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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第7章

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プロローグ 「世界は沈黙する」

第7章の始まりです。

 


 大きな出来事のあと、世界はすぐには騒がない。


 本当に重いものほど、最初は静かに沈む。

 人はそれをすぐに言葉にできないし、国はそれをすぐに制度へも変えられない。

 だから最初に起きるのは歓声でも混乱でもなく、たいていは沈黙だ。


 白霜外界の門前で、白き眠りから応答が返ったあと。

 世界に起きたのも、まさにその沈黙だった。


 返事は来た。

 しかも、ただの現象ではない。

 向こう側には意志があり、王がいて、終王クロウ・レイヴンハートへ明確に返した。


 そこまで来れば、もう“北方禁域に異常あり”程度の話では済まない。

 神話の側が、現在へはっきり触れたのだ。


 だからこそ、どの国も軽々しくは動けなかった。


 ---


 竜嶺帝国ザルカディアでは、北方軍務院の卓上地図に新しい札が足されていた。


 白霜外界。

 門前固定点。

 境界線。

 第二圏観測。

 応答確認。


 そして、その下に簡潔な一行。


 **第二段階均衡へ移行**


 帝国らしい、感情のない整理だった。

 だが、感情がないからといって重さが消えるわけではない。


 レオンハルトはその札を見下ろしたまま、しばらく黙っていた。


「父上のご意向は」


 彼が問うと、エルマが報告板を閉じる。


「“北方の席を失うな。だが、門前を急かすな”とのことです」


「…らしいな」


 皇帝ヴァルゼオン三世は、愚かな男ではない。

 だからこそ、ここで力押しに出るほど浅くもなかった。


 門前で応答が返った。

 なら次に高いのは、前へ出ることではなく“外されないこと”だ。

 そこを即座に見抜けるから、帝国は強い。


「殿下は、どうご覧になりますか」


 エルマが静かに問う。


 レオンハルトは少しだけ間を置いてから答えた。


「会う方向へ進むだろう」


「終王が」


「ああ」


 返事が来た。

 しかも、向こう側は終王を知っていた。


 ならその先は、会うしかない。

 ここで止まる方が不自然だ。


「ただし」


 レオンハルトの声が少しだけ低くなる。


「会えた時点で、世界の前提もまた変わる」


「はい」


「そこからは、もう門前だけの話では済まん」


 帝国はその時、どう立つのか。

 武で押すのか。

 均衡の一角として残るのか。


 まだ答えは出ていない。

 だが、答えを選ぶ時は近い。

 それだけは、もう間違いなかった。


 ---


 魔導王国エルグレイスでは、中央記録院の一角が、まるごと一つ新しい分類へ差し替えられていた。


 補助宮記録。

 白霜外界観測。

 門前秩序。

 受容配置。

 応答記録・第一次。


 そして、その棚の上に新しく置かれた札。


 **接見前段階**


 リセリアはその文字を見て、何とも言えない顔をした。


「嫌な名前ですね」


 オルフェンが目だけを向ける。


「そうですか」


「ええ」


 彼女は腕の中の記録板を少しだけ抱え直した。


「ぴったりすぎます。ぴったりすぎる名前って、だいたい逃げ道がありません」


「その通りです」


 オルフェンはあっさり頷いた。


 学者にとって、命名とは支配に近い。

 名前を付ければ、対象を整理できる。

 だが逆に言えば、“接見前段階”と付けてしまった時点で、次に起きるべきことまでかなり見えてしまう。


「記録としては正しいんです」


 リセリアは続ける。


「でも、正しいから困ります。もう“返答があった”だけでは逃げられません」


「ええ」


 オルフェンも静かに言った。


「次は、会うための条件を考えねばならない」


 その一言で、棚の上の記録が急に重く見える。


 いままではまだ、“何かがいるかもしれない”の研究だった。

 だがこれからは違う。


 向こう側に王がいる。

