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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第4章

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58/90

「門とはなんだ?」

 


 戻ったその日のうちに、クロウは報告を聞き、記録を確認し、少しだけ休み、そして結局また地図の前に座っていた。


 最近ずっとこうだ。


 面倒なものを見つける。

 少し休む。

 次の面倒の入口を確認する。


 非常に良くない生活習慣である。

 だが王というものは、たぶんそういうものなのだろう。

 知りたくなかった。


 小会議室の机には、今回の再踏査で得られた新しい記録が広がっていた。


 門影の固定。

 南西導線での白の浅まり。

 帰還時の位相揺れの減衰。

 門周辺に見られた黒い輪郭の安定化。

 門前での反応光。

 白霜外界の揺れが局所的に収束した時間帯。

 そして、門の周囲だけが“ちゃんと場所になっていた”という複数の証言。


 どれもこれも、“次は中を見る番です”とでも言いたげな顔をしている。

 嫌だな、と思う。

 だが否定材料がないのもまた嫌だった。


(いや、本当に嫌だな)

(見つけた時点でこうなると思ってはいたが)

(思っていたのと、実際に“次は中です”って言われるのとでは全然違うんだよな)


 そこは大きい。

 会議の前に心の中で愚痴っておくくらいは許されたい。


 白霜外界から戻った時、最初に感じたのは疲労だった。

 ただ体が重いという疲れではない。

 景色を信用しないまま歩き続けることの疲れ。

 自分の足音と他人の足音の順番が曖昧になる疲れ。

 “いま見えているものが本当にそこにあるのか”を判断し続ける疲れ。


 戦ならまだ分かる。

 敵がいる。

 距離がある。

 攻撃が来る。

 防ぐ。

 切る。

 下がる。

 進む。

 やることがはっきりしている。


 だが白霜外界には、その分かりやすさがない。

 代わりに、あらゆる判断の手前に一枚ずつ余計な確認が挟まる。


 歩く前に、足場が本当にそこにあるか。

 見る前に、見ようとしていいものか。

 近づく前に、近づくという行為自体が正しいか。


 面倒だ。

 実に面倒だ。

 しかもその面倒さが、かなり筋の通った形でこちらへ来るのがまた嫌だった。


「陛下」


 ヴェルミリアが記録板を抱えて入ってきた。


「門周辺の観測整理が終わりました」


「ああ」


「結論から申し上げますと、あれは単なる現象ではありません」


 だろうな、と思う。

 むしろ“ただの現象であってくれ”と願ったが、願いはだいたい届かない。


「中継遺構である可能性が極めて高いかと」


 言われた。

 はっきり言われた。

 もう逃がす気がない言い方だった。


 クロウは椅子に座ったまま、記録板へ視線を落とす。

 門の輪郭。

 周辺の白の薄まり。

 崩れたような黒い構造。

 補助宮の時のような整然とした“終王の側の遺産”ではなく、もっと壊れ、もっと不安定で、しかし死んではいないもの。


「理由は」


 いちおう聞く。

 聞いたところで結論が軽くなるわけではないが、何も聞かずに頷くと余計にそれっぽく見える。

 最近そのへんのバランス感覚だけは妙に育ってきてしまった。


「三点ございます」


 ヴェルミリアが言う。


「一つ。門影が“見える”ではなく、“立つ”段階に入ったこと」


「二つ。白霜外界の揺れが、その周辺だけ反転気味に安定したこと」


「三つ」


 そこで少しだけ間を置く。


「補助宮複写記録の断片と、門周辺の位相変動に共通項が見られたことです」


 そこへバルザードが、待ってましたと言わんばかりに口を挟んだ。


「はい!補助宮側の記録には“固定失敗”“偏在”“眠り継続”の断片がございました。そして今回の門周辺では、同種の“固定を試みた痕”が取れております!」


「端的に言え」


「壊れかけの繋ぎ口です!」


 嫌だ。

 壊れかけの繋ぎ口。

 言い換えとしてはかなり親切だが、内容は少しも親切ではない。


(うわあ)

(分かりやすいな)

(分かりやすいから余計に嫌だな)


