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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第6章

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エピローグ 「会いに行く」

 


 門前で返事が返ったという事実は、雪崩のように一気に広がる種類のものではなかった。


 むしろ逆だった。


 それは最初、ひどく静かに各国の中へ沈んでいった。


 大声で言いふらせる類の話ではない。

 軽々しく報じれば、意味だけが先に膨らむ。

 意味が膨らめば、また誰かが自分の都合で言葉を置きたがる。

 そうなれば今度は、せっかく返ってきたものまで閉じかねない。


 だから、どの国も最初は沈黙を選んだ。


 だが沈黙を選んだからといって、世界が変わっていないわけではない。

 むしろ、変わったものほど静かに重くなる。


 ---


 竜嶺帝国ザルカディアでは、北方地図の横へ新しい紙が一枚だけ足されていた。


 余計な飾りも、色もない。

 ただ、簡潔な文字で書かれている。


 **門前均衡、第二段階へ移行**


 レオンハルトはその文をしばらく見ていた。


 第一段階は、門前秩序の成立。

 第二段階は、応答の確認。


 軍事国家らしい整理だった。

 感傷はない。

 だが、その無機質な言い回しの奥にある重さまでは消えない。


「父上は何と」


 彼が問うと、エルマは手元の報告書を閉じた。


「“門前に席を保て”とのことです」


「変わらんな」


「はい」


 皇帝ヴァルゼオン三世らしい判断だ。


 王がもう一柱いる可能性が、いよいよ現実になった。

 なら帝国がやるべきことは、慌てて押すことではない。

 門前で外されないことだ。


「終王は」


 レオンハルトが低く言う。


「次に何をすると思う」


「おそらく、会いに行く準備を始めるかと」


 エルマの答えに、レオンハルトは小さく頷いた。


 そうだろう。

 返事が来たなら、次はその先だ。


 門前に秩序を置き、受容配置を作り、応答を受け取った。

 なら、次は“向こう側へ届く”段になる。


 そこを帝国がどう見るか。

 どう立つか。

 それもまた、新しい均衡の一部になる。


「境界を崩すな」


 レオンハルトは言う。


「はい」


「中央を急かすな」


「承知しました」


「そして」


「次の席が生まれるなら、帝国はそこから外れるな」


 エルマは深く頭を下げた。


 帝国は前へ出すぎない。

 だが、見失いもしない。

 それが今の強さだった。


 ---


 魔導王国エルグレイスでは、中央記録院の一角に新しい保管棚が設けられていた。


 補助宮。

 白霜外界。

 眠王中継遺構。

 門前秩序。

 そして、その一段下。


 **応答記録・第一次**


 リセリアはその札を見て、何とも言えない顔をした。


「重いですね」


「ええ」


 オルフェンは静かに答える。


「ですが、これ以外の名を付ける方が不誠実でしょう」


 それもその通りだ。


 まだ完全接続ではない。

 姿を見たわけでもない。

 会話が成立したわけでもない。


 それでも“応答があった”ことだけは、もはや疑いようがない。

 だから記録も、その事実に合わせるしかない。


「神話が、ついに注釈じゃなくなりました」


 リセリアがぽつりと言う。


 オルフェンはわずかに目を細めた。


「はい」


「今までは、古い文献の向こうでした。失われた王、眠れる王、保留された白。そういう記述を追っていた」


「ええ」


「でも、もう違います」


 彼女は記録棚へ置かれた新しい札を見る。


「現在です」


 その一言は、学者としてかなり深い告白だった。


 記録しているのではない。

 いま起きているものに立ち会っている。


 それは喜びでもあり、怖さでもある。


「終王は、どう動くでしょう」


 リセリアが問う。


「待ち方を変えたように」


 オルフェンはゆっくり言った。


「次は、届き方を変えるでしょう」


 その表現は、王国らしく少し遠回しで、かなり正確だった。


 会いに行く。

 それをそのまま言ってもよかった。

 だが、いまの段階では“届き方を変える”の方がしっくりくる。


 まだ門は完全には開いていない。

 なら、次に必要なのは向こう側へ届くための条件を揃えることだ。


 王国の役目は明快だった。


 見誤らないこと。

 そして次の条件が何であるかを、最も正確に記録すること。


 ---


 蒼海商盟ルヴァンディアでは、価値の表が一晩で書き換わっていた。


 門前順序案件。

 第二圏観測席。

 境界安定権。

 待機権。

 受容配置参加権。


 その一番下に、新しく小さく追加された札。


 **接見前段階**


 メリゼアはそれを見て、机へ片肘をついた。


「嫌な言葉ね」


 カイルが苦笑する。


「でも、ぴったりです」


「そうなのよ」


 接見。

 まだそこまで行っていない。

 だが、もう“ただの応答”でもない。


 向こう側の王は終王に返した。

 なら次に価値を持つのは、誰がその先の段に立つのかという話になる。


 商盟としては、そこへ一番早く値札を付けたい。

 だが同時に、一番雑に扱いたくない。


 いまここで“接見順を売る”などと言い出したら、たぶん全部が下品になる。

 そして下品になった瞬間に、門の向こうはまた遠ざかるだろう。


「短期派は」


 メリゼアが問う。


「静かです。今度ばかりは本当に」


「いいことね」


 彼女は少しだけ笑った。


「ようやく怖がるべきものを怖がり始めた」


 怖がる。

 そこが大事だった。