 返事も来た。

 なら次は、“どう会うか”の研究になる。


 それはもう、神話学でも遺構学でもない。

 現在進行形の王権案件だった。


「筆頭賢者としては」


 リセリアが少しだけ眉を寄せる。


「ここから先、何を優先されますか」


「記録を減らします」


 オルフェンは答える。


 リセリアが目を見開く。


「減らす?」


「ええ」


「なぜ」


「知ろうとしすぎると壊すからです」


 それは、学者としてはかなり苦い判断だった。

 だが正しい。


 この場で“もっと観測したい”を前へ出せば、たぶんまた白は閉じる。


「では王国の役目は」


 リセリアが問う。


「見誤らぬことです」


 オルフェンの返答は短かった。


「真実に最も近い場所で、真実を最も乱用しない」


 それが、ここからの王国の役割になる。


 王国は、知りたい国だ。

 だからこそ、知りすぎることの危険も理解しなければならない。

 その段へ、もう入っている。


 ---


 蒼海商盟ルヴァンディアでは、帳簿より先に沈黙が積まれていた。


 普段なら、こういう時こそ情報が飛び交う。

 値が跳ね、誰がどこへ動いたかが札になり、噂だけで何本もの取引線が生まれる。


 だが今回ばかりは違う。


 応答が返った。

 向こう側に王がいた。

 終王へ個別に返した。


 その事実は、あまりにも高すぎて、かえって簡単には市場へ流せない。


「静かね」


 メリゼアが言った。


 窓際の長卓に寄りかかりながら、いつもの軽い笑みも薄い。


 カイルは薄い報告札を整えながら答える。


「ええ。久々にまともです」


「商盟が静かな時は、大抵ろくでもないけど」


「今回は、本当に怖がってますよ」


 その言い方に、メリゼアは少しだけ口元を動かした。


「それならいいわ」


 短期派はようやく理解し始めていた。

 この案件は、先に手を出した者が勝つ案件ではない。

 むしろ逆だ。


 前へ出すぎれば外される。

 意味を売りすぎれば場が壊れる。

 場が壊れれば、自分たちの利益どころでは済まない。


「接見順の値は?」


 メリゼアが問う。


「もう気づいている者はいます」


 カイルが答える。


「ですが、まだ誰も口にしていません」


「口にしたら終わりだものね」


 そこが商盟らしい。


 気づいている。

 でも、気づいていることを表に出した瞬間に価値が死ぬと分かってもいる。


「黒翼庭は」


「次へ進みます」


「でしょうね」


 返事が来たなら、終王は会いに行く。

 少なくとも、会うための形を整える。


 そしてそこから先は、商盟もまた選ばなければならない。


 流れを売るか。

 流れを保つか。


 メリゼアはほとんど独り言みたいに言った。


「今いちばん高いの、たぶん情報じゃないのよね」


「はい」


 カイルは頷く。


「静けさです」


 その表現は、やけにこの案件の本質を突いていた。


 静けさ。

 押しつけない空気。

 壊さない流れ。


 商人が最も扱いづらいものほど、いまは一番高かった。


 ---


 聖冠連邦アルディウスでは、沈黙がもっと重かった。


 法王庁の一室に差し込む午後の光は薄く、白い石床の冷たさがやけに際立っている。

 卓の上に置かれた北方報告は一枚だけだ。


 **応答の確認。個別に呼応あり。名づけは保留**


 ユリオス十三世は、しばらくその文字を見つめたまま動かなかった。


 目を閉じてもいない。

 祈っているようにも見えない。

 ただ、長い時間をその一枚の上で止めている。


「法王猊下」


 アシュレイが低く声をかける。


「ええ」


「何かご判断を」


 法王は、ようやくゆっくりと口を開いた。


「名を急げば、また外すでしょうな」


 その言葉に、アシュレイは頷く。


「はい」


「聖女はどう見ています」


 リュミエラは少しだけ視線を伏せ、それから答えた。


「怖いです」


「ええ」


「ですが、壊すものではありません」


「はい」


「少なくとも、あれはただの災厄ではありませんでした」


 その断言は、連邦の中ではかなり大きい。


 聖女がそう言うなら、少なくとも“単純な神敵”としては片づけにくい。