 壊れかけのものは、触り方を間違えるともっと壊れる。

 しかし壊れかけているからこそ、触らないとその先へ行けない。

 どう転んでも面倒である。


「補助宮は記録と認証を支える側でした」


 今度はセラフィナが静かに言う。


「こちらは、おそらく眠りへ通じる座標を“こちら側へ固定し直す”ための遺構かと」


「中継遺構、か」


 クロウが小さく繰り返す。


 その語はもう、仮説ではなくなりつつある。

 嫌なことに、だいぶしっくり来てしまっている。


「はい」


 ヴェルミリアが頷いた。


「本体ではない。ですが、本体と無関係でもない。今のところ、そう整理するのが最も自然です」


 自然。

 自然という言葉は便利だ。

 便利だが、自然に話が進むほど、本人としては“どんどん面倒の芯に近づいてるな…”としか思えない時もある。


 ---


 その日の夕刻には、黒翼庭の外でも同じ結論へ近づく者たちがいた。


 魔導王国の前進観測線だ。


 オルフェン、リセリア、ザイード、それに選抜観測士たちは、白霜外界の境界で門影固定後の変化を拾っていた。


 直接見えたわけではない。

 だが、門影が安定した瞬間から、白霜外界全体の記録揺れが一部だけ収束し始めている。

 これはもう、“何かが現れた”だけでは説明しにくい。


「整ってきています」


 リセリアが結晶板を見ながら言う。


「門の周辺だけ、“揺れているから見えない”ではなく、“揺れたあとに立っている”形へ寄っている」


 オルフェンも頷く。


「中継遺構でしょうな」


 ザイードが先に言った。


 彼はもう、仮説であることを半分やめている顔だった。


「王権本体ではない。補助宮とも違う。だが、向こう側の座標と現世を繋ぐための固定点としてなら筋が通る」


「問題は」


 オルフェンが静かに言う。


「誰がそこへ最初に入るか、ではありません」


 リセリアがその続きに気づく。


「どう入るか、ですね」


「ええ」


 この件はそこが難しい。


 普通の遺跡なら、先着順に近い。

 封印遺構でも、鍵と手順があればまだ理屈でこじ開けられる余地がある。

 だが今の門は、そういう単純さをもう捨てている。


 正面からは反発した。

 飛びつけば見失う。

 順番を守り、白の浅まりを見た時だけ姿を定める。


 それはつまり、強さや速度ではなく、“近づき方”そのものを見ているということだ。

 そして、その近づき方でいま最も先を行っているのは、やはり黒翼庭だった。


「悔しいですが」


 リセリアが低く言う。


「黒翼の終王が軸です」


「はい」


 オルフェンもそこは否定しない。


「だが、だからといって我々に役目がないわけではありません」


「固定条件の観測」


 ザイードが言う。


「ええ」


「遺構の意味を読むこと」


「それも」


 オルフェンは結晶板へ目を落とす。


「もし本当に眠りの中継遺構なら、向こう側は一箇所に定着していない。なら“門を見た”だけでは足りぬ。固定の理屈が見えねば、次に進めぬ」


 魔導王国らしい考え方だった。


 主にはなれない。

 なら、構造を読む。

 主が通る扉を、その周辺から読み解く。


 悔しさを認めた上で、なお別の役目を取る。

 それが魔導王国の強さでもある。


 ---


 商盟ルヴァンディアでも、門影固定の噂はすぐに金へ変わった。


 ただし今回は、以前のように誰も彼も飛びつく流れではない。


 メリゼアが早い段階で釘を打っていたからだ。


 “王の扉をこじ開ける側には回らない”。


 その方針が、ようやく商盟内部にも浸透し始めていた。

 高い案件は、買えば儲かるとは限らない。

 持った瞬間から持ち主ではなく保管役になることもある。今回はまさにその類だ。


 カイルは港近くの情報室で、新しい噂を整理していた。


 白霜外界に黒い門が立った。

 帝国が遠巻きに観測を増やした。

 魔導王国はさらに外から構造を読もうとしている。

 黒翼庭は二度目の踏査で固定条件を掴み、三度目で門前反応まで引き出したらしい。


「“らしい”が多いなあ」


 小さく呟く。


 だが今の段階では、それでいい。

 むしろ“らしい”の薄さが値札になる。


