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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第2章 『聖冠連邦は黄昏を拒む』

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エピローグ 「七柱の影」

 

 白き巡察隊が聖冠連邦アルディウスへ帰還した時、セラフィスの空はよく晴れていた。


 北方から持ち帰った空気とは正反対の、澄みきった青だった。

 白い尖塔はその下でいつも通りに光り、石畳は磨かれ、聖堂の鐘も乱れなく響く。

 修道士たちは決められた時刻に祈り、巡礼者たちは定められた順路を歩き、法王庁の高窓には朝の光が何事もなかったかのように差し込んでいる。


 都そのものは、何も変わっていないように見えた。


 だが、帰還した者たちの中では、確かに何かが変わっていた。


 それは大きな傷ではない。

 目に見える敗北でもない。

 むしろ厄介なことに、形にならない違和感と、どう名づけても足りない感覚だけが残っている。


 祈りが拒まれなかったこと。

 それなのに、真っ直ぐには届かなかったこと。

 黒騎士が秩序のある門番として立ち、黒翼の終王が無差別ではなく“越えた行為だけ”を裁いたこと。

 そして何より、自分たちがその光景を見てもなお、すぐには「神敵だ」と言い切れなかったこと。


 そういう変化ほど、人の中に長く居座る。


 目に見える傷なら、手当てもできる。

 敗北なら、言い訳も立つ。

 だが、言葉にしきれない違和感は違う。

 それは人の判断の根へ残り、次に何かを見た時、その見え方そのものを変えてしまう。


 白き巡察隊は、北からそういうものを持ち帰ってしまっていた。


 ---


 法王庁の報告会は、出発前より少ない人数で開かれた。


 法王ユリオス十三世。

 聖女リュミエラ。

 勇者アシュレイ。

 異端審問長グラウス。

 記録司祭長。

 巡礼監察院の責任者。

 その程度だ。


 人数を絞っているからこそ、この場の重さが分かる。

 余計な耳を入れず、だが後で「聞いていなかった」とは言わせない。

 法王庁が本気で扱う案件だけが、こういう部屋へ上がる。


 長机の上には、北方禁域の記録が整然と並べられていた。


 祈祷旗の傾倒。

 記録文言の変質。

 境界における祈祷の不完全応答。

 黒騎士ガルド・ヴァルカンとの接触。

 そして最後に、黒翼の終王クロウ・レイヴンハートの出現と、第二監視杭の無効化。


 どれも短い文で書かれている。

 だが、短いからこそ重い。


 書き手が感情を削り、事実だけを残そうとした痕跡が見える。

 そして、それでもなお文面から消しきれない異質さがある。

 北で起きたことは、もはや“珍しい現象”ではない。

 明らかに、意思を持つ何かとの接触だった。


「聖女様」


 法王が静かに言う。


「あなたの見解を教えてください」


 リュミエラは一拍だけ呼吸を整えた。


 ここで自分が何を言うかは、連邦の今後に少なからず響く。

 それは分かっている。

 だからこそ、誤魔化さない。


「北方禁域に、意思ある勢力が存在することは疑いありません」


 まず、それを置く。


 部屋の空気がわずかに引き締まる。

 “怪異”ではなく“勢力”。

 それは連邦にとって、ただの神学問題でもなければ、ただの辺境異変でもないという意味になる。


「その中心に、《黒翼の終王》クロウ・レイヴンハートと呼ばれる王がいることも、ほぼ確かかと」


 グラウスの目が少し細まる。

 名前を認めるだけでも、本来は連邦にとって重い。

 名を持つということは、単なる象徴や怪談ではなく、向こうにも秩序と自己認識があるということだからだ。


「危険です」


 リュミエラははっきり言う。


「非常に」


 そこに迷いはない。


「ですが」


 会議室が静まる。


「現時点で、あの存在を“神敵”と断ずるには、私はまだ足りないと考えます」


 それが彼女の結論だった。


 グラウスの視線が鋭くなる。

 だが、口を挟ませる前にリュミエラは続ける。


「理由は二つです」


 整理して話す。

 そうしなければ、感情論だと思われる。

 この場では、正しさは内容だけでなく、どう語るかでも量られる。


「一つ。北方境界における現象は、穢れや破壊として単純化できません。祈りは拒絶されず、しかし選別されるように通る。これは少なくとも、ただの邪悪な怪物とは違う反応です」