「では、祈りは」


 法王が問う。


「いまはまだ」


 リュミエラは胸へ手を当てたまま言う。


「届かせるためより、乱さないために」


 法王は静かに頷く。


 連邦は、名を置く国だ。

 だがここでは逆に、名を急がぬことが誠実になる。

 それは信仰国家にとって、かなり苦い学びだった。


「グラウスは」


 アシュレイが言う。


「納得しません」


「でしょうな」


「ですが、いまは強くは出られません」


「ええ」


 個別の呼応が起きた以上、“ただ斬ればいい”では済まない。

 向こう側はすでに返してきた。

 なら、こちらが一方的に意味を押しつけるのは違う。


 法王は短く言った。


「では、祈る位置を守りなさい」


 それが今の連邦にできる精一杯の正しさだった。


 ---


 そして、黒鴉城ネヴァーグレイヴ。


 夜の小会議室では、クロウが一人で卓上の記録を見ていた。


 存在、確定。

 応答、成立。

 完全接続、未成立。

 接見前段階。


 どれも硬い言葉だ。

 だが、硬いからといって現実味が薄れるわけではない。

 むしろその逆で、記録として並ぶほど“本当にそうなった”感が増す。


(会いに行くことになるんだろうな)

(いや、もうだいぶそうだ)

(返事が来て、呼ばれて、そのまま何もないわけがない)

(面倒だな)

(本当に面倒だ)


 出てくるのは、やはりそこだった。


 だが今の“面倒”は、最初の頃とは少し違う。


 嫌だから避けたい、だけではない。

 会う必要があると分かっている。

 分かっている上で、重いのだ。


 向こう側には王がいた。

 しかも、自分と同じ側にいる可能性が高い王が。


 それを確かめることは、たぶん終王として必要だ。

 そして個人的にも、もう目を逸らせないところまで来ている。


 扉が静かに開き、ヴェルミリアが入ってきた。


「陛下」


「ああ」


「各国とも、今夜は静観です」


「当然だな」


「ですが」


 ヴェルミリアは一枚の新しい整理板を卓へ置く。


「静観の先にあるものは、皆すでに理解しています」


 その板の上には、簡潔にこう書かれていた。


 **応答の次段階:接見条件の確立**


 クロウはそれを見て、少しだけ顔をしかめた。


「分かりやすいな」


「はい」


「分かりやすい時ほど、逃げ道がない」


「ええ」


 返しが早い。


「…好きに書くな」


「事実のみ記しております」


 その通りなので、反論しにくい。


 クロウは小さく息を吐いた。


 白の向こうは、もうただの神話ではない。

 なら次は、その神話とどう同じ場所へ立つかを考える番だ。


「次は」


 静かに言う。


「届くだけでは足りない」


「はい」


「会える形にしないといけない」


 それを口にすると、いよいよ逃げ場がなくなる感じがあった。

 だが同時に、妙な納得もある。

 ここまで来たら、たしかにその先は会うしかない。


 ヴェルミリアは深く頭を下げた。


「接見条件の再整理に入ります」


「ああ」


「各国の役割も、もう一段進めます」


「やりすぎるなよ」


「承知しております」


 やりすぎるな、と言って止まる相手なら苦労しない。

 だが最近は、そのあたりの呼吸も前よりましになっている。


 たぶん四天王も、そして各国も、もう分かっているのだ。

 ここから先は一歩進めば、一歩分だけ世界が変わる。

 だから雑には踏めない。


 クロウは窓の外へ目を向けた。

 北は見えない。

 白も、門も、ルシエルも見えない。


 それでも、その見えない向こうにいる王へ、次はただ返事を受けるだけではなく、こちらから届かなければならない。


 そう思うと、やはり面倒で、やはり重くて、そしてほんの少しだけ――避けたいとは思わなかった。


 応答のあと、世界は沈黙する。

 だがその沈黙は、止まっているのではない。


 次の一歩を選ぶための、重い沈黙だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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