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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第7章

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88/90

「会うための条件」

 


 返事が来たあとで分かるのは、返事そのものより、その先の面倒さだった。


 黒鴉城ネヴァーグレイヴの朝は静かだ。

 静かだが、休まる静けさではない。


 今日は特にそうだった。


 小会議室の卓には、門前図、白霜外界位相記録、各国の立ち位置整理、そして新しく加わった一枚の記録板が並んでいる。


 **接見前段階**


 この言い方がもう、あまりにも嫌だった。


 もちろん嫌だと言っても、間違っているわけではない。

 むしろ正しい。

 正しいからこそ、いよいよ逃げ場がなくなる。


 クロウはその一文を見ながら、かなり率直に思っていた。


(分かる)

(分かるんだが)

(返事が来た以上、その先は“会う”しかない)

(ないんだが)

(いざこうして文字にされるとすごく嫌だな)

(面倒だな、本当に)


 面倒だった。


 最初は状況確認だった。

 次は門前秩序。

 その次が受容配置。

 そして応答。


 流れとしてはきれいすぎるほどきれいだ。

 きれいだから困る。

 雑な飛躍が一つでもあれば、まだ“もう少し様子を見る”で逃げられるのに、今は嫌なくらい筋が通っている。


 返事が来た。

 向こうに王がいた。

 終王である自分に返した。


 なら、次に必要なのは接見条件の確立だ。


 理屈としては完璧だ。

 完璧だから気が重い。


 扉が静かに開いて、ヴェルミリアが入ってくる。


「おはようございます、陛下」


「ああ」


「皆も間もなく」


「分かった」


 その少し後に、ガルド、セラフィナ、バルザードが入ってきた。

 四天王が揃うと、いつものように空気が一段締まる。


 締まるが、今日はさらにその上に“もう次へ進むしかない”という確認みたいな重さが乗っていた。


「始めます」


 ヴェルミリアが言う。


「本日の論点は一つ。応答の次に、何を満たせば“会う”へ至るかです」


 やはり、真正面から来た。


 ---


「まず前提を確認します」


 ヴェルミリアは記録板を一枚示した。


「門前秩序は成立済み」

「受容配置も成功」

「白の整いも二日以上継続」

「意味断片の受領あり」

「個別呼応あり」

「明確な応答あり」


 そこまで並べられると、本当にもう否定のしようがない。


 返事は来た。

 向こう側は確かにこちらを見ている。

 しかも終王を認識している。


「ここまで来た以上」


 ヴェルミリアが続ける。


「門前は単なる観測地点ではなく、接見へ向かう前室に近い性質を持ち始めています」


「前室」


 クロウが低く繰り返す。


「はい」


「門そのものを開くのではなく、向こう側と同じ場へ立てる条件を整える場所、と言い換えてもよろしいかと」


 その説明はかなり分かりやすかった。


 開ける。

 攻略する。

 踏み込む。

 そういう感じではない。


 同じ場へ立てるように、こちらを整える。

 そのための前室。


(また上手い言い方をするな)

(いや、実際近いんだろう)

(門は扉じゃなくて境界だ)

(なら、こちらが向こうと噛み合う形にならないと駄目か)


