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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第3章 『魔導王国と神話の遺産』

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「同盟と裏切りは、同じ時に起こる」

 


 北へ近づくほど、道は一本ではなくなる。


 街道、旧巡礼路、帝国軍の補給線、商盟の裏荷路、崩れたことになっている山道。

 地図の上では別々だ。

 だが現実には、それらはどこかで互いを嗅ぎつけ、交わり、奪い合う。


 補助宮のような“まだ形の定まらない価値”が動き始めた時、その交差はさらに露骨になる。


 知は独占したがる。

 利は先に触れたがる。

 武は他国に先んじられるのを嫌う。

 信仰は、自分の知らぬ秩序が形を持つことを恐れる。


 だから、同盟と裏切りはよく同じ席へ着く。


 北方遺産を巡るこの盤面もまた、例外ではなかった。


 ---


 旧巡礼路へ入る前の最後の中継地は、商盟と帝国と王国の匂いが不自然に混ざった町だった。


 表向きにはただの山裾宿場。

 だが、看板の色、倉庫の刻印、出入りする荷車の車輪幅、酒場で使われる言葉の訛り、それらを見れば分かる。


 商盟の荷が入っている。

 帝国の前線情報が売られている。

 王国の学者が嫌いそうな粗い封印品まで流れている。


 要するに、“境界の手前で値札が付くもの”が一度集まる町なのだ。


 昼間の大通りは一見すると平穏だった。

 干した獣皮。

 雪を被った荷箱。

 荷駄獣の鼻息。

 山水を温めた湯気。

 そうした田舎宿場らしい景色がある。


 だがその下を流れるものは、もっと濁っている。


 帝国の兵站役が欲しがる補給見積。

 連邦の巡察帰還後に値上がりした北方情報。

 商盟の下位流通に紛れた、由来不明の封印片。

 そして今は、魔導王国の学術使節という新しい客まで来ている。


 この町の空気は静かではなく、低くざわついていた。

 表に出ない会話ほど、床板の下で増える。

 そういう種類の町だった。


 カイルはそういう町が好きだった。

 好きというより、落ち着く。


 綺麗すぎる都では、情報は表へ出ない。

 逆に荒れすぎた前線では、情報が雑に死ぬ。

 その中間、秩序と無秩序がちょうどせめぎ合う町でこそ、本当に売れる断片が浮く。


 宿の上階で地図を広げながら、彼はそういう町特有の匂いを、窓の隙間から入る冷気と一緒に感じていた。


「ここから先は」


 カイルが言う。


「人と道の数が減る分、一つひとつの動きが目立ちます」


 オルフェン、リセリア、ザイード、それに使節側の護衛責任者が地図を囲んでいる。


「つまり?」


 リセリアが問う。


「こちらが見ているつもりで、向こうにも見られやすくなるということです」


 もっともな話だ。


 商盟の情報商は、危険を詩的には言わない。

 値段と視認性の問題として言う。

 その方が、かえって現実味があった。


「補助宮候補地への最短は旧巡礼路だが」


 オルフェンが地図へ目を落とす。


「他にも道がある」


「あります」


 カイルは頷いた。


「そして、こちらだけがそれを知っているとは思わない方がいい」


 その言葉に、護衛責任者の顔が少しだけ険しくなる。


「帝国か」


「帝国だけではないでしょう」


 カイルは言う。


「連邦も、商盟も、あるいは北そのものも」


 最後の一言だけ、少し声を落とした。


 宿の外は風が強い。

 板壁が小さく鳴る。

 北へ近づくにつれて、ただの地理情報だったものに“向こうから見られる可能性”が混ざってくる。


 ---


 カイルは商盟側の仲介人として、この遠征へ同行している。


 だが彼は、魔導王国だけの人間ではない。

 それがこの章の肝だった。