 全部が確定した頃には、商盟の取り分は減る。

 今はまだ、曖昧だから高い。


 そこへ中央取引院から使いが来た。


「カイル殿。総代がお呼びです」


「はいはい」


 軽く返して立ち上がる。


 メリゼアの部屋へ入ると、彼女は既に帝国・王国・商盟内部の値動きを並べ終えていた。


「門影、じゃなくなったわね」


 第一声がそれだった。


「ええ」


 カイルも頷く。


「今回からは“門”寄りです」


「つまり、向こう側も少し本気になった」


「そう見えます」


 メリゼアは指先で机を軽く叩いた。


「高いわ」


「はい」


「本当に高い時ってね」


 彼女は言う。


「値段が上がるんじゃなくて、雑に売れなくなるのよ」


 白霜外界の門は、いまちょうどそこへ入っている。


 噂は売れる。

 断片も売れる。

 だが核心へ近づく記録は、もう誰にでも流せない。


「帝国は」


「まだ遠巻きです」


「王国は」


「かなり近いですが、主導ではありません」


「黒翼庭は」


 そこでカイルは少しだけ笑った。


「たぶん、また向こうの都合で“普通にやったら正解だった”をやってる最中かと」


 メリゼアが少しだけ眉を上げる。


「何それ」


「何なんでしょうね」


 本当にそう思う。

 だが今までの流れを見ると、あの終王はわりとそういうことをする。

 商人としては非常にやりにくい。

 同時に、目が離せない。


 ---


 そして聖冠連邦アルディウスでは、まだ白霜外界の門そのものまでは掴めていないまま、嫌な予感だけがまた一段深くなっていた。


 リュミエラが感じた“まだ眠っているのに遠くない”という違和感は、その後も完全には消えなかった。

 むしろ、日に日に少しずつ輪郭を帯びている気さえする。


 だが輪郭を帯びると言っても、見えるわけではない。

 遠くで誰かが気配だけを少し近づけてきているような、そんな曖昧な感覚だ。


 アシュレイはそれを聞きながら、また内心で思っていた。


 やっぱり名前だけ先に置きたくない。


 北はもう、“黒翼の終王だけ”では済まないかもしれない。

 そう思い始めた時点で、連邦の中の議論はさらに厄介になる。


 神敵が増えるのか。

 災厄が連なるのか。

 それとも、神話そのものの見方を変えなければならないのか。


 どれも簡単ではない。

 むしろどれも嫌だ。


 その嫌さの中で、グラウスのような男はますます強く“断定”を欲しがるだろう。

 だからこそ、リュミエラもアシュレイも、まだ急いで大きな言葉を置きたくはなかった。


 ---


 黒鴉城ネヴァーグレイヴに話を戻す。


 その夜、クロウは再び小会議室の地図を見ていた。


 最近ずっと地図を見ている気がする。

 剣でも魔法でもなく、地図。

 王というのはもっとこう、玉座に座っているだけで済むのかと思っていた。

 済まないらしい。

 非常に遺憾である。


 目の前には、白霜外界の門。

 いや、正確には門の観測整理図。


 南西回りで固定。

 正面はなお反発。

 周辺の白は一時安定。

 その向こうに、半壊した黒い構造。

 反応光は門面の浅層のみ。

 内部振動は境界からは未確認。

 接触未遂もなし。

 ただし、こちら側の理解に応じるような反応が二度確認された。


「…中か」


 小さく呟く。


 そこまで来たか、という気持ちだった。


 見つけた。

 固定した。

 帰還条件も見えた。

 門の役割も、おおよそ見えた。

 次は内側へ。

 自然な流れだ。

 自然だが、嬉しくはない。

 自然な流れで面倒が深まるのは、だいたい仕事が多い時だけだ。


「陛下」


 ヴェルミリアが声をかける。


「何だ」


「門周辺の位相変動を照合した結果、“ただの入口”ではない可能性が高まりました」


「どういう意味だ」


「遺構そのものが、眠りへの固定を今も続けている可能性があります」


 それを聞いて、クロウは少しだけ顔をしかめた。


「死んでいない、と」


「はい」


「嫌だな」


 また出た。

 だがこれはもう仕方ない。

 死んだ遺構より、生きている遺構の方が面倒なのは当然だ。


「お気持ちは分かります」


 ヴェルミリアが真顔で言う。