 そこまで考えた時、バルザードが珍しく落ち着いた声で言った。


「おそらく、接見条件は“距離”ではありません」


「だろうな」


 クロウも頷く。


 距離で会えるなら、もっと単純な話になっている。


「第二圏の観測成功も、受容配置も、応答も、全部“どこまで近づいたか”より“どういう意味で立っていたか”に寄っています」


「はい」


 ヴェルミリアもすぐに続ける。


「なら接見に必要なのも、接近ではなく“意味の一致”かと」


「…会うって、本当に面倒な言い方だな」


 思わず漏れる。


 セラフィナがやわらかく微笑む。


「はい。ですが、陛下らしい形かと」


「何がだ」


「踏み込まずに届く、という点が」


 それを言われると、少しだけ言葉に詰まる。

 たしかに、ここまでの流れは全部そうだ。


 強く押して開けたことはない。

 むしろ押さないこと、急がないこと、壊さないことの方が前へ進んできた。


 だから今回も、たぶん同じなのだろう。


 ---


「接見条件の候補を三つに分けました」


 バルザードが新しい記録板を出す。

 珍しく字がきれいだった。

 やはり今日は本人も多少緊張しているらしい。


 そこには三つの項目が並んでいた。


 **一、王権の同位性**

 **二、場の静的連結**

 **三、意味の押しつけの不在**


「ひどくそれっぽいな」


 クロウが言う。


「ありがとうございます!」


「褒めてない」


 バルザードは少しだけ咳払いしたあと、説明を続けた。


「一つ目。“王権の同位性”」


「これは、接見が“誰でも行ける対話”ではなく、“同じ高さの王権同士が重なる現象”である可能性です」


「…それはありそうだな」


 応答が自分にだけ深く返った以上、そこはかなり有力だ。


「二つ目。“場の静的連結”」


「昨日までの白の整い方から見るに、向こう側とこちら側の場が一瞬だけ“ぶれずに重なる”必要があります」


「門をくぐるんじゃなく、場所が重なるのか」


「はい。おそらくは」


 ここまで来ると、もはや術式というより位相そのものの話だ。


「そして三つ目。“意味の押しつけの不在”」


 ここでバルザードの声が少しだけ低くなる。


「接見を急ぎすぎると、こちら側が“会いに行く意味”を先に厚くしすぎます」


「すると」


「向こう側の返す余地が死にます」


 ひどく分かりやすい。


 会いたい。

 知りたい。

 見たい。

 その気持ちが強くなりすぎるほど、場は壊れる。


 これまでずっとそうだった。

 だから接見でも、やはりそこが一番危ないのだろう。


「つまり」


 クロウは低く言った。


「会いたがるな、ってことか」


「はい」


 ヴェルミリアが頷く。


「少なくとも、“会うこと自体”を目的にしすぎれば危ういかと」


 会わなければならない。

 でも、会いたがってはいけない。


 ひどい話だ。

 ひどいが、門前案件はだいたいそういう理不尽さでできている。


(面倒だな)

(本当に面倒だな)

(必要だから進む。だが欲しがるな)

(そういうことなんだろうな)

(やりたくないわけじゃない)

(でもやりたがるのも違う)

(…厄介すぎるだろ)


