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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第1章 『黒翼の終王、目覚める』

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「影は、すでに降りている」



 帝国北方街道は、冬の間ずっと雪が降り積もり道が白い。


 道そのものは整備されている。

 轍も深く、雪かきも行き届いている。

 両脇には針葉樹林が続き、ところどころに宿場や小さな監視塔が立っている。


 だが、それでも北へ向かうほど景色は単調になっていった。


 白い道。

 黒い森。

 鈍い空。


 その上を、二騎の飛竜が進んでいる。


 先頭はディグラス。

 少し後方にエルマ。

 さらに離れて随員が続くが、あくまで後方支援だ。主役はこの二人だけだった。


 飛竜の背は静かではない。

 風は強いし、鱗越しに伝わる振動も荒い。

 それでもディグラスは手綱を握ったまま、無駄な力を使っていない。

 戦場慣れした騎手の体の使い方だった。


 横へ並んだエルマが、風に声を乗せる。


「団長は、伝承を信じますか」


 唐突な問いだった。


 ディグラスは前を向いたまま答える。


「内容による」


「禁域の王については」


「“何かいる”という部分だけな」


 それは身も蓋もない返答だったが、エルマは嫌な顔をしない。


「妥当です」


「お前は信じるのか」


「私は、伝承そのものは信じていません」


 今度はエルマが即答した。


「ですが、伝承が何百年も残る理由は理解しています」


 それは少し面白い言い方だった。


「たとえば、“北へ行くな”という言い伝えは、昔そこで何かが起きたから残ります。“黒い翼を見たら戻れ”という口承も同じです。話の肉付けは変わる。誇張もされる。ですが、核になった恐れだけは不思議と消えません」