「本当にか?」


「ええ」


 そこまで即答されると、少しだけありがたい。

 やはり自分だけが“うわあ面倒だな”と思っているわけではないらしい。


 そこへバルザードが、今度は珍しく落ち着いた声で言った。


「ですが陛下、生きているからこそ残っております」


 クロウがそちらを見る。


「もし死んでいれば、白霜外界ごと崩れていたかもしれません。中継遺構がまだ息をしているからこそ、向こう側との接続も完全には失われていないのです」


 それは真っ当だった。

 そして真っ当だからこそ、逃げ道がない。


(うん)

(分かる)

(分かるんだが、分かると次に進まないといけないんだよな…)


 そういうところだ。


 クロウはしばらく黙ってから、門の図へ視線を戻した。


 半壊。

 固定継続。

 中継遺構。


 そこにあるのは、ただの廃墟ではない。

 眠る何かへ繋がり続けようとしている、壊れかけの手だ。

 しかもその手は、こちらが正しい順番で近づく限り、まだ拒絶せずにそこにある。


 なら、次にやることは一つしかない。


「次は門だ」


 静かに言う。


 その声に、室内の空気が締まる。


「白霜外界そのものじゃない。あの門を測る」


 これも本音だった。

 外界そのものの面倒さはもう十分味わった。

 次は、ようやく“何に向かって歩いていたのか”を見に行く番だ。


「承知いたしました」


 ヴェルミリアが頭を下げる。


「では次回は、門周辺の固定を優先し、内部接続の有無を――」


「待て」


 クロウが止める。


「いきなり内部まで見るつもりはない」


 そこは釘を刺しておかないと危ない。

 この面々は、有能なぶん“次はここまでやれますね”を言いがちだ。

 言いがちだが、こっちはまだ心の準備というものがある。


「まず門だ」


 繰り返す。


「門そのものが生きているなら、どう近づけば嫌がるか、どう近づけばまだ黙っているか、その差を見ろ」


 非常に普通の判断だと思う。

 嫌がる相手には、まず嫌がる条件を知ってから近づくべきである。

 人でも場所でも同じだ。

 たぶん。


 四天王はそろって頷いた。

 やはり、そこは通じる。


 だがそこで終わらず、ヴェルミリアがさらに一枚、別の板を差し出した。


「もう一点」


「何だ」


「門前反応を補助宮記録と照合した結果、“片側だけが成立した接続”に近い波形が出ています」


 クロウは少しだけ眉を寄せた。


「片側だけだと?」


「はい」


 今度はバルザードが言葉を引き取る。


「こちら側の固定条件は、かなり揃っております」


「こちら側?」


「陛下の存在、白霜外界での順序、門の役割の理解、接近態度、裁定権の方向性――それらを門は“現世側の成立条件”としてかなり受け入れております」


 嫌なほど綺麗だった。

 つまり今までやってきたことが、ちゃんと意味を持っていたということだ。

 意味を持っていたのはいい。

 いいのだが、そのぶん次が来る。


「しかし」


 ヴェルミリアが静かに続ける。


「向こう側からの応答がありません」


 室内が、一段静かになった。


「応答がないのか?」


 クロウが聞き返す。


「はい」


 セラフィナが、やわらかな声で答えた。


「こちらがいくら門前を整えても、それだけでは“繋がった”ことにはなりません。向こう側――眠王の側から、接続を受ける反応が必要です」


 そこまで聞いて、クロウは少しだけ目を閉じた。


 要するに、そういうことだ。


 こちらから一方的に門の役割を理解し、位置を定め、固定条件を満たしても、それだけでは足りない。

 向こう側もまた、“繋がる”ことを認めなければ完成しない。


「終王の裁定と」


 セラフィナが静かに言う。


「眠王の応答」


「その両方が必要、ということか」


 クロウが言うと、ヴェルミリアは深く頷いた。


「はい」


 嫌なぐらい綺麗な形だった。


 終わらせる王。

 眠る王。

 こちらからの裁定。

 向こうからの応答。


 物語としてはたいへん美しい。

 現場担当者としては非常に困る。


(いや待て)

(応答って何だ)

(こっちから何か言うのか?)

