誤差のない選択
昼休み。
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教室は、いつも通り騒がしい。
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笑い声。
雑談。
机を叩く音。
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全部、同じ。
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でも。
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“同じじゃないやつ”がいる。
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視線を動かす。
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特定する。
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もう、隠れていない。
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「……やっぱり」
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小さく呟く。
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窓際。
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高坂 真由。
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ノートを見ている。
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いつもと同じ。
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でも。
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違う。
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“自然すぎる”。
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無駄がない。
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動きが綺麗すぎる。
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昨日のテスト。
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思い出す。
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全員分。
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再現する。
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その中で。
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唯一。
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“完全に自然な間違い”をしていた。
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不自然じゃない。
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だから逆に、浮かない。
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でも。
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だからこそ、分かる。
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「……あれは、作ってる」
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思考。
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分岐。
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整理。
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確定。
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——三人目。
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その瞬間。
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視線が合う。
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高坂。
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一瞬だけ。
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目が止まる。
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すぐに逸らす。
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でも。
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遅い。
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分かっている。
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あっちも。
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気づいている。
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「……なるほどな」
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後ろから声。
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神崎。
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「当たりか」
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「ほぼな」
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「やっぱり女か」
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「関係ない」
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即答する。
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神崎は笑う。
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「まあいい」
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少しだけ真面目な顔になる。
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「どうする」
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短い問い。
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でも。
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答えは一つじゃない。
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分岐が広がる。
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接触する。
様子を見る。
無視する。
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それぞれの結果。
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成功率。
生存率。
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全部並ぶ。
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その中で。
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一番高いもの。
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——いや。
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違う。
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今回は。
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“それ”じゃない。
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「……試す」
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口に出す。
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「は?」
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神崎が眉をひそめる。
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「何を」
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「精度」
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それだけ言う。
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神崎は少しだけ考えて。
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すぐに理解した顔をする。
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「なるほどな」
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「お前は動くな」
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「なんで」
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「邪魔になる」
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即答。
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神崎は少しだけ笑う。
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「ひでえな」
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「事実だ」
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「まあいい」
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肩をすくめる。
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「任せる」
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それでいい。
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立ち上がる。
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歩く。
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一直線。
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高坂の席まで。
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止まる。
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「高坂」
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名前を呼ぶ。
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顔が上がる。
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「なに?」
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普通の声。
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普通の反応。
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でも。
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“普通すぎる”。
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「ちょっといいか」
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「今?」
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「今」
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数秒。
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間。
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「……いいよ」
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立ち上がる。
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教室の外へ。
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廊下。
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人はいる。
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でも少ない。
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十分だ。
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「どうしたの?」
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高坂が先に聞く。
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その時点で。
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確信に変わる。
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普通は、警戒する。
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でも、していない。
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理由は一つ。
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“分かっているから”。
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「確認」
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短く言う。
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「何の?」
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首を傾げる。
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演技は上手い。
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でも。
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意味がない。
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「お前もだろ」
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その一言で。
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空気が変わる。
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音が消える。
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周りの気配が、遠くなる。
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高坂は、数秒黙る。
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それから。
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「……どこから?」
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静かな声。
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もう隠さない。
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「最初からじゃない」
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「じゃあ」
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「昨日のテスト」
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即答。
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高坂は小さく息を吐く。
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「そっか」
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それだけ。
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否定しない。
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肯定もしない。
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でも。
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十分だ。
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「お前も見てるのか」
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問い。
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核心。
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高坂は少しだけ迷って。
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「……少しだけ」
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答える。
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「全部じゃないけど」
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やっぱり。
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同じ。
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でも。
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完全じゃない。
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差がある。
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「どこまで見える」
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「短い先だけ」
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「どれくらい」
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「数秒」
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神崎とは違う。
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こっち寄り。
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でも弱い。
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それでも。
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十分すぎる。
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「なるほど」
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理解する。
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構造が見える。
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この世界。
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“均されている”理由。
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天才が排除される理由。
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全部。
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繋がる。
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「結城くんは?」
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高坂が聞く。
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少しだけ、警戒しながら。
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当然だ。
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答え次第で、関係が決まる。
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だから。
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選ぶ。
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一番。
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効率のいい答え。
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「全部」
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迷わず言う。
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沈黙。
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数秒。
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そして。
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「……は?」
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高坂の顔が、完全に崩れる。
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初めて。
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“普通”が消える。
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「全部って」
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「そのまま」
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淡々と返す。
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「分岐も、結果も」
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理解が追いつかない顔。
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当然だ。
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自分でも分かってる。
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これは。
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“おかしい”。
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この世界の中で。
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明らかに。
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逸脱している。
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「……なんでそんな」
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言葉が続かない。
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そこで。
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初めて。
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自覚する。
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これは。
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“見せてはいけないやつ”だと。
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でも。
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もう遅い。
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「じゃあさ」
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高坂の声が、少し震える。
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「なんで、隠してるの」
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単純な問い。
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でも。
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答えは複雑じゃない。
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「生きるため」
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それだけ。
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高坂は黙る。
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理解している。
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この世界のルールを。
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「……もう、無理だよ」
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小さく呟く。
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「何が」
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「隠しきるの」
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視線が揺れる。
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「昨日、見られてる」
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やっぱり。
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確定。
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「誰に」
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「分からない」
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「でも」
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そこで止まる。
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言いたくない。
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でも。
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言うしかない。
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「“上”」
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その一言で。
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全部が繋がる。
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そして。
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同時に。
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分岐が、消える。
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選択肢が、減る。
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逃げ道が、消える。
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「……遅いな」
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小さく呟く。
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高坂が顔を上げる。
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「え?」
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「もう来てる」
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その瞬間。
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廊下の奥で。
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足音が止まった。
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今度は、隠さない。
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はっきりと。
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三人とも、見る。
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そこに。
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“誰か”がいる。
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制服じゃない。
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知らない顔。
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でも。
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分かる。
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“こっちじゃない”。
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高坂の呼吸が止まる。
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神崎が、教室の中から顔を出す。
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視線が交差する。
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理解する。
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もう。
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戻れない。