 ディグラスはそこでようやく少しだけ横を見た。


「つまり、お前はあの王様ごっこをしてる何かが本当にいると思ってるわけだ」


「王様ごっこ、で済む相手なら楽ですが」


 エルマの声は淡々としている。


「昨夜の報告が正しいなら、相手はこちらの接近を正確に捉え、なおかつ反応を選んでいます。それは少なくとも、相応の知性のある相手です」


 知性。


 そこが厄介なのだ、とディグラスは思う。


 力だけならまだいい。

 強い怪物なら、倒すか退くかの判断になる。

 だが、見て、測って、境界線を示してくる相手となれば話は変わる。


「お前は、“黒翼の終王”本人だと思うか」


 ディグラスが問うと、エルマは少しだけ考えてから答えた。


「分かりません」


「はっきりしないな」


「今はまだ判断材料がありませんので」


 それも当然だった。


「ただ」


 エルマは続ける。


「本人であれ、本人に連なる何かであれ、“王として振る舞う存在”が中にいる可能性は高いと思っています」


 その言い方に、ディグラスは小さく鼻を鳴らした。


「気に食わん話だな」


「帝国の北に、“こちらを監視する王”がいるかもしれない、という意味では確かに」


「そういう意味じゃない」


 ディグラスの目が細くなる。


「見て、試す、そのようなやり方がだ」


 その言葉には、率直な不快感があった。


 帝国の武人として、正面から来ない相手を好きになれるわけがない。

 だがそれは、軽視していい理由にはならない。


 エルマはそこで少しだけ口元を緩めた。


「団長は、ずいぶん気にしておられますね」


「当たり前だ。俺は剣でしか測れんからな」


「では今回は、剣を抜かずに測られるかもしれません」


「だから面白くないのだ」


 それで会話は一度切れた。


 飛竜の羽音だけが続く。


 北へ。

 さらに北へ。


 景色が少しずつ険しくなり、宿場の間隔が広がっていく。

 人の気配も薄くなっていく。


 それに反比例して、ディグラスの中では、まだ見ぬ禁域の存在感が少しずつ大きくなっていた。


---


 その頃、帝都ザルカディアでは、誰にも気づかれないまま黒い影が一つ、屋根から屋根へ渡っていた。


 いや、影というより、影に紛れた鳥と言うべきかもしれない。


 影鴉だった。


 昼でも夜でもないような薄曇りの空の下、その黒は不自然なくらい輪郭が薄い。

 目を凝らしても、そこにいると分かる前に視線が滑る。

 見る者の意識から少しだけ外れるように作られた存在だった。


 影鴉は高い尖塔の先へ降り立ち、じっと下を見下ろす。


 帝都の街路。

 軍務省の屋根。

 皇城を囲む内壁。

 走る伝令。

 出入りする役人。


 表向きはいつも通りの帝都だ。

 だが昨夜から今朝にかけて、動きの密度が明らかに変わっていた。


 報告が回っている。


 命令が下りている。


 まだ人々は知らない。

 だが、中枢だけは知っている。


 そのすべてを、影鴉は無言で見ていた。


 少し離れた場所では、別の影鴉が軍務省上層の窓辺へ張りついている。

 さらに別の個体は、北門近くの竜舎の梁の上から飛竜の出入りを見ていた。


 帝都に、すでに複数入っている。


 しかもそのすべてが、帝国側に気づかれていない。


 セラフィナは、帝都から遠く離れた黒翼庭の一室で、その視界を静かに共有していた。


 壁一面に黒い水鏡のような術式盤が並び、各地の影鴉が拾った景色と音が薄く映り込んでいる。

 彼女は椅子にもたれず、立ったままその複数の視界を眺めていた。


 白銀の髪は乱れず、白と黒の翼も静かだ。


 傍らには二人の影鴉衆が控えている。

 いずれも人型だが、輪郭そのものが少し薄い。

 近くで見ても、そこに立つ人間の形が“深い影”の上へ貼られているようだった。


「軍務省、北門、皇城内壁」


 セラフィナが静かに言う。


「昨日までより動きが早い。やはり帝国は、昨夜の一件を“局地的な異常”では済ませないようですね」