(誰に?どうやって?)

(本当に面倒だな、話が一段進むたびに面倒の質が上がっていくな)


 だが、ここまで来るともう逃げ場はない。


 補助宮で見た痕跡。

 白霜外界。

 黒い門。

 中継遺構。

 そして今、足りない最後の片側が“向こうからの応答”だと分かってしまった。


 なら、次にやるべきことはもう見えている。

 いや、見えてしまったと言う方が近い。


「…よく分かった」


 クロウは静かに言った。


「つまり、まだ門前だ」


 それはたぶん、一番正確な整理だった。


 中へ入ったわけではない。

 向こうに届いたわけでも、まだない。

 ただ、“ここから先は向こうの返事が要る”ところまで来た。


 ヴェルミリアが答える。


「はい。ですが、門前まで来たこと自体が大きい」


「ええ」


 バルザードも珍しく穏やかに頷いた。


「白霜外界の向こう側を、ただの怪異ではなく“接続可能な王権”として扱える段階へ至りました」


 その言い方は、大きい。

 大きすぎる。

 だが今さらそこへ驚いても仕方がないのだろう。

 もう、ここまで来ている。


 クロウは机上の記録を見つめた。


 中継遺構。

 固定条件。

 向こうからの応答。


 面倒だ。

 だが、目を逸らしたくはない。

 最近ずっと、その二つが並んでいる。

 そして並んだまま、次へ進んでしまう。


「…今日はここまでだ」


 小さく言う。


 いま必要なのは、これ以上話を進めることではない。

 少し頭を整理することだ。


 ヴェルミリアもそこはすぐに理解したらしく、深く一礼した。


「承知いたしました」


 四天王が静かに退いていく。


 一人になった小会議室で、クロウはようやく長く息を吐いた。


「返事、か…」


 ぽつりと呟く。


 門は見つかった。

 役割も見えた。

 こちら側の固定条件も、おおよそ揃った。

 だが最後は、まだ眠る向こう側からの応答。


 それは救いでもあるのだろう。

 そこに本当に“向こう”がいるのだとしたら。


 同時に、すごく面倒でもある。

 返事を聞きに行く、というのはだいたい何かが大きく動く前触れだからだ。


 窓の外は静かに曇っていた。

 北の白はここからは見えない。


 けれど、その向こうにある門と、そのさらに先にいるかもしれない眠りの気配は、もうかなり現実のものとして胸の中に残っている。


「…本当に、まだ終わってなかったんだな」


 誰に聞かせるでもなく、そう言った。


 そして、少しだけ困ったように笑いそうになって、やめた。


 補助宮で七柱の痕跡を見た時にも、どこかで同じことを思った。

 自分はただ一人で残った例外ではなかったかもしれない。

 それは救いだった。

 だが救いであることと、楽であることは別だ。


 むしろ救いがあるからこそ、その先を確かめたくなる。

 確かめたくなるから、また面倒の方へ歩いていく。


 たぶん次は、もっと大きい。

 分かっている。

 分かっているから、今日はもう考えすぎない方がいい。


 そう思えるようになっただけでも、少しは慣れたのかもしれなかった。


 ---


 その夜、白霜外界関連記録の整理項目に、もう一つ新しい語が加えられた。


 **向こうからの応答。**


 門の役割。

 固定条件。

 白の浅まり。

 接近順序。

 そして最後に、向こう側がこちらを受けるかどうか。


 それは単なる観測項目ではなかった。

 この件が、ただの遺構探索でも、単なる神話検証でも終わらなくなったことの証でもある。


 門が生きているなら、向こうもまた死んでいない。

 少なくとも、完全には。


 ならば次に問われるのは、どうやって起こすかではない。

 どうやって“返事を受ける”ところまで辿り着くかだ。


 白霜外界は、まだその全貌を見せていない。

 門もまた、開いていない。

 だが黒翼庭はもう、何を探すべきかだけは知ってしまった。


 入口。

 固定。

 そして応答。


 順番は見えた。

 見えた以上、もう引き返せない。


 白霜外界は、まだ静かだ。

 だがその静けさは空白ではない。

 返事を返す前の沈黙に近い。


 そう思うと、少しだけ背筋が寒くなった気がした。



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