23 星を穿つ銀銀の翼、アステリオレウス
精神世界の中心で俺は銀色の竜馬へと手を伸ばしていた。黒い霧が俺の身体を焼き、成瀬の声が呪詛のように降り注ぐ。
『無駄だ! その馬は終焉の獣。真名を呼べば世界の均衡は崩壊し、お前もろとも虚無に消えるだけだ! それがお前の望む人馬一体の結果か?』
「ああ、そうだ。均衡なんて糞食らえだ!」
俺は成瀬の数式を握り潰すように銀の鱗に触れた。
「こいつが世界を壊すっていうなら、俺が新しい世界を創るための道を引いてやる。お前が言う完璧な終わりなんて、俺たちが走り抜けるスタートラインに過ぎないんだよ!」
俺の魂がルルアの声と共鳴する。
「目覚めろ、相棒! いや、アステリオレウス!」
その名を呼んだ瞬間、精神世界を覆っていた紅い空が粉々に砕け散った。バハムートを縛っていた無数の鎖が、内側から溢れ出す銀色の輝きによって融解していく。
漆黒の毛並みは星屑を散りばめたような白銀の鱗へと変わり、背中には魔力で編まれた半透明の翼が誇らしく広がった。
『レンよ……待たせたな。我が魂、今この時をもって貴様の手綱にすべてを託そう』
その声は脳内への響きではなく、魂そのものに刻まれる聖歌だった。前世の愛馬ギンガの面影を宿しつつ、神話の力を手に入れた唯一無二の存在である。
「帰ろう。現実で皆が待ってる」
一方――現実世界。
レンとバハムートが光に包まれている間、隠れ里はアジャスターが放った魔獣馬の大群に包囲されていた。
「一歩も通さないわよ! 私の全財産を賭けた男に指一本触れさせないわ!」
セリアが魔導書を掲げ黄金の障壁を幾重にも展開する。
「ゴールドシップ! 騎士の誇りを見せなさい! 私たちが時間を稼ぐわよ!」
エリスがボロボロの身体で剣を振り迫りくる魔獣を次々と一閃する。
「みんなに……光をっ!」
覚醒したルルアを抱きかかえながらミアが喉を枯らして歌う。周囲には聖女の奇跡による癒やしの光が溢れ仲間の消耗を食い止めていた。
しかし物量に押されて黄金の障壁が悲鳴を上げる。
「――っ! ここまでなの!」
セリアが目を瞑ったその時。
ドォォォォォン!
石造りの家が内側から爆発するような銀の光に包まれた。次の瞬間、そこにいたのは以前とは比較にならないほどの威厳を纏った銀色の竜馬と一人の騎手だ。
「――待たせたな」
レンの瞳には一切の迷いがない。バハムート――いや、アステリオレウスが一声高く嘶くと、その威圧感だけで周囲の魔獣馬たちが恐怖し後退を始めた。
「レン! その姿?」
エリスが驚愕に目を見開く。
「計算不能……ええ、そうね。これこそが私の求めていた無限大の勝ち目よ!」
セリアが歓喜の涙を拭い算盤を弾き直した。
魔獣の群れが消え去った虚空に、アジャスターの巨大なホログラムが現れた。その顔は初めて予測不能な事態に直面した苛立ちで歪んでいる。
『真名を解き放ったか? よかろう、レン。ならばこの世界の心臓……原初のターフで決着をつけよう。お前が勝てば世界はお前たちの望むままに――私が勝てば世界は完璧な定数へと書き換わる』
アジャスターが指を差した先、荒野の地平線が割れ天へと続く虹の道が現れた。
「ああ……そこが俺たちの最後のゴールだ」
レンはルルアを優しく撫で、セリア、ミア、エリスの三人に手を差し伸べた。
「俺たちの力、あいつに見せつけてやろうぜ」
一頭の馬に五人の魂。アステリオレウスが銀色の翼を広げ、重力を無視して虹の道へと駆け上がる。その足跡には星の粉が舞い、絶望に満ちた荒野に、初めての希望の蹄音が響き渡った。