 彼女は言葉を選びながらも、逃げなかった。

 “穢れではない”と言っているのではない。

 “穢れだけでは説明しきれない”と言っているのだ。


「二つ。黒翼の終王は、連邦全体ではなく、独断で踏み込まれた行為だけを裁きました」


 その言葉に、会議室の空気が少しだけ沈んだ。


 これが一番重いのだ。


 もし本当に神敵として無差別に連邦を害するつもりなら、あの場でより大きな害を与えることもできた。

 聖女も勇者も、帝国兵も、監察官も、まとめて圧し潰すことだってできたはずだ。

 にもかかわらず、そうしなかった。

 切り取られたのは、あくまで“越えた行為”だけだった。


「もし本当に神敵として無差別に我らを害するつもりなら、あの場でより大きな害を与えることもできたでしょう。ですが、そうはしませんでした」


 そこまで言って、リュミエラは目を伏せた。


「だからこそ、怖いのです」


 声は静かだった。


「ただの怪物なら、もっと分かりやすく憎めます。けれど、あれは違う」


 その“違う”の中には、恐れも、戸惑いも、そして一種の敬意にも似た認識が含まれていた。

 彼女自身、それを完全には言葉にできていない。

 だが言えないからといって、見なかったことにもできない。


 法王は最後まで遮らずに聞いていた。

 そして次に、アシュレイへ視線を向ける。


「勇者様は」


 アシュレイは椅子の背へ預けていた体を少しだけ起こした。


「俺も、近い意見です」


 率直だ。


「危険です。たぶん、今まで相手にしてきたどんな魔物よりも、どんな人間よりも厄介です」


 それも本音だった。

 怪物は怪物として斬れる。

 悪意ある人間も、人間として相手ができる。

 だが、北の王はそのどちらでも足りない。

 理を持ち、秩序を持ち、しかも人に“まだ違うかもしれない”と思わせる余地を残す。

 それは剣の側から見ても厄介極まりない。


「でも、まだ“神敵”って言葉では足りない」


「足りない?」


 グラウスが低く問う。


 アシュレイは視線を逸らさない。


「ええ」


 そして言う。


「神敵って言えば、討てばいい。斬ればいい。けど、あれはそれだけじゃ終わらない」


 部屋の空気がさらに張る。


「黒騎士も、終王も、ただ強いだけじゃなかった。何を越えて、何を越えていないかを見ていた。だから俺には、まだ“討つべき敵”とだけも言えません」


 その言葉は、連邦の勇者としてはかなり危うい。

 だが、同時に重い。


 聖女だけでなく、勇者までもが“神敵と断じきれない”と言っているのだ。

 それは単なる感傷では片づけられない。

 連邦の中で、最も“斬るべき時に斬る役目”を担わされた者が、それでもなお保留している。


 グラウスはそこでようやく口を開いた。


「だからこそ危険なのです」


 やはりそこへ来る。


「理を持つ。秩序を持つ。裁定する。そして人に“まだ違うのではないか”と思わせる。これほど教義を乱す存在が他にありますか」


 彼の目には怒りがある。

 だが、その怒りは私怨ではない。

 秩序を守る者としての本気だ。

 だからこそ余計に厄介だった。


「聖女様も勇者殿も、惑わされておられる」


 リュミエラの眉がわずかに寄る。


「それは違います」


「違わぬ」


 グラウスは切る。


「神敵がただ醜く、ただ穢れているだけとは限らない。むしろ高位のものほど、人の理へ似た形で近づくことがある」


 その理屈は強い。

 完全に間違っているとも言えない。

 だから面倒なのだ。


 もし相手が醜悪で露骨な破壊者なら、議論は簡単だった。

 だが、秩序を持つ敵が最も危険だというのも、宗教国家にとっては筋が通ってしまう。

 理があるからこそ、人はそこへ意味を見てしまう。

 意味を見ること自体を危険と呼ぶなら、グラウスの主張はある種一貫している。


「ゆえに私は申し上げる。断じきれぬこと自体が、既に危険の証左です」


 法王は黙っていた。

 だが、その沈黙は放任ではない。

 それぞれの言葉を最後まで並べさせ、重さを測っているのだろう。


 やがて、低く言う。


「異端審問長」


「は」


「巡察の場で独断があったと報告を受けています」


 会議室がひやりと冷える。


 グラウスの表情は変わらない。

 だが、配下の監察官が朝の会議を無視して第二監視杭を押し込んだことは、もう隠しようがない。


「現地判断の範囲かと」


「私の問いは、範囲の話ではありません」


 法王の声は穏やかだ。

 だが、この瞬間だけはひどく冷たかった。


「私が保留を置いた理由を、あなた方がどこまで共有していたかの話です」


 グラウスは数拍だけ黙り、それから頭を下げた。


「不足があったことは認めます」


 認め方がうまい。

 全面謝罪ではない。

 それでも、法王の前ではこれ以上押し返せないと判断した形だ。


 法王はそこで話を切った。


「本件、現時点での神敵認定は見送ります」


 グラウスの目がわずかに動く。

 リュミエラは息を整える。

 アシュレイは予想通りだという顔をした。


「ただし」


 法王は続ける。


「北方禁域を重篤な対外案件として扱う方針は変えません。連邦は引き続き監視を続け、同時に各国の動きも注視する。異端審問局も職責を果たしなさい。ですが、次に保留を踏み越える時は、私の裁可なくしてはなりません」


