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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第6章

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80/90

「待つ王として立て」

 


 **門前を変える。**


 そう口にした時点で、もう半分は決まっていたのだと思う。


 黒鴉城ネヴァーグレイヴの小会議室は、その日の夕刻も静かだった。

 けれど、その静けさは昨日までとは少し違っていた。


 昨日までは**「何をすればいいのか、まだ言葉にしきれていない静けさ」**だった。


 今日は違う。


 やるべきことは、もう見えている。

 門前秩序を置くだけでは足りない。

 ただ壊さないようにしているだけでも足りない。

 次は、門の前を**“返ってきても壊れない場”**へ変えなければならない。


 そこまでは分かっている。


 だからこそ今、小会議室にあるのは“迷いの静けさ”ではなく**「やることは見えた。では、それを誰がどう背負うのか」**という重い静けさだった。


 卓の上には、再整理された門前図が広がっている。


 第一圏。

 第二圏。

 第三圏。


 帝国の境界線。

 王国の記録線。

 連邦の祈りの位置。

 商盟の流通遮断線。

 そして、中央。


 いちばん面倒な場所が、何の飾り気もなく中央にあった。


 クロウはその図を見ながら、かなり率直に思っていた。


(分かる)

(分かるんだよな)

(どう見ても、問題は中央だ)

(外は少しずつ整ってきた)

(帝国は外を押さえた。王国は見方を掴んだ。連邦は意味を押しつけすぎない方へ寄った。商盟も雑音を減らし始めた)

(残っているのは、結局ここだ)

(そして、そこに立つのは私なんだろうな)

(嫌だな)


 嫌だ。

 かなり嫌だ。


 だが、嫌だで済まないことも分かっている。


 帝国は境界を崩さない役を引き受けた。

 王国は“正しく見る”役に徹している。

 連邦は“意味を急がない”という難しい位置へ寄った。

 商盟は情報を減らし、余計な雑音を切る方へ回った。


 ここまで来ると、もう残っているのは中央しかない。


 その中央を、ただ立つための場所ではなく**“返ってきても壊れない場”**に変える必要がある。


 なら、そこに立つ者の役目も変わる。


 終王として裁くように立つのではなく。

 線を引く者として立つだけでもなく。

 返ってきたものを、そのまま崩さず受け取るために立つ。


 つまり、待つ王だ。


 ひどく面倒な響きだった。


 ---


 ヴェルミリアが一枚の記録板をそっと卓へ置いた。


「陛下」


「ああ」


「中央線の再定義に入る前に、確認を」


「言え」


 彼女は、いつも通り落ち着いた声で言った。


「これまで陛下は、門前において“線を引く王”として立っておられました」


 クロウは何も言わない。

 それは、たぶんその通りだからだ。


 門が先。

 争うな。

 勝手に触るな。

 順番を守れ。


 どれも本人の中では、かなり普通の危機管理だった。

 だが結果として、それが門前秩序になった。


 なら今度も、たぶん同じことが起きる。


 ヴェルミリアは続けた。


「ですが、ここから先で必要なのは、“線を引くこと”より“崩れずに受け取ること”です」


 その言葉は理屈としては、もう分かっている。

 昨夜の会議でも、その話は出た。

 各国の役割もそこへ向かって動き始めている。


 だが、こうして改めて言われると、やはり少し重い。


「分かっている」


 クロウは低く言った。


「分かっているが」


「それを、どう立てばいい」


 そこが問題だった。


 ルールなら作れる。

 禁止事項なら言える。

 危ないことを止めるだけなら、まだやりやすい。


 だが**“受け取るために立て”**となると、一段曖昧になる。


 曖昧だからこそ難しい。

 しかも、その曖昧さの中で間違えると、たぶん全部がまた白の向こうへ遠ざかる。


 バルザードが珍しく静かな口調で言う。


「たぶんですが、形だけでは足りません」


「当然だな」


「はい。位置を変えるだけで門が喜ぶなら、もっと簡単でした」


 それはそうだ。


 椅子を置き直すだけで済む話なら、ここまで面倒にはなっていない。

 誰がどこに立つかだけで答えが出るなら、もっと早く終わっている。


「では何が要る」


 クロウが問うと、今度はセラフィナが答えた。


「陛下ご自身が、“待つ側”としてそこに立つことかと」


 またそこへ戻る。


 分かっていた。

 分かっていたが、やはり言葉にされると逃げ場が減る。


「具体で言え」


 クロウが言う。


 セラフィナは少しだけ考えてから、柔らかく言った。


「陛下はこれまで、“こうするな”とお命じになってきました」


「ああ」


「ですが次は、“ここなら返ってきてもよい”と、場そのものへ示す必要があるのではないでしょうか」


 その言い方は、かなり本質だった。


 禁止ではない。

 警告でもない。

 命令でもない。


 もっと静かな“受け取りの意思”に近い。


 ここなら返ってきても壊れない。

 ここなら意味を押しつけない。

 ここなら、こちら側の都合で引き裂かない。


 そういうものを、場そのものへ示す必要がある。


(面倒だな)

(本当に面倒だな)

(“やめろ”の方がまだ簡単だ)

(“大丈夫だ”の方がずっと難しい)