 門前で余計なことをすると、自分たちの得ではなく、世界全体の順番が崩れる。

 そこまで理解した短期派は、もはや短期派としては半分失格みたいなものだ。


 だが、いまはそれでいい。

 短期より、外されない方が高い。


「終王は」


 カイルが言う。


「おそらく次の段へ進みます」


「ええ」


 メリゼアも頷いた。


「そして今度は、“待つ”じゃなく“届く”の方へ行く」


 それは商人にも分かる変化だった。


 門前に秩序を置き、受け取りの場を作り、応答を受け取った。

 そこまで行ったなら、次はその先へ伸びるしかない。


「なら商盟は」


 メリゼアが言う。


「道を売るんじゃないわね」


「ええ」


「道を崩さないことに値を置く」


 それがこの国のやり方だった。


 正面に立たない。

 だが、流れが死なないようにする。

 海の国は、そうやって一番大きな利益を拾う。


 ---


 聖冠連邦アルディウスでは、静けさが一番深かった。


 法王庁の一室で、ユリオス十三世は長い時間何も言わなかった。

 窓から差す光は淡く、卓の上には北方報告が一枚だけ置かれている。


 **応答確認。個別呼応あり。名づけ保留**


 いかにも連邦らしい書き方だ。


 応答は認める。

 だが、名前はまだ保留する。


 それは弱さではなく、今の段階ではむしろ誠実さに近かった。


「名が遠のきましたな」


 法王がようやく言う。


 アシュレイが頷く。


「はい」


「ですが、理解は近づいた」


「ええ」


 そこが連邦にとって、いちばん難しいところだった。


 普通なら逆だ。

 理解が浅いから名を置く。

 名を置いてから、そこへ意味を重ねる。


 だが、いま北で起きていることはその逆を要求している。


 名を急ぐと外す。

 理解を深めるほど、まだ強く断じられなくなる。


 信仰国家にとっては、かなり苦しい形の真実だった。


「聖女はどう感じています」


 法王が問う。


 リュミエラは少しだけ目を伏せたあと、答えた。


「怖いです」


「はい」


「でも、それだけではありません」


「ええ」


「眠りは、閉ざしているのではなく、留めている感じがしました」


 その表現に、法王はゆっくりと頷いた。


 留める。

 保つ。

 まだ終えてはいけないものを、眠りの中で抱える。


 それは災厄の王というより、むしろある種の守り手に近い。


 もちろん、その守り手が人にとって優しいとは限らない。

 だが少なくとも、“ただ滅ぼすもの”ではなかった。


「グラウスは」


 アシュレイが低く言う。


「納得していません」


「でしょうな」


「ですが、今日の応答で強く出る理由もまた減りました」


「ええ」


 法王は静かに言った。


「向こうが返してきた以上、こちらから意味を奪うのは違います」


 それが今の連邦の結論だった。


 まだ名を置かない。

 まだ断じない。

 祈るなら、壊さぬ位置で。


 それは窮屈だ。

 だが、いまの北にはその窮屈さの方が正しい。


 ---


 そして黒鴉城ネヴァーグレイヴ。


 夜の小会議室には、またクロウだけが残っていた。


 最近は本当にこの時間が増えた。

 王というのはもっとこう、玉座で何かを待つものだと思っていた。

 実際にはかなりの時間、記録板と地図の前に立っている。

 理不尽である。


 机の上には、今日までの整理が並んでいた。


 門前秩序、成立。

 受容配置、成功。

 意味断片、受領。

 個別呼応、確認。

 向こう側存在、確定。


 そこまで来て、さらに最後にヴェルミリアが追記した一文がある。


 **次段階予測:接近ではなく接見**


 それを見て、クロウは思わず少しだけ顔をしかめた。


「重いな」


 声に出る。


 接見。

 別に間違ってはいない。

 むしろ、かなり近い。


 だが言葉にされるとやはり重い。

 こちらが会いに行く。

 あるいは、向こうと会うための段に入る。


 返事が来たなら、たしかに次はそうなるのだろう。


 窓の外は暗い。

 北は見えない。

 それでも白の向こうに、もう一柱の王がいるという事実だけは消えない。


「…一人ではなかった、か」


 小さく呟く。


 その言葉は、少し前までならどこか他人事みたいに聞こえただろう。

 だが今は違う。


 終王としての責任は変わらない。

 面倒なことも減らない。

 むしろこれから増える可能性の方が高い。


 それでも。


 一人ではなかった。


 その一事が、思っていたよりずっと深く、自分の中に残っている。


 嬉しいと言うには重い。

 救いだと言うにはまだ早い。

 それでも、来ないままよりはいい。


 その程度には、もうはっきりしていた。


 クロウは記録板の上に指を置いたまま、静かに息を吐く。


 返事は来た。

 なら次は、その返事の先へ進む番だ。


「…会いに行くことになるんだろうな」


 誰に聞かせるでもない声だった。


 だがその時、扉の向こうからヴェルミリアの落ち着いた声がした。


「はい」


 どうやら、また残っていたらしい。


「…いたのか」


「失礼いたしました」


 まったく悪びれない返しである。


「ですが、おそらく陛下はそう仰るかと」


「嫌な読みだな」


「光栄です」


 少しだけ、ほんの少しだけだが、クロウは苦笑しそうになって、それを堪えた。


 会いに行く。


 その言葉はまだ重い。

 だが、目を逸らすほどではない。


 白き眠りからの応答は、世界だけではなく、クロウの孤独の形まで少し変えてしまったのだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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