「御意」


 グラウスは一礼する。


 恭しく。

 だが、その恭しさの内側で、さらに先鋭化していくものがあるのをリュミエラは感じていた。


 この人は止まらない。

 ただ、より大きな大義を持とうとするだけだ。


 会議はそこで終わった。


 だが、終わっていないことは誰もが分かっている。

 連邦は割れたまま、北を見続けることになるのだ。


 ---


 会議室を出た後、回廊でアシュレイが小さく息を吐いた。


「思ったより、すぐには決めませんでしたね」


 隣へ並んだリュミエラが答える。


「法王猊下は、北を軽く見ておられませんから」


「だからこそ、ですね」


「ええ」


 リュミエラは頷く。


 軽く見ていれば、もっと簡単に神敵と置けただろう。

 だが軽く見ていないからこそ、すぐには名付けない。

 そこが、まだ連邦が壊れきっていない証でもある。


「でも、楽にはなりませんね」


 アシュレイが言う。


 その通りだった。


 グラウスは止まらない。

 異端審問局もまた、次の材料を集めに行くだろう。

 連邦内部の“早く決めたい”空気は消えていない。


「はい」


 リュミエラは静かに答える。


「だからこそ、見続けるしかありません」


 アシュレイは苦笑した。


「帝国の連中みたいなことを言いますね」


「そうでしょうか」


「はい。面倒でも、見なきゃならないって顔です」


 それが少しだけ可笑しくて、リュミエラはほんのわずかに口元を和らげた。


「勇者殿も、同じではありませんか」


「まあ、それは」


 アシュレイは否定しなかった。


 二人は短い沈黙のまま回廊を歩く。


 白い壁。高い窓。いつもと変わらぬ聖都の景色。

 なのに今はもう、その白さの下に北の黒が薄く差し込んでいるように思えた。


 セラフィスはまだ美しい。

 だがその美しさの中へ、もう“北をどう呼ぶか”という争いが入り込んでしまっている。

 それを二人とも分かっていた。


 ---


 異端審問局の一室では、グラウスが単独で報告書を読み返していた。


 神敵認定は見送り。

 法王の裁可なくして次の押しは不可。

 聖女と勇者は慎重。

 帝国はなお監視継続。


 紙の上では、敗北にも見える。

 だがグラウスはそう受け取っていなかった。


「だからこそ危険だ」


 小さく呟く。


 黒翼の終王は、連邦を皆殺しにはしなかった。

 独断で押し込まれた行為だけを裁いた。

 そのことが、聖女と勇者に“神敵と断じきれない違和感”を与えた。


 それが最悪なのだ。


 ただの穢れなら、人は憎める。

 ただの災厄なら、討てる。

 だが、理を持つ王は違う。人の中へ迷いを残す。

 秩序にとって、迷いほど危険なものはない。


「次は」


 グラウスの目が暗く細まる。


「もっと大きな場で決める」


 法王の裁可なくしては動けない。

 なら、裁可を引き出すだけだ。

 異端審問長として、連邦の正統の中で。


 この男もまた、前へ進んでいる。

 慎重ではない。

 だが愚かとも言い切れない。

 それが厄介だった。


 彼は教義を武器にする。

 そして教義を武器にする者は、個人の激情で動く者より長くしつこい。

 いまは一歩退いたように見えても、その実、次に必要な言葉と手続きを整え始めているだけだ。


