14 黄金の凱旋、届かぬ咆哮
王都での勝利から半年。
俺たちが次なる舞台に選んだのは北方の軍事大国ゾルストハイム帝国だった。ここで行われる世界最高峰・鉄鋼杯は、標高が高く、空気が薄いだけでなく、常に鳴き砂の風と呼ばれる特殊な魔力嵐が吹き荒れる、世界一過酷なコースとして知られている。
「計算が狂うわ。この街の空気、魔力の伝達効率が王都の半分以下よ。これじゃあ、アルカディアの滑空も維持できるかどうかわからない」
セリアが厚手の外套に身を包み、寒さに震えながら計算尺を叩く。
「レンさん、バハムートちゃんたちが少し苦しそうです。呼吸が上手く合わないみたい」
ミアが心配そうに二頭の鼻先を撫でる。
俺はバハムートの首に触れた。だが――声が遠い。
いつもなら鮮明に聞こえるバハムートの熱い意志が、この地の魔力嵐に掻き消され、ノイズ混じりのラジオのように断片的にしか伝わって来ないのだ。
「甘いわね。そんな対話に頼っているようでは、この帝国の風には乗れないわよ」
聞き慣れた――けれど以前よりもずっと深く冷徹な響き。振り返るとそこには漆黒の毛皮を纏ったエリス・フォン・ローゼンバーグが立っていた。隣にはさらに筋肉が引き締まり黄金の魔力を内側に封じ込めたゴールドシップが静かに佇んでいる。
「エリス……帝都に来ていたのか?」
「ええ。私はこの半年の大半を、この地で過ごしたわ。見なさい。この地で鍛え上げられた私の完璧な走りを!」
エリスの瞳には、かつての焦りはなかった。あるのは過酷な環境を完全に支配した者だけが持つ絶対的な自信だ。
「明日の予選、楽しみにしておきなさい。貴方たちが王都で手に入れた絆という名の魔法が、ここではただの重荷になることを教えてあげるわ」
翌日、鉄鋼杯の予選。コースは断崖絶壁に沿って作られた極限のワインディングロード。
「ゲート、オープン!」
スタートと同時に俺は愕然とした。バハムートが一歩目の踏み込みで滑ったのだ。
『レン……踏ん張りが……風が足を攫うぞ!』
バハムート? 落ち着け、左だ、左に魔力を!
伝えようとするが魔力嵐が俺の意識を乱す。指示が遅れバハムートの走りが噛み合わない。 一方、エリスとゴールドシップは、まるで風そのものになったかのように、急カーブを加速しながら曲がっていく。
「なっ……減速していない? あの角度でどうやって!」
観客席でセリアが叫ぶ。
エリスは馬の声を聞いているのではない。この地の風の周期を完璧に読み、それに合わせてゴールドシップの筋肉を機械的に、かつ精密に制御しているのだ。絆ではなく環境への完全適応である。
「これが私の到達した最適解よ。消えなさい、過去の遺物!」
ゴールドシップが黄金の尾を引いて加速する。俺たちは必死に追い縋ったが――その差は開く一方だった。
ゴール板を最初に駆け抜けたのはエリス。二位に大差をつけた、圧倒的なレコード勝ちだ。
俺とバハムートは砂塵を浴びながら五位でゴールするのが精一杯だった。
「嘘……五位? これほどまでに通用しないなんて……計算外だわ」
セリアが呆然と電光掲示板を見つめる。ミアも言葉を失って立ち尽くしていた。
エリスは馬を止め俺たちの前を悠然と通り過ぎる。一度も振り返ることはなかった。今の俺たちはもはや好敵手ではない――そう言わんばかりの冷たい沈黙だ。
「くそっ!」
俺は泥だらけになったバハムートの首に額を押し当てた。悔しさが腹の底から突き上げてくる。その時、掠れたバハムートの声が微かに脳内に響いた。
『……レン……今の風……掴みかけたぞ。……次は負けぬ……』
俺は顔を上げた。バハムートの瞳には、まだ火が消えていない。アルカディアも悔しさに震えながらエリスの背中を睨みつけている。
「セリア、ミア、データを洗い直そう。あいつが環境に適応したなら、俺たちは環境を支配するだけだ」
予選での惨敗。
それは最強の好敵手――エリスが突きつけられた挑戦状だった。本戦まであと三日。帝都の嵐の中で俺たちの本当の逆境が幕を開ける。




