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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第6章

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79/90

「商盟は待つことにも値があると知っている」

 


 蒼海商盟ルヴァンディアでは、値段というものは、たいてい少し遅れて形になる。


 最初は噂だ。

 次に断片。

 それから記録。

 最後にようやく、これがいくらで、どこまで売れて、どこから先は売ると危ないかがはっきりしてくる。


 だが、本当に厄介な案件だけは違う。


 噂の段階でもう高い。

 断片のくせに危ない。

 記録になった頃には、もう市場そのものを組み替え始めている。


 いま北方で起きている門前案件が、まさにそれだった。


 ---


 中央取引院上層の執務室で、メリゼアは机いっぱいに並ぶ帳票を眺めていた。


 門前秩序。

 第二圏観測。

 各国の役割分担。

 帝国の境界抑制。

 連邦の祈りの抑制。

 黒翼庭による中央線の再調整予測。


 どれも本来なら、別々の棚に入る情報だ。


 軍事は軍事。

 宗教は宗教。

 外交は外交。

 遺構は遺構。


 それが今は、全部ひとつの案件として、同じ卓の上に並んでいる。


「ひどいわね」


 メリゼアが言った。


 向かいで整理札を並べていたカイルが顔を上げる。


「どの意味で?」


「全部の意味で」


 即答だった。


「高い。重い。崩せない。しかもまだ伸びる」


「ええ」


「いちばん嫌なやつよ」


 商人にとって、値が高いこと自体は悪ではない。

 むしろ歓迎すべきことだ。


 だが、“高い上に、扱いを一つ間違えると全部が崩れる”案件は別だった。

 そういうものは、儲かる前に胃を痛める。


 カイルは机の端へ積んだ薄茶色の札束から一枚抜いた。


「こちらが現状整理です」


「読み上げて」


「はい」


 彼は落ち着いた声で並べる。


「門そのものの価値は、依然として最高位。ただし、即時売買不可能」


「門前秩序の成立により、“近づける権利”より“外されない立場”の価値が上昇」


「第二圏観測席は高価値。ただし、座る理由を間違えると失格条項に触れるため、実行価値は限定的」


「各国の役割分担が見え始めたことで、“誰が何を抑えるか”そのものが商品になりつつある」


 そこまで聞いて、メリゼアは片手でこめかみを押さえた。


「本当に嫌ね」


「ええ」


「順番だけじゃなくて、“待機権”まで高くなってきてるじゃない」


「はい」


 そこが今回の異様さだった。


 普通の遺構案件なら、最初に触れた者、最初に見た者、最初に持ち帰った者が高い。

 だが、今の門の前では違う。


 最初に触ったら失格する。

 勝手に前へ出たら嫌われる。

 無理に意味を置いても遠ざかる。


 だから逆に**「ちゃんと待てる者」**に価値が出る。


 それは商人にとってかなり面白い。

 そして、かなり扱いづらい。


 ---


「短期派は?」


 メリゼアが問う。


 カイルはすぐに別の帳票を開いた。


「表向き、かなり静かです」


「表向き、ね」


「はい」


「本音を言えば?」


「怖がっています」


 少しだけ、メリゼアの口元が動く。


「それはいいことね」


「ええ」


 前に一度、門前境界へ私設線を差し込み、門に嫌われ、席の失格まであり得るところまで行った。

 あれは短期派にとって、かなり効いたはずだった。


 短期派は欲深いが、馬鹿ではない。

 損切りが必要だと分かれば、いったんは引く。


 問題は、その引いた先で別の儲け筋を探し始めることだ。


「今は何を狙ってると思う?」


「接見順ですね」


 カイルは即答した。


「返事が来たあと、誰がどの順番でどこまで近づけるか。そこに一気に価値が移ると見ています」


「正しい」


