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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第6章

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「門の前を意味づける者」

 


 白霜外界の白は、遠くから見ればただ広い。


 雪と霧と曇天が混ざった、寒くて静かな北の景色にしか見えない。

 初めて見た者なら、きっとそう思うだろう。


 だが、近づけば近づくほど分かってくる。

 あれは景色ではない。

 もっと厄介なものだ。


 何を見ているか。

 どう立っているか。

 何をするつもりでそこにいるのか。

 どこまで踏み込む気なのか。


 そういうものを、白そのものが静かに測っている。


 だから門の前で必要なのは、ただ人を集めることではない。

 ただ強い者を立たせることでもない。

 そこに立つ人間たちが、どういう意味で門の前にいるのか。その形を揃えることが大事になる。


 翌朝の小会議室には、いつもより人が多かった。


 黒翼庭の四天王。

 魔導王国からはオルフェンとリセリア。

 そして今回は、昨日までの整理を踏まえて、リュミエラとアシュレイも呼ばれている。


 帝国と商盟は現地側の調整へ回り、この場では“知る側”と“感じる側”を優先した形だった。


 卓の上には、門前位相の記録、第二圏観測の差分、連邦側の感知記録、そしてバルザードが妙に几帳面な字でまとめた比較表が並んでいた。


 それを見た瞬間、クロウは少しだけ嫌な予感を覚えた。


 表がきれいすぎる時は、大抵やることが見え始めている時だ。

 まだ答えが出ていない段階の方が、気分としてはむしろ楽である。


(いや、楽ではないな)

(楽ではないが)

(少なくとも“次に何をするか”まで見えると、逃げにくくなる)


