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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第1章 『黒翼の終王、目覚める』

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「終焉の玉座」


 その夜。


 《黒鴉城ネヴァーグレイヴ》最奥、御座所は静かだった。


 クロウは眠れていなかった。


 寝台へ横になってから、かなりの時間が経ったはずだ。

 だが意識は妙にはっきりしている。

 疲れている。頭も怖い。思考も鈍くなっているはずなのに、眠りへ落ちる感覚だけが薄い。


 体の問題か。

 種族の問題か。

 それとも、ただ単に頭が回りすぎているだけか。


 どれでもありえた。


 天井を見上げる。


 黒い天井。

 細い金の線。

 部屋の隅で淡く灯る結晶灯。


 静かすぎる。


 静かすぎるせいで、かえって色々考えてしまう。


 千年。

 四天王。

 帝国。

 神話。

 終焉の玉座。

 黒翼の終王。


 単語だけが、頭の中でぐるぐる回る。


「…寝ろ」


 自分で自分に言ってみる。


 当然、眠気は来ない。


 しかもこの部屋、妙に快適なのが困る。

 寝台も、温度も、光の具合も、全部がちょうどいい。

 無駄に広いのに落ち着かない感じはなく、逆に静かに休めるよう整えられているのが分かる。


 昔の自分が「王の私室なんだから完璧に快適であるべき」みたいな気持ちで設定したのかもしれない。


 過去の自分の趣味に今の自分が振り回されている感じがして、少し腹が立った。


 その時だった。


 遠く、扉の外で控えめな足音が止まる。


 誰か来た。


 クロウは反射的に起き上がりかけて、少しだけ動きを抑える。

 焦るな。

 ここで慌てると格好がつかない。


「…何だ」


 短く声をかける。


 扉の向こうから返ってきたのは、ヴェルミリアの声だった。


「お休みのところ失礼いたします。急を要するものではございません」


 急を要しないなら朝でよくないか、と思った。

 だが、この城における“朝”という概念がどこまで人間的なのか、まだよく分からない。


「申せ」


「帝国側の第一報が上がりました」


 早いな。


 本当に早い。


 いや、そういう国だと分かっていたつもりではいた。

 だが、分かっているのと実際に来るのは別だ。


「入れ」


 静かに扉が開く。


 ヴェルミリアは相変わらず乱れ一つない姿で入ってきた。

 黒いドレス。

 白い手袋。

 整いすぎた顔立ち。

 だが、その瞳の奥には、冷たいだけではない、はっきりした知性の光がある。


 彼女は寝台へ近づきすぎず、適切な距離で一礼した。


「帝国北方方面軍は、今夜の接触を“意思ある警告”として受け取ったようです」


 クロウは少しだけ眉を動かしかける。


「…どうして分かった」


「境界線通信の傍受です」


 当たり前のように言うな。


 いや、有能なのは分かる。

 分かるが、情報の取れる範囲が広すぎる。


「内容はおおむね、こちらの想定通りでした。禁域は沈黙していない。こちらを精密に把握している。現時点で敵対行動は限定的。ですが、“線”は示された、と」


 そこまで正確に読まれたか。


 クロウは複雑な気分になる。


 自分としては、何とか穏便に済ませようとしただけだ。

 だが結果としては、“境界を示し、相手に判断させる王”みたいな格好になっている。


 困る。


 …困るのだが、少しだけ安心もした。


 向こうがきちんと受け取っているなら、少なくとも今すぐ雑に踏み込んでくる確率は下がる。


「中央は」


「まだ割れております。恐れる者、測ろうとする者、強気に出たがる者。ただし少なくとも今夜の段階では、即時進軍を主張できる空気ではなさそうです」


 なら悪くない。


 悪くないどころか、かなり上出来だ。


「…そうか」


 クロウは短く返した。


 ヴェルミリアはその一言をどう受け取ったのか、わずかに目を伏せる。


「陛下のご判断が実を結びました」


 違う。


 いや、半分くらいはそうかもしれないが、そこまで堂々と言われると気まずい。