「第一皇子の動きも確認済みです」


 控える一人が答える。


「今朝、北門にてディグラスと接触。同行は拒まれましたが、関心は濃いかと」


「ええ。彼は次の波になります」


 セラフィナは水鏡の一つへ視線を向ける。


 そこには、北へ飛ぶ二騎の飛竜が映っていた。

 ディグラスとエルマだ。

 距離はある。だが影鴉の目には十分近い。


「今はまだ、知と武の札を切った段階だ」


 静かな独白だった。


「それで足りぬとなれば、次は徳が動く。皇子はその時に前へ出るでしょう」


 控える影が問う。


「先に処理なさいますか」


 あまりにも自然な問いだった。


 帝国の第一皇子を“先に処理”という発想が、彼らにとっては現実的な選択肢なのだろう。


 セラフィナは穏やかに首を横へ振る。


「いいえ」


「理由を伺っても」


「陛下は、まだ早いと仰いました」


 たったそれだけの返答だった。


 だが、その一言に彼女自身の判断もすべて含まれている。


 まだ早い。


 その言葉は、黒翼庭の中では単なる保留ではない。

 何をどこまで許すか、その時点での境界そのものだ。


「ならば今は、帝国に選ばせましょう」


 セラフィナの声は柔らかい。


「どこまでなら退けるのか。どこまでなら引き返せるのか。どこで誇りを優先するのか。そのすべてが、次の裁定の材料になります」


 穏やかなのに、言っている内容は冷たい。


 だが、そこに迷いはなかった。


 彼女は決して好き勝手に殺したいわけではない。

 ただ、本気で“陛下の庭に立ち入るに値するかどうか”を見極めようとしているだけなのだ。


 その価値観が、普通の人間と噛み合わないだけで。


「帝都の監視は継続。北へ向かう二騎には、三重で影をつけなさい」


「はっ」


「近づきすぎてはなりません。彼らは昨夜の斥候より目がある」


 影鴉衆たちは深く頭を垂れる。


 セラフィナはもう一度、水鏡へ視線を戻した。


 ディグラス。

 エルマ。


 帝国側の次の札。


 そして、こちらが次に見せるのはガルドだ。


 正面から立つ者と、正面から立つ者。


 ならば、たとえまだ剣が交わらなくとも、次の接触は昨夜よりずっと濃くなる。


 セラフィナは少しだけ微笑んだ。


「楽しみですね」


 それは残酷な意味ではなく、純粋に“陛下の意志がどう相手へ届くか”を見届けたいという顔だった。


---


 同じ頃、黒翼庭の下層工廠区画では、バルザードが一人で騒がしかった。


「いやあ、いいですねえ!」


 誰もいないように見える作業場で、彼は一人、術式板へ何枚もの図面を展開していた。


 広い工房だ。

 黒い床に銀の線が走り、天井からは鎖と器具が垂れている。

 壁際には未起動の魂鋼機兵が並び、中央ではいくつもの結晶が低く唸っていた。


「竜騎士団長! 宮廷魔導官! 実に結構! 非常に結構!」


 片眼鏡を押し上げ、図面をめくる。

 めくるたびに、新しい術式構造や監視結晶の配置案が浮かんでは消える。


「強き者が来るのなら、こちらも相応の強さを見せる必要がありますからねえ!」


 そこへ、工廠の入口からヴェルミリアが入ってきた。


 足音は静かだが、その存在だけで場の温度が少し下がる。


「バルザード」


「おや、これは宰相殿」


 振り向いたバルザードの顔は、まったく反省していなかった。


「念のため確認しておきますが」


 ヴェルミリアの声は穏やかだった。


「余計なものを作ってはいませんね?」


「余計なものとは人聞きの悪い! 私はただ、陛下のお考えをより精密に形へ――」


「作っているのですね」


「作っております!」


 妙なところで堂々としていた。


 ヴェルミリアは一度だけ目を閉じる。

 心底面倒そうだったが、それでも怒鳴ったりはしない。


「内容を」


「監視系ですとも、監視系! あくまで監視の補助! ただし、相手の魔力波形と呼吸と視線の揺れと飛竜の心拍くらいまでは拾いたいので、谷に入る前に薄く散らすだけの微結晶を――」