 朝に王国使節へ道を売り、昼に商盟本国へ価値報告を返し、夕方には帝国側の窓口へ“王国がどこまで北へ寄るか”の匂わせを流す。

 必要なら、連邦へさえ“魔導王国が神話遺産へ触れようとしている”程度の断片は売る。


 全部を本気で裏切っているわけではない。

 だが全部を本気で守ってもいない。


 そういう男だった。


 夜遅く、宿の裏手の荷置き場で、彼は小さな結晶板を起動していた。

 商盟本国へ飛ばす短文報告だ。


 ――魔導王国使節、本件を神話級遺産案件として扱う。

 ――補助宮仮説ほぼ確定。

 ――認証子断片現物確認済。

 ――ただし使節は本城敵対を避ける姿勢強し。

 ――現地での開扉は主認証なしには困難との見立て。


 短く、冷たい文面だった。


 そこへ別方向の暗号片を足す。


 ――帝国向け小口:王国は軍を出さず、遺産確認を優先。

 ――連邦向け小口:王国は“神敵”ではなく“遺産”として扱う傾向。


 売る内容を変える。

 誰に何が一番高くなるかを考えて。


 結晶板の面へ淡い光が走り、文面が消える。

 雪と土の匂いが混じる荷置き場で、カイルはそれを見届けながら小さく肩を回した。


「便利だな、俺は」


 誰もいない荷置き場で小さく呟く。


 便利すぎる人間は、だいたい長生きしない。

 カイルはその自覚がある。

 どこへでも顔を出せる人間は、どこからでも切られうる。


 だが今のところ、北の件はまだ“便利さが生きる側”に乗っていた。


 問題は、その便利さがいつ“踏み違えた側”へ見えるかだ。


 黒翼庭はそこを見てくる。

 そのことを、彼は帝国や連邦の断片報告からよく理解していた。


 帝国は押して怒られた。

 連邦は名付けて割れた。

 なら、商盟が次に売るべきものは、鍵でも道でもなく、**どこまでならまだ値札で済むか**という距離感だ。


 それが崩れた瞬間、この案件は高値の商材から、命の安い地雷へ変わる。


 ---


 翌朝、使節は町を出て旧巡礼路へ入った。


 道はすぐに狭くなる。

 整備された街道の名残は最初の半里ほどで消え、その先は岩を削ったような細道と、雪に半ば埋もれた石段が交互に現れる。

 崩れたことになっている、というカイルの表現は正しかった。

 大軍には無理だ。

 荷車も二台並べない。

 だが少数ならまだ使える。


 だからこそ危ない。


 少人数で通れる道は、少人数で待ち伏せもできる。


 しかもこの道には、古い巡礼路らしい不気味さが残っていた。

 折れた標石。

 半ば崩れた祠の台座。

 雪の下に埋もれた祈りの刻文。

 昔は人が信じて通った道だと分かる。

 だが今は、その信仰が死んだ後の骨だけが残っている。


「静かですね」


 リセリアが前方の尾根を見ながら言う。


「静かすぎる時は、だいたい誰かが先に通っているか、誰かが待っている時です」


 カイルの返答は商人らしからぬものだったが、妙に経験が滲んでいた。


「商人の言葉には聞こえませんね」


「流通路ってのは、だいたい盗賊と兵士と噂好きに挟まれて育つんです」


 それもまた事実なのだろう。


 オルフェンは前だけを見ていたが、短く言う。


「護衛を散らしすぎるな」


 隊列が少し締まる。


 学術使節とはいえ、ここから先はもう“見に行く者”であると同時に“見られる者”でもある。


 ザイードはそんな空気の中でも地形ばかり見ていた。


「ここだ」


 唐突に言う。


 全員の足が止まる。


 彼が指したのは、道の右手に落ちる細い谷の先だった。

 雪と岩が重なり、ぱっと見ではただの崩落地形にしか見えない。

 だが、よく見れば奇妙に揃っている場所がある。


「自然崩落ではありませんな」


 ザイードが言う。


「見てください。岩の露出線が途中から不自然に反転している。これは“下に構造物があって、後から土砂を被せた”時の崩れ方です」


 リセリアが目を細める。


 言われてみればそうだった。

 地形は荒い。

 だが荒れ方の質が一定すぎる。

