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17 琥珀色の祝杯、星空の誓い

 帝都の喧騒が遠くに聞こえる貴賓用の静かな厩舎。そこには並んで深い眠りにつくバハムートとゴールドシップの姿があった。


「ふふ……あんなに火花を散らして走っていたのに今はまるで兄弟みたいね」


 セリアが温かいエールが入った木杯を手に柔らかな笑みを浮かべる。隣ではミアが二頭の馬たちのために、帝都特産のリンゴを丁寧に剥いていた。


「バハムートちゃんもゴールドシップちゃんも、お互いの魂を認め合ったんですよ。見てください、寝息のリズムまで一緒です」


 そこへ少し照れくさそうに――けれど晴れやかな表情をしたエリスが姿を現した。もう冷徹な支配者の仮面を被っていない。


「改めて、おめでとう。私の負けよ」


 エリスは俺の隣に歩み寄り月明かりに照らされたゴールドシップの背を優しく撫でた。


「この子がこんなに深く眠るの半年ぶりだわ。私が……この子から眠る時間さえ奪っていたのね」


「エリスさん、そんなに自分自身を責めないでください。ゴールドシップちゃんを想う気持ちがあったからこそ、あんなに綺麗な走りができたんですよ」


 ミアが剥いたリンゴを差し出すと、エリスは戸惑いながらもそれを受け取り小さく口にした。


「へえ……甘いわね。帝国の果実はもっと苦いものだと思っていたわ」


「それは貴方の心が少し解けたからよ」


 セリアが意地悪く――けれど親愛を込めて微笑む。


「私の計算によれば今の貴方の幸福度は、王都にいた頃の倍以上に跳ね上がっているわ。まあ、その分の代償として私たちの仲間に加わるっていう契約書にサインしてもらうけれど?」


「相変わらずね……セリア……でも悪くない提案だわ」


 エリス、セリア、ミア、遠ざかっていた三人の乙女たちが一つのテーブルを囲んで笑い合う。俺はそれを見ながら前世の孤独な勝負の世界では決して味わえなかった、胸の奥が熱くなるような感覚に浸っていた。


 夜が深まりセリアとミアが馬たちの見回りに席を立った。バルコニーには俺とエリスの二人だけが残される。


「レン、私……貴方と再会できてよかったわ」


 エリスが不意に俺の腕にそっと手を重ねた。


「貴方に負けて初めてわかったの。私は独りで勝ちたかったわけじゃない。誰かに私とあの子の本気を見てほしかったんだって」


 エリスの碧眼が月光を反射して揺れる。


「王都に戻ったら私はローゼンバーグの家を出るわ。貴方たちの厩舎に、私の居場所、まだ残っているかしら?」


「当たり前だ。というか、セリアがもうお前の個室を確保してるはずだぜ。あいつ、用意周到だからな」


「ふふ……そうね。レン……一つだけ約束してほしい。いつか……私が貴方を追い越すその日まで絶対に私の前から消えないで」


 エリスはそう言うと俺の胸に小さく顔を埋めた。彼女から漂う高貴な香水の匂いと馬の額と同じ優しい匂い。俺は彼女の肩を静かに抱き寄せ帝都の星空をともに見上げた。


 翌朝。

 帝都を発つ準備を進める俺たちの元に一通の黒い手紙が届いた。差出人は不明。しかしそこには不気味な刻印――天秤を抱く死神のマークが記されていた。


『おめでとう、光の騎手よ。だが真の調律はこれから始まる。次なる舞台は太古の魔獣が眠る封印の荒野だ。そこで貴様は知ることになる。馬という種が本来なんのために創られたのかをな』


「なによ……これ? 悪戯にしては悪趣味だわ」


 セリアが顔をしかめる。

 バハムートが低く唸った。


『レンよ……血の匂いがする。我が故郷、北の果てにある禁忌の地から不吉な風が吹いてきておるぞ』


 俺は手紙を握り潰し、広大な帝国の地平線を睨み据えた。ギリアムのような小悪党ではない、世界の理を揺るがすような巨大な悪が動き始めている。


「行こう。どんな奴が来ようと俺たちの走りを邪魔させるわけにはいかない」


 漆黒のバハムートと、純白のアルカディア、そして黄金のゴールドシップ。三頭の馬と三人の乙女。俺たちは――さらなる過酷な運命が待つであろう封印の荒野へと向けて新たな蹄音を鳴らし始めた。

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