 逃げるつもりはない。

 ないが、逃げにくくなるのが嬉しいわけでもない。


「始めます」


 ヴェルミリアが静かに言った。


 その一言だけで、室内の空気がひとつ揃う。


「本日の論点は一つです」


 彼女は記録板を立てた。


「門は、誰を見ているのか。あるいは、誰だけを見ているわけではないのか」


 かなり大きい問いだった。

 だが、いま必要なのはたしかにそこだ。


 第二圏にはオルフェンもレオンハルトも入れた。

 門はどちらも拒まなかった。


 なら、知を好んだわけでも、武を好んだわけでもない。

 少なくとも、それだけでは説明がつかない。


 では何を見ていたのか。


「整理から入ります」


 ヴェルミリアが一枚目を示す。


「王国側第二圏観測時。白の浅まりは最も安定し、門そのものより門前の変化が見えやすくなりました」


 オルフェンが頷く。


「はい。門の輪郭そのものより、そこへ至る手前の整い方が、最も明瞭でした」


「次に帝国側第二圏観測時」


 ヴェルミリアが二枚目へ移る。


「こちらも浅まりは成立。ただし王国時とは少し異なり、“場の圧が保たれたまま静かに収まる”形を示しました」


「観測というより、立てるかどうかを見られていた感じだな」


 レオンハルト本人はいない。

 だがクロウは昨日の印象をそのまま口にした。


「その通りかと」


 リセリアが引き取る。


「王国の時は“見る者”として、帝国の時は“保てる者”として、門前は扱いを分けていたように思えます」


 つまり、誰か一人だけが正解ではない。

 知だから通るわけでもなく、武だから通るわけでもない。

 役割ごとに許している。


 そこまでは見えている。


「では、共通項は何だ」


 クロウが問うと、しばらく沈黙が落ちた。


 全員が分かっている。

 だが、まだ一言でぴたりとは言い切れない。

 そういう沈黙だった。


 最初に口を開いたのはリュミエラだった。


「たぶん…」


 彼女は少しだけ胸へ手を当てる。


「どちらの時も、“前へ出ている”感じはしませんでした」


 オルフェンとリセリアが同時に顔を上げる。

 その表現が、学者の言葉ではないのに妙に本質へ近かったからだろう。


「どういう意味ですか」


 リセリアが問う。


 リュミエラは迷いながらも続けた。


「王国の時も、帝国の時も、門に向かって押している感じがなかったんです」


「押す」


 アシュレイが小さく繰り返す。


「ええ」


 リュミエラは頷く。


「近づいてはいる。そこに立ってもいる。けれど、“こちらから取りに行く”感じが薄かったんです」


 その言い方を聞いて、クロウの中で何かが少しだけ繋がった。


 取りに行く。

 押す。

 前へ出る。


 たしかに、門が嫌う時はだいたいそこだった。


 勝手に近づく。

 意味を置きに行く。

 外から術式を差し込む。

 どれも、“こちらから押している”動きだ。


 一方で、王国や帝国の第二圏観測は違った。

 そこにいた。

 見た。

 立った。

 だが、押してはいなかった。


「…なるほど」


 クロウが低く言う。


「門は“来るな”ではなく、“押すな”の方なのか」


 それにオルフェンがすぐ頷いた。


「ええ。かなり近いと思われます」


「つまり」


 バルザードが観測盤を叩きながら言う。


「門前で必要なのは、接近の禁止ではなく“押しつけないこと”です!」


 言い方は少し大きい。

 だが意味は分かる。


 門は人の存在そのものを嫌っているわけではない。

 人間側の意志や理屈で、向こう側へ無理に線を通そうとすることを嫌っている。


 だから、ただ静かに立つ者なら許す。

 だが“これを意味づける”“これを開く”“これをこちらの理屈へ引き込む”とやると嫌がる。


 そこまで見えると、今度は次の問いが出てくる。


「なら」


 クロウは言った。


「受け取る場というのは、どういう場だ」


 そこが本題だった。


 ---


 リセリアが記録板を一枚引き寄せる。

 そこには彼女の字で三つの語が並んでいた。


 **呼びかける場**

 **裁定する場**

 **受け取る場**


「比較のため、まずこの三つに分けます」


 彼女は指先で最初の語を示した。


「呼びかける場。これは分かりやすいです。こちらから向こうへ積極的に働きかける場です」


 召喚。

 起動。

 呼応術式。

 そういう方向だろう。


「これは門が最も嫌う可能性が高いです」


「だろうな」


 クロウも頷く。


 いままでの経緯からして、こちらの都合で向こうを引き寄せようとするのは、かなり危ない。

 たぶん最悪に近い。


「次に裁定する場です」


 リセリアは二つ目へ指を移す。


「終王側の理屈で言えば、最も自然です。線を引く。見極める。選別する」


 そこへヴェルミリアが補足する。


「ですが、この意味が強すぎれば門前全体が“終王の場”へ寄りすぎます」


 つまり、向こう側の王にとって“迎えられる側”ではなく、“裁かれる側”の空気が強くなる。


 それもまた、応答しづらいだろう。


「最後に受け取る場」


 リセリアの声が少しだけ静かになる。


「こちらが意味を押しつけず、向こう側が返ってきても崩れないように場所を整えて待つ場です」


 その説明がいちばんしっくり来た。


 押さない。

 裁かない。

 だが、ただ無秩序でもない。


 返ってきたものを、こちらの理屈で捻じ曲げず、そのまま置ける場所。


「受け皿、か」


 クロウがぽつりと言う。


「はい」


 リセリアは頷く。


「たぶんそれに近いです」


「呼ぶわけでもない。裁くわけでもない。ただ受け取る」


 アシュレイが腕を組みながら言った。


「…難しいな」


「はい」


 リュミエラが小さく答える。


「でも、近い気がします」


 彼女の“近い気がする”は、この場ではかなり重い。

 連邦側の感知は、理屈の少し先を拾ってくる。

 そしてたぶん、今回もそうだ。


 ---


「では、受け取る場に必要なのは何か」


 ヴェルミリアが整理する。


「逆に、不要なものは何か」


 そこからはかなり具体的な話になった。


 まず不要なもの。

 これは分かりやすい。


「意味の押しつけだろう」


 アシュレイが言う。


「そうですね」


 リュミエラも続ける。


「“これはこういうものだ”と決めてしまうと、向こう側の余地がなくなる気がします」


 連邦の二人がそこを先に言うのは強かった。


 意味を置きたがる国の側から、“意味を急ぐな”が出る。

 それだけで場の説得力が一段上がる。


「次に」


 オルフェンが言う。


「過剰な観測」


「観測も、ですか」


 バルザードが少し意外そうな顔をした。


「ええ」


 オルフェンは頷く。


「見ること自体は必要です。ですが、“全部をこちらの理解へ落とそうとする”姿勢が強すぎれば、それもまた押しつけになります」


 それは魔導王国らしい自制だった。


 知りたい。

 だが知りたいからといって掴みに行きすぎれば壊す。

 学者がそれを自分で言えるのは、かなり強い。


「あと、これは当然ですが」


 ガルドが低く言う。


「武力の圧」


「はい」


 ヴェルミリアが頷く。


「境界を押さえるための武は必要です。ですが、門前そのものに“脅し”の意味が乗るのは避けるべきでしょう」


 ここまで整理されると、逆に必要なものも見えてくる。


 押しつけない。

 決めつけない。

 脅さない。

 見すぎない。


 なら、必要なのは何か。


「受け取る意志」


 セラフィナがやわらかく言った。


 全員が彼女を見る。


「無理に引き出さず、それでも“返ってきたものはここへ置いていい”と示す意志が必要かと」


 その言い方は綺麗だ。

 だがかなり本質だった。


 ここに返ってきてもいい。

 ここなら崩れない。

 そういう無言の許可が、たぶん要る。


「…つまり」


 クロウは低く言う。


「門の前を、“返事をしてもいい場所”にしろってことか」


 静かな沈黙。

 それから、オルフェンがゆっくり頷いた。


「はい」


 リセリアも同じく。


「その表現が最も近いかと」


 かなり普通に言ったつもりだった。

 だが、やはりこの場では重く響く。


 返事をしてもいい場所。


 それはつまり、こちら側が向こうに対して“いまなら受け取れる”と示す場所ということだ。


 面倒だ。

 ものすごく面倒だ。

 だが言葉にすると、嫌なくらい筋が通る。


(ほら繋がった)