 崩れたというより、何かを隠した上で崩したように見える。


 オルフェンはすぐ結論へ飛ばない。


「補助宮か」


「断定は早い」


 ザイードもそこは抑える。


「ですが、“施設跡の可能性がある地形”としては十分濃い」


 カイルが少し離れた位置で周囲を見回していた。


「問題は、俺たちだけがそこへ気づいたかどうかですね」


 その一言で、現実が戻る。


 学者は見つける。

 商人は“それを他に見つけられているか”を考える。

 どちらも必要だった。


 ---


 それを証明するように、同日の夕刻、別の気配が現れた。


 使節が山腹の広い岩棚で仮営の準備をしていた時、下方の道から三騎ほどの影が上がってきたのだ。


 帝国兵だった。


 正規軍というより、北方方面の機動連絡組に近い。

 黒灰の外套、竜嶺帝国式の短槍、実務だけでできた鎧。

 先頭にいた男は若くない。

 だが経験のある顔をしていた。


「止まれ」


 護衛が前へ出る。


 帝国兵の男は馬を止め、両手を見せる形で少しだけ開いた。


「敵対の意思はない。北方方面の連絡任務中だ」


 カイルが小さく息を吐く。


「やはり帝国も嗅いでます」


 オルフェンは前へ出ない。

 まず護衛責任者へ任せる。

 こういう線引きがうまい。


 短いやり取りの後、帝国兵の男は少しだけ近づき、王国使節の紋を見て眉を動かした。


「魔導王国か」


「そうだ」


 オルフェンがそこで初めて声を出す。


「そちらは」


「帝国北方方面の連絡組だ。名前はシグル」


 名乗りは簡潔だった。


「この道を王国の学術使節が使うとは思わなかった」


「こちらも、帝国がここまで細く目を伸ばしているとは思わなかった」


 オルフェンの返しも簡潔だ。


 無駄に探り合わない。

 だが探っていないわけでもない。


「何を見に来た」


 シグルが率直に問う。


「遺産を」


 オルフェンも率直に答える。


 その言い方に、帝国兵の目が少しだけ細くなる。

 だが否定はしない。


「なら一つ忠告だ」


「聞こう」


「黒翼庭は、見つけた時点でお前たちのものになるわけじゃない」


 それは脅しではない。

 帝国が北を見続けたからこそ出る、現実的な警告だった。


「分かっている」


 オルフェンは頷く。


「だから触れ方を選んでいる」


 シグルはその答えを数秒だけ測り、それから短く言った。


「ならいい」


 帝国兵たちはそれ以上長居せず、去っていく。


 だが、それで分かったことは大きい。


 帝国もこの近辺へ目を入れている。

 王国使節だけの静かな探索ではもう済まない。

 補助宮候補地がもし本物なら、盤面は確実に混み始めている。


「同盟も裏切りもないですね、まだ」


 リセリアが言う。


 カイルが笑う。


「いえ。こういう時は、まだ席が空いているだけです」


 その言い方が妙に嫌だった。

 空いている席は、誰かが座る。

 そして座った瞬間から、同盟も裏切りも始まる。


 ---


 その夜、岩棚の仮営で小さな会議が開かれた。


 灯りは絞られ、風除け幕の中だけが淡く照らされる。

 地図の上には、今日見つけた谷筋の地形と、帝国連絡組の出現地点が重ねられていた。


「補助宮候補地が本物なら」


 オルフェンが言う。


「帝国もいずれ深く気づく」


「連邦も情報を買うでしょう」


 カイルが補う。


「商盟を通して、ですが」


 ザイードは地図を睨んだまま呟く。


「三国が揃い始めたか」


 その言葉は重い。

 連邦の信仰まで加われば、四大国家が全部揃う。


「なら急ぐべきでは」


 護衛責任者が言う。


「人が増える前に」


「急ぎすぎれば失う」


 オルフェンが切る。


「補助宮が本当に主認証系なら、こちらだけでこじ開けることはできない」


 カイルがそこで、一つ別の札を出した。


「その件ですが」


 彼は懐から小さな帳面を取り出した。