 ---


 その頃、帝国ザルカディアでも、連邦帰還の報が静かに読まれていた。


 軍務省の一角。

 レオンハルトは、北方からまとめて上がった報告の中に、連邦の巡察結果抜粋を見つけていた。


 聖女は神敵認定に慎重。

 勇者もまた、断じきれぬと発言。

 一方、異端審問側はより強く神敵認定を主張。

 北方禁域は連邦内部の解釈も割った。


「面白い」


 小さく呟く。


 面白い、というより厄介だ。

 だが、帝国にとっては価値ある厄介さでもある。


 聖冠連邦ですら、北の王を簡単には神敵と断じられなかった。

 その事実は、帝国の慎重さを裏打ちする材料になる。


 エルマが横から言う。


「連邦は、こちらより先に結論を出したがっていたはずですが」


「出せなかった」


 レオンハルトが言う。


「いや、出したい側と出せない側に割れた、か」


 その方が正確だろう。


「なら、黒翼庭はやはり“ただの怪異”ではない」


 帝国側の認識はますます強まる。

 意思ある勢力。

 しかも、宗教国家にすら単純な言葉で処理させない王。


 それは帝国にとっても、面倒であると同時に、無視できない格を持つ相手になりつつあった。


 レオンハルトの中で、北の王はもう伝承ではない。

 帝国の外へ立つ“もう一つの王権”として輪郭を帯び始めている。

 それが不愉快で、同時に目を離せない。


 ---


 蒼海商盟ルヴァンディアでは、情報商たちが別の顔で同じ報を見ていた。


「帝国は慎重、連邦は割れた」


「つまり、北の件はまだ市場に乗る」


「しかも長く」


 商人たちにとって重要なのは、誰が正しいかではない。

 何が長く価値を持つかだ。


 北方禁域。

 黒翼の終王。

 連邦すら割った王。


 そういう情報は高く売れる。

 だから彼らもまた、静かに北へ耳を向け始める。


 戦争はまだ起きていない。

 だが“まだ決まっていない重大事”ほど、商人にはうまい。

 決着がつくまでのあいだ、いくらでも噂と断片と憶測が動き続けるからだ。

 商盟はその匂いを嗅ぎ取っていた。


 ---


 そして、魔導王国エルグレイス。


 四大国家の中で最も動きが遅く、最も“現象そのもの”へ食いつく国は、ようやく本格的に動き出していた。


 王国南縁、学術都市群の中枢にある中央記録院。

 高い書架。複雑に組まれた魔導照明。紙と結晶板と古代金属板が混在する、知識の迷宮のような空間だ。


 そこへ、北方関連の報告が束になって運び込まれる。


 帝国の監視記録抜粋。

 連邦の巡察帰還報告。

 商盟経由の断片情報。

 古い地誌。

 封印学の異本。

 神話写本。


 筆頭賢者オルフェンは、その最初の数枚を読んだ時点で、すでに目の色が少し変わっていた。


 年は六十を越えているが、痩せた指先にはまだ迷いがない。

 灰銀の髪を後ろで束ね、学術貴族らしい深い青の長衣を纏っている。

 その瞳は冷静というより、興味の焦点が合った時だけ妙に若返るタイプの目だった。


「これは」


 小さく言う。


「ようやく、ですね」


 横に立つのは宮廷魔導師リセリア。若く、鋭く、美しいが、その美しさより先に“頭が速い”と感じさせる女だった。彼女もまた、北方禁域を敵か味方かでなく、まず現象として見ている。