 それが、かなり正直な感想だった。


 ---


 そこで、珍しくガルドが先に口を開いた。


「陛下」


「何だ」


「武の話で申し上げてよろしいか」


「言え」


 ガルドは卓の中央線を指先で示した。


「戦場で、敵を待つことがあります」


 クロウは少しだけ眉を上げた。


「あるな」


「はい。待ち伏せではなく、“ここへ来させるために崩れず立つ”待ち方です」


 その表現が、妙に分かりやすかった。


 待つ。

 だが、ただ立っているだけではない。

 相手が来ても崩れないように、自分も周囲も整えた上で立つ。


「その時に必要なのは」


 ガルドは続ける。


「前へ出る気迫ではなく、退かぬ芯です」


 短い言葉だった。

 だが、かなり深いところへ入った。


 退かぬ芯。


 強く押すのではない。

 迎え撃つのでもない。

 ただ、来るものを壊さず受け止められるように立ち続ける。


 それはたしかに、“待つ王”の立ち方として近い気がした。


「…なるほどな」


 クロウは低く言った。


「強く行くんじゃなくて、崩れずにいる方か」


「はい」


 ガルドは頷く。


「武人として申し上げるなら、そちらの方が難しい」


 それもまた、妙に納得がいく。


 前へ出る強さは分かりやすい。

 だが、来るものを壊さず受け止めるために立つ強さは、もっと静かで、もっと難しい。


 ---


 会議室の空気が少しだけ変わる。


 今まで曖昧だったものに、ようやく少し手触りが出てきたからだろう。


 ヴェルミリアがその流れを逃さずに言った。


「ならば陛下に必要なのは、“迎える王”ではなく」


「“待つ王”として崩れず立つことかと」


「迎える、ではなく待つ」


 クロウは繰り返す。


 その違いは大きい。


 迎える、だとこちらの意思が少し強い。

 来い、の色が出る。

 だが待つ、ならもっと静かだ。


 来いとは言わない。

 だが、来た時に壊れないようにはしておく。


 その方が、今の門の気配には合っている。


「…待つ王、か」


 小さく口の中で転がす。


 正直、似合うとは思っていない。

 自分はもともと、そういう王ではなかったはずだ。


 終わらせる者。

 線を引く者。

 見極める者。


 それが自分の王権の本質だと思ってきた。


 だが、ここへ来て別の顔を求められている。


 それがひどく奇妙で、そして、ひどく逃げにくい。


(そんな役目、最初から聞いてないんだがな)

(いや、最初から聞いてる役目なんて一つもないか)

(目覚めてからずっと、その繰り返しだ)

(分かってる)

(分かってるが、面倒なものは面倒だ)


 何度目かの内心に、自分で少しだけ呆れた。


 ---


 しばらくして、クロウは椅子から立ち上がった。


 その動きだけで、会議室の空気が一段静まる。

 本人はただ立っただけだ。

 だが周囲は、そこへ意味を見る。


 そういう場に、もうなってしまっている。


 クロウは卓上の門前図へ視線を落としたまま言う。


「私は」


 声は低く、静かだった。


「向こうを無理に起こしたいわけじゃない」


 四天王は黙って聞いている。

 誰も口を挟まない。


「返ってくるなら返ってくるで、壊したくもない」


「なら、やることは一つだ」


 視線を上げる。


「門前を変える」


 その言葉に、ヴェルミリアの目がわずかに細まる。


「次は、待つための場にする」


 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 返せない、の方が近いかもしれない。


 それは命令であり、同時に覚悟でもあったからだ。


 クロウ本人の中ではまだ**“そうするしかない”**の延長に近い。

 だが周囲から見れば、それはもう十分に王の決定だった。


「承知いたしました」


 最初に口を開いたのはヴェルミリアだった。


 深く頭を下げる。


「中央線を再定義し、門前配置を“受容配置”へ移行します」


「帝国、王国、連邦、商盟、それぞれに役目を再通知いたします」


「無理に前へ出るのではなく、中央へ返ってきても崩れぬ形へ」


 やはり早い。

 こちらがまだ“決めたな”くらいの段階なのに、もう具体へ落としている。


 ガルドも低く言った。


「中央の護衛線を減らします」


 クロウが見る。


「減らすのか」


「はい。威圧の形が強すぎれば、待つ場にはなりません」


 そこまで分かっているなら助かる。


 帝国も外で剣を抜かずに立ち続けた。

 なら黒翼庭も中央で、守りすぎる気配を少し薄める必要があるのだろう。


「必要最低限にしろ」


 クロウが言う。


「だが、空けすぎるな」


「御意」


 短く重い返答だった。


 セラフィナも続く。


「連邦側の祈りの位置、リュミエラ様を中心に微調整いたします」


「意味を強く置くのではなく、静かに受け取る位置へ」


 バルザードは珍しく興奮を抑えた声で言う。


「記録杭の本数を減らし、観測線を細くします。見るためではなく、返ってきたものを乱さないためにですね」


 その全部が、ようやく同じ方向へ揃ってきていた。


 ---


 会議が終わりに近づいた時、クロウはふと窓の外を見た。


 もう夜だ。

 白も、門も、ここからは分からない。


 それでも胸のどこかで、あの白の向こうが以前より少しだけ現実になっているのを感じる。


 返事はまだ来ない。

 だが、来ないままではない。


 なら次は、こちらがその返事を壊さないように立つ番だ。


「…本当に」


 小さく呟く。


「やるしかないんだな」


 誰にも向けていない言葉だった。

 だが、それに答えたのはヴェルミリアだった。


「はい」


 いつの間にか、まだ部屋に残っていたらしい。


「陛下がそう仰ると思っておりました」


「そういうところだけはよく当たるな」


「恐れ入ります」


 あまり恐れていない返しだった。


 少しだけ、ほんの少しだけだが、肩の力が抜ける。


 きっとそれでいいのだろう。

 覚悟というものは、いつも重々しく固めるばかりが正解ではない。


 面倒だ。

 大変だ。

 やりたくない気持ちもある。

 それでも、やるしかないと分かって立つ。


 たぶん、それで十分だ。


「門前を変える」


 もう一度、自分のために確かめるように言う。


「次は、待つための場にする」


 その言葉は今度こそ、会議の結論ではなく、クロウ自身の腹の底へ落ちたのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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