(また綺麗に繋がった)

(だから逃げにくいんだよな、こういうのは)


 困る。

 だが、困っても前へ進むしかない。


 ---


「なら、誰がその意味を定める」


 レオンハルトがいれば、たぶん先に言ったであろう問いを、今回はクロウ自身が口にした。


 卓の空気が少しだけ変わる。

 ここがいちばん重い。


 理屈は分かった。

 受け取る場が必要なのも見えた。

 だが、それを誰が定義するかとなれば、一気に話が現実になる。


「門前秩序が誰を中心に成立したかを考えれば」


 ヴェルミリアは静かに言う。


「やはり陛下です」


「…大げさだな」


「いいえ」


 即答だった。

 まったく迷いがない。


「各国が順番を守ったのも、第二圏の意味が決まったのも、門が“門が先”という線を拒まなかったからです」


「つまり」


 リセリアが補足する。


「すでに門前は、陛下の立ち方で意味が変わる場所になっている」


 やはりそうなる。


 分かっていた。

 だが、分かっていたのと、こうして全方向から言葉にされるのはやはり別だ。


(結局また私か)

(いや、そうだろうなとは思っていた)

(思っていたが、改めて言われると嫌だな)

(本当に嫌だな)


 ただ、その“嫌だ”はもう、逃げたいだけの嫌さではない。


 ここまで来たら、自分が立たなければ雑になる。

 そう分かってしまっているからこその嫌さだ。


「陛下」


 リュミエラが少しだけためらいながら言った。


「おそらく、ですけれど」


「何だ」


「向こう側が見ているのは、強さより“崩さなさ”なのだと思います」


 その一言が、妙に胸へ入った。


 強さより、崩さなさ。


 終王としての強さではなく。

 王権としての威圧でもなく。

 返ってきたものを、そのまま置いておけるかどうか。


 それなら確かに、“待つ王”という言い方にも繋がる。


「…なるほどな」


 クロウは小さく言う。


「強く立つんじゃなくて、崩れないように立つのか」


「はい」


 リュミエラは頷いた。


「そういう感じがします」


 アシュレイもそれを聞いて、少しだけ苦い顔で笑う。


「勇者向きの役じゃないな」


「ええ」


 リュミエラも同意した。


「たぶん、違います」


 だからこそクロウなのだろう。


 終わらせる王。

 線を引く王。

 そしていま、返ってきても壊れないように中央へ立てる王。


 ---


 会議が終わりに近づく頃には、次にやるべきことがかなり具体になっていた。


 門前配置の再編。

 帝国は境界を静かに押さえる。

 王国は記録の線を最適化する。

 連邦は意味を乱さぬ位置へ。

 商盟は外部流通と余計な手の遮断へ。

 黒翼庭は中央の意味を定める。


 その中心に立つのは、クロウ。

 受け取る場の核として。


 嫌なくらい綺麗だ。

 そして綺麗だから、たぶん合っている。


「門の前に立つ者ではなく」


 クロウは最後に静かに言った。


「門の前を意味づける者、か」


 誰に聞かせるでもなく、半ば自分のための言葉だった。

 だが、それを聞いたヴェルミリアは深く頭を下げる。


「はい」


「それが陛下の役目かと」


 また役目が増えた、と思う。

 だが、もう今さら驚きもしない。


 目覚めてからずっとそんな感じだ。

 気づくとやることが増えている。

 しかもだいたい、やらない方がもっとひどくなるから断れない。


「…面倒だな」


 また小さく漏れる。


 すると今度は、なぜかアシュレイが少しだけ笑いをこらえるような顔をした。


「何だ」


 クロウが目を向けると、彼は首を振る。


「いや」


「言え」


「大変そうだなと思っただけだ」


 かなり率直な返しだった。


 一瞬だけ、室内の空気が少しゆるむ。

 リュミエラもわずかに目元を和らげ、オルフェンですら口元をほんの少しだけ動かした。


 不思議なものだと思う。

 いままでずっと“黒翼の終王”として見られてきた相手に、こんなふうに少しだけ人間臭い目を向けられることがある。


 悪くない。

 悪くないが、なんとも言えず落ち着かない。


「…そうだな」


 クロウは短く返した。


「かなり大変だ」


 それは本音だった。


 だが本音を言ったからといって、やることが減るわけではないのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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