「帝国が慎重で、連邦は内部が割れた」


 リセリアが報告束をめくる。


「つまり、どちらの既存理論でも処理しきれなかったということですね」


「その通り」


 オルフェンは頷く。


 そこへ、封印学教授ザイードもやってくる。痩せた老人で、眼鏡の奥の目がいつも寝不足そうに暗い。


「見つけました」


 彼は息を整えながら古い写本を差し出した。


「《黒翼の終王》に関する異本ではありません。もっと古い、王権神話の断片です」


 オルフェンが受け取る。


 そこに記されていた文言は、今の世界で一般に流通している“災厄王伝承”とは微妙に違っていた。


 ――七柱は世界を割る王ではない。

 ――世界が割れすぎぬよう、その歪みを引き受ける王である。

 ――終わりを告げるもの、閉じるもの、沈黙にて選別するもの。


 部屋の空気が少し変わる。


 リセリアが先に反応した。


「七柱?」


「ええ」


 ザイードが頷く。


「いま一般に伝わる神話では、“黒翼の王”は単独の災厄か、あるいは一群の怪物伝承へ崩されております。ですが、もっと古い層では違う」


 オルフェンの指が、その一節をゆっくりなぞる。


「単独の悪ではない」


「少なくとも、そういう伝承があった」


 ザイードが答える。


「しかも“終わらせるもの”であって、“壊すもの”とは書かれていない」


 リセリアが低く呟く。


「なら、北にいるそれは…」


「神敵かもしれぬし、そうでないかもしれぬ」


 オルフェンが引き取る。


「だが少なくとも、“ただの災厄王”ではない可能性が高い」


 その結論は、帝国とも連邦とも違う方向へ伸びていた。


 魔導王国は、ここで初めて北方禁域を“研究すべき神話の現実化”として見る。


「会いに行く価値がある」


 オルフェンが静かに言う。


 リセリアの目が細まる。


「使節ですか」


「調査使節だ」


 オルフェンは答える。


「軍でも、教義でもなく、我らから」


 ---


 黒翼庭では、玉座の間に静かな時間が戻っていた。


 クロウは高い玉座の上で、連邦帰還後の各国反応をまとめた報告板を見下ろしている。


 連邦は割れた。

 帝国はさらに慎重さを強めた。

 商盟は情報価値を見出した。

 そして魔導王国が、別の角度から北を見始める。


「…次は魔導王国か」


 小さく呟く。


 面倒だ。

 確実に面倒だ。


 だが、連邦よりはまだ話が通じる可能性もある。

 少なくとも、最初から神敵と決めつけて来るよりはましかもしれない。


 そこへヴェルミリアが静かに言う。


「世界は少しずつ、陛下を神話ではなく現実として扱い始めております」


 その言い方は大げさだ。

 だが、たぶん事実でもある。


 クロウは少しだけ目を閉じ、それから短く答えた。


「…そうか」


 それ以上は言わない。


 言えばまた何か重く翻訳されそうだからだ。

 だが、言わなくてももう十分なのかもしれない。


 帝国は北の王を“現実の脅威”として見始めた。

 連邦は“神敵”と呼びたがりながら、そう呼びきれずに割れた。

 そして今、魔導王国は“神話の真実”へ手を伸ばそうとしている。


 世界はもう、戻れない。


 黒翼の終王クロウ・レイヴンハート。

 その名は、遠い怪談でも、信仰の警句でもなく、各国が自分の机の上で扱わなければならない現実になりつつあった。


 玉座の間は静かだ。

 だが、その静けさはもう“眠っている王の静けさ”ではない。


 目覚めた王が、次に来るものを見ている静けさだ。


 クロウは報告板から視線を上げ、遠く暗い天井の奥を見る。


 七柱。


 その言葉はまだ、彼自身の中でもはっきりとは形になっていない。

 だがどこかで、何かが軋むような感覚だけはあった。


 仲間か。

 同格か。

 あるいは、過去の自分たちの痕跡か。


 そこまで考えて、クロウはゆっくりと息を吐く。


「…まだ、面倒が増えるな」


 誰に聞かせるでもない、本音だった。


 だがその小さな独白さえ、広い玉座の間では妙に王らしく響いてしまう。


 そしてその玉座の下では、四天王が静かに次の盤面へ備えている。


 連邦はまだ終わっていない。

 帝国もなお見る。

 商盟は匂いを嗅ぎ、魔導王国は真実を掘り始める。


 そうして世界は、少しずつ北へ引かれていく。


 黒き翼の下へ。

 終焉を告げる王の庭へ。

 そして、七柱の影が眠るかもしれぬ場所へ。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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