「白線運輸経由で流れた認証子断片、どうも一つではなさそうです」


「やはり」


 リセリアが反応する。


「もう一つ、輪状の欠片が沈んだという噂がありまして」


「噂か」


 オルフェンが言う。


「ええ。ですが商盟で“沈んだ”は、半分くらい隠したの意味です」


 カイルは平然としている。

 つまり残り半分は本当に沈んでいる。


「回収できるか」


「やってみます」


 その返事は軽い。

 だが、できないことに軽く“できます”とは言わない男でもある。


「ただし」


 彼は少しだけ真顔になった。


「仮に断片を二つ三つ集めても、それだけで開くとは思わない方がいい」


「理由は」


「価値の高さです」


 いかにも商盟らしい理由だった。


「本当に開く鍵なら、もっと早くに誰かが死んでます」


 場が少し静まる。


 たしかにそうだ。

 価値が明確なら、争いも明確になる。

 今はまだ認証子が“高いかもしれない古物”の顔をしているからこそ市場に流れる。

 つまり単独では足りない。


「補助宮は」


 リセリアが言う。


「認証子だけでは開かない」


「おそらく」


 カイルが頷く。


「そして、その“足りない部分”が問題です」


「主認証か」


 オルフェンの声は低い。


 その時だった。


 幕の外で、風とは違う音がした。


 護衛責任者が即座に立ち上がる。

 術式灯が少しだけ強まる。

 外の気配は一つ。

 だが隠していない。


「誰だ」


 護衛の声が飛ぶ。


 数拍の沈黙のあと、外から明るい声が返ってきた。


「技術的に申し上げますと、“足りない部分”はかなり重大です」


 知らない声ではない。

 いや、クロウたちは知っている。だが魔導王国側は初めて聞く。


 幕が外から静かに開かれる。


 そこに立っていたのは、黒い技師服に片眼鏡、義手の指先で何か細い結晶片を弄んでいる男だった。


 その姿を見た瞬間、空気が一気に変わる。


 護衛が前へ出る。

 リセリアの指先に術式が集まりかける。

 ザイードは逆に目を見開く。

 カイルだけが心の中で、ああ最悪のタイミングで最高の当事者が来たな、と思っていた。


 バルザードはそんな空気をまるで気にせず、にこやかに一礼した。


「初めまして、監視者の皆様」


 笑顔は人好きする。

 だが内容がまったく信用ならない種類の笑顔だ。


「黒翼庭第四席、《冥匠》バルザードと申します」


 名乗りが落ちる。


 魔導王国側にとっては、黒翼庭の“四天王”がいきなり目の前に現れた瞬間だった。


 しかも武人ではない。

 威圧で押す騎士でも、裁きを告げる王でもない。

 技術と理屈を持っていそうな相手が、いきなり会議の席へ顔を出したのだ。

 それがかえって不気味だった。


「補助宮の扉に関する議論が、実に面白そうでしたので」


 その声音は本当に楽しそうだった。


「少々、混ぜていただいてもよろしいですか?」


 よろしいわけがない。


 だが、ここで“帰れ”とだけ言って済む相手でもない。

 なぜなら、この男はすでに一番大事なことを言ってしまっている。


 **補助宮の扉**。


 つまり、こちらの仮説は仮説ではなく、向こうにとっても実在へ近い語なのだ。


 オルフェンが静かに立ち上がる。

 リセリアは術式を解かないまま、しかし撃たずに留める。

 ザイードは呼吸すら浅くなっていた。

 カイルは、値段がまた一段跳ね上がったことだけははっきり分かった。


 北方遺産を巡る盤面はいよいよ、同じ席へ各陣営が着き始める。


 知。

 利。

 武。

 そして、王の庭を支える冥匠。


 同盟と裏切りは、まだ始まってもいない。

 だがこの場だけは、綺麗に整ってしまった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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