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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第6章

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「一人ではなかった」

 


 応答のあとに残る静けさは、何も起きなかったあとの静けさとはまるで違う。


 門前から各国が引き、白霜外界の前から人の気配が少しずつ薄れていっても、その場にはまだ**“誰かが確かにいた”**という重みだけが残っていた。


 黒鴉城ネヴァーグレイヴへ戻った夜、城の中はいつも通り静かだった。

 それなのに、クロウには全部が少しだけ違って見えた。


 壁も。

 廊下も。

 灯りも。


 何一つ変わっていないはずなのに、どこか**“向こう側がいたあと”の世界**に見える。


 自分でも変な感覚だと思う。

 だが、そうとしか言いようがなかった。


 小会議室の卓には、今日の記録がまだ片づけられずに並んでいた。


 意味断片、受領。

 個別呼応、確認。

 応答、成立。

 完全接続、未成立。

 向こう側存在、確定。


 最後の一文が、妙に重い。


 **存在、確定**


 当然だろう、と頭では思う。

 応答が返ったのだから。


 だが、頭で当然だと思うことと、こうして記録として突きつけられることの間には、少しだけ距離がある。


 クロウはその一文を見つめながら、内心でかなり率直に思っていた。


(本当にいたな)

(いや、もうそこは疑いようがないんだが)

(疑いようがないからこそ、逆に落ち着かない)

(いて、返してきて、しかも私を知っていた)

(…重いな)