 メリゼアは頷く。


「そして正しいから嫌」


 門前秩序が成立した。

 第二圏もできた。

 境界と中央の役割も見え始めた。


 なら、次に高くなるのは当然その先だ。


 返事が来たあと、誰が“会う側”へ進めるのか。

 そこへ目をつけるのは、商盟として正しい。

 正しいが、早すぎる。


「まだそこじゃないのよね」


 メリゼアは低く言った。


「ええ。まだ“返すかどうか”の段階です」


「そう。だから今売るべきなのは順番じゃない」


「では」


「我慢よ」


 カイルが少しだけ笑った。


「一番売りづらい商品ですね」


「でも、今はいちばん高い」


 我慢。

 待機。

 出すぎない判断。


 商人としては、美しくも何ともない。

 だが、いま門の前で価値を持つのはそこだった。


 ---


 室内の別卓では、連絡係たちが各国向けに流す薄い情報の整理をしていた。


 帝国へは、連邦が意味を抑えたこと。

 王国へは、商盟が第二圏へ無理に噛まないこと。

 連邦へは、帝国が中央へ圧をかけないこと。


 それぞれ、少しだけ安心する材料だけを選んでいる。


 カイルはその一覧へ目を通しながら言った。


「今回の案件、面白いですね」


「どこが」


 メリゼアが半眼で返す。


「全員、自分が前へ出すぎると損をすると理解し始めている」


「…それは確かに珍しいわね」


 普通は違う。

 重要な案件ほど、全員が“自分が前だ”をやりたがる。


 だが今の門前では、それをやった瞬間に門そのものが機嫌を悪くする。

 しかも各国とも、それを一度はもう見ている。


 だから初めて**「出ないことが利益になる」**という奇妙な均衡が生まれている。


「終王の線引きが効いてるんですよね」


 カイルが言う。


「本人はたぶん本気で“事故るな”としか思ってないでしょうけど」


「だから高いのよ」


 メリゼアは机へ指を打ちつけた。


「腹の内で駆け引きして線を引いてる相手なら、その腹ごと読む。でもあれは本当に“壊れるからやめろ”で引いてる」


「しかも門がだいたい肯定する」


「そう。そこが最悪」


 最悪、という言い方には、少しだけ楽しそうな響きも混じっていた。


 読みにくい相手ほど商人は嫌う。

 だが、嫌うからといって興味をなくすわけでもない。


 ---


 昼過ぎ、外部流通の整理が一段落した頃、新しい報告が運ばれてきた。


「総代」


「何」


「黒翼庭側、中央線再調整の気配です」


 カイルが受け取り、ざっと読む。

 それから少しだけ眉を上げた。


「来ましたね」


「何が」


「“待つための場”への再編です」


 その一言で、メリゼアの目の色が変わる。


「…もう動いたの」


「はい。帝国が外を押さえ、連邦が祈りを抑えたことで、黒翼庭側が中央の意味づけに着手したようです」


 早い。

 そして、早いからこそまた高い。


 門前秩序ができたあと、各国が少しずつ役割を飲み始めた。

 なら次に動くのは黒翼庭しかない。

 そこまでは見えていた。


 だが、実際にもう動き始めたと聞くと、やはり息を呑む。


「内容はまだ断片です」


 カイルが続ける。


「ですが、“観測席”ではなく“受容配置”に近いものになるかと」


「受容配置」


 メリゼアはその語を口の中で転がした。


「嫌なほどきれいね」


「ええ」


 きれいすぎる。

 そしてきれいだから、たぶん合っている。


 ただの観測なら、第二圏で十分だった。

 そこからさらに踏み込むなら、“返ってきても壊れないように並び替える”しかない。


「全部、綺麗につながり始めてる」


 メリゼアは小さく呟いた。


「そういう時ほど、もう止まらないのよね」


 カイルも頷く。


「はい。ここからは各国が止めるというより、ついていくか外されるかです」


 その言い方はかなり正確だった。


 いま門前で流れを作っているのは黒翼庭だ。

 帝国も、王国も、連邦も、商盟も、その流れにどう位置を取るかを考える側へ回りつつある。