「戦闘補助機能は」


「ございません!」


「本当に?」


「本当に、本当に! …まあ、閾値を超えた時だけ足元の雪を一瞬だけ固めて姿勢を崩させる程度の機能は」


 ヴェルミリアの紫の瞳が細くなる。


「抜きなさい」


「ええっ」


「抜きなさい」


 今度は有無を言わせない響きだった。


 バルザードは肩を落とす。


「…分かりました」


「陛下はまだそこまでをお望みではありません」


 その一言に、バルザードもさすがに表情を引き締めた。


「分かっていますとも。だからこそ、私は“この先必要になるであろうもの”を形にしたいのです」


 珍しく、その言葉には浮ついた熱だけではない真面目さがあった。


「こちらが本気なら、もっと簡単に潰せる。けれどそうはしない。その差を、きちんと相手に理解させるには、やはり術式の見せ方がですね――」


「あなたのその発想は有益なものです」


 ヴェルミリアが切る。


「有益ですが、一歩間違えれば戦争の種になります」


 バルザードは少しだけ口を閉じた。


 そして、やがて素直に頷く。


「承知しました。では監視のみに特化させましょう」


 たぶん今度は本当にそうなのだろう。


 ヴェルミリアはそれ以上責めず、代わりに短く告げた。


「帝国側は、ディグラスとエルマを出しました」


「聞いております!」


 やはり嬉しそうになる。


「素晴らしい。ちゃんと強きモノを送り出してきましたな!」


「ですから、なおさら逸らないように」


「はいはい、心得ておりますとも」


 そう言いながらも、図面をめくる手は止まらない。


 ヴェルミリアはそれを見て、小さく息を吐いた。


 この男は御しきれない。

 だが、その危うさごと使えるからこそ四天王にいるのだ。


「陛下がお動きになる前に、私たちは盤面を整えるだけ…です」


 ヴェルミリアの言葉に、バルザードは珍しく真顔で頷いた。


「ええ。分かっておりますとも」


 その目は細められていた。


「だからこそ、完璧にしておきたいのですよ」


---


 北方街道を離れた頃には、景色が明らかに変わっていた。


 人の道ではない。


 雪は深く、木々はまばらになり、風が細く鋭くなる。

 飛竜が翼を動かすたび、空気の冷たさが骨まで入り込んでくるようだった。


 ディグラスは前方を見たまま、僅かに手綱を調整する。


「近いな」


 何がとは言わない。


 だがエルマには通じた。


「ええ。禁域の境界線が、もう空気に混ざっています」


 彼女は手元の術式盤を確認していた。

 結晶板の上にいくつもの波形が揺れ、風向き、魔力濃度、飛竜の心拍まで表示されているらしい。


「昨夜と同じですか」


「まだ薄いですが、質は似ています。静かすぎますが」


 ディグラスは空を見上げた。


 曇り空。

 薄い雪。

 何もいないように見える。


 だが、その“何もいない”が昨夜の報告を知っている今となっては逆に不自然だった。


「見られてるか」


 エルマは即答しない。


「たぶん、もうすでに」


 そう言ってから、わずかに目を細める。


「ただ、昨夜よりは遠い位置です。いきなり近くには来ていない。こちらの顔ぶれを見て、向こうも警戒しているのでしょう」


 それはつまり、相手もこちらを見て判断しているということだ。


 気に食わない。

 だが筋は通っている。


「団長」


「何だ」


「もし次も“境界線”を示されたなら、どうしますか」


 ディグラスは少しだけ考える。


 昨夜の報告では、谷に羽が落ちた。

 見られていると分からされた。

 それが境界線だった。


 なら、今日も似たような形になる可能性は高い。


「境界線の引き方による」


「曖昧ですね」


「当然だ。境界線には種類がある」


 ディグラスは短く続ける。


「“近づくな”なのか、“ここで止まれ”なのか、“これ以上は殺す”なのか。それで話は変わる」


 エルマは静かに頷いた。


 まさにその通りだった。


 そして、そういう区別ができるからこそ、この男は今回呼ばれたのだろう。


「もし相手が」


 エルマはあえて言葉を選んだ。


「本当に“王”なら、どこかで姿を見せると思いますか」


 ディグラスは鼻を鳴らす。


「王なら、すぐには出てこないだろうな」


「理由を伺っても」


「王ってのは、最後に立つからこそ王と呼ばれる…そう思わないか?」


 身も蓋もないが、妙に説得力があった。


「なら今日は、王の代わりに立つ何かが来る」


 ディグラスはそう言い切った。


 その直後だった。


 飛竜の喉が、低く震えた。


 ディグラスの目が細まる。

 エルマも術式盤から顔を上げた。


 風が変わった。


 まだ止んではいない。

 だが、空気の流れに人為の混ざる気配がある。


 見えない。


 だが、いる。


 それも、昨夜の斥候より明らかに近い場所に。


「…来たか」


 ディグラスが呟く。


 その声とほとんど同時に、前方の雪原へ、黒い影が一つ落ちた。


 羽ではない。


 もっと大きい。


 人の形をしている。


 黒い甲冑。

 翼を思わせる肩当て。

 雪原に立つだけで、その周囲だけが異様に沈んで見える。


 距離はまだある。

 だが、それでも分かる。


 あれは、昨夜の“見ていた何か”より、ずっと明確な返答だった。


 エルマが小さく息を呑む。


「…境界を守る者」


 ディグラスはゆっくりと飛竜を減速させた。


「そういうことらしい」


 空の下、白い雪原の中央で、黒い騎士がただ一人立っている。


 まだ剣は抜かれていない。


 だが、その静けさが何よりも雄弁に語っていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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