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13 勝利の余韻、そして新たな風

 王都の喧騒を離れた、静かな王立庭園の一角。ミアはバハムートとアルカディアを連れて、のんびりと草を食ませていた。


「レンさん、見てください。あんなにピリピリしていたバハムートちゃんが今はこんなに穏やかです」


 俺が隣に座るとミアは嬉しそうに微笑み、俺の肩にそっと頭を預けてきた。柔らかな髪の香りといつも纏っているお日様のような匂いが鼻をくすぐる。


「全部、ミアのおかげだよ。お前が二頭の心を繋ぎ止めてくれたから俺たちは空を飛べたんだ」


 俺が彼女の小さな手を握ると、ミアは顔を真っ赤にしながらも力強く握り返してきた。


「私……レンさんがいつか遠くへ行ってしまうんじゃないかって怖かったんです。でも――もう大丈夫。どこへ行っても私がお馬さんたちと一緒にレンさんの帰る場所を守りますから」


 ミアは少し背伸びをして俺の頬に羽が触れるような柔らかなキスをした。


「これからも可能な限り――ずっと隣にいさせてくださいね?」


 その夜、俺は新しく新設された銀翼の蹄の王都支部のバルコニーに呼び出されていた。そこには豪華なドレスに身を包み、月光を背に受けたセリアが立っていた。


「遅いわよ……この馬鹿。私の時給がどれだけ高いかわかってるの?」


 手には算盤ではなく最高級のシャンパングラスが握られている。


「ギリアムの資産はすべて没収。うちの厩舎の評価額は前日比で一万倍を超えたわ。これで私の家も父の名誉も完全に守られたわね」

「前日比で一万倍って……冗談だよな?」

「資産家たちの投資力を舐めているの? ギリアムが潰れたら逆に賭けるのは鉄則よ? もちろん私たちの実力が公になったこともあるわ」


 セリアは一気にグラスを空けると、ふらりと俺の胸に飛び込んできた。


「レン、貴方は私の人生で最大の利益よ。絶対に手放さないんだからね」


 鋭かった彼女の瞳が今は熱っぽく潤んでいる。セリアは俺の首に腕を回し、耳元で熱い吐息とともに囁いた。


「報酬は金貨だけじゃ足りないわよね? 今夜は私の帳簿を全部忘れさせて」


 月が雲に隠れる中、俺たちは勝利の美酒よりも甘い初めての口づけを交わした。


 翌朝、俺は王都の門で旅装を整えたエリスと向き合っていた。彼女は王室特使として近隣諸国の魔法競馬を視察する任務に就くという。


「勘違いしないで。これは貴方に勝つための武者修行よ」


 エリスはゴールドシップに跨り不敵な笑みを浮かべる。その手には俺が予選で預かったあの銀のブレスレットが大切に握り直されていた。


「レン、この国の外には――まだ見ぬ強力な魔導馬と恐ろしいほど冷徹な騎手たちがいるわ。王都で満足しているなら次は私が貴方を置いていく」


「望むところだ。俺も今の場所で止まるつもりはないからな」


 エリスは馬を俺に寄せると鞭を振るうような鋭い動きで俺の顎を掬い上げた。


「貴方のその馬鹿正直な目が好きだったわ。世界の果てのターフで――また会いましょう」


 エリスは一瞬だけ少女のようなあどけない笑顔を見せると、黄金の疾風となって地平線の彼方へと駆け抜けていった。


 数ヶ月後――銀翼の蹄は大陸全土にその名を轟かせる名門となっていた。


「レンさーん! 大変です! 隣の国から竜を引く馬勝てるかっていう挑戦状が届きました!」

「また面倒な話ね。でもいいわ。その挑戦、受けてあげなさい。もちろん私の弾き出した必勝の対価は、たっぷり払ってもらうけれどね」


 ミアの元気な声と、セリアの冷徹な、けれど愛のある指示。厩舎の裏ではさらに逞しさを増したバハムートと、魔法の翼を輝かせるアルカディアが、俺が手綱を握るのを待ち構えている。


「世界は広いな。行こうか、相棒たち」


 俺は空を見上げた。魔法も、技術も、そして愛もかな。すべてを乗せて俺たちの第二のレースのゲートが今――開こうとしていた。

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