 ---


 ガルドがそこで低く言った。


「武の話なら、分かりやすいです」


「言え」


「敵陣へ踏み込む時、こちらが勝ちたがりすぎると崩れます」


「あるな」


「はい。勝つために前へ出すぎれば、逆に足場を失う」


「今回は、会うために前へ出すぎるのがそれに近いかと」


 かなり分かりやすかった。


 接見したい。

 それ自体は間違いじゃない。

 だがその気持ちを前へ出しすぎると、場の均衡が崩れる。


 必要なのは会いたい気持ちではなく、会っても壊れない状態。

 結局そこへ戻る。


「なら」


 クロウは卓の上の門前図を見ながら言う。


「接見条件っていうのは、要するに“会っても壊れない位置”のさらに先か」


「はい」


 ヴェルミリアが答える。


「“会っても壊れない”だけでは足りません。“同じ場へ立っても、互いの意味を食い合わない”必要があります」


 食い合わない。

 それもまた、嫌なくらいしっくり来る表現だった。


 終王の意味が強すぎれば、向こう側を裁く場になる。

 向こう側の白が強すぎれば、こちらの輪郭が溶ける。

 だから必要なのは、そのどちらでもない均衡。


 同じ高さで立てる、一瞬の重なり。


 ---


「王国側にも意見を求めた方がよろしいかと」


 ヴェルミリアが言う。


「呼べ」


 やがて、小会議室へオルフェンとリセリアが入ってくる。

 すでに話の流れは共有済みらしく、二人とも最初から重い顔をしていた。


「接見条件、ですか」


 オルフェンが言う。


「ああ」


 クロウが短く答える。


「そちらはどう見る」


 オルフェンは記録板を一枚出した。


「結論から申し上げます」


「門前はもう“見る場”では足りません」


「そこまでは同じだな」


「はい。次に必要なのは、“向こう側の王権空間と局所的にでも位相を揃えること”です」


 やはり、同じ結論へ来る。


「条件は三つかと」


 リセリアが引き取る。


「一つ、中央の王権核が揺れないこと」

「二つ、観測が前へ出すぎないこと」

「三つ、周囲の国家意思が場を奪わないこと」


「…ずいぶん身も蓋もないな」


 クロウが言うと、リセリアは少しだけ苦笑した。


「身も蓋もありません。ですがそのくらい単純です」


 つまり、クロウが中央で揺れずに立つ。

 王国は見すぎない。

 帝国や連邦や商盟も、自分の国の意味を持ち込みすぎない。


 そこまで揃って、ようやく“同じ場へ立てる”可能性が出る。


「向こう側からの条件は」


 クロウが問う。


 オルフェンは少しだけ考えてから答えた。


「応答を見る限り、終王たる陛下ご自身へ返す意志はある」


「ああ」


「なら、残る問題は“返せる深さまでこちらが届くか”です」


 返せる深さ。


 良い言葉だと思った。

 会うとは、向こう側へ押し込むことではない。

 向こうが返しきれる深さまで、こちらの形を揃えることだ。


 ---


 そこで、クロウはしばらく黙った。


 全員も黙る。

 この沈黙は、いつものように“陛下が何か考えておられる”の顔で見られているのだろう。


 実際にはかなり普通に考えていた。


(やることは見えてる)

(中央を揺らさない)

(周りを静かに保つ)

(意味を押しつけない)

(要するに、会うために会いたがるな、だ)

(本当に面倒だな)


 そして、そこまで整理すると逆にもう腹をくくるしかなくなる。


 ここで止まっても、次の段は来る。

 だったら自分で整えた方がいい。


「…分かった」


 クロウは低く言った。


「なら、次に必要なのは接近じゃない」


 卓上の門前図へ視線を落とす。


「同じ場へ立てる深さを揃えることだ」


 短い沈黙。

 それからヴェルミリアが深く頭を下げた。


「はい」


「そのために、門前を今一度組み替える」


 続ける。


「今度は“会うための配置”だ」


 誰も異論を挟まない。

 やはり、もうそうとしかならないのだろう。


「各国の役目は維持。ただし一段進める」


 クロウは言う。


「帝国は外縁を押さえるだけでなく、“中央へ武を感じさせない外縁”にしろ」


「王国は見るな。見誤るな」


 オルフェンが無言で頷く。


「連邦は祈るな、ではない。祈りを厚くするな」


 そこへセラフィナが言う。


「すでに調整を始めております」


「商盟は雑音を減らせ。さらに減らせ」


 ヴェルミリアが答える。


「メリゼア殿にもその意図は伝わるかと」


「そして」


 一度だけ言葉を切る。

 この先が、一番面倒だ。


「私は中央で揺れない」


 それは命令というより、確認だった。

 だが一番大事なのはたぶんそこだ。


 会うために必要なのは、終王が“会いたがる”ことではない。

 終王が、呼ばれたあとも崩れずに立っていることだ。


 その役目が、結局また自分へ戻ってくる。


(本当に最後までこれだな)

(いや、分かってた)

(分かってたが)

(やっぱり一番面倒なのは私か)


 ---


 会議が一段落したあと、人が少しずつ引いていく。


 オルフェンたちは王国側配置の再調整へ。

 四天王もそれぞれの役目へ戻る。

 最後に残ったのはヴェルミリアだけだった。


「陛下」


「何だ」


「本日は、昨日より少しだけお顔がはっきりしておられます」


「どういう意味だ」


「腹が決まったお顔です」


 クロウは少しだけ眉を寄せる。


「決まりたくて決まったわけじゃない」


「存じております」


「だが、やるしかないのも分かっている」


「はい」


「そういう顔です」


 言い返しにくい。

 言い返しにくいが、たぶんその通りなのだろう。


 接見したいわけではない。

 いや、したくないわけでもない。

 そこが一番ややこしい。


 会う必要がある。

 そしてたぶん、自分でももう会いたくないとは思っていない。


 ただ、その気持ちを前へ出した瞬間に壊れる。

 だから、会いたいのに会いたがるな、という理不尽な作法を守るしかない。


「…面倒だな」


 やはり最後はそれになる。


 ヴェルミリアはごくわずかに目元を和らげた。


「はい」


「ですが、ここまで来たからこその面倒かと」


「そうだな」


 短く返す。

 そこだけは、もう否定しない。


 返事が来る前には辿り着けなかった面倒だ。

 呼ばれる前にも。

 白き王がいると分かる前にも。


 なら、この面倒は進んだ先にあるものだ。

 そう思えば、少しだけましだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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