 商盟としては悔しい。

 だが認めないと商売にならない。


 ---


 メリゼアはしばらく黙ったあと、椅子へ深く腰を預けた。


「なら、商盟も役を変えるしかないわね」


「どう変えます」


「前へ出る国じゃなく、崩れないように繋ぐ国へ」


 それは商盟にとって、もともと向いている役割でもある。


 道を作る。

 流れを整える。

 余計な線を切る。

 前に出ないまま、全体の形を崩さない。


 いま必要なのは、まさにそれだった。


「短期派には」


 メリゼアが続ける。


「はっきり言いなさい。“いま一番高いのは、最初ではなく、外されないこと”だって」


「承知しました」


「あと、中央線再調整が始まるなら、商盟はその周辺の雑音を徹底的に減らす」


「流通も絞りますか」


「絞る。門前に届く情報量自体を減らしなさい。余計な推測が増えるほど場が汚れるわ」


 かなり思い切った判断だった。


 だが正しい。

 いま必要なのは、情報の多さではない。

 ノイズの少なさだ。


 門前を“受け取る場”へ変えるなら、そこへ雑多な憶測や私利私欲が流れ込みすぎるのはよくない。


「商人の仕事じゃないみたいですね」


 カイルが少しだけ笑う。


「そうね」


 メリゼアも薄く笑った。


「でも、こういう時の方があとで大きく取れるのよ」


 結局そこへ戻る。

 海の国は、我慢を美徳ではなく利得として理解する。


 ---


 夕刻、商盟側前進拠点では、外部から持ち込まれる小さな情報札が目に見えて減っていた。


 いつもなら、もっと雑多な噂が積まれる。

 帝国がどうだ、連邦がどうだ、王国がどうだ、終王がどうだ。


 だが今日は違う。


 いらない噂は切る。

 中央へ届く前に濾す。

 門前へ持ち込む言葉の量を減らす。


 ただでさえ人は、分からないものの前で言葉を増やしたがる。

 だからこそ今は、その逆をやる。


 カイルは整理済みの札束を見ながら、小さく言った。


「待つことにも値はある、か」


 それは少し前にメリゼアが言った言葉だった。

 その時は半分冗談みたいな響きだった。

 だが今はもう、冗談ではない。


 待つ。

 出すぎない。

 壊さない。

 外されない。


 その全部に、もう値が付いている。


 しかもかなり高い。


 ---


 夜、黒鴉城ネヴァーグレイヴへ一本の短い報せが届く。


 **商盟は門前流通を絞る。余計な雑音を減らし、現配置の維持に協力する。**


 それを読んで、クロウは少しだけ目を細めた。


「珍しいな」


 ヴェルミリアが問う。


「何がですか」


「商盟が、自分から情報を減らす方に回るのは」


 普通なら、もっと売りたがる。

 もっと流したがる。

 それをしないということは、メリゼアたちも、いま必要なのが“静けさの質”だと理解したのだろう。


「利になると見たのでしょう」


 ヴェルミリアは落ち着いて言う。


「商盟らしい判断です」


「ああ」


 たしかに商盟らしい。

 利にならない善意ではなく、利になる静けさとして動いている。

 それでいい。

 むしろ、その方が信用しやすい時もある。


「…助かるな」


 また本音が出た。


 帝国に続いて商盟にもそれを思う。

 門前案件は、人の感想を妙な方向へ曲げる。


「はい」


 ヴェルミリアも頷く。


「帝国が境界を押さえ、連邦が意味を抑え、商盟が雑音を減らす。かなり整ってきました」


「王国は見る」


「ええ」


「なら次は」


 そこで言葉を切る。


 もう分かっている。

 だから切っても、たぶんヴェルミリアには伝わる。


「中央ですね」


「ああ」


 クロウは短く答えた。


 商盟が待つことの値を知り、雑音を減らしたことで、また一つ条件が揃った。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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