 クロウは少しだけ言葉を選んでから返す。


「まだ一手目だ。決めつけるな」


「はい」


 ヴェルミリアは素直に頭を下げた。


「ですが、今夜の一手で帝国は“こちらが何も知らぬ災厄ではない”と理解しました。その一点だけでも大きな差です」


 その評価には頷ける。


 少なくとも、向こうは今夜、“ただの怪異”ではなく“意志ある相手”を見た。

 なら次からは、交渉にせよ戦いにせよ、何かしらの意思決定としてぶつかってくる。


 雑な事故戦争よりは、まだ対処しやすい。


 …たぶん。


 ヴェルミリアがさらに続ける。


「今後数日は、帝国もこちらも大きくは動かないでしょう。ですので、その間に陛下へ最低限お目通しいただきたいものがございます」


 嫌な予感がした。


「何だ」


「黒翼庭の全体構造と、千年のあいだに変化した外の世界の概要でございます」


 それは必要だ。


 ものすごく必要だ。


 必要なのだが、改めて言われると気が怖い。


「…どの程度の量だ」


「必要最低限に絞りお伝えします」


 ヴェルミリアは即答した。


「陛下がご存じであるべきことを最優先に。細部は後回しにいたします」


 その配慮はありがたい。

 本当にありがたい。


「明日より、順にお伝えします」


「分かった」


 そこまで話してから、クロウは少しだけ迷い、それでも口にした。


「ヴェルミリア」


「はい」


「今夜は助かった」


 言ってしまってから、少し素直すぎたかと思う。


 だがヴェルミリアは一切驚かなかった。

 むしろ、ごく自然に一礼する。


「もったいないお言葉です。私は、陛下の御意を形にしたにすぎません」


 そこまで言われると、逆にこちらが気まずい。


 いや、実際かなり助けられているのだ。

 あの場で彼女がいなければ、たぶんもう少しひどいことになっていた。


 それに。


 千年待っていた相手に対して、それくらいは言うべきだろうという気持ちも少しあった。


「…そういうことにしておく」


 クロウが言うと、ヴェルミリアはほんのわずかにだけ、表情を和らげた。


「はい。では、そのように」


 それから彼女は再び一礼し、静かに部屋を辞した。


 扉が閉まる。


 また静寂が戻る。


 だが、今度の静けさは少しだけ違っていた。


 帝国は、今夜の出来事を“意思ある警告”として受け取った。

 そして黒翼庭では、自分の一言一言がそのまま盤面の線になる。


 怖い。


 やはり怖い。


 それでも、ほんの少しだけ。


 ほんの少しだけ、自分がこの場に座る意味を考え始めているのかもしれなかった。


 クロウは再び寝台へ身を横たえる。


「…明日、か」


 小さく呟く。


 明日からは、黒翼庭の中身を知ることになる。

 千年の空白を埋める作業も始まる。

 帝国も次の手を考える。

 世界も少しずつ、こちらを現実として認識し始める。


 面倒だ。


 怖い。


 だが、やるしかない。


 その実感だけを胸に抱いたまま、クロウは目を閉じる。


 さっきまでは、閉じても思考ばかりが回っていた。

 だが今は少し違う。


 帝国は受け取った。

 黒翼庭は動いている。

 そして少なくとも、自分は今夜の役目をひとまず終えた。


 そう思った瞬間、張りつめていた何かがようやく緩んだ。


 まぶたの裏へ、静かな闇が落ちてくる。


 千年という言葉の重さも、

 四天王の信頼の重さも、

 まだ何一つ解けてはいない。


 それでも。


 いまは沈んでいいと、そう思えた。


 その直前、扉の向こう、遠い回廊のさらに向こうから、また小さく鐘の音がした。


 北方帝国では今ごろ、持ち帰られた報告が誰かの机の上へ届き始めているのだろう。

 そして黒翼庭では、四天王がもう次の盤面を整え始めている。


 自分だけが置いていかれないようにしなければならない。


 そう思いながら。


 今度こそクロウの意識は、ゆっくりと暗い眠りの底へ沈んでいった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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