太陽光ではなかった。それは大宇宙の概念すらも燃やし尽くす『事象点火の神仙炎』であった。
アルドが「ふーっ」と息を吹きかけた瞬間、エルミナの身を焦がしていた『業火の呪い』は、アルドの起こした焚き火の『ただの着火剤(燃料)』として強制的に吸収・中和され、代わりに圧倒的な生命の温もりが彼女の体を包み込んだのである。
呪いを完全に解除され、さらには宇宙の真理すらも内包したその『火起こし』を見たエルミナは、己の魔法がただの手品であったことを悟り、その場で地面に額を擦りつけて懇願したのだ。
『ど、どうか私を弟子にしてください! その星の理すらも書き換える究極の魔導、我が魂に刻み込みとうございます!』
そしてアルドは、少し困ったように笑って答えた。
『弟子って言われても……僕、ただの便利屋だから、魔法なんて使えないよ? でも、火起こしや洗濯のコツなら教えられるから、手伝ってくれるならお風呂とベッドは貸してあげるよ?』
「……あの時の主の『事象を燃やし、浄化する神仙の火起こしと洗濯術』を目の当たりにしたからこそ、私は過去のちっぽけな肩書きを捨て、主の『洗濯係』として生涯を捧げる覚悟を決めたのです」
エルミナは、潤んだ瞳でアルドを見つめた。
「あはは、だから大袈裟だってば」
アルドは照れくさそうに手を振った。
「あの時のエルミナ、変な派手なローブ(宮廷魔導士の正装)を着て倒れてたからさ。ただの『中二病をこじらせた家出少女』かと思ってたんだよ。でも、真面目に洗濯物を干してくれるし、火起こしも上手になったよね」
アルドの驚異的な「日常フィルター」は、かつての王国筆頭魔導士の命がけの逃避行を、「痛い格好をして森で迷子になっていた女の子を、住み込みのバイトとして雇ってあげた」程度にしか記憶していなかった。
「だが、アルド殿。エルミナの魔法の知識と魔力操作の精密さは、ただの家事手伝いの域を遥かに超えている」
元・大賢者ゾルタンが、わざとらしく、しかし真剣な口調でアルドに問いかける。
「最近の『天窓拭き(星喰い竜の撃退)』の際にも、エルミナは裏で王都全体の結界を張り直し、天候を操作するという離れ業をやってのけた。アルドも、彼女の『真の力』に薄々気づいているのではないかな?」
その言葉に、再びリビングの空気がピンと張り詰めた。
ついに、アルドがエルミナの真の実力(大魔導士としての正体)を暴き、彼女をクランの『戦術魔導兵器』として正式に遇するのか。レイヴンは固唾を呑み、エルミナは緊張で指先を震わせた。
「うん……実は僕も、エルミナのこと、ずっとすごいなって思ってたんだ」
アルドは、真っ直ぐな瞳でエルミナを見つめた。
「エルミナって、お湯を沸かす時の温度調節が完璧だし、洗濯物を乾かす時も、なんだか『すごくいい風』を吹かせてくれるよね。おまけに、たまにブツブツと難しい計算式みたいなのを呟きながら、洗剤の配合を考えてる。……もしかして、君」
ゴクリ、とエルミナの喉が鳴る。
(つ、ついに、私が王国の魔法技術を牛耳っていた最高峰の頭脳であることを見抜かれたのですね……! ならば、全てを打ち明け、真の参謀として……!)
「もしかして、君……『王都の超高級クリーニング屋さんの、カリスマ洗濯職人』だったりする?」
「…………はい?」
エルミナは、美しい顔を完全に引きつらせた。
「だって、どんなガンコな泥汚れも、エルミナが洗うと新品みたいに真っ白になるじゃない! しかも、洗剤の化学反応を完全に理解してるみたいに、汚れに合わせて洗い方を変えてる。きっと、貴族のドレスなんかを専門に洗う、凄腕の職人さんだったんだよね。お店のプレッシャーから逃げ出して辺境に来ちゃったけど、洗濯への情熱は本物なんだ。だから最近、仕事で出た大量の『ゴミ(敵の残骸)』も、一瞬で綺麗に焼却炉で燃やしてくれてたんでしょ?」
アルドは、ウンウンと頷きながら満面の笑みを浮かべた。
「だから、今後の方針その二! エルミナには火起こしだけじゃなくて、『便利屋の特殊クリーニング&焼却部門の責任者』として活躍してもらうことにするよ! 光熱費の節約プランも任せるから、これからもうちの経理と清潔さを守ってね!」
「あ……はい。特殊クリーニングと焼却処分(敵の証拠隠滅)、全身全霊でやらせていただきますわ……」
エルミナは、己の壮絶な魔道への探求と天才的な魔法技術が、全て『高級クリーニング屋のしみ抜きスキル』という日常の枠組みの中に完璧に押し込まれ、漂白されたことに絶望と謎のやり甲斐を覚えながら、深く、深く頭を下げるしかなかった。
「素晴らしい経費削減と衛生管理のプランです、アルド様。エルミナ殿の『焼却スキル』は、我々が裏で処理したモノを綺麗さっぱり消し去るために必要不可欠ですからね」
アーキヴァルは、再びピクピクと痙攣する頬を引きつらせながら、手帳に『方針決定:エルミナ=特殊クリーニング&証拠隠滅部門責任者』と優雅な筆記体で記した。
こうして、方針会議の第二の議題もまた、アルドの「完璧なまでの勘違いと日常フィルター」によって、世界の真理の表面を華麗に滑り落ち、一切の核心に触れることなく(壮大にすれ違ったまま)、次なるシノンの議題へと進んでいくのであった。
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