 重い。

 ひどく重い。


 怖いのとも、面倒なのとも、少し違う。

 もちろん面倒でもある。

 だが今はそれだけではない。


 長く続いていた**“白の向こうに何かがいるかもしれない”**が、ついに**“いた”**へ変わってしまった。


 その変化は、思っていた以上に自分の中へ深く入ってきていた。


 ---


 扉が静かに開き、ヴェルミリアが入ってくる。


「陛下」


「ああ」


「各国より、簡易の整理が届いております」


「言え」


 ヴェルミリアは記録板を順に並べた。


「帝国は、“もう一柱の王権存在が応答した”と判断」


「王国は、“神話的記録が現在の応答として確認された”と整理」


「連邦は、“まだ名を置き切れぬが、ただの災厄や怪異ではない”との見解」


「商盟は、“接見前段階として価値体系の再編が必要”と見ています」


 どれも、それぞれの国らしい。


 帝国は現実として受け止める。

 王国は記録として整理する。

 連邦は名づけに苦しむ。

 商盟はすぐに価値の組み替えを考える。


 だが、その全部に共通していることもある。


 もう、向こう側を**“何も分からない白”**としては扱えない。


「当然か」


 クロウが言う。


「はい」


 ヴェルミリアは頷いた。


「少なくとも、“誰かがいる”段階は過ぎました」


「今度は、“どういう王か”だな」


 その言葉に、ヴェルミリアの目が少しだけ細まる。


「陛下は、何か感じられましたか」


「感じた」


 クロウは短く答えた。


「だが、うまく言葉にしにくい」


 それが正直なところだった。


 向こう側から返ってきたのは、たった一言だった。

 **待たせたな**


 短い。

 だが、その短さの中に情報ではなく、もっと別のもの――**在り方**のようなものが混じっていた。


「ただ眠っていたわけじゃない」


 クロウはゆっくりと言う。


「眠ること自体に意味があった」


「はい」


「こちらと同じではない。だが、まるで無関係でもない」


 そこまで言うと、ヴェルミリアは深く頷いた。


「世界の歪みを、別の形で引き受けている王」


「たぶん、そんなところだ」


 ひどく曖昧な表現だ。

 それでも今は、それが一番近い。


 クロウは終わるべきものを終わらせることで、世界の過剰を切る。

 向こう側は、まだ終わらせてはいけないものを眠りの中へ置くことで、世界の過剰を保留する。


 やり方は違う。

 役割も違う。

 だが**“世界に必要だからそうしている”**という根の部分では、たぶん同じ側にいる。


 そこが、いちばん重かった。


 ---


 しばらくして、オルフェンとリセリアが入室を許されて小会議室へ入ってきた。

 続いてレオンハルト、アシュレイ、リュミエラ、そして少し遅れてカイルも姿を見せる。


 大仰な会議ではない。

 だが、今日の応答を受けて最小限だけでも整理しておく必要があった。


 全員が揃うと、妙に言葉が少ない。

 無理もない。


 ここまで来ると、誰も軽々しく断定したくない。

 そして誰も、何も変わらなかったふりもできない。


「確認から入ります」


 ヴェルミリアが言った。


「本日、白き眠りの側より、明確な応答が返りました」


 誰も異論を挟まない。

 その時点で、もう大きい。


「完全接続には至っておりません」


「ええ」


 オルフェンが頷く。


「姿の完全顕現もなし。門そのものも開き切ってはいない」


「ですが」


 リセリアが続けた。


「応答の主体が“誰か”であることは、ほぼ疑いようがありません」


 そこも、もう全員の認識が揃っている。


「帝国としては」


 レオンハルトが低く言った。


「王がもう一柱いると見る」


「異論はない」


 アシュレイも言う。


「ただし、いまはまだ“現れた”じゃない。“返した”だ」


 その違いは重要だった。


 現れたのではない。

 返した。

 そこには慎重さがある。

 順番がある。

 そして、いま門前で行われている全部の意味がかかっている。


「連邦としても」


 アシュレイは続ける。


「ここで無理に名前を置くのは違うと思っている」


 それは、この場にいる全員にとっても同じだった。


「商盟は」


 カイルが軽く肩をすくめた。


「正直、値の話をしている段階ではなくなりましたね」


 商盟にしてはかなり率直な言葉だった。


 門が立った。

 秩序ができた。

 席が生まれた。

 そこまではまだ値で測れた。


 だが今日返ってきたのは、そういう種類のものではない。

 値段より先に、まず**“本当にいた”**が来てしまった。


「王国としては」


 オルフェンが言う。


「記録の側から申し上げれば、神話が現在へ接続したと言うしかありません」


 それは知の国にしては珍しく、少し感情の入った言い方だった。

 だがそれだけ、この出来事が**記録ではなく今**なのだろう。


 ---


 そこで、リュミエラが静かに口を開いた。


「私は」


 全員の視線が彼女へ向く。


「今日の応答に、敵意を感じませんでした」


 短い言葉だった。

 だが、とても重要だった。


「怖くはありました」


 彼女は胸へ手を当てたまま続ける。


「重くて、深くて、こちらでは触れきれないものがあると分かる感じでした」


「でも」


「でも、壊そうとする感じではなかったんです」


 アシュレイが横で頷く。


「俺もそう見た」


 レオンハルトは少しだけ目を細める。


「王としての圧はあった。だが、侵略の圧ではなかった」


 その整理はかなり正確だ。


 強大だ。

 だが攻めてきたわけではない。

 重い。

 だが押し潰しには来ていない。


 そこが、帝国にも連邦にも王国にも共通して伝わっている。


「向こう側は」


 リセリアが言う。


「ただ眠っていたのではなく、眠っていること自体に意味がある」


「保留、でしょうか」


 カイルがぽつりと言う。


「あるいは」


 オルフェンが続ける。


「留め置き、かもしれません」


 クロウはその言葉を聞きながら、胸の奥で少しだけ引っかかるものを感じていた。


 留め置く。

 保留する。

 眠りの中で引き受ける。


 自分は終わるべきものを終わらせる。

 向こう側は、まだ終えてはいけないものを眠りの中へ置く。


 そうだとすれば、たしかに似ているのだ。


 役割は違う。

 だが、やっていることの根は近い。


「…一人ではないのか」


 気づけば、口に出ていた。


 大きな声ではない。

 ほとんど独り言に近い。


 だが、静まり返っていた室内ではよく聞こえた。


 誰もすぐには返さない。

 返せない、の方が近いかもしれない。


 その一言は、今日の整理のど真ん中にある感情を、あまりにもそのまま言ってしまったからだ。


 ---


 最初に言葉を返したのは、意外にもアシュレイだった。


「そうなんだろうな」


 真っ直ぐな声だった。


「少なくとも、今日のあれはそう見えた」


 クロウは顔を上げる。


 アシュレイは続けた。


「同じとは思わない」


「だが、終王だけがここで立ってるわけじゃなかった」


 それは勇者らしい言い方だった。

 飾らない。

 だが、不必要に軽くもしない。


 リュミエラも、小さく頷く。


「はい」


「眠りの王、という言い方が合っているかは分かりません。でも…一人ではなかったと思います」


 その言葉が、静かに落ちる。


 クロウは少しだけ目を伏せた。


 一人ではなかった。


 単純な言葉だ。

 だが、今この瞬間にはそれ以上に重い言葉もなかった。


 目覚めてからずっと、周りには配下がいた。

 四天王がいて、軍がいて、国がいて、敵も味方もいた。


 だが**“同じ側の王”**となると話が違う。

 少なくとも、ここまでの道のりではずっと一人で立っている感覚の方が強かった。


 それが今日、少しだけ揺れた。


 向こう側にも王がいた。

 しかも、ただ強大なだけではなく、世界に必要な眠りを引き受けているらしい王が。


 それは安心と言うには重すぎる。

 だが、何も変わらないとはもう言えなかった。


 ---


 会議のあと、各国はそれぞれの形で帰っていった。


 帝国は現実として受け止めるために。

 王国は記録へ落とし込むために。

 連邦はなお言葉を探すために。

 商盟は価値の再計算の前に、まず沈黙するために。


 最後に残ったのは、黒翼庭の面々だけだった。


 四天王が言葉少なに退出し、ヴェルミリアも一礼して扉の外へ消える。

 小会議室にはクロウ一人だけが残った。


 灯りは静かだ。

 記録板の文字も変わらない。

 それでも、部屋の中の空気だけが少し違う。


 存在、確定。

 応答、成立。

 完全接続、未成立。


 紙の上では、ただそれだけだ。

 だが、実際にはそれだけでは済まない。


 クロウはしばらく記録を見つめ、それから椅子へゆっくり腰を下ろした。


「…そうか」


 小さく呟く。


「本当に、いたのか」


 その言葉は、確認だった。

 今日一日を通して何度も頭の中で繰り返してきたことを、ようやく声にしただけとも言える。


 だが、声にすると少し違う。


 本当にいた。

 しかも、自分へ返してきた。

 **待たせたな**と。


 その一言を思い出すと、また胸の奥が少しだけ重くなる。


 面倒だ。

 責任も増える。

 これで済まなくなることも山ほどあるだろう。


 でも。


 それでも。


 来ないままよりは、ずっといい。


 その本音を、ようやく自分でも認められる気がした。


 クロウは記録板へ手を置いたまま、長く息を吐いた。


 白の向こうに、もう一柱いた。

 それだけで、この世界の見え方は少し変わってしまった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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